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幽霊鯨へようこそ  作者: 雪国氷花
第五章 変わらないもの、変わり行くもの。思い出を抱いて
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第五節

 浅海行き当日。

 今日は施設入り口の広間で、リタが海鯨歌を歌うことになっていた。

 ジーノはリタと待ち合わせをした食堂で待っていた。

 服装はかつて着ていた『リタ』の軍服。

 海鯨歌を使った大掛かりな作法は浅海では儀式となる。

 待ち合わせまで、三分過ぎたくらいだが、リタはやってこない。

 クラゲ達も表で待っているので、様子を見に行こうと足を動かすと、リタが食堂に入ってきた。


「ごめん、ジーノ、お待たせ」


 リタはいつもの検査服ではなく、真珠をあしらった真っ白なローブを着ていた。

 走ってきたせいか、少し着崩れており頭のフードが落ちてしまっている。


「それの格好どうしたんだ」

「ドクトルが、施設で見つけてくれてて、着てけって。儀式だろって」

「へえ、あったんだな。リタのローブ」


 浅海にいた頃も、簡単な儀式が『リタ』で行われたことはあった。

 しかし、リタの体を心配してか、儀式はすべて簡略化したもので行われており、リタがローブを着ることは一度もなかった。

 ジーノは、取れたフードをリタの頭に被せていると、リタの体が震えてることに気がついた。


「緊張してるか」

「……うん」

「まあ、そうだよな」


 ジーノはしゃがみ、リタに目線を合わせる。


「大丈夫だ。この儀式は絶対成功する。なぜなら、リタは歌がうまいからな。俺が保証してやる。だから、気楽に歌を披露してくればいい。終わったときには、きっとみんな聞き惚れてるぞ」


 ジーノがにかっと笑うと、遅れてリタが顔を赤めた。


「恥ずかしいこと言わないでよ」

「いいだろ別に。これは本当になることだ。そのくらいリタは歌がうまいんだよ」

「ほんと?」

「ああ、本当だ。だからいつも通りに歌って来い」


 ジーノはぽんぽんとリタの頭を撫でた。

 リタはうつむき、顔を赤くしたままだったが、徐々に顔色が戻っていく。

 結構時間がかかっていることから、ドクトルが何か気の効いたことをリタに言ってるのだろう。

 リタは顔を上げる。


「ジーノもドクトルも、ありがとう。私、がんばるね」

「おう、楽しみにしてる」


 ジーノが笑顔をみせると、リタもつられて微笑んだ。

 震えは収まっている。

 ジーノは、その場を立ち上がると、ドクトルに声をかける。


「ドクトルも頼むぞ」

「やるからには善処を尽くすって」

「お前は固いな」


 三人は外へ向かって歩きだした。


***


 施設入り口まで来ると、たくさんのクラゲ達に迎えられた。

 ジーノがリタから離れ、端に寄るとメガホンでクララがしゃべる。


「リタ様が到着いたしましたので、まもなく『リタ』は垂直状態となります。三半規管等不安がある方は、ご注意下さい。……それでは開始します」


 ジーノ少し、上へ浮く。集まったクラゲ達も、地面にいるものは少し上に浮いた。

 地面が『リタ』が少しずつ動きを始め、『リタ』に乗る全てが傾き始める。

 地面は壁になり、壁は地面になる。出てきた施設は、真上に移動し、垂直移動が完了した。


「続いて、海鯨歌になります。浅海への移動となるため、不測の事態が起こる可能性があります。万が一、そのような事態が起きてしまった場合は、皆様、安全第一で避難をお願いいたします。それでは、リタ様、お願いいたします」


 会場はしーんとなり、リタに注目が集まる。

 誰もが固唾を飲んで、リタが歌うのを待っていた。

 リタは、くるっと首を動かし、集まったクラゲ達を見ると、目を閉じる。

 手を胸に当てると、リタは息を吸い込んだ。

 美しすぎるリタの歌声と共に、歌が始まる。

 思わず聞き入ってしまうこの歌声は、この場にいる誰もを釘付けにした。

 歌い出しは、舞台の幕開けを彷彿させるような、ゆったりとした静かなメロディーで、聞く者を幻へと誘う。

 それはまどろみの夢のようで、場面はどこか深海のように思えた。

 歌が進んでいくと、急に曲調が変わる。何事かと思ったら、急に歌が止まった。


 リタは頭上を向き、小さく息を吐く。

 それは小さなバブルリングとなり、上へ移動する。

 しばしの沈黙。

 クラゲ達が不思議に思い、ざわめき始めたとき、頭上を見て誰もが目を疑った。


「あれ、見て」

「うそ、でか!」

「あんなに大きいの!?」


 施設の遥か向こう、『リタ』頭上に巨大なバブルリングが境界に向かって伸びていた。

 『リタ』の口から出した超巨大なバブルリング。

 天使の輪のようにバブルリングを乗せたリタは最高の盛り上りと共に歌を再開する。

 『リタ』周囲から現れた水流が柱のように高く伸び、バブルリングへと向かっていく。

 境界へと張り付いたバブルリングは、水柱を得て、鏡のように映る。

 深海にはない、太陽の光を放ち、浅海の景色を写した。

 『リタ』は一気に直上する。


 バブルリングをくぐると、境界内部へ侵入する。

 歌のテンポは一旦、収まりをみせ、穏やかに変わる。

 終始穏やかであるが、曲のテーマはころころ変わり、喜びを表しているような時もあれば、時々荒々しい時もあり、悲しいときもある。

 境界の圧力が『リタ』含め『リタ』に乗るもの全てを押し潰そうとするが、リタの海鯨歌が水流となり、ジーノやクラゲ達を守る。


 長い境界をバブルリングと共に進むと、バブルリングは境界の天井へと張り付く。

 歌が、再びの大きな盛り上りをみせ、寂しさと共に真逆の強さが歌に入り交じる。

 『リタ』はそのままバブルリングをくぐると、眩しいほど明るい世界が『リタ』を迎えた。

 大量の飛沫をあげながら、『リタ』はゆっくりと、平衡状態へ戻っていった。

 海鯨歌は穏やかさを取り戻すと、優しく撫でるように変化し、ゆっくりと幕が降りた。

 移り変わる景色と歌はリタがこれまで見てきた記憶のようで、一つの物語を描いているような、そんな詩だった。


 歌が終わった時、しばらく誰もがその余韻に浸り、声が出せなかった。

 リタが目を開けたとき、クラゲ達は一斉に感極まった歓声を上げた。


「リタ様最高!!」

「すごかった!!」

「アンコール!!」


 そんなクラゲ達を見て、リタは目を丸くする。

 晴れ渡るコバルト色の浅海を見て、リタは海鯨歌の成功を知った。


「みなさま、海鯨歌はコンサートじゃありませんのでアンコールはありません。リタ様を困らせないでください。……浅海への到着を確認しましたので、本日の儀式を終了します」

「待って!」


 リタが深刻な顔で声を発すると同時に、施設のブザーが鳴り響く。

 先ほどまで興奮していたクラゲ達は驚きに変わり、恐怖で怯えて身を縮めた。

 ブザーが止むと、施設のスピーカーから、コルルの声が響いた。


「あんた達、よく聞きなさい。不幸か幸運か『リタ』前方に幽霊鯨が見えるわ。これより、『リタ』は戦闘態勢になるわ。落ち着いて予定通りそれぞれ配置につきなさい。これは訓練ではないわ」

「ドクトル、リタを頼んだ」


 ジーノは真っ先に格納庫に向かって走る。


「ジーノは!?」

「前線に出る。道、切り開いてくるから、大人しく待ってろ」

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