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幽霊鯨へようこそ  作者: 雪国氷花
第一章 囚われの主
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第三節

 扉を抜けると、施設の雰囲気は病院から本格的に研究所へと様変わりする。

 真っ白な天井と壁は変わらないが、案内される部屋は、フラスコや試験管などの実験器具が並ぶ。

 だが、奇妙なのは実験らしきことをしている人がいないということだ。

 先ほどリタに紹介された場所にはゾンビはあまりいなかった。しかし、こちらには多くの白衣を着たゾンビが多くいる。彼らは椅子に座ったままどこかに一点を見つめて動かない。まるで儀式でもしているかのようで、気味が悪かった。


「なあ、あれなんだ」


 試しに先生に聞いてみるが、反応はない。


「次、行っていいか」


 そう聞くと、先生は足を進めた。

 先ほどからこんな調子で、案内に従えば、何かしてくることはなかった。

 奇妙と言えば、奇妙なのだが、一体何が目的なのかわからない。

 案内される場所は本来であれば関係者以外立入禁止の場所ばかりだ。

 なぜ、部外者のジーノが案内されているのだろうか。

 ジーノは後ろで監視している先生を警戒しつつ、研究室の本棚から一冊の本を取りだした。

 見られてはいるが、何かしてくるわけではない。

 本を開いてみる。

 なにもしてこない。

 どうやら、見ていいらしい。

 内容は専門用語が多く、何が書いてあるかよくわからないが、人間の脳について書かれているようだった。

 本を戻し、他の本に目をやる。ジャンルはほぼ変わらず、人の脳や神経について。たまに鯨の脳についての本があった。

 何冊か斜め読みしたが、すぐ理解できるようなことは書いていなかった。


「次、行っていいか」


 先生に連れられ、部屋を出た。



 両脇に部屋はなくなり、しばらく廊下を歩いていると、分厚い扉の前に案内された。

 扉の横には機械があり、先生はそれを操作する。

 後ろから画面を覗き見すると、指紋か静脈か、何らかの生態認証をしているようだった。

 いよいよまずいところに連れていかれるかと思ったが、扉が開き景色が見えるにつれ、その不安はなくなった。

 冷たい水流が流れ込み、ジーノの肌に触れた。

 照明のない真っ暗な町が、ジーノの前に現れる。

 思わず息を飲み、扉の外に出る。外界の水がジーノを包み込んだ。

 空を見上げれば、闇が広がっていた。

 ここは外だ。施設の外で、おそらく『リタ』の背中の上。太陽の光が届かないこの世界はまごうことなく、深海だった。

 死んだ者がたどり着く最後の地、深海。死の領域とも呼ばれることもある。

 後ろで扉の閉まる音が聞こえ、焦って振り返る。扉の前に先生が立っており、ただ扉を閉めただけのようだった。

 ジーノがバルコニーから、町を眺めた。明かりは施設のものしかないため、どのくらい広がっているかわからない。

 辛うじて見える範囲には、人影は見えなかった。この町に住んでいる人は、いるのだろうか。

 ジーノがしばらく考えていると、体が冷えるのを感じた。

 太陽の光が届かない深海は、水温が低いようだった。

 外に出れたことになんとなく開放感を感じたが、先生が見張っている以上、出ることはできない。

 ジーノは渋々先生に頼み、施設の中へと戻っていった。


***


 その後も、いくつかの部屋を案内してもらったが、先生が襲ってくることはなく、無事、リタのいる実験区画まで帰ってこれた。

 実験区画は、研究室の避難経路に書いてあり、覚えた名だ。名前からして、リタもジーノも実験体としてここにいるようだった。

 最初に起きた部屋、おそらく自分の部屋に戻ると、リタがベットに寝そべっていた。

 ジーノが戻ってきたことに気づくと、ベットからおり、嬉しそうに寄ってきた。


「ジーノ、お帰り。どうだった」

「なんで、リタがここにいるんだ」

「え、だって、ジーノに会いたかったんだもん」


 リタは嬉しそうに笑った。


「勝手に部屋に入られるのは嬉しくないのだが」

「そうなの?」


 ジーノはベットに散らばっている本を白い目で眺めながら言った。正直、リタが子供じゃなかったら怒っている。

 そんなジーノをよそに、リタはわくわくした様子で話しかけてくる。


「ねね、ジーノ、本読んで」

「本? どうして」

「読んでほしいから」

