第一節
ジーノの毒が抜けるまでの間、数年ぶりに三人で話をした。
思い出の話で盛り上がりもしたが、『リタ』で何があったかの話をした。
あの祭りの日、リタがジーノに噛みつき、ジーノが一命を取り留めたため、ドクトルが発見されてしまった。
それ以降、『リタ』では、ドクトルの毒を用いてさまざまな実験が行われていた。
鯨の洗脳に、ゾンビの研究。理由は不明。
リタはドクトルと共存している個体として、洗脳され、様々な実験に用いられた。
当時のドクトルは、人間達に怯えており、『リタ』の制御も、研究によって産み出された自らの強化クローンに奪われていた。
その結果、限界を迎えたリタが、神経細胞の軸索が全て焼き切れ、深海へと落ちた。同時に負荷でクローンも死亡する。
深海へ落ちた後、ドクトルが必死の思いで、リタの命を繋ぎ止め、一年の時を経て、リタは深海で目覚めた。
そのときからすでに、ドクトルはリタの記憶を奪っており、目覚めたときには、境界の圧力によって、死んだ先生達が施設に転がっていた。
記憶を失ってもなお、リタは噛みつけば、動けなくなった人を動かせることをなんとなく覚えていたようで、片っ端から、先生に噛みつき、先生をゾンビ化させた。
ドクトル的には、嫌ではあったが、リタの世話役が必要なため、ゾンビ化させることを決めた。
『プリンスィピアム』で何があったかはドクトルもリタも知らないらしく、情報はなかった。
ただ、何らかの実験が『リタ』同様、『プリンスィピアム』で行われており、幽霊鯨と化したとドクトルは推測した。
「リタがこれだけされたんだ。プリンスィピアムも何もされてないわけないだろ。たぶんだけど、今も幽霊鯨として、機能してるなら、僕由来の強化クローンか何がプリンスィピアムの脳にいるんじゃないのか。それでそいつが悪さしてる」
「お母さんの脳に今もいるの」
「たぶん、そうだと思う」
「なら、助けに行きたい」
「馬鹿、行かなくていいだろ。全部人間の自業自得だ。それに、ジーノの話を聞く限りだと、プリンスィピアムはその、リタには悪いけど、死んでる……っぽいじゃん」
「一応、応答がないだけで、死んでると決まったわけじゃない。だが、幽霊鯨はどんなに重症を与えようが動くんだ。ゾンビと考える方が自然だろう」
リタが不安そうな顔をする。
あまりこの話を長くしたくないが、幽霊鯨は、ジーノ、リタ、ドクトルにとって、切っても切り離せない話題だった。
「私、幽霊鯨に行きたい」
「リタ、今の話、聞いてた? プリンスィピアムは死んでるよ。助けに行っても意味がない」
「死んでたとしても助けたい。だって、お母さんはそんな鯨じゃなかったもん。ドクトルも知ってるでしょ。人のこと大好きだった。幽霊鯨が人のこと、襲ってるっていうなら、止めたい」
「リタ、それは誰かがやるよ。僕達が手を下す必要はない。勝手に暴れて、勝手に誰かが止めるだけだ」
「いつかは、そうなると思うが、俺としてはちょっと、困るんだよな」
「何? 英雄にでもなりたいの」
「ちげーよ。俺が知りたいのは真実だ。いくらなんでも、一夜で鯨含めて、全員ゾンビ化とか、おかしすぎるだろ」
「だから、それも、誰かが手を下した後に調査されることだよ」
「それ、公開されると思う?」
ジーノが言うと、ドクトルは黙る。
「たぶん、されないだろうな」
「だろ」
「だとしても、そんなもののために、危険を犯すのは馬鹿がやることだ」
「残念、俺は馬鹿だ」
ドクトルが頭をかかえる。
「あー、そうだった」
「ジーノは、お母さん、幽霊鯨に行きたいの?」
「まあ、そうだな」
「なら、私も行きたい」
「いや、だめだめだめだめ。リタ、人間の意思に引っ張られてる」
ドクトルが必死に止めるが、リタは首を振る。
「ジーノが行くっていうのも確かに一つの理由になるけど、私は早くお母さんを止めたい。被害がまた増える前にお母さんを止めれば助かる人もいるし。ジーノが、一番最初に行くっていうなら、ジーノについていくのが都合がいいじゃないかな」
珍しくリタが利にかなった意見を言った。
「じゃあ、決まりだな。ドクトル、幽霊鯨まで、『リタ』を連れてってくれ」
「ちょっと、僕の意見、全部無視しないでくれない」
「俺とリタが行くって言ったら、ドクトルはもう勝手についてくるだろ」
「僕をなんだと思ってるの」
「クラゲ」「私の命」
「まともに答える気ないよね」
ジーノはゆっくり体を起こす。
「あー、ちょうど痺れとれてきたし、帰るかリタ」
「もう大丈夫」
「まあ、大丈夫だろ。やったのドクトルだし。後に引くようなことしないだろ」
「そうだね」
「ねえ、ちょっと!!」
ジーノとリタはドクトルを背に、神経細胞から、降りていった。
「もう、なんで僕は二人に逆らえないの」
***
ジーノとリタが脳から出ると、すぐ横にクララとコルルが隠れていた。
「お前ら、帰ったんじゃなかったんだな」
「万が一がありますから、一応待機してました。それより、浅海に行かれるんですか」
「そのための盗み聞きか」
「たまたまですよ」
ジーノはクララを見下ろす。相変わらず、食えないやつだと思う。
「そのつもりだが、お前らを下ろしてから行くつもりだ。それでいいか、リタ」
「私もそのつもりだよ」
リタはにこにこ笑う。
「これで安心か」
「はい。ありがとうございます。……けれども、少し心外です。私達、まだ、行かないと行ってないのですが」
「「え」」
コルルが一歩前に出る。
「あんた達にはいろいろとお世話になりすぎたのよ。どこかで恩を返さないといつか罰が当たるわ。だから、あたし達手伝ってやるって言ってるの」
「それは、助かるが……いいのか。結構泥舟だぞ」
「自覚あるのね。安心したわ。あたし達が、泥舟に塗装でもして、落ちにくくしておくから、せいぜいがんばりなさい」
「前々から思ってたが、コルルっていいやつだよな」
心底嫌そうな顔で、コルルに睨まれる。
「うざ」
「いや、ほめたんだが」
「まあまあ、とりあえず、私達は同行しますので。他のクラゲ達にも伝えてきます。あと、出発の日ですが、準備とかいろいろあると思いますので、追って連絡しますね。それではコルル行きましょう」
すっと、クララはコルルとジーノの間に入ると、コルルを引っ張っていく。
コルルは不服そうだったが、クララに従った。




