第二節
戦場を駆けるジーノの潜水艦は、魚雷と敵潜水艦の間を縫い、幽霊鯨近辺を駆け巡る。
だが、乗り込むとなると、ジーノの操縦技術を持っていても、そううまくは行かなかった。
何より、数が多い。
幽霊鯨率いる潜水艦は潜水艦の機能を完璧に破壊しないと、ゾンビが不死のため何度も攻撃してくる。
魚雷がなくなれば身を挺して突進。
死に物狂いで、ジーノを落とそうとしに来ていた。
ドクトルがジーノの動きに合わせて、魚雷や辛草鉄砲を使いフォローを入れてるが、敵地の真ん中ということもあり、限界がある。
「ジーノ、そっちの方まで行くと、前線が下がってるから、フォローできないって」
「わかった。いったん戻る」
リタを通じて、ドクトルと連携できてるが、それでもうまくいかない。
「西側が今、手薄みたい。そっちの方で合わせようって」
「移動している間に固められる。いったんここでいい」
思考錯誤している間に突如、ジーノの通信機がなった。
その音にジーノは驚く。
聞きなれた音で、勝手に繋がることがない。普通の通信。深海では決して鳴ることがない音だった。
ジーノは通信機を手に取る。
「こちら、ジーノ・トゥレイス」
「どこ、ほっつき歩いてるのこの馬鹿あああああああ!!!!!」
耳が弾けるような爆音が、潜水艦内に響いた。
これにはリタもびっくり。
「マリン様、なんでいるんですか」
「なんでも、くそもないでしょ。それに第一声がそれ!?あり得ない」
「それは…… 謝ります。すいません」
さすがのジーノもマリンの心境を察し、謝罪した。
ジーノは深海に落ちる前、幽霊鯨に撃ち落とされている。普通なら死んでいるだろう。
「今すぐ、帰還しなさい。命令です」
「嫌です」
緊迫した空気が潜水艦内に漂った。
「あなたが幽霊鯨に乗り込もうとしているのは、知ってます。しかし、それは今じゃありません。討伐隊が作られたらあなたを抜擢します。その約束のはずです」
「マリン様。現状こちらは、ゾンビを無力化する方法を有しており、さらに、幽霊鯨を倒す方法も判明しております。かつてないほど、戦況は有利です」
「ジーノが何を知ってるか知りませんが、私は人命が優先だと言ってるのです。今すぐ帰還しなさい」
「嫌です」
どんと何かを叩く音が通信機から聞こえた。同時に、マリンの悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「なんで、いつも、言うこと聞いてくれないの!!!」
どんどんどんと台パンする音が通信機から響く。
「ジーノ、誰だかわからないけど、あんまり困らせない方が」
「俺も今回は悪いと思ってる」
ジーノは気まずそうに目を反らす。
「じゃあ、帰ってきてえええ。心配なのおおお」
泣きじゃくるマリンの声が聞こえていた。
「ねえ、ジーノ。本当に帰らないの」
「すいませんが、ことが終わるまではそのつもりです」
「終われば、帰ってくるってこと」
「そのつもりではありますが」
通信機が急に静かになる。そして、マリンの雰囲気も急に変わった。
「ねえ、ジーノ。私、いつもジーノにむかついてるんだよね」
「?、それは謝ります」
「そういって、何度、違反してきたかわかってる」
「……数えられない程度にはやってます」
「そう、それ! その反省の無さ。もう、堪忍袋の緒が切れた。私だってジーノを困らせてやるんだから!!」
「何言って……ッ!」
言葉を言い切る前にジーノは絶句する。通信機から、聞こえてきたのは海鯨歌だった。
急いで、潜水艦の軌道を急旋回させ、全力で逃げる。
「ドクトル、全潜水艦を退避させろ!、海鯨砲が来る!!」
「え、海鯨砲」
リタも目を丸くした。
刹那、潜水艦の左側のモニターがチカっと光り、その瞬間、衝撃波で吹っ飛ばされる。
再び目を開けたときには、とんでもない質量の光の塊が潜水艦数十個分の太さを持って、飛んできていた。
光は軌道上にある潜水艦を全て飲み込み無に帰していた。
ジーノは衝撃波でよろけつつ、何とか、潜水艦の体制を保つと、滅びをもたらす青白い光を見つめた。
海鯨砲。
それは鯨が持つ最大火力の光線で、よほどのことがない限り、撃たれることはない。理由は言うまでもなく、危険だからだ。
ジーノもこの目で見るのは初めてだった。
リタも、海鯨砲のあまりの威力に目を点にしている。
光が完全に消え終わるまでには、数秒を要した。
海鯨砲が命中した幽霊鯨は、大きくよろけている。
息を切らしているマリンの呼吸が聞こえてきた。
「馬鹿か! 海鯨砲を撃ち込むなんて。何考えている。撃ち返されてもおかしくないぞ」
「行き、なさい。幽霊鯨を、何とかする方法、あるんでしょ」
「え、」
ジーノは驚く。
「『マリン』のみんなは大丈夫なんですか」
「大丈夫よ。みんなはみんなで守るわ。それにジーノならあの化け物をなんとかできるんでしょ。なら、早く止めてきなさい。それまで耐えるから」
「ですが」
「ですがじゃない。やりなさい。これは命令です。『私』の民が心配だと言うなら、任せなさい。私、マリンは攻撃するより守る方が得意なんだから。それにジーノ、あなたも私の民です。帰る場所がないなんてことさせません」
途切れ途切れのマリンの声であったが、彼女の強い意志と優しさは、顕在だった。
ジーノは通信機ごしであるにも関わらず、頭を下げた。
「……感謝します。マリン様。ありがとうございます」
「わかればいいの。それと、君、名前は」
潜水艦に乗っているのはジーノとリタしかいない。リタに言っているのだろう。
ジーノもリタもそれを察すると、リタは声を出した。
「……リタ」
「そう、鯨?」
「うん」
「ジーノをお願いね」
「うん。わかった」
「それと、ジーノ。見つかってよかったね」
ジーノは即座に、通信機を切った。
「…………」
「?、どうしたの」
「なんでもない。今はマリン様が切り開いた道を進んで行くぞ。さっさと行かないと、塞がれてちまう」
「そうだね」
ジーノは敵がいなくなった海鯨砲の軌道を通って、幽霊鯨へ向かった。




