第四節
フィロゾーマを避けつつ、南へ向かって泳いでいた。
その途中、休憩するために岩に足をつくと、するりと滑った。
そのまま体勢を崩し、岩に手をつく。ぬるりとした触感が手についた。
ライトで照らすと、岩には薄く藻が生えていた。
光の届かない深海になぜ植物が生えているのだろうか。
周囲をライトで照らすと、いつの間にか地面や壁は藻だらけになっていた。
その中に明らかに岩に生えてないであろう形をした藻があった。
天井から細く垂れており、末端は少し膨らんでいる。
ジーノは不思議に思いながら、その怪しげな藻を剥がすと、中はガラスだった。
丁寧に藻を剥がしていくと、全貌が明らかになる。
「電球か?」
大昔に使われていた照明器具。知識としてしか知らない。
今は光ってないが、深海でありながら、藻が生えているのは、光っている時があるからだろうか。
なぜと思いつつも、ジーノは先へ進んだ。
電球のシルエットはジーノの行く先々でいろんな角度から見られた。
***
機械音がなり、目を覚ます。
モニターを見ると、見たことない生物が映っていた。
最初は何も考えずただ観察していたが、浅海から落ちてくる文献に書いてある人間ということに気づく。
モニターに釘付けになっているとその背に親友の触手があることに気づいた。
その瞬間、頭は急速に冷えた。
最初に芽生えたのは恐怖。けれども、怒りが徐々に体を支配していった。
自分がどれだけ戦えるかわからない。
けれども、なんとしても敵はとらねばならなかった。
無数にある触手で、目の前にある機器を操作し始めた。
「絶対、殺す」
***
進めば進むほど、植生は豊かになっていった。
始めは藻だけだったが、今は海草が生えている。電源が入っていなかった照明機器だが、この辺りは電源が入っており明るい。
深海にこんな場所があるとは、思ってもいなかった。
海草の上を泳いでいると、微かに音が聞こえた。自然界では聞こえないはずの金属が擦れるような音。
妙に思ったジーノは、海草の根元を見に行った。そこにはたくさんの関節がついた鉄パイプのようなものが落ちていた。
浅海から落ちてきたとしても、こんな岩山の中に落ちるだろうか。
そう考えていると、突如、鉄パイプは動き出した。
海底から姿を見せるとそれは、タコの足の如く大きくしなった。
直感的に危機を感じたジーノはその場から離れる。
直後、鉄パイプは先ほどジーノがいた場所目掛けて飛んで来た。
鉄パイプはものすごい音を立て、岩にぶつかると、ゆらゆらと揺らめきながら、再び姿を見せた。
狙われているのは明らかだった。
ジーノがすぐさまその場から逃げた。
幸いにも、鉄パイプは地面に固定されているようで、追うことができない。
けれども、逃げた先から次々と鉄パイプが姿を現した。
海底、天井、壁、至るところから鉄パイプが現れ、一瞬で囲まれた。
「死ね」
どこからかくぐもった声が聞こえ、一斉に鉄パイプがしなり始める。
囲まれたジーノは唯一持っていた武器を構えると、銃と背中に挟まっていたクララの触手が飛び出した。
その瞬間鉄パイプの動きは止まる。
「クララを盾にするなんて、この卑怯もの!」
「!、お前、コルルか」
「あんたに名乗る名前なんてない。あんたはクララを…………許さないっ」
その瞬間、ジーノは声の主が誤解をしていることを悟る。
「違う、俺は」
「ふざけるな、絶対に殺してやる」
突如ジーノの足が鉄パイプに掴まれる。
咄嗟に宙に浮いていたクララの触手に手を伸ばしたが、別の鉄パイプが奪い取った。
海底まで落ちたジーノの足には鉄パイプが巻き付いており、動けない。
なんとか抜け出そうとするが抜け出せず、頭上から、巨大な筒状のものを向けられた。
「死ね」
短い言葉と共に、何かが放出された。その瞬間、肺を刺すような強烈な痛みを覚えた。
あまりの息苦しさに地に手をつけ、咳き込んでいると、藻の中で何かが引っかかった。
見れば、コードのようなものが見えた。
ジーノはすぐさまそれを銃で撃つとコートは千切れ、足についていた鉄パイプが動かなくなる。
急いで筒から離れると、声が聞こえた。
「あれで死なないなんて、しぶとい」
「ごほっ、ごほ、話を、聞け」
