第九節
それから、数日が経った。クラゲ達は荷物をまとめ、『リタ』へと乗り込んでいた。
「コルル、これ、要らないだろ」
「だめ、絶対いる」
「たぶん、もっといいやつが『リタ』の中にあるから、でかいものは置いてけ」
「だから、最低限にしたじゃん」
「これのどこが最低限だ」
すでにコルルの住処から運び出しを何往復もしている。
コルルの要望を聞いていると、いつまで経っても、出発できなくなる。
「やだ。全部大事だもん」
「取捨選択しろ」
「急いでないし、できる限り運ぼうよジーノ」
岩山と『リタ』を繋ぐ、『リタ』のヒレの上を歩いていると、急にリタが荷物を落とした。
ただ、落としただけなら、そこまで心配にならなかったのだが、リタはその場でうずくまった。
「大丈夫か」
咄嗟に手を伸ばしたが、リタが振り払う。リタは眉を潜めながら、叫んだ。
「みんな『私』に掴まって」
その瞬間、ヒレは大きく動き出し、ヒレの上を歩いていたジーノとクラゲ達は勢いよく転がった。
「おい、何があった」
「何かいる! ッ」
リタは腹を抱えた。何かを痛がっているようだった。
「大丈夫か!」
「平気、ちょっと噛まれただけ。早くここから離れよう。『私』に乗って」
ジーノは奥歯を噛みしめると、コルルに言う。
「リタとクラゲ達を頼んだ」
「あんたは」
「応戦する」
ジーノは、急いで『リタ』へ向かって走り出した。
急いで施設に戻ると、ジーノは潜水艦に乗り、外へ出た。
ライトを付けると、細長い黒い影が『リタ』を締め上げ、噛みついていた。
ジーノが影に向かって、魚雷を撃つ。命中した影は『リタ』を離し、海底に落ちた。
砂塵が舞い上がり、影は見えなくなった。
しばらく、様子を伺っていると、砂塵の中で影は起き上がり、ジーノを睨んだ。そのシルエットはまるで龍のよう。
影のプレッシャーに手に汗を握っていると、いきなり影は大きな口を開き、ジーノに向かって飛んできた。
咄嗟に、エンジンを動かし、回避すると、ジーノはすれ違うように影の真横を飛んだ。その巨体はゆうに潜水艦を飲み込めるほどの大きさをしており、気を抜くと一瞬で食べられることを知る。
同時に、そばを横切ってたことで、ジーノは影の正体を知った。
ウツボだった。しかし、こんなサイズは、見たことない。
ジーノはモニター越しに、ウツボが自分に向かって泳いできているのが見えた。
『リタ』の引きはがしには成功したらしい。
「来いよ」
ジーノは強く、操舵を握った。
ジーノは迫りくるウツボの飛びつきを、アクロバット飛行のように、全て避けていた。それだけではなく、ウツボが隙を見せれば、機体を反転させ、魚雷を撃つ。
ウツボは体を捻らし、魚雷を避ける。
一見、器用に見える動きだが、ウツボにとっては簡単なようで、さっきから一発も当たらない。
ジーノが『リタ』との距離や、エンジンの残量について考えていると、通信機が鳴る。
深海から通信が入るわけないのだが、それができるクラゲには心当たりがあった。
「こちら、ジーノ」
「繋がった。やっぱ改造しておいて良かった」
「いつやったのか問いただしたいが、今はいい。無事か」
「こっちは大丈夫。リタ様が少し負傷しているけど、クラゲはみんな乗り込んだわ」
「そうか」
「あんたは大丈夫なの」
「俺は問題ない。ただ、エンジンの残量があるから、いつかは離脱する必要がある。それまでは平気だ」
「なら、私戻る」
割り込むようにリタの声が響いた。
「馬鹿、離れてろ。俺はこいつを撒いて戻るから、心配するな」
正直、この巨体から逃げるのは難しい。
「でも」
短い雑音の後に、凛としたクララの声が響いた。
「私に考えがあります。けれども、それには準備が必要です。ジーノさんそれまで時間を稼いでいただくことは可能でしょうか」
「どのくらいだ」
「早くて、三十分くらいでしょうか」
「なら、耐えられるだろう。何するつもりだ」
「説明したいのは、山々ですが、ジーノさんのためにも時間が惜しいので、省かせていただきます。コルル、ジーノさんの通信をお願いします」
「わかったわ」
それを最後に、クララとリタの声はしなくなった。
リタの声がしないことに不安を感じたが、今はウツボの攻撃に集中する必要があり、考える暇はなかった。
