表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽霊鯨へようこそ  作者: 雪国氷花
第四章 愛しき毒
29/42

第二節

 触手の上を走っていると、何度も、神経細胞の隙間からやってくる触手に襲われた。

 ジーノを神経細胞から落とそうとしているようだった。

 けれども、触手の動きはぎこちなく、銃を使うまでもなく、簡単に避けれる。

 ドクトルもジーノ同様、神経細胞がたくさんあるこの場所では、思うように動けないのだろう。

 しばらく走っていると、ドクトルは方針を変えたのか、急に触手を束ねジーノの行く先々にバリケードを作り始めた。

 ジーノは銃を背にかけ、携帯しているナイフで、バリケードを切り裂く。

 所詮はクラゲの触手のため、強度は大したことない。

 次々と邪魔なバリケードを切り裂いていったが、幾度目かのバリケードを切った時、バリケードの隙間から、タコが飛び出してきた。

 咄嗟にジーノはタコを刺すが、タコは二十本以上ある足で、ジーノの腕に絡み付いた。

 少しの痛みを感じたが、ジーノは構わず、タコを切り裂く。

 左手でタコを引き離すと、右手で持っていたナイフがぽろりと落ちた。

 回収しようと右手を伸ばしたが、視界に腕が映らなかった。

 慌てて左手を伸ばしたが、すでに遅く、ナイフは神経細胞から落ちていった。

 ジーノは右腕を見る。

 外観の異常はない。しかし、腕はだらりと垂れたまま全く動かなかった。

 痺れている。


「なんだ、こいつは」


 振り払ったタコを見ながら、ジーノが言うと、冷静なドクトルの声が響いた。


「ミクログリア。脳専門の免疫細胞。形状が僕と似てるから、触手に毒を盛ったんだ」

「そんなことできるのかよ」

「できる。今の僕はリタの脳なんだ。ミクログリアと僕のDNAから毒を作る命令を出した。後はうまく組み合わせればいい」

「リタの機能を使って、自分の毒を作る。まるでウイルスだな」

「バイ菌であるジーノを排除するため、仕方なくね。……減らず口叩いている余裕があるなら、自分の心配をしたほうがいい。ほら」


 いつの間にか、ミクログリアが周りからわらわらと湧き始めた。


「結構作ったから、ここで倒れてくれると助かる。こいつら、制御するの大変なんだ」


 ミクログリアは一斉にジーノに向かって、進行し始めた。

 ジーノは動かない右腕を庇い、急いで来た道へ走った。

 しかし、来た道からも、ミクログリアが迫っている。

 ジーノは上ってきた神経細胞を飛び降りると、下の神経細胞へと着陸する。

 ミクログリアは、落ちたジーノをじろじろ見つめると、ゆっくりと泳いで追ってくる。

 移動がそんなに速くないのは、不幸中の幸いだが、これだけいると囲まれるのは時間の問題だった。

 ジーノはミクログリアから逃げながら、思考を巡らした。

 けれども、持っているものは、銃一丁のみで、ここでは思うように撃つことができない。

 気がつけば、神経細胞の端まで追い詰められており、足を止めた。

 その瞬間、鞭のようなにしなった触手がジーノ目掛けて、飛んできた。

 咄嗟に持っていた銃でガードしたが、衝撃は抑えられず、ふっと飛ぶ。

 すぐさまドクトルは二打目を打ち、ジーノを直撃した。

 ジーノは壁に激突する。

 激しい痛みを覚えたが目を開くと、触手がすぐ伸びてきており、壁を蹴って避けた。触手の上に乗ると、銃を撃とうとしたが、引き金の手応えがない。

 銃が曲がっていた。


 壊れている。


 触手が動き出す前に、ジーノは近くの神経細胞に飛び移る。

 神経細胞が多くある場所へ行き、触手を撒こうとしたが、移動先にもたくさんのミクログリアがジーノを待っていた。

 隣の神経細胞に飛び、触手とミクログリアから逃げるが、あまりにもミクログリアの量が多い。すぐに集まってくる。

 避けて通ることはできない。

 ジーノは頭上に目を向けると、ミクログリアのさらに奥にドクトルが見えた。

 彼は何かするわけでもなく、ただジーノを見つめていた。


「観念する気になった?」


 その余裕は、化け物と対峙したかのような畏怖すら感じる。

 今更になって、ジーノはとんでもない生き物に喧嘩を売ったのを自覚した。

 けれど、


「なるわけねえだろ。馬鹿が!」


 ここで負けるわけにはいかない。

 プライドがジーノを奮い立たせた。


「暇そうだから、すぐにそっちに行ってやるよ」

「期待してる」


 ドクトルはわずかに微笑んだ。

 威勢は吐いたものの、ジーノは実際手詰まりだった。

 周囲を観察しながら、打開方法を必死に考えるが、何も出てこない。

 触手から逃げるべく再び足を動かしたとき、何かを蹴った。

 蹴った勢いで、その何かはふっ飛び、ジーノの目の前に現れる。

 それは、銃弾だった。

 ポーチから落ちたのだろうか。

 けれども、そんなことはどうでもよかった。

 ジーノは無意識に銃弾に手を伸ばした。

 不思議と銃弾がチェスの駒に見えたからだ。


