第三節
クララの後を泳いで行くと、広間に出る。ライトで、辺りをうっすら照らすと、凸凹した岩に囲まれていた。
幽霊が出ると言われたら信じてしまいそうな辛気臭い雰囲気のある洞窟だった。
岩肌に沿って泳いでいると、急にクララが止まった。
「どうした」
「ここです」
クララはそう言ったが、周りには岩以外何もない。
地面に隙間でもあるのかと思い、ライトで照らしても何もなかった。
「何もないが」
「上です」
ジーノがライトで天井を照らすと、おびただしいほどフィロゾーマが張り付いていた。
あまりの数にジーノは寒気を覚えていると、一匹のフィロゾーマが天井から地面へ落ちてきた。
天井に張り付いているときは気づかなかったが、大きさはゆうにジーノの二、三倍を超えている。
「案内、ご苦労だった」
「……はい」
暗い顔をしたクララが答えた。
何が起こっているかわからず、クララを見ると、クララは申し訳なさそうな顔をして二人に言った。
「ごめんなさい。リタ様、ジーノさん。私、お二人をここに連れてくるようフィロゾーマに言われてました」
クララの傘の上にはいつの間にか一匹のフィロゾーマが乗っていた。
フィロゾーマはクララを脅すように、傘にかぶりついた。
「ごめんなさい。こうしないと、みんな食べられてしまうんです」
ジーノはすぐさま、リタの手を引いた。
「逃げるぞ」
「え、でも」
リタは戸惑いながらも、一度、クララを見たが、ジーノはリタの手を強く引く。
さすがのリタも状況を理解したようで、すぐさま泳ぎ出した。
しかし、フィロゾーマが尻尾を大きく動かすと、一瞬で追いつかれる。
「逃がしはしないぞ、人間。この時を楽しみにしていた」
「クソッ」
持っていた銃を構えると、フィロゾーマを撃った。しかし、殻がかなり固いようで、弾を跳ね返す。
「そんなものか、浅海を統べる人間という者は」
フィロゾーマは手を上げると、ジーノ目掛けて振り落とした。
とっさにつれていたリタを押して、その勢いで二人とも避ける。
しかし、追撃の足が目の前に来ており、避けることができず、ぶつかった。
地面に転がりながらも、ジーノは負けじとフィロゾーマの足を撃った。
よろけはしたが、殻が固く、致命傷とはならない。
「ジーノ!!」
「来るな」
叫んだが、鯨が人を見捨てるはずなどなく、リタは寄ってくる。
「ジーノ、大丈夫」
「大丈夫だから、早く逃げろ」
「だめだよ、ジーノ、死んじゃう」
「そう簡単にくたばらねえ」
「だめって言ったらだめ!!」
リタの頭突きが、ジーノの額に直撃した。さすがのジーノもよろける。
額をおさえながら、リタを見ると、怒っていた。
「ジーノは生身なの。私は交流器官。私の本当の体は、外にある。囮にするなら私の方がいいよ」
「だからといって、置いていけるか」
「ジーノは命があるからだめ。だから、私に任せて」
「待て」
ジーノはリタの手を掴もうとしたが、肩が痛み、届かなかった。
リタはジーノの手をすり抜けると、フィロゾーマの前に立った。
「フィロゾーマさん、人より、鯨の方がおいしいと思うよ」
「ほう、そなたは鯨か。珍しい」
フィロゾーマは手を伸ばしたが、リタは泳いで避ける。
「でも、私、簡単に食べられる気はないんだ。だから、私を捕まえてみてよ」
リタは泳ぎだした。
「面白い」
フィロゾーマは尻尾を使い、素早く泳ぎリタに追いついた。腕を伸ばしリタを捕まえようとするが、リタは人魚のように華麗に水中を舞う。
「小賢しい」
「すぐに捕まらないもん」
べーと可愛く舌を出すと、リタはフィロゾーマをかき乱すように周囲を回り始めた。
次第にフィロゾーマはリタに夢中になっていく。
ジーノはその隙にフィロゾーマに照準を定めたが、銃が効かない以上、なんの意味もない。
「くそ」
自分の無力さを感じつつも、リタの思いを無下にできず、その場を去った。
リタと別れ、ジーノが一人で泳いでいると、後ろから声が聞こえてきた。
「ジーノさん、待ってください」
振り向くと、そこにはクララがいた。
驚きはしたが、すぐさま銃口を向ける。
クララはぴたりと止まるが、震えながらも、こちらへ泳いできた。
