第一節
「あ、ジーノ起きた」
目を覚ますと、ベットに座ったリタが嬉しそうに声をかけてきた。
照明の光に目を細める。
「待ってね、クララちゃん呼んでくるから」
「あ、ああ」
元気そうなリタを見送り、ジーノは周りを見渡した。
いつも通り、何も変わらない病室。
あの後、どうなったのだろうか。そう考えていると、クララが病室に入ってきた。
「ジーノさん、大丈夫ですか」
「大丈夫だが、フィロゾーマはどうなったんだ」
「ジーノさんが、全て倒してくださったので、リタ様は元気になりました。本当にありがとうございます」
「そう、か」
ジーノは歯切れ悪く答えた。
「あんた、リタ様の脳で倒れてたみたいで、元気になったリタ様が運んできてくれたのよ。感謝しなさい」
遅れて病室に入ってきたコルルがそう言った。
「そうか、ありがとう。リタ」
「ううん、全然。ジーノこそ、ありがとう」
ジーノはリタの頭を撫でながら、言った。
「悪いが、少しクララとコルルと話がしたい。席はずしてくれないか」
「え、私も聞きたい。本当はどこか良くないの?」
「体は大丈夫だ。だが、ちょっと難しい話なんだ。専門的な話になるかもしれない。あんまりそういう話好きじゃないだろ」
「うーん。そうだけど、ちょっと心配」
「安心しろ、大したことじゃない。すぐに終わる。終わったらスピードでもしようぜ」
「うん、わかった」
リタは少し寂しそうな顔をしながらも、病室を後にした。
「リタ様を外すってことは、相当不味いのかしら」
「不味くはないが、気になることがある。俺って本当にフィロゾーマ倒したのか」
クララとコルルは顔を見合わせた。
「リタ様が元気になったので、てっきりジーノさんがやってくれたと思っていたのですが、違うのですか」
「わからない。俺が見たのは」
そう口にしたが、何も言葉が出てこなかった。
そのことにジーノも驚いていると、コルルが声をかけた。
「あんた、一週間安静にしてなさい。検査よ検査」
「やっぱ、なんか不味いのか」
「不味いかどうかは検査してみないとわかりません。ゆっくり経過を待ちましょう。私達はいろいろとやることがありますので、ここで失礼しますね」
そそくさと、二匹は出ていってしまった。
何が起きているかわからないが、何かは起きていそうだった。
問題を残しつつも、リタが元気になったことは素直に喜んでおこうとジーノは思った。
翌朝、ジーノはリタと共に、検査を受けていた。
まさか自分が検査を受ける側になる日が来るとは夢にも思っていなかった。
リタはジーノと一緒で喜んでいたが、ジーノ的にはなんとも複雑な気分だった。
その翌日も、検査を受けていると、リタが声をかけてきた。
「ね、ね、ジーノ、脱走しよう」
「どこに」
「外!」
「俺達、安静にしてろって言われてるだろ」
「でも、暇だよ。それにクラゲちゃん達が私の背中で生活している様子、私、見たい」
「だめだ」
しかし、その翌日もその翌々日もリタは脱走、脱走とうるさかった。
毎回断っていたジーノだったが、正直だんだん、ジーノ自身も暇になってきていた。
「ね、ね、ジーノ、脱走したい」
「……するか」
こうして、二人の脱走計画は始まったのである。
脱走とは言っても、施設にいるのは先生だけなので、楽に出られる。それに、外を散歩するくらいなら、問題ないだろうと思い、ジーノは正面から、出るつもりだった。
がしかし、
「やだ、かっこよく脱出したい。潜水艦に乗りたい」
本音はこっちだったらしく、リタは潜水艦で出ることをこだわった。
けれども、普通に潜水艦に乗るのは嫌らしく、先生に見つからずに乗りたいらしい。
なんかのアニメか本でも見たのだろうか。
「このダクトから入って、移動するのはどうだ」
「かっこいいけど、ジーノ入れなくない?」
「そういえば、そうだな。てか、かっよく脱走したいなら、こそこそするより、正面から出た方がいいんじゃないか、ほらこう」
ジーノは近くを通った先生を捕まえると、足を払いし、転けさせた。
先生は無抵抗なので、簡単にできるのだが、リタの目にはかっこよく写ったらしい。
「すごーい。これならうまくいきそう」
リタの脱走成功イメージに疑問を持ちつつも、脱出ごっこに付き合った。
そして、潜水艦付近の先生を擬似的に倒し、ジーノとリタは潜水艦で外へ出たのである。
『リタ』上空を飛んでいると、今までとは違い、街灯がついて明るかった。
クラゲ達が、せっせと瓦礫や荷物を運んでおり、崩れた町の復興が行われていた。
リタはそれをモニターごしに目を輝かせながら、幸せそうに眺めていた。
「ね、ね、ジーノ。もうすぐお祭りがあるの知ってる」
「祭り? こんな時に?」
