第八節
その後は簡単だった。統領をなくしたフィロゾーマはジーノを見るなり逃げ出し、岩山から去っていた。
クラゲの村に再び平和が訪れた。
「クララ!」
コルルがダッシュで泳いでくると、そのままの勢いでクララに抱きついた。
「コルル、よかった。あなたならきっととやってくれると思ってました」
「当然でしょ、あたしは、すごいんだから」
威勢のいい言葉を吐きながらも、コルルの体は震えていた。
「よく、頑張りました。コルル」
クララはコルルを抱き締めながらも、傘を優しく撫でていた。
そんな二人を見守った後、ジーノは残党のフィロゾーマがいないか見回っていた。
すると、洞窟からリタが泳いできた。
「あれ、ジーノ」
「リタ! 無事だったか」
「うん。無事だよ。あれ、モールス信号で伝えてなかったけ」
「いや、伝えてたが、聞くのと見るのでは違う」
「うーん、そうなんだ。よくわからないけど、ジーノも無事でよかったよ。クララちゃんもコルルちゃんも無事?」
「ああ、みんな無事だ」
「うん、よかった」
リタは笑った。
安堵と共に柔らかな笑みを見せたが、ジーノは一瞬顔を曇らせた。
「リタは大丈夫だったか」
「?、無事だけど、ほら」
リタはその場でくるくる回る。
「いや、俺と別れた後、大丈夫だったか。フィロゾーマを引き付けていただろ」
「あーあれ。捕まっちゃったから、すぐ『私』に戻ったよ。ジーノも知ってるでしょ」
鯨の本体は、交流器官ではなく鯨の体の方だ。
その気になれば、いつでも交流器官を泡にして壊し、本体からまた生み出される。
リタはこれを使ったのだろう。
「悪かった」
リタは首を傾げる。
「どうして」
「一度死んだみたいなものだろ」
リタは首を振る。
「そんなことないよ。私は鯨だし、交流器官は、ただの器官でしかないから。なくなったら、また作られるだけ。ほら、擦りむいたら、かさぶたができていつの間にか直ってるでしょ。それと同じだよ。それに、あのとき、ああしかなかったでしょ」
「わかっていたとしても、いろいろと思うことがあるんだ」
「ジーノは変なところでまじめだね。ただの種の違いだと思うけど」
「一応、海鯨隊だからな。鯨に何かあるのは嫌なんだ」
「うーん、そうなんだ。よくわからないけど、嬉しいから、ありがとうって言うね」
リタはにこにこしながら、ジーノの隣を泳いだ。
ジーノはその素直さに少々複雑な気持ちを抱きつつも、無事を祝い、笑みを返した。
村に戻ると、クラゲ達から歓迎された。
特にリタはクラゲ達からすれば、二度助けられたことになり、すぐにリタの周りはすぐにクラゲ達でいっぱいになった。
各々感謝感激の言葉を述べており、リタは戸惑いながらも、それらをしっかり受け止めていた。
一方ジーノは、
「あんたは不人気みたいだから、あたしがきてやったわ。感謝しろ」
「そう、嫌そうに来ても嬉しくなんだが」
「別に嫌々来たわけじゃない。あんたにお礼言ってなかったしね。ありがとう」
ジーノは少し驚きながらコルルを見る。
「お前、素直にお礼言えたんだな」
ぷつーんと何かが切れる音がした。
「ほんと、いちいちうるさい。死ね」
「コルル、言いすぎですよ。すみません。ジーノさん。コルルは素直じゃないんです」
「知っている。ここ数日、一緒に過ごしたからな。本当に大変だった」
ジーノが苦笑いしながら言うと、クララが頭を下げた。
「私が代わりに謝ります。本当にすいません。ただ、コルルが悪い子ではないのは、わかっていただけたでしょうか」
「まあな」
「なら、よかったです」
クララは微笑んだ。
「クララ、こんなやつに謝らなくていい」
「コルル、お礼は大事ですよ。コミュニケーションの第一歩です。それに、ジーノさんは私達の命の恩人ですよ」
「礼は言うけど、敬意を払う気にはなれない。いろいろうるさいし」
「ちょっと、コルル」
