第一節
幽霊鯨付近まで到着すると、既にそこは魚雷が飛び交う激戦区となっていた。
ドクトル率いる先生とはいえ、ゾンビ対ゾンビの戦いになり、お互い数が減らず、戦況は動いてないようだった。
通信機が鳴り、応答せずとも勝手に通話がつながる。
「見ての通り、拮抗状態よ。ゾンビを無力化しようにも、辛草を当てられないから無理だわ」
「近づければ行けそうか」
「潜水艦から出さないと無理」
「注文多いな」
「仕方ないでしょ。無理なものは無理なんだから」
幽霊鯨の周りを浮いている無数の敵潜水艦を見ながら、ジーノは言う。
「コルルの隣にリタがいるんだっけ」
「いるよ」
「じゃあ、ドクトルもいるよな。めんどくさいから、俺が戦場をかき乱す。後はうまくやってくれ」
ジーノはエンジンの出力を上げた。激戦区の中へ入る。
「ちょっと、待って、死にたいの」
「うるさい。気が散る。てか、毎回勝手に繋げて来るな」
ジーノは通信機を切ると、ソナーを確認し、魚雷の間を縫うように、水中を駆けた。
それはある一種の芸のようで、魚雷すれすれを通る時もあれば、魚雷と魚雷の間を器用に抜けるときもあった。
第三の目でもあるかのように、ジーノは全ての魚雷をよけきると、あっという間に、敵潜水艦付近まで到着する。
視界に写る潜水艦に次々と魚雷を打ち込むと、爆風にまぎれて移動した。
何度か魚雷を撃ち返されたこともあったが、敵拠点真っ只中ということもあり、敵潜水艦を盾にし、同士討ちを起こさせた。
たった一隻。
たった一隻の潜水艦が戦況を大きく変えていた。
ジーノが暴れている間に何度も通信機が勝手に繋がったが、ジーノは即座に切っていた。あまりにもうるさいため、一度切らずに耳を傾ける。
「こちらジーノ」
「ああああ! やっと出た。出れるならさっさと出なさい」
「状況は」
「あんたがめちゃくちゃにしてくれたおかげで、前線が上がっている。大破させた敵潜水艦は辛草鉄砲で無力化できてるし、予定通り『リタ』に運んで、毒の上書きもみんなやってくれてる。ただ、数が多いわ。それにあんたが今のパフォーマンスをいつまでも出せるとは思えない」
「コルル、ジーノさんと繋がっているのですか」
少し遠いところから、クララの声が聞こえてくる。
「変わってください。ジーノさん。今すぐ引き返してください」
「は、なんでだよ」
「あなたを別のところで使いたくなりましたので。それに前線維持はさっきの様子を見る限り、ドクトルが十分やってくれます」
少し思わせぶりな口調にクララに何か作戦があることを知る。
「何をしてほしいんだ」
「リタ様を連れて、幽霊鯨に乗り込んでください。あなたの腕なら可能でしょう」
「リタは連れていく必要ないだろ」
「いいえ、あります。ジーノさん、あなたはリタ様と幽霊鯨の真実を見に行きたいのでしょう。なら、それを達成してきてください。それに、ドクトルの話では幽霊鯨もリタ様同様、動かしているクラゲがいるのでしょう。それを倒してきてください。ここでくすぶっていても時間を浪費するだけで何も成せませんよ」
「それでも」
「ジーノ」
リタの声がジーノを遮る。
「幽霊鯨に行くなら私も行きたい。危険なのはわかってるけど、ここで待ってるだけは嫌だから。心配はしないで。『私』はドクトルが守っててくれる。それに私を連れていけば戦いの様子はドクトルを通じて私がジーノに伝えられるから」
しばしの沈黙。ジーノは小さく息を吐くと観念したように声を出した。
「……わかった。戻ろう」
通信機を切り、魚雷をよけながら、『リタ』へ戻っていった。
***
『リタ』の頭の先に着くと、ローブを着たリタが一隻の潜水艦の隣に待機していた。
側には一人の先生が立っており、ここまで連れてきたのだろう。
ジーノは近くに降りると、潜水艦から顔を出し、手を伸ばす。
「ほら、来い。さっさと行くぞ」
「うん」
リタはジーノの手を取り、中に入る。
潜水艦の中は非常に狭いが、子供一人入るスペースはある。
「てか、その格好で着たのか」
「だって、着替える時間なかったんだもん」
ひらひらしたローブ姿でジーノの膝に座る。
「メーターとかモニター見えなくなるから、あんまり動くなよ」
「わかった」
といいながら、落ち着かないのか足をバタつかせている。
「リタ」
「ごめん」
無意識だったようで、気づいたらすぐに止めた。
「ったく」
ジーノはリタを見る。リタはモニターに映る幽霊鯨を凝視していた。
激戦区に行くというのに、リタの心は不思議と安定しているように見える。
「怖くないのか」
「なんで」
「今から、一番危険なところに行くんだけど」
「うん。そうだね。でも、ジーノなら連れてってくれるでしょ」
リタはくるりと振り向きジーノを見る。
それは撃墜されるということを全く考えてない、ジーノなら、幽霊鯨に着くのが当たり前という顔をしていた。
ジーノは少し驚いたが、すぐに笑みを浮かべた。
「参ったな。これはご期待に添わなきゃな」
操舵を掴む手に、力が入る。
息を深く吸い込む。
「少し集中する。振り落とされるなよ」
「うん。わかった」
リタはきゅっと、ジーノの腕を掴むと、
エンジンの出力を上げ、潜水艦は飛び立った。