「自分で読めばいいだろ」

「読めるけど読んでほしいの」

「先生に読んでもらえばいいんじゃないか」

「先生、喋れないもん」


 リタが口を尖らすと、ジーノは納得する。


「それで、読んでほしいと」

「うん」


 突然のことに、何がしたいのかわからなかったが、ただリタは本を読んでほしいだけのようだった。

 とはいえ、別れ際のリタの言葉が気にかかる。

 リタの言葉を鵜呑みにすると、先生はリタに研究区画へ行くなという意味のことを言ったらしい。

 本を受け取るとリタに問う。


「なあ、先生って本当に喋れないのか」

「そうだよ。だから、ジーノにお願いしてるの」

「でも、さっき言ったって言わなかったか」

「さっきっていつ?」

「俺とリタが別れる前」


 リタは一瞬指を口にあて考える仕草をしたが、すぐに答えた。


「うん、言ったよ」

「それはどういうことだ」

「どういうことって、どういうこと」

「いや、明らかに矛盾してるだろ」

「そうだけど、先生は喋らないもん」


 リタは頬を膨らませた。

 実は先生は話すことができるが、隠しているのかと思ったが、リタに隠し事ができると思えなかった。

 違う観点から聞いてみる。


「昔は喋れたのか」

「だから、喋れないんだって」

「いつからだ」

「ずっと」

「それは、リタが生まれる前からか」

「そんなのわかんない。もういい」


 リタはジーノから本を奪い取ると、ダッシュで部屋から出ていってしまった。

 何か重要なことを聞いているようで、つい、いろいろ聞いてしまったが、リタにとってはつまらない時間だったのだろう。

 やり過ぎたなと思ったジーノだったが、散らばった本を片付けるのが自分だと思うと、このぐらいで調度よかったと思った。



 部屋を片付けベットに横になると、自分が思ったより疲れていることに気づく。

 ずっと気を張っていたようで、体が緩むのがわかる。

 目覚めたら、よくわからないゾンビ施設にいたのだから、当然といえば当然だろう。

 リタという鯨もよく分からないままだ。鯨という理由でなんとなく味方だと思っていたが、そうとは限らない気がしていた。


「なんなんだろうな、ここ」


 そう思いつつも、体を休めるため、ジーノは目を閉じた。

 眠りに落ちると思っていたジーノだったが、一向に寝付けない。

 今日あったことの多さのせいということもあるが、一番は視線のせいだった。

 視線の主は予想がついており、無視していたが、あまりにも長い。

 すぐどっか行くだろと思っていたが、そうもいかないらしい。


「何しているんだ、リタ」

「え、どうしてわかったの」

「これだけ凝視されていれば、嫌でも気づく」

「そうなんだ」


 ドアの隙間から顔を出すと、予想外といった顔をしていた。


「で、何しに来た」

「えっと、その」


 リタは言いづらそうにもじもじしているが、後ろに隠している本が丸見えだった。


「そんなに読んでほしかったのか」

「え、なんで、わかったの」

「見ればわかるだろ」


 ジーノが指差すと、リタは慌てて隠し直した。


「ち、違うもん」

「なぜ、意地を張る」

「う、…………」


 リタは黙ってしまった。

 本を読んでほしいけど、出ていったこともあり、どこか後ろめたさがある。そんなところだろう。

 本当に年相応のガキだなとジーノは思った。

 ジーノは軽くリタの頭を撫でると、後ろに隠していた本を取った。


「いいぜ、読んでやる」

「え、いいの」

「もともと、俺が悪いしな」


 ジーノがベットに座ると立ち尽くしていたリタに声をかける。


「早くしないと、俺一人で読み終わりそうだな」

「待って」


 リタが走ってくると、ジーノの膝の間に座った。

 少し緊張して縮こまっているが、初めて人に本を読んでもらえるわくわくした気持ちが勝っているようで、どこかそわそわしていた。


「じゃあ、読むぞ。昔、昔」

「待ってジーノ、これがいい」


 そういって、読んでいたものとは別の本を片付けた棚から持ってきた。

 タイトルには『まみむめも』と書いてある。


「なんだこれ」

「これ、読んでほしい」


 期待に満ちたきらきらした目がジーノに向けられた。

 ジーノは断ることができず、この意味不明な本を読み始めた。


「むむむむ、めめめめめめめ」


 本当にどうかしてる。

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