第六節
それから三人の黄金の日々は続いた。
三人で遊んだり、脱走したり、怒られたり。
楽しかった日も悲しかった日も全て共有した。
そして、月日は流れ、リタの誕生祭の日がやってきた。
ジーノはいつも通り、リタを連れ脱走した。そして、一目が付かないところに潜水艦を止めると、リタを連れ祭りを回った。
「ねえね、ジーノわたあめあるよ。私、食べてみたかったんだ。ふわふわしているのかな」
(甘いって本に書いてあった)
(そうなの)
(リタが読んだから僕が知っているんだろ)
(あ、そうだね)
「食べたら、わかるさ。並ぼうぜ」
「うん」
リタは正体がばれぬように、帽子を深くかぶり、耳と瞳を隠していた。だから、店員とのやり取りは全部ジーノが行っていた。
その様子を少し羨ましそうに見ていたリタにジーノは言う。
「祭りらしく、お面をかぶったら、話せるかもな。あーでも、目はぎり隠せるかもしれないけど、耳はどうしようもないな」
「お面って何」
「なら、行ってみるか」
ジーノはにかっと笑う。
「ねね、ジーノ、ホエルンジャ―のお面あるよ」
(これ、なんのためにあるの)
(雰囲気だよ、雰囲気)
(人間は時々馬鹿だよね)
「そうだな。一つ買うか」
お面を買い、一目のつかないところで、一度つけてみたが、やはり隠すことはできず、お面はお土産となった。
気を取り直して、再び祭りを巡るとリタが足を止める。
「ジーノあれは?」
「ヨーヨー釣りだな。見たことはあるが、俺もやったことはない」
「じゃあ、やってみようよ」
ジーノとリタは、ヨーヨー釣りに挑戦したが、思ったより難しく、二人とも釣ることはできなかった。
カラフルなヨーヨーを前に、二人とも落ち込んで眺めていると、店員がヨーヨーを二つ差し出した。
「リタ様、誕生日おめでとう」
リタは驚き、思わず、帽子を深くかぶった。
慌てて、ジーノは言う。
「すいません、人違いです」
「別に海鯨隊に報告しないよ。今日はリタ様の誕生祭だからね。君はジーノ君だろ。リタ様のお友達の」
「俺のこと、知ってるんですか」
「有名だからね。何せ、リタ様を連れだしてる不届き者だろ」
「俺、そんなこと言われてるんですね」
「半分本当で、半分冗談だ。まあ、君みたいなのがいるから、こうやってリタ様が私の店に来られた。感謝しないとね」
ジーノは店員からヨーヨーを受け取った。
「リタ様、いつもありがとね」
「え、」
震えていたリタが、帽子から顔をのぞかせた。
「リタ様がいるから、私らは生活できる。だから、これはお礼でもあるよ」
リタは真ん丸のコバルト色の瞳を輝かせた。
「うん。ありがとう」
***
(リタ、さっきから機嫌がいいね)
「うん、ヨーヨー釣りのおばさんがほめてくれたからね」
リタはヨーヨーを見つめながら、幸せそうに言う。
一通り祭りを巡った三人は、人目を避けるため、いつものサンゴ礁の森に潜水艦で移動していた。
「ドクトル、『ひととくじら』って本、読んだことあるだろ。リタはまさにそのくじらちゃんと同じ気持ちを味わってるんだ」
(あーそうなのか。でも、僕はよくわからないな。人の役に立つことってそんなにいいことなのか)
「すっごくいいことだよ。だって私、鯨だもん」
(それがよくわからないんだよね)
「種の違いだろ。鯨とはそういうものなんだ」
(僕からしたら、いいように使われてるしか思えないけど)
「それでもいいの。誰かの役に立ってるって素敵なことだよ」
リタは嬉しそうにヨーヨーに顔を寄せた。
「もう少ししたら花火が上がる。その音に紛れて、帰ろう」
「うん」
そう言い、潜水艦に戻ろうとした時、茂みから誰かの気配を感じた。見れば、サンゴの隙間から、銃口がのぞかせていた。
「リタっ」
「え」
銃口が鳴った。撃たれたのはジーノの足だった。
足に力が入らなくなり、その場で膝をつく。
「ジーノっ!!」(ジーノっ!!)
