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幽霊鯨へようこそ  作者: 雪国氷花
第三章 祭りの終わりに
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第四節

 その後のことは、よく覚えていない。適当な理由をつけて、リタを連れ、さっさと施設に帰った。

 祭りの感想をリタが話していたが、うまく会話できたかわからない。

 それほどまでに、ジーノには余裕がなかった。

 幸いなことに、リタが祭りを楽しんでくれたせいか、ジーノの様子にリタは気づいていないようだった。

 ベットに倒れると、腕で目を覆う。

 幽霊鯨とは何者なのか。『リタ』とは何者なのか。そして、自分は幽霊鯨に何を忘れたのか。

 考えても答えがでない問題が永遠とループしていた。

 眠れぬまま、横になっていると、ゆっくりと部屋のドアが開いた。


「何しに来た」

「起きていたのですね」


 入ってきたのはクララだった。


「照明が消えているので、てっきり寝ているのかと思っていましたが、仕事が省けました」


 半開きのドアが全開になると、大きな機器のついたワゴンを引いて、コルルが入ってくる。


「静かにしなさい。先生に気づかれるわ」

「そうでしたね。ジーノさん。今夜、リタ様はこちらにいらっしゃいますでしょうか」

「来ないが、何を考えている」

「あなたの診査結果を伝えに来ました」


 ふざけた回答のように聞こえたが、理由がなければわざわざこんな夜中に来ない。


「そんな機械を持ってくるほど、やばいのか」

「はい。状況はとてもよろしくありません」

「なら、早く言ってくれないか」

「そうしたいのは山々ですが、事態はとても複雑で一から説明しなければ、理解は得られないでしょう」

「なんだ、その言い方、俺に何かしてほしいってことか」

「はい」


 クララは素直に認めた。

 ジーノは体を起こす。身体に異常がないことを確認すると、クララに言った。


「言ってくれ、手短に頼む」

「ありがとうございます。ではまず、これから話すことはジーノさんにとって、とても衝撃的な話になるかもしれません。どうか声を上げるのだけはお控えください。リタ様と先生に気づかれたくはありませんので」

「わかったから、早く言え」

「はい。では、リタ様は生まれつきの全身麻痺なのはご存知でしょうか」


 自分ではなく、始めにリタの話が来たことに驚く。それもかなり隠された話題。


「本当かどうかわからないが、そういう内容をメモ書きを施設で見たことがある」

「なら、話が早いですね。それは事実です。けれども、リタ様は今もピンピン動いています。それはなぜかはご存知ですか」

「知らない」

「ドクトルが、リタ様の変わりに体を動かしてるからです」

「?!」


 衝撃の事実に息を飲む。


「ドクトルは毒の専門家です。そして、私達の毒は神経毒です。彼は毒を利用し、リタ様の神経を変わりに動かしています」

「そんなことができるのか」

「できます。ジーノさんもご覧になったでしょう。あのウツボを」


 ジーノは何も返すことができなかった。


「これは私の推測ですが、ドクトルはリタ様の中にいる可能性が高いです。ただ、もう一つの可能性があります。それについてはジーノさんの方がよくご存知だと思います」

「まさか、幽霊鯨だと言うのか」

「はい。正解です。この芸当ができるのは、私はドクトルしか知りません」

「でも、リタは動いているじゃないか。なら、ドクトルが幽霊鯨にいるかは」

「しっ、声が大きい」


 思わず、声を荒げてしまったジーノはコルルに止められる。


「悪い」

「少し、外の様子を見てきてくれませんか、コルル。ドクトルに繋がっている可能性があるリタ様や先生に聞かれたくはありません」

「わかった。あたしの仕事増やすんじゃないよ」


 憎まれ口を叩きながら、コルルは部屋の外へ出ていった。


「少しは頭は冷えたでしょうか」

「十分だ。続けてくれ」

「はい。ジーノさんの考えにはもちろん私達もたどり着きました。しかし、本当にどっちにいるかは蓋を開けるまでわからないのですよ。だから、ジーノさん。私達はあなたを使うことにしました」

「というと」

「ジーノさん、あなたは最近、記憶がおかしいですよね」

「それは」


 否定できなかった。ここ数日、心当たりが多すぎる。


「記憶の神経を断ち切る。やったことはありませんが、机上の空論を並べた結果、可能と私は考えました」

「でも、クラゲの毒って死者にしか効かないんじゃないのか。それにリタも」

「その解釈には誤解があります。正しくは免疫機能がない、もしくは低下しているものに効きます。熱を出していたり、それこそ、病気や気を失っていたり」

「つまり、ドクトルが俺が気を失っている間に記憶を奪ったと言いたいのか」

「そう考えています。現に、ジーノさんの血液検査では極少量のドクトルの毒が検出されてました」

「なら、今すぐリタの脳に行ってドクトルをぶっ飛ばした方が早くないか。俺の記憶がなくなった以上、ドクトルはリタの脳にいるだろ」

「それはあくまで、可能性の話です。幽霊鯨の存在がある以上、それが本当かはわかりません。それにジーノさんの推測が本当だとしたら、ドクトルは、ジーノさんを気絶させるほどの術を持っているということになります。迂闊に戦いに行くのは得策とは言えません。さらに言いますと、ドクトルはリタ様の生命線でもあります。戦いで解決はしたくありません」