型にはまった戦術を覚えることは、確かに勝利への近道だ。

でも、それだけじゃ、私に勝てない。

戦況に合わせて柔軟に適応してこそが本当の戦術といえるだろう。


 ジーノは銃弾を掴む。

 そして、軌道を大きく変え、ミクログリアに向かって走り出した。

 ミクログリアに対峙するとジーノは左手で銃を握る。

 そして、銃を高く掲げると、そのまま剣のように振り下ろした。


「はあ!?」


 唖然としたドクトルの声が響く中、ジーノはミクログリアを叩き潰す。

 そして、そのまま銃を神経細胞に突き立て、棒高跳びのように高く跳躍した。

 周囲のミクログリアがジーノに向かって飛んでくる。

 ジーノはポーチから残っていた銃弾を鷲掴みし、ミクログリアに向かって投げつけた。

 ミクログリアは銃弾に飛びつく。

 銃弾を掴みとると、ミクログリアは異物を排除する免疫細胞として食べ始めた。


「ちょっと待って」


 ドクトルがミクログリアを制御しようとしているようだが、ミクログリアは食べるのに夢中だ。

 そんなミクログリア達の頭を踏んで、ジーノはさらに高く飛ぶ。

 気がつけば、ドクトルよりも高い位置にジーノは来ていた。

 呆然と見上げているドクトルを見て、ジーノは笑う。


「来てやったぜ! ドクトル!!」


 それはどこか子供を彷彿させるような無邪気な笑みだった。


「本当に来るとは思わなかった。いや、当然か、ジーノなんだから」


 ドクトルは傘を顔を隠すように触手で掴んだ。

 けれども、迷いを振り払うように、すぐ向き直る。

 そして覚悟を決めたようで、触手に力を込めた。


「ジーノはいつだって僕ができないことをやってきた。きっと今もそうなのだろう。……でも、それでも、僕だって、負けられない。負けたくないっ!」


 ドクトルは神経細胞と融合した触手ではなく、自分の触手を絡めた。


「来いっ、ジーノ!」

「そのつもりだ!」


 ジーノは頭上の神経細胞を蹴ると、その勢いで、一気に降下した。

 そして、銃を振り上げると、ドクトル目掛けて振り下ろした。


「目を覚ませ!、この馬鹿がッ!!」



 鈍い音とともに銃は命中した。

 ドクトルの作り出したバブルリングに。



「なっ」


 ジーノは驚きを隠せなかった。

 バブルリング、それは鯨が使う技だ。


「なんで、クラゲであるお前が使えるんだ」


 ドクトルは答えない。

 代わりに海鯨歌を口ずさんでいる。


 触手で作り上げた水鉄砲がバブルリングを作りだしていた。

 今も触手を伸ばし、必死にバブルリングを維持しようとしている。


 ジーノは驚きつつも、銃を握る手に力を込めた。

 何が起きているか、わからない。

 けれども、ここを押し切った者が勝つ。

 それだけはわかった。



「そこを退けッ!!!」

「嫌だッ!!!」



 拮抗状態が続く中、バブルリングがわずか歪んだ。

 押しきれる。

 そう確信したジーノは銃を握る手に力を込めた。だが、ここで負けるドクトルではない。

 触手を震わせながらも、まっすぐバブルリングに伸ばしていた。

 苦痛で顔が歪んでいるが、闘志は消えない。



 絶対にリタを守る。



 彼の声が聞こえてくるようだった。

 だが、ジーノも負けるわけにはいかない。

 ひととくじら。それがリタの夢だ。

 浅海に留まることが、リタの幸せではない。



「邪魔だ!!!」

「それは、ジーノの方だ!!!」



 幾ばくの時間をかけて、みしみしと音を立てて、バブルリングが歪んでいく。

 そして、遂に耐えきれなくなり、バキっという音が鳴った。


 その瞬間、ジーノの体が下に落ちる。

 だが、バブルリングは壊れていなかった。

 壊れたのはジーノの銃の方だった。


 同時に何者かに足を捕まれる。

 ミクログリアだろう。

 足を失ったら、本当に最後だ。ドクトルから逃げることはできない。

 嘘だろ。

 そう思いながら、顔を上げると、ドクトルと目があった。

 ドクトルは触手を前に伸ばしたまま、固まっている。

 ただ、ジーノがドクトルの懐に入っているのを見て。

 目の前には、バブルリングはない。

 いるのは、ドクトルだけだ。

 ジーノは拳を振り上げた。



「この馬鹿があああああああ!!!」



 ジーノはドクトルをぶん殴った。

 ドクトルは避けれず、殴られた衝撃でよろける。

 ジーノは足が痺れ動けず、そのままドクトルの足元に倒れた。

 よろけているドクトルを見て、ジーノは笑った。

 ざまあみろと。

 同時に自分にも呆れた。

 馬鹿だと。

 一矢報いはしたが、完璧にドクトルの勝ちだった。

 ジーノは記憶を失い、また、最初からやり直しだろう。

 くそがと思いながら、倒れていると、閉まりきっていた脳の扉が開いた。


 そこにはジーノもドクトルも予想だにしない人物が立っていた。


「リタ!」「どうして、リタがここに!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