「うるさい」
「俺は、……ごほっ、クララに頼まれた」
「あんたの口なんて聞きたくない」
「コルルに会え、って、俺を送り出した。天才の、コルルなら、村を助けられるって」
「何」
初めて、ジーノの声で攻撃が止まる。
「今、なんて言った」
「コルルなら村を助けれるって」
「その前!!」
「コルルに会えって俺を送り出した」
「違う、天才って言わなかった」
「……言ったが」
なぜ、そんなことを確かめるのか。疑問に思ったが、攻撃は完全に止まった。
しかし、
「嘘、絶対に嘘。あんたが知っているわけない。クララを殺すときに、聞いて適当に言ってただけだ。絶対に嘘」
岩の中から、先ほどよりも巨大な筒がジーノに向けられた。
あれが何かわからないが、さっきよりもやばいのだけはわかる。
「落ち着け」
用心深いと聞いていたが、これは用心深いというより、疑心暗鬼だ。
説得するのは、難しい。
絶体絶命、そう思ったとき、古い記憶がよみがえった。
信じたいなら、まず、自分から信じるといい。おのずと、自分も相手も心を開くものだ。
ジーノは銃を投げ捨てた。
「俺は、戦う気はない」
「あ、そう。じゃあ、死ね」
「俺は、クララの想いに答えたいだけだ」
起動しかけていた筒の音が小さくなる。
「あんた、口だけは達者ね。詐欺師の才能あるよ」
「それはどうも。でも、なる気はない」
「…………」
両者動かぬまま、時が過ぎる。
「村を救いたくはないのか」
「救えるなら、とっくの昔にやってる」
「やっぱり、お前一人ではできないのか」
「からかってるつもり?」
「そういうわけじゃない。クララが俺とお前が会うことで、村は救えるって言ってた」
「嘘ばっかり」
そう言いつつも、筒から何かが放出されることはなかった。
緊迫した空気が流れていたが、ドンと机か何かを叩く音が聞こえ、静寂は破られた。
「ペテン師が」
吐き捨てるような声の後、ジーノに向けられた筒は岩の中に戻っていった。
同時に鉄パイプも海草や藻の中へ消えいく。
最後に残った鉄パイプが海草をかぎ分けると、その先に藻が生い茂った小さな洞窟があった。
鉄パイプはそのまま動かない。
来いということだろうか。
ジーノは洞窟の中へ入っていった。
洞窟の壁は規則的な凹凸をしており、触ってみると、案の定、コードが出てきた。壁、床、天井一面、コードに覆い尽くされているようだった。
この先に何が待っているか、不安に思いながらも、ジーノは足を進めた。
洞窟を抜けると、一隻の小さな潜水艦が岩に墜落している小部屋にたどり着いた。
小部屋は潜水艦のライトに照らされて色とりどりの海草が生えており、まるで、月明かりに照らされたアクアリウムのようだった。
これだけ見ると、美しさを感じさせるが、壁一面を覆い尽くすコードが、不気味さを演出し、台無しにしていた。
コードはジーノが通ってきた洞窟からはもちろん、岩のあらゆる隙間から延びており、その全てが潜水艦へと向かっている。
恐る恐る、潜水艦に近づくと、入り口が開いた。
中から一匹のクラゲが出てくる。
クラゲが宙を見上げると岩の隙間から延びてきた鉄パイプから、触手を受け取った。
「ごめん、クララ」
クラゲは触手を抱き締めた。
「お前がコルルか」
「そう。あんたは」
「ジーノ・トゥレイス」
「そ。あんた、人間?」
「そうだが」
「へー」
会話は弾まない。
「あんた、クララになんて言われたの」
「コルルに会えって言われた。村を助けられるって」
コルルはしばらく黙った後、口を開く。
「残念だけど、それは無理よ」
「は? なんでだよ」
「私のこと、天才って言ったよね。でも、そう思ってるのはクララだけ。あたしはただのガラクタいじり。村なんて救えない。クララを助けられない」
クララの触手をぎゅっと抱き締めた後、潜水艦のドアに手をかける。
「だから、帰って。あたし、何もできないから」
「だからと言って、はい帰りますとは言えないだろ。俺だって俺の事情がある」
コルルはちらりとジーノを見る。
「じゃあ、好きにして。私も好きにするから」
そう言い残すと、潜水艦の中に入ってしまった。
クララが触手を切ってまで、ジーノを送り出した理由がわかった気がした。