「こんな時だからこそって。クララちゃんが言ってたよ」
「へえ。何の祭りだ」
「『私』への上陸記念とウツボ討伐記念だって。略して、リタ様上陸記念祭!」
「なるほどな」
全然略されていないことには、触れないでおく。しかし、祭りの意味は利にかなってるとジーノも思った。
「少し、降りるか」
「え、いいの」
「見てるだけじゃ、暇だろ。それに俺も用事があるんだ」
「うん、わかった」
リタは嬉しそうに、足をばたつかせた。
少し郊外のところで、潜水艦を止めると、ジーノとリタは泳いで、クラゲ達が作業している場所へ向かった。
こっそり来たつもりだったが、クラゲ達にとってはジーノとリタは明らかに見た目が違うため、すぐ見つかる。
今回の祭りの主役ともあって、クラゲ達に囲まれてしまった。
「リタ様、握手してください」
「うん、いいよ」
「リタ様、サインください」
「サインって何?」
「はいはい、リタ様が困っているので、作業に戻ってください。祭りを成功させるためにも作業に戻ってください」
「「「はーい」」」
現場監督のクラゲの声で、クラゲ達はすぐに作業に戻っていった。
「助かった、ありがとう」
「例には及びません。ただ仕事をしただけです。……そんなことより、お二人はどうして、お忍びでこんなところに来られたのですか。クララから絶対安静を言い渡されてるって聞いたのですか」
「暇だから、というのもあるが、少し聞きたいことがあって、幽霊鯨って知ってるか」
ジーノは浅海で起きている幽霊鯨について話した。
「そうなんですね。浅海は恐ろしいところです。申し訳ないですが、私にはわかりません」
「まあ、そうだよな」
ジーノが肩を落としているとクラゲは言う。
「でも、ドクトルなら可能かもしれませんね」
「ドクトル?」
「はい、私達の同胞のクラゲですよ。リタ様と共に浅海に上ったそうですから」
クララもその名を口にしたことをジーノは覚えていた。
「そいつ、どういうやつなんだ」
「彼は毒の専門家で、私達の毒を研究していました。彼の成果につきましては、……祭りの最後にお見せできると思いますので、楽しみにしていてください」
「はあ」
妙に興奮しているクラゲに疑問を持ちつつも、これ以上聞くのは野暮だと思い、何も聞かなかった。
「ねえねえ、私も祭りの手伝いをしたい」
いつの間にか戻ってきたリタが、クラゲの触手を軽く引っ張っていた。
「祭りの主役であるリタ様に手伝っていただくわけにはいきません。それにリタ様も絶対安静を言い渡されてると聞いています」
「う、それはそうなんだけど……」
リタはだんだん声が小さくしながら、後退りをし、ジーノの後ろに隠れた。
ジーノは仕方ないと思いながら、クラゲに言った。
「手伝いはしないが、祭りの草案とか教えてくれないか。できれば、リタが喜びそうなやつ」
「それなら、いいですよ。今回の祭りは鯨と人のお二人が主役ですので、人の祭りを模倣して、開催しようと進めております」
「例えば、どんなだ」
「屋台を出したり、音楽を演奏したり、踊ったりです」
「夏祭りや誕生祭って感じか」
「人の祭りについては、私も勉強中ですので、わからないのですが、人のジーノさんがそう思うなら、そうなのかもしれません。その辺につきましてはコルルの指示で動いています」
「え、あいつが指示してんの」
ジーノは信じられないものを見るように言った。
「はい。コルルは人の文献に詳しいですから。私も彼女のことを誤解してました。今やクラゲ達の間では、人の文献やガラクタが熱いのですよ」
「へー、それはよかったな」
クラゲが目を輝かせながら言っていると、クララが書いたシナリオ通りで、彼女がどこかで笑っているような気がした。
「ジーノさんも人ですので、やっぱりいろいろご存知なんですか」
「何を求めているかによるが、それなりには知っていると思う」
「では、申し訳ないのですが、こちらをご覧いただけないでしょうか」
クラゲはタブレットをジーノとリタに見せる。
写っていたのはコルルが書いた企画書だった。
クラゲ達は、これに沿って作業しているそうなのだが、単語の意味だったり、タブレットの使い方がわからないらしい。
「それなら」
ジーノとリタがクラゲ達にいろいろ教えていると、いつの間にか現場監督のようになっていた。
そして、噂を聞き付けたコルルがやってきて、あえなく、捕まった。
コルルに連行され、ジーノとリタは施設に戻されると、めちゃくちゃ叱られた。
しかし、その翌日。
ジーノはリタと共に検査を受けていると、ジーノは言った。
「なあ、リタ。今日、暇か」
「そうだけど」
ジーノはにっと笑う。
「脱走しようぜ」
「うん!」




