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幽霊鯨へようこそ  作者: 雪国氷花
第三章 祭りの終わりに
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第七節

 目を覚ますと、ジーノは病室のベットで横になっていた。体の節々が痛むが、ちゃんと動く。ジーノは生きていた。

 奇跡の生還。そう医師には言われた。

 見舞いに来た教官に、かつてないほど叱られた後、例の事件が解決したことを知る。リタの無事も確認した。

 退院後、ジーノは『リタ』から、『プリンスィピアム』への引っ越しが決まっていた。

 理由は、単純で、ジーノがリタを連れ出したことで、リタを危険にさらしたからだ。

 ジーノは施設の出入りおよびリタへの面会が全て禁じられた。

 当然の結果に、ジーノは自分の身勝手さを悔やんだ。そして、その気持ちを紛らわすように、海鯨隊の訓練にのめりこんだ。

 月日は流れ、ジーノはいつの間にか『プリンスィピアム』一の操縦士になっていた。

 けれども、リタの面会の許可が下りることはなかった。

 当然ではあるのだが、ジーノは上層部の態度に疑問を持っていた。

 所定の手続きを踏んでも、理由もなく却下される。

 最初から会わせる気がない。そんな気配を感じていた。

 時を同じくして、リタがメディアに映ることは日に日になくなっていた。


「ねえ、知ってる。リタ様、最近具合よくないそうよ」

「えー、でも、それ噂でしょ。公式の発表は出てないわけだし」

「そんな暗い話するなって。もっと面白い話をしよう。そうだな、これなんてどうだ『リタ』で起こる怪異! 異形の化け物が夜な夜な外を出歩く!」

「なにそれ、怖」

「そんなわけないでしょ。『リタ』は医療特区だから、患者が見た妄想とかそういうのでしょ。どうせ」


 町ではそんな噂を耳にするようになっていた。


(なあ、ドクトル、聞こえているか)