「それは、たしかに」


 クララの猛攻に、さすがのジーノも下がった。


「さて、前置きが長くなりましたが、私達にはドクトルの情報が無さすぎるのです。だから、ジーノさん、あなたに思い出してほしいのです。ドクトルに接触した可能性があるあなたに」

「でも、失くなったものを取り戻せと言われても、どうやって」

「毒には毒ですよ。ジーノさん」


 クララは後ろにある機器を叩いた。機器の中には黒い液体が満ちていた。


「まさか、俺に毒を盛ると」

「はい、その通りです。現状、ジーノさんの免疫器官は正常に動いており、ドクトルの毒はほぼないです。しかし、切られた記憶の神経は元には戻らないようですね。ですので、私の毒が記憶神経を繋ぎます。ここ数日、培養しておきましたので」

「それって、俺の身の安全って保証されるのか」

「それは量を調整して、頑張るしかないですね。なにせ私も初めてですので」


 にこりとクララは笑った。ジーノは顔をひきつる。


「クララは生物関係の専門家よ。毒についてもドクトルほどじゃないけど、心得があるわ」


 戻ってきたコルルが声をかける。


「外は異常なし。麻酔かけて、寝るには持ってこいのタイミングね」

「なんだよ、その意味わかんないタイミングは」

「時が経つに連れ、私達の計画はリタ様に怪しまれるわ。最近、私達がこそこそ何かをやってるのはリタ様も気づいているはずよ。そうなれば、ドクトルの目にも自然と入るということよ。悔しいけど、あいつは……賢いわ。気づかれないに越したことない」


 しっかりと真面目な理由で、ジーノは口を紡いだ。


「で、どうするのジーノ。私はオペレーターとして、できる限りのあんたの安全は守るわ」

 ジーノは小さくため息を漏らしてから、言った。

「やるよ。やってやるさ。てか、最初っから俺にやらせるつもりだったじゃねえか」

「それはもちろんです。それしかいい方法が思いつきませんでしたので」

「外野は黙ってろ」

「たしかに私は当人ではありませんが、私が毒を盛る以上、傍観者ではありません。ですので、精一杯やらせていただきます」

「頼むぞ」

「はい」


 ジーノはクララを睨んだが、にこやかに笑顔を返された。


「では、ベットに仰向けになってください。コルルは機器の準備をお願いします」

「おっけ」


 クララとコルルがテキパキ用意するのを横目にジーノは横になる。

 そして、麻酔が打たれた。麻酔がジーノの意識を奪っていく。


「それでは、良い夢を」


 その言葉を最後に、ジーノは意識を手放した。


 深い夢へ、記憶へ落ちていく。


***



 窓のない真っ白な部屋に真っ白な机と椅子。


「チェックメイト」


 盤上のチェスの駒は、避けようのない負けをものがたっていた。


「降参です。また、先生の勝ちですね」


 向かい側に座る黒髪白衣の男、フランシスにジーノは声をかけた。


「随分、強くなったね。途中で負けると思ったよ。とても、九歳の子供を相手にしているとは思えない」

「途中で、戦術を変えましたか、先生」


 ジーノがチェス盤を片付けていると、フランシスは残り少ないコーヒーをすすった。


「もちろん。ジーノくんが、前回の私の戦術をしっかり対策してきてみたいだからね」

「大人げないですよ、先生」

「なら、私が気づかず、負けるふりをしたら、ジーノくんは喜ぶのかい」

「それは、……嫌です」


 露骨にジーノの顔が曇った。


「はは、ジーノくんはそうだろう。私に勝つ道を探すもの、黄金に至る一つの道かもしれないね」

「先生は本当にその言葉が好きですね」

「好きじゃなければ使わないよ」


 ジーノがチェスを片付け終わると、フランシスは言う。


「今日も異常なしだ。ジーノくん」

「毎回思っているですが、よくこんなので、クビにならないですね」


 フランシスはジーノのカウンセラーの先生だった。

 身元不明の潜水艦に乗っていた赤子。それがジーノだった。

 ジーノは運良く『プリンスィピアム』に拾われると、海鯨隊に預けられ、そのまま育てられている。

 そんな境遇があり、二週に一回、フランシスのカウンセリングを受けていた。


「ただ、話しててもつまらないだろ」

「話を聞くのが先生の仕事なんじゃないですか」

「ジーノくん、私はこう見えても、ちゃんと優秀なんだよ」

「そうなんですね」


 適当に相槌を交わすと、ジーノは部屋から出ていこうとする。


「今日もありがとうございました」

「はーい、またいつでも遊びに来てね」

「遊びには来ません」


 ジーノが軽く会釈し、廊下に出ようとすると


「わ、わ、退いてー」


 何者かが廊下を走っており、出てきたジーノとぶつかった。

 かなりの勢いがあったようで、ジーノも尻餅をつく。


「いててて」


 顔を上げ、ぶつかってきた当人を見た瞬間、ジーノは言葉を失った。

 シルバーと黒のミックスの短いショートカット。ヒレのような耳にコバルト色の瞳。

 ジーノは驚きで固まっていると、少女は立ち上がった。

 そして、立てずにいるジーノに心配そうに手を差し述べた。


「ごめんね、大丈夫」

「ああ」


 少女の手を掴み立ち上がる。


「あれ、子供? 珍しいね。施設にはあんまりいないからね。名前は」

「ジーノ、ジーノ・トゥレイス」

「ジーノって言うんだね。私はね。リタ。鯨だよ」


 リタはにこりと笑った。



 これが俺とリタの出会いだった。

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