駆け寄ってきたリタだが、すぐに何者かよって腕を掴まれる。
そして、乱暴に帽子をとられた。隠していた耳があらわになる。
「離して、ジーノが!」
「お前、鯨だな」
「そうだよ」
(そいつと話をしても無駄だ)
「早くジーノを施設に連れてって」
「来い」
リタは数人に囲まれ強引に連れてかれようとしていた。
ジーノはリタを連れて行っている男の一人の腕を掴んだ。
「お前ら、海賊か」
「そうだが」
「リタをどうするつもりだ」
「領土のあるお前らにはわからないだろうな」
海賊。それは鯨に乗り切れなかった人々が集まった集団で、各地で鯨を襲い、食料や物資を奪ったりしている。
「リタを離せ」
ジーノは男に殴り飛ばされた。
「ジーノっ!!」
リタは叫び、手を伸ばすが、その手は届かない。海賊に掴まれ、どんどん遠ざかっていく。
ジーノは頭にひどい痛みを覚えながらも、意識を保つと、手に冷たい感触を覚える。
幸いなことに潜水艦近くにジーノは飛ばされていた。
ジーノは唯一の武器である潜水艦に乗り込もうとした。
這って入り口まで来た時、パーンと乾いた音がなった。
ジーノはずるずると、潜水艦の中に落ちていった。
今までにないほどのリタの叫び声が聞こえた。
ドクトルが必死に呼びかけてくる。
けれどもジーノは、二人に何も返すことができなかった。
(ジーノっ!、ジーノっ!、起きろ!!)
花火の音が鳴る中、ジーノは意識を取り戻す。視界は赤い。
(よかった。起きたか。ジーノはここで休んで。リタは鯨の声で海鯨隊に助けを呼んだ。何とかなるから耐えてくれ)
朦朧する意識だったが、リタが連れていかれたことだけは鮮明に思い出せた。
「それって、場所とか、ちゃんと、伝えられてるのか」
(それは)
リタもドクトルも、普段自由に外に出れない。そのため、『リタ』の地理に疎かった。
ジーノは縋りつくように、操舵を掴むと、潜水艦のエンジンに手をかけた。
(その傷じゃ、無理だ)
「ドクトル、俺に、リタの場所を教えてくれ。大体でいい。イメージでなら、俺に伝えられるだろ」
(ジーノがそんなことしなくても、海鯨隊は来る。それに、連れ去られたのはリタの交流器官だ)
「相手側人間である以上、リタは、海賊の指示に従う。交流器官を壊して逃げることは、しない。海鯨隊は、すぐには、来れないだろう。場所がわからないんだから。ドクトル、本当は、間に合ってないんだろ」
ドクトルから返事はなかった。
ジーノは潜水艦を動かすと、花火の音に紛れ、宙に飛び上がった。
ドクトルのイメージをもとに、ジーノは海賊の潜水艦付近までたどり着いた。
(まずい、リタが海賊の潜水艦に乗った)
(魚雷は撃てないな)
(あれを止めないと、リタは外に出る)
(リタに何かに掴まれと伝えられるか)
(それはできるけど、何をするつもりだ)
ジーノは答えない。しかし、速度を落とさず正面から突っ込んでいく潜水艦を見て、ドクトルは理解した。
(馬鹿、やめろ。そんなことしたら、本当に助からない)
(この状況、俺とドクトルでしか、リタは助けられない)
(だからと言って、ジーノが命を張る必要はない)
(死ぬかどうかはやってみないと、わからないだろ)
(馬鹿!!!)
潜水艦は正面から激突した。
ぶつかった衝撃で潜水艦は動かなくなり、海賊は逃走の足を失った。
時期に駆けつけた海鯨隊に、捕まり事件は幕を閉じた。しかし、
「ジーノっ!!!、ジーノっ!!!、ねえ、お願い、起きて」
ジーノは致命傷だった。
懸命な救護活動のすぐ側で、リタはずっと泣いていた。
ジーノは、視界の悪い目を閉じ、耳だけで周りの様子を聞いていた。痛みはもうわからない。
もうすぐ死ぬそれだけはわかっていた。
(悪い、リタ)
そう思いつつも、口は動かなかった。
耳も聞こえなくなってきた、そう思っていたとき、微かに、声が聞こえた。
(リタ、やめろ、そんなことをしたら、人間にばれる)
「嫌、絶対嫌、ジーノを助ける」
(リタ、考え直してくれ、人間に気づかれるわけにはいかない)
「お願い、ジーノを繋ぎ止めて!」
首筋に、何かが触れた。
その瞬間、くぐもっていたドクトルの声が鮮明に聞こえた。
(ああ、もう!!)
その言葉を最後に、ジーノは意識を失った。




