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幽霊鯨へようこそ  作者: 雪国氷花
第三章 祭りの終わりに
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第三節

 施設を正面から出ると、クララが待っており、その先には、無数のきらびやかな屋台がところ狭しと並んでいた。

 つい先日まで、誰もいなかったこの町は、たくさんのクラゲ達で賑わっており、水中に浮かぶクラゲはまるで灯篭のように揺らめいていた。

 辺りは疾うに祭り独特の熱気に包まれている。


「すごいな、これ一週間で用意したのか」

「はい。ぜひ、楽しんで行ってください」


 クララがにこやかに微笑むと、リタがジーノの手を掴む。


「ジーノ、わたあめ屋さんある。行きたい」

「そうだな、行くか」

「うん」


 リタに連れられ、一行は祭りを回った。

 焼きそばやチョコバナナと人の祭りと同じ馴染みある屋台を回っていたが、一つだけ、全く見慣れない屋台があった。

 辛草、そう書かれていた。

 しかも、結構並んでいる。


「あれ、なんだ」

「げ、あれ、クックの店じゃない」

「クックって誰だ」

「料理を研究してるクラゲですよ。彼の料理は不味いときは不味いですが、美味しいときはとても美味しいです。先日まで、体調崩してたそうですが、祭りには間に合ったみたいですね」