コルルは、傘の後ろに触手を組みながら、気だるそうに去っていった。
「すみません。コルルがお世話になりました」
「頭は下げなくていい。俺も俺で世話になったしな。本人はあれだけど、いろいろ勉強になった」
「そう言っていただけると幸いです。コルルはガラクタ弄りという趣味もあって、村のみんなに不気味がられて、誰も近づきませんでした。なので、ジーノさんのような理解者ができたことはとても嬉しいです」
「それは、どうも」
コルルの素性を知り、ジーノは少し驚いた。
てっきり、コルルには悪いが性格上、煙たがられていると思っていた。しかし、それ以前に、ガラクタ弄りという時点で、村のみんなから、避けられていたようだった。
クララはどこか柔らかい目で、コルルの作った鉄パイプドームの回りに集まるクラゲ達を見て言った。
「今回の件てガラクタの評価が見直されそうです」
「よかったな」
「はい。これで、コルルも胸を張って村に溶け込めるでしょう。新しい技術というものは常に嫌われますからね」
しみじみとしているクララを見て、ジーノは眉を潜めた。
「まさかとは思うが、最初っから、これが狙いで俺にコルルを合わせたのか」
クララがくるりとジーノの方を向く。
「さあ、どうでしょう。私は村のみんなを救うために行動したまでです」
「お前、結構策士だよな」
「なんのことでしょう。私はただ深海で偶々あった臆病なクラゲですよ」
クララはただおっとりと笑っていた。
「さて、ジーノさん。本題へ移りましょうか」
「今のは、本題じゃなかったのかよ」
「お礼も、本題の一つではありますが、もう一つ本題があります。私達にとっては、こちらが重要になりますので」
「なんだ」
「これからお二人はどちらに向かわれる予定なのでしょうか」
この質問をした途端、急に辺りが静まり返った。
クラゲ達の視線がジーノに向く。
ジーノは妙な気味悪さを感じつつも、なるべく平然と答えた。
「浅海に行くつもりだ。行き方はまだ模索中だが」
「やはり、そうですか。何日くらいでここを出発されますか」
「まだ、決めてない。が、得れる情報がなくなるまでかな」
「そうですか」
クララは困った顔をし、視線を落とした。
それを見ていたリタが心配そうに聞く。
「どうしたの」
「いえ、リタ様、ジーノさんが気にすることではありません。お二人がここを離れたら、フィロゾーマは再び村にやってくるでしょう。その前に私達は新しい住みかを見つけなければなりません」
「ああ、なるほどな」
弱肉強食。自然界では覆らないルールだ。
ジーノは眉を潜めながらも、ちらりとリタを見た。
リタは不安そうな顔をしている。
正直、ジーノがクラゲに手を貸したのは、リタがここを離れそうにないからという理由もあった。
今のクララの話を聞いて、またそうなってしまうのではと考えていたところ、リタが口を開いた。
「だったら、私に乗る?」
その提案には、クラゲ達ではなく、ジーノも驚いた。
「いえ、リタ様、いくらなんでもそれは」
「ううん。全然いいよ。鯨は人を乗せる生き物だけど、今の『私』にはジーノと先生しか、いない。深海には人はいないでしょ。私が浅海に行くまでの間なら、大丈夫だよ。ジーノはいい?」
「リタがいいなら、俺はいいが」
「うん、じゃあ、そうしよう」
リタの和やかな空気とは反対に辺りの空気は凍りついていた。
「あれ、嫌だった」
リタが不安を口にすると、クラゲ達は各々喜びの咆哮をあげた。
「リタ様万歳!!」
「一生付いていていきます!!!」
「リタ様大好き!!!!」
「え、ええ!?」
リタが何か言う間もなく、クラゲ達に抱き締められ、もみくちゃになっていた。しばらく抜け出すことはできないだろう。
「よかったな」
「本当にリタ様には感謝しても感謝しきれません」
たくさんのクラゲ達に絡まれながらも、リタは嬉しそうに笑っていた。