コルルと情報を共有しつつ、時間を稼いでいると、モニターに巨大な魚影が写った。リタで間違いないだろう。
「なんで、リタを連れてきた。負傷してるんだろ」
「あんたが、簡単にあれを撒けるわけないことくらい、私達だってわかってるわ。私達はより確率が高い方を選んだだけ」
「お前、何するのか知ってるのか」
「知らないわ。でも、クララが準備している様子を見て、だいたいわかってるつもり」
遠くから機械音が鳴る。
「準備ができたようね。ジーノ、リタ様に向かって」
「それはできない」
「リタ様に危害が加わることはないわ。だから、来なさい」
ジーノは黙った。
策があるとはいえ、これ以上リタを危険な目に会わせたくはない。
「あんたが行かなくてもリタ様がそっち向かうわ。よりいい状態でぶつかれるなら、あんたが誘導しなさい」
「……了解した。何をすればいい」
「リタ様の前で、あいつの口を開けさせて。あんたを食べようとしてるみたいだから、できるでしょ」
「簡単に言ってくれるが、俺に死にかけろって言ってるもんだぞ」
「何、できないの」
「できるのをわかっていて、その言葉を言うな」
「じゃあ、死にかけろ」
コルルの会話は相変わらず、むかつくが、これしか方法がないことをなんとなく察していた。
ジーノは長く息を吐いた後、短く返事した。
「後の事は任せた」
その後、コルルは何か言っていたようだが、ジーノには聞こえていなかった。
全ての神経を潜水艦の操縦に向け、全力で誘導に徹した。
数分後、モニターにリタが映る。誘導は順調に進み、まもなくウツボはリタにぶつかるだろう。
「コルル、口を開けさせるタイミングとかあるか」
「ちょっと待って今聞く。……リタ様が合わせるって」
「わかった。なら、十秒後でいいか」
「え、ちょっと、待っていきなり過ぎない」
コルルは焦っていたが、モニターに映るリタの魚影は大きく角度を変えていた。
その動きを見て、リタが合わせられることを知る。
「リタ、聞こえてるんだろ。カウントする。五、四、」
ジーノはエンジンを弱めた。
背後からウツボが迫る。
「三」
見えない殺気が心臓を食らうような恐怖を感じた。
しかし、止まるつもりはない。
「二、一」
カウントと共に最大出力で飛ぶ。
目の前にはウツボよりも巨大なリタがいた。
「任せた、リタ!!」
人の耳にも聞こえる轟音が響いた。
直後、リタは潮を吹いていた。
発生した水流はジーノの真上をとんでもない速さで飛び、口の開いたウツボへと直撃した。
ウツボは大量の海水を口に含みながら、しばらく動かなかった。
しかし、ゆっくりと飲み込むとよろよろと起き上がる。
「さっさと、ずらかるぞ」
「その必要ないわ」
ウツボはジーノとリタを追おうと、泳ぎ始めたが、様子がおかしい。急に止まったり、小刻みに痙攣しており、動かない体をかばいながら、地を這っているようだった。
それでも前に進み続けたウツボだったが、ジーノとリタの前で遂に動かなくなった。
「何をしたんだ」
「あいつら、村のやつらを送り込んだの」
ウツボの口が少しだけ開くと、中からたくさんのクラゲが出てきた。
「まさか、さっきのしおふきで」
「そう」
「でも、こうはならないだろ」
「微弱だけど私達、一応毒は持ってるわ。一匹じゃなんの影響も与えられない毒だけど、致死量はある」
「一斉に刺したってことか」
「そう。どんなものでも、摂りすぎは毒ってクララが言ってたわ。例えば、海水の塩を排出できなくなると死ぬようにね」
クラゲ達はウツボの口から出てくると、動かなくなったウツボを見て誰もが勝利を喜んでいた。
その様子を見ていると、ジーノは肩の力が抜けた。
「ありがとう、助かった」
「助けてもらったんだから、当然でしょ」
「本当に助けられるとは思ってなかった」
「何、馬鹿にしてるの」
「そういうつもりはなかったが、そう考えてたのかもしれない」
「なにそれ、馬鹿?」
コルルのぶっきらぼうな声が通信機から響いた。
ようやく、平和が訪れたと思ったが、すぐに事件は起きた。
「嘘。ジーノ、早く戻りなさい」
先ほどとは違い、かなり焦った声。切羽詰まったといってもよい。
「どうした」
「いいから早く。リタ様が倒れた」
「ッ!!」