「どうせ、またゲテモノ食べてたのよ」

「なんなんだ、そいつ」

「そういうやつなのよ」

「クックはまだ見ぬ食材を求めて、とりあえずなんでも食べますから」

「へー」


 ジーノが白い目で見ていると、クララが言う。


「屋台で出してるってことは、試作品ではないと思いますので、並んでみませんか」

「嫌、絶対嫌」

「そこまで言われると、逆に気になるな。行ってみるか」


 ジーノ達(コルルを除く)は、クックの店に並び、料理を受け取った。

 受け取った料理は紫色のスープで、中にはよく分からない何かの足と、真っ赤な海草が浮いていた。ぼこぼこに煮えたぎる様子はまるで地獄絵図のようだった。


「これ、食い物か」

「見た目はあれですけど、意外と美味しかったりしますよ」


 といいつつも、クララも触手が止まっていた。

 ジーノも本当に食べるか悩んでいると下から声が聞こえてくる。


「これ、美味しいよ」


 口元を紫色のスープまみれにしたリタが言った。


「まじか」


 ジーノはじっとスープを見たまま、意を決してすすった。

 その瞬間、脳に激震が走る。

 ピリッとした辛さに迎えられたと思えば、まろやかな魚介スープに包まれる。しつこさはなく、気づいたら二口目をすすっていた。


「うまいなこれ」

「はい、何杯でも飲めそうです」

「うそ」


 三人が夢中ですすっている様子を呆然とコルルは見ていた。


「コルルも一口飲みますか」

「いや、あたしは」


 と言いつつも、三人の反応で気になったようで、一口すすった。しかし、


「辛っ! なにこれ。こんなの飲めたもんじゃない。試作の段階となんも変わってないじゃない」

「あら、コルル、試作のスープを飲んだことがあるんですか」

「そうよ」


 コルルは真っ赤な海草を差す。


「あいつ、この海草育てろって言ってきて、適当に『道しるべくん』当てて育ててたのよ。そしたら、試作品もらって……。食えたもんじゃなかったわ」


 それを聞いていたクックが料理を客に配りながら、声をかける。


「コルルの意見を取り入れて改良した。辛草の量、出汁をとる時間を短くして、辛さを調整した。人の文献にあるピリ辛というやつを再現した」

「これのどこがピリ辛よ。殺戮料理じゃない」

「たぶんだが、コルルの舌が辛さに反応しすぎるだけだと思う。実際、好評が多い」

「はあ? これのどこが美味しいの」

「まあまあ、コルル。味の好みはそれぞれですから」


 どうどうと騒ぐコルルをクララがいさめている間、ジーノは聞く。


「このよくわかない、足、何の足なんだ」

「フィロゾーマだ」

「え」


 その場にいたクラゲ達も凍りつく。


「ウツボ討伐の片付け時に大量の死体があったから回収した。あの恐ろしいフィロゾーマでも、エビである以上、食べれると思った」

「へえ」


 ジーノもリタと共に一度食べたことはあるが、あれだけ戦った後だと、気味悪さが勝つ。

 付近で並んでいたクラゲは、ささっと離れていった。話が聞こえなかった後ろのクラゲ達は不思議そうに去っていくクラゲを眺めながら、列を詰めた。

 世の中には知らなくていいことがある。まさにこのことだろう。


「他にも海底火山付近の」

「聞いといて、悪いが、後は大丈夫だ」

「そうか」


 クックはしょぼんと小さくなった。



 その後も、祭りを回った。


「ねえ、ジーノこれやって」

「ヨーヨー釣りか」

「うん。うまく取れなくて」


 手には千切れたこよりをたくさん持っていた。


「一個でいいか」

「うん」


 そう言って、店員からこよりを受け取ると、いても簡単には釣り上げた。


「ほら」


 ジーノは一つ、リタに渡す。


「え、すごい。私、全然釣れなかったのに」

「コツがあるんだよ」

「そうなんだ」


 目をぱちくりしながら、リタはヨーヨーを受け取ると、嬉しそうにぽんぽん弾いた。

 二人の様子を遠目で見ていたコルルが声をかけてくる。


「なんか、前々から思ってたけど、あんた達、仲いいわよね」

「悪いより、良いほうがいいだろ」

「違う、そういうことが言いたいんじゃない。何て言うか、解釈違いなの」

「というと」

「鯨と人の関係よ。なんというか、もっと堅苦しいものだと思ってたのよね。深海に落ちてくる人の文献を見ても、人は鯨に必ず敬語を使ってたし」

「そりゃ、使うだろ。鯨だぞ」


 コルルが白い目をして、ジーノを見る。


「あんたがリタ様に敬語を使ってたこと見たことないわ」

「そういえば、そうだな」


 言われてみれば確かなことにジーノは首を傾げる。けれども、ジーノは今さらリタに敬語を使う気にはなれなかった。


「成り行きの出会いだったからかもしれないな。敵かと思ったら、ただの幼い鯨だったし。なんというか、友達とか、それこそ家族とかそれに近い感じなのかもな」

「それって、人としてどうなの」

「わかんねえが、リタがいいなら、いいんじゃないか。今さら、リタ様なんて呼ばれたくないだろ」

「うーん、何回か呼ばれてみたいかもだけど、ずっとは嫌」

「そうリタ様はおっしゃられたぞ。コルル」

「馬鹿にされてる感すごいわね。敬意の欠片もない」


 ジーノとリタは顔を見合わせ、いたずらが成功した子供のように笑った。


***


 しばらく四人で祭りを回っていたが、クララもコルルの祭りの運営があり、持ち場に戻っていった。

 その後も、ジーノとリタは祭りを楽しんでいたが、気がつけば無数にあった屋台の端っこまで来ており、クラゲもまばらにしかいない場所まで来ていた。

 近くのベンチで休んでいると、両手でヨーヨーをつかみじっと見ているリタがぽろりと声を漏らした。


「まるで、私の誕生祭みたい」

「誕生祭か。たしかに雰囲気が似ているかもな」


 ジーノが賑やかな祭りの方を見ながら言う。


「あの日もヨーヨー釣りしたんだ」


 ジーノは大きく目を開く。


「したって、覚えているのか」


 リタは頷いた。


「うん。はっきりとは覚えてないけどね。最近、昔のこと、よく思い出すんだ。私ね、クララちゃんが行ってた通り、浅海にいたことがあるの」


 リタは足をばたつかせながら、天を見上げる。


「そのときもね、お祭りがあったんだ。私の誕生日を祝う祭りが。今日みたいにたくさんの人がいて、いろんな店を回って、すごく楽しかったんだけど、……誰かと一緒だったと思う。それが思い出せない」


 リタは寂しそうにうつむくと、手にあるヨーヨーをきゅっと握った。

 そんなリタを見て、ジーノは乱暴にリタの頭を撫でた。


「ジーノ?、ちょっと痛い」

「思い出せるってことは、徐々にいろんなことを思い出せるんじゃないか」


 落ち込んでいたリタの顔が驚きに変わる。


「そしたら、その誰かもいずれ思い出せるかもしれねえ。だから、気にすんな。時の流れは残酷だと言うが、逆に時間が解決することだってあるんだぜ」

「そうなんだね。……ジーノはそうだったの」

「まあ、あながちそうかもな」


 ジーノはベンチから立ち上がると、両手を上げ体を伸ばした。ジーノから、迷いが感じられなかった。


「ジーノが言うなら、そうなのかも。ちょっと元気出た。ありがとう」

「気にすんな。他にはあるのか、思い出してこと」

「そうだね。お母さんの名前を思い出したよ」

「まじかよ、誰だ」



「プリンスィピアム」



 ジーノの顔は一瞬で凍りついた。


「今、なんて言った」

「プリンスィピアムだよ」


 焦るジーノに、首を傾げながらリタは答えた。



 プリンスィピアム。

 それは、ジーノの故郷であり、現幽霊鯨の名だ。



 刹那、辺りにはホログラムの花火が打ち上がった。


「あ、ジーノ、花火上がったよ。きれい」

「そうだな」


 かろうじて、絞り出した言葉が、花火の音にかき消される。

 そして、辺りのクラゲ達の歓声が、一斉に上がった。


「見て、あれ」

「おお、すごい」


 クラゲ達の指し示す方向には、死んだはずのウツボが宙を舞っていた。


「すごい」


 リタが宙を見上げる。


「……どういうことだ」


 吐き出た言葉をたまたま聞いていたクラゲが、ジーノに声をかける。


「ジーノさんはあれを見るのが始めてですよね」

「あ、ああ」

「あれは私達の毒で動かしているんです」

「……へえ」


 乾いた言葉しか返せなかった。それを感嘆と勘違いしたのか、クラゲは嬉しそうに続けた。


「あれはドクトルさんが編み出した技術です。私達の毒は弱いですが、死者には有効です」


 興奮するクラゲとは反対に、ジーノは熱を失っていった。

 まるで、幽霊鯨だと。

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