第五節
ジーノもリタも立場と境遇があり、同じ年ごろの子供と遊ぶ機会がなかった。
だから、ジーノとリタが仲良くなるのは、ごく自然なことだった。
「ジーノくん。今日も来たのかい」
「はい、先生。リタは」
「まだ、検査中だよ。もう少し経ったら、終わるんじゃないかな」
「わかりました」
リタは生まれつき体がよくなかった。そのため、『リタ』の背中には真っ先に最先端医療施設、通称、施設が建てられた。
施設を中心に医療特区として発展してきた『リタ』は、最新の医療技術が揃っている。
そのせいか、気を効かせた海鯨隊は、わけありのジーノを『プリンスィピアム』から『リタ』に引っ越しさせた。
「あ、ジーノ、こんにちは。待ってね、もうちょっとで終わるから」
「わかった。なるべく早くしろよ」
「うん、がんばる」
リタは一瞬だけ廊下に出てくると先生達に連れられ、次の検査室へと入っていった。
再び出てきたのは、一時間後だったが、それでもジーノは待っていられた。
そのくらいリタと遊ぶ時間というのは、ジーノの中で大きかった。
「ねね、今週の守護戦隊ホエルンジャー見た? かっこよかったよね」
「ああ、すごかったな! 特にあの操縦技術。俺も真似したいぜ」
「そうなんだ、あれすごいんだね」
「いや、ジーノくん。夢を壊すようで悪いんだけど、現実でやると危険だから、真似しちゃだめだよ」
「でも、先生。やってみるのは自由ですよね。よく先生も言ってるじゃないですか」
「私のよくないところばかりを真似するのはやめてくれないかい。ジーノくん」
「先生がよくないと思うところを俺に見せてる時点で、先生が悪いですよ」
「その言葉、とても痛いな」
日が経つにつれ、ジーノは勉強や海鯨隊の訓練が終わると、毎日のように、施設に来るようになっていた。
「私ね、外に出てみたいんだ」
「なら、出ればいいんじゃないか」
窓の外を見ながらリタは首を振る。
「私、生まれつき体よくないみたいだから、施設の外には出ちゃだめって言われてるんだ。また、深海に落ちちゃうかもしれないから」
リタは現実を受け入れつつも、憧れを込めた眼差しで外を眺めていた。
「今のリタは深海に落ちたりしないだろ。今もちゃんと泳いでいられてるし」
「そうなんだけど、やっぱりみんな心配みたい」
かごの中の鳥。これほどまでに体現した状況を俺は見たことがなかった。
だから、俺は
「なあ、リタ、今日の夜、暇か」
「夜は簡単な検査があったと思うけど!終わったら暇だよ。でも、それがどうかしたの。夜はジーノもお家に帰ってるでしょ」
「まあ、そうだな。楽しみにしていてくれよ」
ジーノはにっと笑った。そんなジーノを不思議そうにリタは見ていた。
その夜、ジーノは潜水艦に乗り施設に忍び込んだ。
リタの部屋の隣に、潜水艦を止めると窓をノックした。
「なんの音?」
目を擦りながら、リタが窓を開けると、そこに立っていたジーノに驚く。
驚きのあまり目が真ん丸だった。
ジーノはサプライズの成功を喜ぶとリタに手を伸ばした。
「リタ、外に出ようぜ」
「でも、私、外に出ちゃいけないって」
「大丈夫だ。外に出たって今すぐ深海に落ちることなんてねえ。もし、落ちたらなら、全部俺のせいにすればいい」
「でも、それじゃあ、ジーノが」
「いたぞ」
遠くで潜水艦に乗った海鯨隊がこちらに向かってくる。
「まずっ、みんな来た。リタ、早く乗って」
「え、ちょっと」
ジーノはリタの返事を待たず、リタの腕を引き上げ、潜水艦に乗せた。
「逃げるぞ。しっかり捕まって」
「う、うん」
ジーノとリタを乗せた潜水艦は発進した。
海鯨隊との激しいおいかけっこを繰り広げながら、『リタ』上空を飛ぶと、リタはいつの間にかモニターに釘付けになっていた。
「これ、『私』?」
ちらりとリタを見ると、真下に映る鯨の姿、自分に驚いていた。
「ああ、そうだな」
チェイス中のジーノは、余裕がなくなげやりな言葉を返す。
けれども、リタには十分だった。
「すごい。初めて見た。『私』ってちゃんとみんなのこと乗せてるんだね」
「当然だろ、リタは鯨なんだから」
「うん。そうだよね。あ、ジーノ、左に曲がって」
「いや、今それどころじゃない」
「いいから、いいから、私を信じて」
ジーノは不思議に思いながらも、リタに従った。
すると、急に下から水流が湧きだし、後ろの潜水艦が急にバランスを崩し、スピードが落ちた。
「あ、見て見て、ジーノ当たったよ」
下を見ればそこはリタの噴気孔(鼻)だった。
「ナイス。でかした」
「えへへ、すごいでしょ」
その後も、激しいチェイスを繰り広げたが、あえなくジーノとリタは捕まった。
施設に戻されると、残っていたフランシスにこっぴろく叱られた。
けれども、そんな説教で懲りるジーノではなかった。
再びリタに会うとジーノはこう言った。
「なあ、脱走しようぜ」
「うん!」
***
ジーノとリタの脱走は当たり前のことになっていった。駆け付けた海鯨隊に捕まることもあったが日に日にジーノの操縦技術が上がり、脱走成功率が上がっていた。
今日もいつものように脱走すると、ジーノとリタは『リタ』の端にあるサンゴ礁の森に来ていた。
心地よい水流を感じながら、横になっているとリタが声をかけてくる。
「ねえ、ねえ、ジーノ、今大丈夫」
「なんだ、急に改まって」
「実はね。ジーノに紹介したい人がいるの。人ではないんだけど」
ジーノは首を傾げるが、何も言わず体を起こす。
「なら、施設に戻るか」
「ううん。大丈夫。すぐ会えるから。ジーノちょっとだけ我慢してね」
そういうと、リタはジーノの首筋に噛みついた。
いきなりの出来事と、噛みつかれたことに驚く。
しっかりと痛みを感じたが、そんなことはどうでもよくなるような不思議なことが起こった。
頭の中に直接、誰かの声が聞こえてきたのだ。
(初めまして。というべきだろうか。まあ、僕はジーノのこと知ってるんだけどね)
驚きのあまり、目を見開いていると、リタが笑った。
「ドクトルだよ。ドクトルはね、クラゲでね。私の中にいて、私の友達なんだ」
最初は何を言っているかわからなかったジーノだったが、あまりにも現実離れした出来事に興奮したのを覚えている。
「何だよそれ、すげーじゃん」
「でしょ。ドクトルはすごいんだよ。私の体、動かしてくれるんだ」
リタは自分の秘密をジーノに明かした。
リタの体は確かによくないが、全てドクトルが何とかしていること。施設の人たちはそれを知らないため、リタが全身麻痺でありながら、動いている理由を血眼になって、探していた。
「だからね、ジーノこれは三人だけの秘密だよ」
(絶対言うなよ)
「任せとけって、絶対言わねえ」




