第十節
『リタ』に戻るとすぐにジーノは施設の病室に向かった。
病室のベットにリタは倒れており、苦しそうに息を吐く。
近くにコルルと先生がおり、タブレットに映る結果をクララが見ていた。
「何があった」
「見ての通り、リタ様が倒れたわ」
「倒れたって、噛まれたからか。出血とか」
「残念ですが、違いますジーノさん。おそらく、毒です」
「毒って。あのウツボか」
「ジーノ」
弱々しいリタの声が聞こえた。
「おい、大丈夫か」
リタはゆっくりと頷く。
「私は大丈夫。でも、交流器官は保てない。だけと安心して。『私』を沈ませたりしないから」
「そんなこと聞いてねえ」
「ごめん、ジーノ。ちょっとだけ、寝るね」
「待て」
ジーノはリタの手を掴んだが、リタの体は泡となって消えた。
「ジーノさん、これは」
「交流器官を壊した。鯨の生態だ。交流器官を動かしてる余裕がないんだろう」
「それってかなりまずいんじゃないの」
クララは傘に手を当てる。
「ジーノさん、リタ様の体内に入ることは可能でしょうか」
「できるが、何をするつもりだ」
「実はかなり妙なんです。検出された毒は、ウツボではなくクラゲの毒です」
「それ、どういうことだ」
「私にもわかりません。なので確かめたくて」
「リタ様に危害を加えたいクラゲがいると、あたしは思えないけど……。行ってみるしかないわね」
「だから、行かせてほしいです。それに、リタ様の体調に影響がでるほど盛ったというなら、どこかに痕跡が残ってるかもしれません。隔離さえできれば、これ以上悪くなることはないはずです」
「わかった。行こう。ただし、俺から離れるな。敵がどこにいるかわからないというのもあるが、……悪いがお前らも疑っている」
「それは当然の推測だと思います。私もジーノさんだったら、同じ考えをするでしょう。もし、私たちが怪しい動きをしたら、ジーノさんの好きにしてください」
「悪いがそうさせてもらう。今は時間がおしい。早く行くぞ」
「感謝します」
クララとコルルを連れ、ジーノは潜水艦に乗り外へと出た。口へ向かおうと舵をとったとき、コルルがしゃべりだした。
「ねえ、あんた、『リタ』様のお腹辺り行ってくれない」
「なんでだよ。急いでんだ」
「だからこそよ。リタ様、今怪我してるでしょ。もし、あたしが敵だったら、間違いなくそこにつけこむ」
ジーノは無言で、進路を変えた。
「確かにそうだな。食べられるリスクを追ってまで口から入りたくはないよな」
『リタ』の真下に入り、ライトを向けると、海水に混ざり、血が流れていた。血痕をたどって行くと、わき腹辺りに傷口が見つかった。
しかし、傷口にはコロニーと化した小さなたくさんのフィロゾーマが張り付いており、何かを手に持ち、傷口へと抑え付けていた。
「あいつら」
ジーノはエンジンをフルに動かし加速する。
「ちょっ、ちょっとおお!!」
コルルの制止を無視し、ジーノは潜水艦ごと、突っ込み、複数のフィロゾーマを轢いた。
そのまま、『リタ』の側面に止めると、潜水艦を出て、持って来た銃で射撃し始めた。
「あたし達がいるの忘れないでよ」
「知るか、自分の身は自分で守れ」
「たぶんですが、ジーノさんが戦っている以上、中にいる私達は安全です。なので、コルル、落ち来ましょう。ここで怖がってるわけには行きません。コルル、このモニターを拡大することはできますか」
クララは銃撃の音に怯えながらも、自分のやるべきことがわかっているようだった。
「たぶん、できると思う。ちょっと待って」
しばらくすると、クララが声をかけてくる。
「ジーノさん、そのまま、フィロゾーマの殲滅をお願いします」
「言われなくても、そのつもりだ」
「彼らが持っている瓶や缶にクラゲの毒が入っているようです」
「誰かが流したのか」
「いえ、違うと思います。フィロゾーマは私達を食べる際、毒を吐いて捨てていました。おそらく、それを拾ってきたのでしょう」
「は、頭回るじゃねえか」
戦況は小さなフィロゾーマが文明の利器に対抗するすべなどなく、一方的だったが、何匹かのフィロゾーマはジーノに向かって、飛んできた。
「親分の敵」
「ウツボ様の敵」
片言の言葉で、彼らは死に物狂いで突進してきた。
ジーノはそれを耳にしつつも、撃ち殺した。
やがて辺りが、静かになると、外に出て傷口へと泳いでいく。安全を確認するとクララとコルルを呼んだ。
傷口は黒い毒で覆われており、素人目にもかなり不味いのだけはわかる。
「クララ、これ、素手で触れるのか」
「おすすめしません。弱い毒とは言え、これだけ濃縮されていれば、毒です。原始的ですが、フィロゾーマが持っていた瓶でバケツリレーするのがいいかもです」
「わかった、それなら俺が他のクラゲを呼んでくる」
そういって引き返したとき、足元に転がっていた一匹のフィロゾーマに足を掴まれた。
「ウツボ様は我らを守ってくれた。ウツボ様は、そう思ってなくても」
気にせず歩こうとしたとき、また、もう一匹のフィロゾーマが足を掴む。
「でも、大丈夫。必ず、敵、とる。我らの仲間、行った。もう遅い」
そして、次々と最後の力をふり絞り、フィロゾーマ達はジーノの足を掴んだ。
「我らの勝利だ」
ジーノは、彼らに銃口を向けたが、あまりの自信満々さを奇妙に思い、引き金は引かず、声をかけた。
「死ぬのはお前らだけだ、フィロゾーマ」
「我らも死ぬが、鯨も死ぬ」
「リタは死なない」
「我らの仲間、脳、行った。今ごろ毒、撒いている」
ジーノは足元のフィロゾーマを踏みつけた。
顔を青くしたクララがジーノに言う。
「ジーノさん今の、本当だと、不味いです」
「言われなくても、わかってる。毒は任せていいか」
「時間はかかるけど、脳の方が優先順位が上よ。さっさと行きなさい」
「頼んだ」
ジーノは潜水艦に飛び乗ると、噴気孔(鼻)を通り、脳へと向かった。進むにつれ、道幅は狭くなり、ついに潜水艦が通れなくなり捨てる。
ジーノは泳いで移動した。
脳付近までたどり着くと前方に、数匹のフィロゾーマがおり、撃ち殺した。
しかし、大元にはまだたどり着いていない。
追いつけぬまま、脳の入り口までたどり着いてしまう。
焦っていたジーノだったが、入り口の惨状を見て、足を止めた。
大量のフィロゾーマの死体が転がっていた。もうすでに戦闘が終わったかのようだった。
死体はつぶれたかのように、へこんだり中身が飛び出ている物もあるが、全く傷がないものもある。
ジーノはあまりの奇妙さに立ち尽くしていると肉の扉が開き、新たな死体が脳から転がってきた。
そして、何事もなかったかのように扉は閉まって行く。
中で何かが起きているのは明白だった。
ジーノは恐れながらも、確かめるべく扉を開いた。
すると、声が落ちてきた。
「また、来たんだね。ジーノ」




