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幽霊鯨へようこそ  作者: 雪国氷花
第五章 変わらないもの、変わり行くもの。思い出を抱いて
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第一節

 ジーノの毒が抜けるまでの間、数年ぶりに三人で話をした。

 思い出の話で盛り上がりもしたが、『リタ』で何があったかの話をした。


 あの祭りの日、リタがジーノに噛みつき、ジーノが一命を取り留めたため、ドクトルが発見されてしまった。

 それ以降、『リタ』では、ドクトルの毒を用いてさまざまな実験が行われていた。

 鯨の洗脳に、ゾンビの研究。理由は不明。

 リタはドクトルと共存している個体として、洗脳され、様々な実験に用いられた。

 当時のドクトルは、人間達に怯えており、『リタ』の制御も、研究によって産み出された自らの強化クローンに奪われていた。

 その結果、限界を迎えたリタが、神経細胞の軸索が全て焼き切れ、深海へと落ちた。同時に負荷でクローンも死亡する。

 深海へ落ちた後、ドクトルが必死の思いで、リタの命を繋ぎ止め、一年の時を経て、リタは深海で目覚めた。

 そのときからすでに、ドクトルはリタの記憶を奪っており、目覚めたときには、境界の圧力によって、死んだ先生達が施設に転がっていた。

 記憶を失ってもなお、リタは噛みつけば、動けなくなった人を動かせることをなんとなく覚えていたようで、片っ端から、先生に噛みつき、先生をゾンビ化させた。

 ドクトル的には、嫌ではあったが、リタの世話役が必要なため、ゾンビ化させることを決めた。


 『プリンスィピアム』で何があったかはドクトルもリタも知らないらしく、情報はなかった。

 ただ、何らかの実験が『リタ』同様、『プリンスィピアム』で行われており、幽霊鯨と化したとドクトルは推測した。


「リタがこれだけされたんだ。プリンスィピアムも何もされてないわけないだろ。たぶんだけど、今も幽霊鯨として、機能してるなら、僕由来の強化クローンか何がプリンスィピアムの脳にいるんじゃないのか。それでそいつが悪さしてる」

「お母さんの脳に今もいるの」

「たぶん、そうだと思う」

「なら、助けに行きたい」

「馬鹿、行かなくていいだろ。全部人間の自業自得だ。それに、ジーノの話を聞く限りだと、プリンスィピアムはその、リタには悪いけど、死んでる……っぽいじゃん」

「一応、応答がないだけで、死んでると決まったわけじゃない。だが、幽霊鯨はどんなに重症を与えようが動くんだ。ゾンビと考える方が自然だろう」


 リタが不安そうな顔をする。

 あまりこの話を長くしたくないが、幽霊鯨は、ジーノ、リタ、ドクトルにとって、切っても切り離せない話題だった。


「私、幽霊鯨に行きたい」

「リタ、今の話、聞いてた? プリンスィピアムは死んでるよ。助けに行っても意味がない」

「死んでたとしても助けたい。だって、お母さんはそんな鯨じゃなかったもん。ドクトルも知ってるでしょ。人のこと大好きだった。幽霊鯨が人のこと、襲ってるっていうなら、止めたい」

「リタ、それは誰かがやるよ。僕達が手を下す必要はない。勝手に暴れて、勝手に誰かが止めるだけだ」

「いつかは、そうなると思うが、俺としてはちょっと、困るんだよな」

「何? 英雄にでもなりたいの」

「ちげーよ。俺が知りたいのは真実だ。いくらなんでも、一夜で鯨含めて、全員ゾンビ化とか、おかしすぎるだろ」

「だから、それも、誰かが手を下した後に調査されることだよ」

「それ、公開されると思う?」


 ジーノが言うと、ドクトルは黙る。


「たぶん、されないだろうな」

「だろ」

「だとしても、そんなもののために、危険を犯すのは馬鹿がやることだ」

「残念、俺は馬鹿だ」


 ドクトルが頭をかかえる。


「あー、そうだった」

「ジーノは、お母さん、幽霊鯨に行きたいの?」

「まあ、そうだな」

「なら、私も行きたい」

「いや、だめだめだめだめ。リタ、人間の意思に引っ張られてる」


 ドクトルが必死に止めるが、リタは首を振る。


「ジーノが行くっていうのも確かに一つの理由になるけど、私は早くお母さんを止めたい。被害がまた増える前にお母さんを止めれば助かる人もいるし。ジーノが、一番最初に行くっていうなら、ジーノについていくのが都合がいいじゃないかな」


 珍しくリタが利にかなった意見を言った。


「じゃあ、決まりだな。ドクトル、幽霊鯨まで、『リタ』を連れてってくれ」

「ちょっと、僕の意見、全部無視しないでくれない」

「俺とリタが行くって言ったら、ドクトルはもう勝手についてくるだろ」

「僕をなんだと思ってるの」

「クラゲ」「私の命」

「まともに答える気ないよね」


 ジーノはゆっくり体を起こす。


「あー、ちょうど痺れとれてきたし、帰るかリタ」

「もう大丈夫」

「まあ、大丈夫だろ。やったのドクトルだし。後に引くようなことしないだろ」

「そうだね」

「ねえ、ちょっと!!」


 ジーノとリタはドクトルを背に、神経細胞から、降りていった。


「もう、なんで僕は二人に逆らえないの」


***


 ジーノとリタが脳から出ると、すぐ横にクララとコルルが隠れていた。


「お前ら、帰ったんじゃなかったんだな」

「万が一がありますから、一応待機してました。それより、浅海に行かれるんですか」

「そのための盗み聞きか」

「たまたまですよ」


 ジーノはクララを見下ろす。相変わらず、食えないやつだと思う。


「そのつもりだが、お前らを下ろしてから行くつもりだ。それでいいか、リタ」

「私もそのつもりだよ」


 リタはにこにこ笑う。


「これで安心か」

「はい。ありがとうございます。……けれども、少し心外です。私達、まだ、行かないと行ってないのですが」

「「え」」


 コルルが一歩前に出る。


「あんた達にはいろいろとお世話になりすぎたのよ。どこかで恩を返さないといつか罰が当たるわ。だから、あたし達手伝ってやるって言ってるの」

「それは、助かるが……いいのか。結構泥舟だぞ」

「自覚あるのね。安心したわ。あたし達が、泥舟に塗装でもして、落ちにくくしておくから、せいぜいがんばりなさい」

「前々から思ってたが、コルルっていいやつだよな」


 心底嫌そうな顔で、コルルに睨まれる。


「うざ」

「いや、ほめたんだが」

「まあまあ、とりあえず、私達は同行しますので。他のクラゲ達にも伝えてきます。あと、出発の日ですが、準備とかいろいろあると思いますので、追って連絡しますね。それではコルル行きましょう」


 すっと、クララはコルルとジーノの間に入ると、コルルを引っ張っていく。

 コルルは不服そうだったが、クララに従った。

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