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幽霊鯨へようこそ  作者: 雪国氷花
第二章 人と鯨とクラゲと
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第八節

 その後は簡単だった。統領をなくしたフィロゾーマはジーノを見るなり逃げ出し、岩山から去っていた。

 クラゲの村に再び平和が訪れた。


「クララ!」


 コルルがダッシュで泳いでくると、そのままの勢いでクララに抱きついた。


「コルル、よかった。あなたならきっととやってくれると思ってました」

「当然でしょ、あたしは、すごいんだから」


 威勢のいい言葉を吐きながらも、コルルの体は震えていた。


「よく、頑張りました。コルル」


 クララはコルルを抱き締めながらも、傘を優しく撫でていた。

 そんな二人を見守った後、ジーノは残党のフィロゾーマがいないか見回っていた。

 すると、洞窟からリタが泳いできた。


「あれ、ジーノ」

「リタ! 無事だったか」

「うん。無事だよ。あれ、モールス信号で伝えてなかったけ」

「いや、伝えてたが、聞くのと見るのでは違う」

「うーん、そうなんだ。よくわからないけど、ジーノも無事でよかったよ。クララちゃんもコルルちゃんも無事?」

「ああ、みんな無事だ」

「うん、よかった」


 リタは笑った。

 安堵と共に柔らかな笑みを見せたが、ジーノは一瞬顔を曇らせた。


「リタは大丈夫だったか」

「?、無事だけど、ほら」


 リタはその場でくるくる回る。


「いや、俺と別れた後、大丈夫だったか。フィロゾーマを引き付けていただろ」

「あーあれ。捕まっちゃったから、すぐ『私』に戻ったよ。ジーノも知ってるでしょ」


 鯨の本体は、交流器官ではなく鯨の体の方だ。

 その気になれば、いつでも交流器官を泡にして壊し、本体からまた生み出される。

 リタはこれを使ったのだろう。


「悪かった」


 リタは首を傾げる。


「どうして」

「一度死んだみたいなものだろ」


 リタは首を振る。


「そんなことないよ。私は鯨だし、交流器官は、ただの器官でしかないから。なくなったら、また作られるだけ。ほら、擦りむいたら、かさぶたができていつの間にか直ってるでしょ。それと同じだよ。それに、あのとき、ああしかなかったでしょ」

「わかっていたとしても、いろいろと思うことがあるんだ」

「ジーノは変なところでまじめだね。ただの種の違いだと思うけど」

「一応、海鯨隊だからな。鯨に何かあるのは嫌なんだ」

「うーん、そうなんだ。よくわからないけど、嬉しいから、ありがとうって言うね」


 リタはにこにこしながら、ジーノの隣を泳いだ。

 ジーノはその素直さに少々複雑な気持ちを抱きつつも、無事を祝い、笑みを返した。



 村に戻ると、クラゲ達から歓迎された。

 特にリタはクラゲ達からすれば、二度助けられたことになり、すぐにリタの周りはすぐにクラゲ達でいっぱいになった。

 各々感謝感激の言葉を述べており、リタは戸惑いながらも、それらをしっかり受け止めていた。

 一方ジーノは、


「あんたは不人気みたいだから、あたしがきてやったわ。感謝しろ」

「そう、嫌そうに来ても嬉しくなんだが」

「別に嫌々来たわけじゃない。あんたにお礼言ってなかったしね。ありがとう」


 ジーノは少し驚きながらコルルを見る。


「お前、素直にお礼言えたんだな」


 ぷつーんと何かが切れる音がした。


「ほんと、いちいちうるさい。死ね」

「コルル、言いすぎですよ。すみません。ジーノさん。コルルは素直じゃないんです」

「知っている。ここ数日、一緒に過ごしたからな。本当に大変だった」


 ジーノが苦笑いしながら言うと、クララが頭を下げた。


「私が代わりに謝ります。本当にすいません。ただ、コルルが悪い子ではないのは、わかっていただけたでしょうか」

「まあな」

「なら、よかったです」


 クララは微笑んだ。


「クララ、こんなやつに謝らなくていい」

「コルル、お礼は大事ですよ。コミュニケーションの第一歩です。それに、ジーノさんは私達の命の恩人ですよ」

「礼は言うけど、敬意を払う気にはなれない。いろいろうるさいし」

「ちょっと、コルル」


 コルルは、傘の後ろに触手を組みながら、気だるそうに去っていった。


「すみません。コルルがお世話になりました」

「頭は下げなくていい。俺も俺で世話になったしな。本人はあれだけど、いろいろ勉強になった」

「そう言っていただけると幸いです。コルルはガラクタ弄りという趣味もあって、村のみんなに不気味がられて、誰も近づきませんでした。なので、ジーノさんのような理解者ができたことはとても嬉しいです」