 病院で目覚めて以降、ドクトルの声は聞こえなくなっていた。

 リタで何かが起きている。ジーノはそう感じていた。

 正攻法で、リタに会うことはできない。

 だから、ジーノは昔みたいに、無理やり会いに行くことにした。



 数年ぶりの休暇を取り、ジーノは身分を偽り、リタ行きの潜水艦に乗った。

 施設に入るのは難しくはなかった。

 普段、大型の医療機関として機能しており、一般人も入れるからだ。

 鯨であるリタが入院しているとはいえど、白昼堂々真正面から入る者を警戒している者は少なかった。

 施設の中については、脱走を繰り返したこともあり、間取りや監視カメラの位置は熟知している。

 警備網を交わしながら、立入禁止となっているリタのいた病棟を歩いていると、足音が聞こえてきた。

 ジーノは近くの部屋に入り身を隠した。

 ドアを背に白衣の男が通り過ぎるのを見送ると、首を戻した。

 そこで初めて部屋の中が視界に映る。

 ジーノは息を詰まらせた。

 所狭しと並んだベッドの上に人が横になっていた。

 通路はなく、効率よく詰められたベットは、病室というより、物置のようだった。


「なんだ、これ……」


 一瞬、噂が頭によぎった。

 本当にリタは正当な治療を受けているのだろうか。

 ジーノは横たわる少年を見ていると、突如少年の目が開き、ジーノと目が合った。

 驚きのあまり、なんの反応もできずにいると、少年の手がゆっくりジーノに向かって伸びてきた。

 行先は首。

 その事実に気づいた瞬間、ジーノは少年の手を弾いていた。

 少年の手がベットに落ちる。

 少年は変わらず、暗い瞳でジーノを見つめていた。

 狙われているような違和感を感じ、ジーノは部屋を出ようとした。

 しかし、いつの間にか起きていた他の患者がジーノの腕をつかんでいた。

 ジーノが抜け出そうともがいていると、壁際の患者が警報を鳴らした。

 まずいと思い、部屋を出ようとするが、目を覚ました患者に次々抱きつかれ、思うように動けない。

 焦りながら患者を振り払っていると、ドアが開いた。

 白衣の男が立っていた。

 手には銃が握られている。

 なぜ、銃を持っているのだろうか。そう思うよりも先に男が銃口を向けた。

 引き金に力が入る。もがいたジーノだったが、患者を振り切れなかった。

 パーンと乾いた音と共に、ジーノの目の前で、抱きついていた少年の頭が撃ちぬかれた。

 ぐったりと折れた首は、ジーノの顔に血を滴らせた。

 あまりの出来事に絶句していると、引き金を引いた男の声が響いた。


「捕らえろ」


 すると、少年の首がぴんと立ち、先程撃たれたのが嘘のように、少年の手がジーノの首を掴んだ。

 真っ黒な感情のない瞳孔がジーノを見つめる。

 気づいたときには、少年とは思えぬ強い力で、首を絞められていた。

 何が起こっているかはわからない。

 ただ、ここがとんでもないことをしている場所ということだけは理解した。

 ジーノは少年の腹に足蹴りすると拘束を逃れる。

 抱きついていたゾンビ達も問答無用で引き離すと、頭の欠けた男を弾除けにして、部屋から出た。

 施設の奥へと全速力で走った。

 警報がうるさく鳴り響く。

 部屋にという部屋から、ゾンビが出てくる。

 捕まればただでは済まない。

 でも、そんなことはどうでもよかった。

 この施設にリタがいる。それだけが、ジーノにとっての問題だった。

 ジーノは奮闘した。

 けれども、ジーノは駆けつけた海鯨隊に捕まった。

 ジーノは叫んだ。

 なぜ、鯨を守る海鯨隊が、ここにいるのか。リタに何をしているのか。それは本当にリタのためなのか。

 ジーノの問いに答える者は誰一人としていなかった。

 ジーノは激しく抵抗したが、数人がかりで押さえつけられ、問答無用で牢獄にぶちこまれた。

 ジーノはしばらく、真実を叫び続けたが、誰も聞く耳を持たなかった。

 声も枯れ、ジーノは牢獄で倒れた。

 リタは無事なのだろうか。それだけが気がかりだった。

 体力は尽き、ジーノは気絶するように、眠った。


***


 翌朝、鉄格子を叩く音で目を覚ます。

 疲れが残っただるい体で、首を動かすと、そこには看守が立っていた。


「なんですか」


 返事はなく、ただ一心不乱に鉄格子を叩き続ける。手から血が出ようと関係なく。

 不気味に思っていると、看守だけではなく、どうやって出たのかわからない囚人達までもが、ジーノの鉄格子を殴り始めた。

 鉄格子を壊そうとしているようだった。彼らの黒い目はジーノに向けられている。

 ジーノは昨日見たゾンビの存在を思い出し、後ずさりした。

 壁に手がつき、逃げ道がないことを悟る。

 ジーノが必死に考えたが、遂に鉄格子が壊れ、ゾンビ達が中へ入ってきた。

 ジーノは決死の覚悟で、ゾンビに殴りかかった。

 幸い彼らは戦い方というものを知らぬようで、意外にも簡単に抜け出すことができた。

 けれども、彼らは倒れても、すぐジーノを追ってきた。

 ジーノは迫り来るゾンビから逃げながら、外を目指した。

 監獄から出ると、町はゾンビで溢れかえっていた。

 ゾンビはジーノを見つけると、追ってくる。

 いくら戦い方を知らない有象無象でも、これだけの人数を相手にすることはできない。

 ジーノは逃げ出した。

 最寄りの非常用潜水艦に乗り、『プリンスィピアム』から逃げ出した。

 自分が『リタ』ではなく、『プリンスィピアム』に乗っていたことに驚いたが、近くで泳いでいるはずの『リタ』の姿はどこにもなかった。

 『リタ』を探していると、数隻の潜水艦がジーノ目掛けて突進してきた。

 『プリンスィピアム』から、ゾンビが乗ってきていた。

 幸い魚雷は使ってこないが、武器を積んでいない脱出用潜水艦では何もできなかった。

 ジーノは『プリンスィピアム』に背を向けた。

 しばらく潜水艦に追われていたが、いつのまにか、いなくなっていた。

 全力で逃げていたせいか、潜水艦は燃料がなくなっており、数週間、ジーノは漂流した。


 その後のことは、覚えている。


 漂流生活の末、ジーノがたどり着いたのは『マリン』だった。

 マリンの民はジーノを保護すると、ジーノの話を聞いた。

 ジーノは『プリンスィピアム』で起こったこと全てを話した。

 マリンの民は半信半疑ながらも、ジーノの話をよく聞いた。

 時同じくして、幽霊鯨が現れたことが原因だろう。


 瑠璃色のツインテールの少女が取調室に入ってくると、ジーノの前に座った。

 コバルト色の瞳に、ジーノが写る。


「それで、君はどうしたいの」

「俺は、取り戻しに行きたい。『プリンスィピアム』、幽霊鯨に置いていった忘れ物を」

「『リタ』ちゃんはもう、死んでいるかもしれないよ。それでも行きたい?」

「もちろん」

「そう。なら、仕方がない」


 向かい側に座っていたマリンは立ち上がった。


「私、マリンはあなた、ジーノ・トゥレイスを民として認めます。海鯨隊として迎えることを認めましょう。ただし、私の海鯨隊である以上、無茶は許しません。あなたの行いは日々、私の耳に届くと考えてください。それでいいですね」

「はい。これ以上ない、最高の待遇です。ありがとうございます」


 こうして、ジーノはマリンの海鯨隊としてマリンに迎えられた。

 それから二年の時が過ぎ、ジーノは十八歳になっていた。

 そして、あの囮作戦の最中に、ジーノは撃沈され、深海へ、『リタ』へと落ちた。


 ジーノがした忘れ物は、リタとドクトルだった。

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