「それは、どうも」


 コルルの素性を知り、ジーノは少し驚いた。

 てっきり、コルルには悪いが性格上、煙たがられていると思っていた。しかし、それ以前に、ガラクタ弄りという時点で、村のみんなから、避けられていたようだった。

 クララはどこか柔らかい目で、コルルの作った鉄パイプドームの回りに集まるクラゲ達を見て言った。


「今回の件てガラクタの評価が見直されそうです」

「よかったな」

「はい。これで、コルルも胸を張って村に溶け込めるでしょう。新しい技術というものは常に嫌われますからね」


 しみじみとしているクララを見て、ジーノは眉を潜めた。


「まさかとは思うが、最初っから、これが狙いで俺にコルルを合わせたのか」


 クララがくるりとジーノの方を向く。


「さあ、どうでしょう。私は村のみんなを救うために行動したまでです」

「お前、結構策士だよな」

「なんのことでしょう。私はただ深海で偶々あった臆病なクラゲですよ」


 クララはただおっとりと笑っていた。


「さて、ジーノさん。本題へ移りましょうか」

「今のは、本題じゃなかったのかよ」

「お礼も、本題の一つではありますが、もう一つ本題があります。私達にとっては、こちらが重要になりますので」

「なんだ」

「これからお二人はどちらに向かわれる予定なのでしょうか」


 この質問をした途端、急に辺りが静まり返った。

 クラゲ達の視線がジーノに向く。

 ジーノは妙な気味悪さを感じつつも、なるべく平然と答えた。


「浅海に行くつもりだ。行き方はまだ模索中だが」

「やはり、そうですか。何日くらいでここを出発されますか」

「まだ、決めてない。が、得れる情報がなくなるまでかな」

「そうですか」


 クララは困った顔をし、視線を落とした。

 それを見ていたリタが心配そうに聞く。


「どうしたの」

「いえ、リタ様、ジーノさんが気にすることではありません。お二人がここを離れたら、フィロゾーマは再び村にやってくるでしょう。その前に私達は新しい住みかを見つけなければなりません」

「ああ、なるほどな」


 弱肉強食。自然界では覆らないルールだ。

 ジーノは眉を潜めながらも、ちらりとリタを見た。

 リタは不安そうな顔をしている。

 正直、ジーノがクラゲに手を貸したのは、リタがここを離れそうにないからという理由もあった。

 今のクララの話を聞いて、またそうなってしまうのではと考えていたところ、リタが口を開いた。


「だったら、私に乗る?」


 その提案には、クラゲ達ではなく、ジーノも驚いた。


「いえ、リタ様、いくらなんでもそれは」

「ううん。全然いいよ。鯨は人を乗せる生き物だけど、今の『私』にはジーノと先生しか、いない。深海には人はいないでしょ。私が浅海に行くまでの間なら、大丈夫だよ。ジーノはいい?」

「リタがいいなら、俺はいいが」

「うん、じゃあ、そうしよう」


 リタの和やかな空気とは反対に辺りの空気は凍りついていた。


「あれ、嫌だった」


 リタが不安を口にすると、クラゲ達は各々喜びの咆哮をあげた。


「リタ様万歳!!」

「一生付いていていきます!!!」

「リタ様大好き!!!!」

「え、ええ!?」


 リタが何か言う間もなく、クラゲ達に抱き締められ、もみくちゃになっていた。しばらく抜け出すことはできないだろう。


「よかったな」

「本当にリタ様には感謝しても感謝しきれません」


 たくさんのクラゲ達に絡まれながらも、リタは嬉しそうに笑っていた。

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