「止まれ」
「できません」
「撃つぞ」
「もう少しだけ待ってください」
ジーノは下に下りながら、クララと距離を取るが、クララが泳いでいる以上、距離は一定のままだ。
フィロゾーマに脅されているとはいえ、騙した前科は大きい。
本当に撃つか迷っていたところ、クララが声を上げた。
「今です、ジーノさん。フィロゾーマを撃ってください」
その瞬間、クララの傘に乗っていたフィロゾーマが飛び出した。
その動きは素早いが、エビである以上、後ろにしか動かない。
斜めに動かなければ、当てるのは簡単だった。
銃声と共に、フィロゾーマは撃ち抜かれる。小さなフィロゾーマの殻は柔らかいようで、銃弾は貫通し、フィロゾーマは動かなくなった。
それをクララが確認すると全身の力が抜けたようで、クラゲらしく、ゆらゆらと漂い始めた。
「よかった」
「何がだ。こっちは死ぬと思った」
「それはごめんなさい」
「また、何か企んでいるのか」
「違います……と言いいたいのですが、そうです」
ジーノは無言で銃口を突きつけた。
クララは慌てて訂正する。
「違います、違います。違わないけど違います。だから、ガラクタを向けるのはやめてください」
「ガラクタ?」
クララが降参するように、両触手をあげながら、説明する。
「浅海から落ちてくる物を私達はそう呼んでいます」
「へー」
「そ、それでですね。ジーノさん。ここから南に行ってくれませんか」
「なぜだ」
クララは震えながらも、触手に力を込める。
「私を信用できないのはわかります。でも、私はフィロゾーマのエサにするためにジーノさんを連れてきたのではありません。……巻き込んでしまったことはお詫びします」
「……」
正直、信用はできない。しかし、必死に訴えかけてくるクララは嘘をついていないように見えた。
「……何をしてほしい」
「!、行ってくれるんですか」
「聞いただけだ。行くとは言ってない」
「そ、そうですよね。でも、ありがとうございます。……この岩の最南にはコルルっていう子がいます。コルルと会ってくれませんか」
「なぜ」
クララの目にかすかに光が宿る。
「コルルなら、きっとみんなを助けられるからです」
希望に満ちた声が水中に響いた。
「会うだけで、助けられるなら、こんなことになってないだろ」
「コルルは天才です。きっとなんとかしてくれます。それに、ジーノさん。ジーノさんがコルルがに会うことに意味があるんです」
ジーノは眉を潜めた。
正直、そこまで、クララ向きになる理由がジーノにはわからなかった。
そんなジーノを見て、クララは勝ち誇ったかのように、ジーノに告げた。
「どうやら、行ってくださるみたいですね」
「俺はまだ何も言っていないぞ」
「そうですね。でも、私には少し興味が沸いたように見えました。それにまだと。少なからず、検討はしていただいてると思っています」
ジーノは顔をしかめた。クララは続ける。
「ご返事をいただく必要はありません。これは私達の問題ですから。部外者のリタ様、ジーノさんが手を焼く必要はありません。ただ、私達にとってはなにがなんでも、行ってもらわなければ困るのです」
クララは触手で自分の触手を持つと、引っ張りだした。何をしているのかわからず黙って見ていたが、引っ張る力が収まらないことに、ジーノは狂気的な何かを感じた。
まさかと思い、止めようとした時、ぷつと小さな音と共に一本の触手が抜けた。
クララは抜けた触手をジーノに投げる。
「これを持っていってください」
「なんだよこれ」
「私の触手です」
あまりの衝撃に一度言葉を失う。
「なんでこんなことするんだよ」
「ちゃんと、理由はありますよ。私も狂人ではありません」
「だとしても、抜くことないだろ」
「いいえ、あります。これはコルルに見せるためです。これを見せることで私からの頼みであると証明してください」
「……これがクラゲなりの最上級の頼み方なのか」
ジーノが苦い顔をしながら、尋ねるととクララは首を振る。
「いいえ、違います。コルルはこうでもしないと、私の頼みだと信じないでしょう。人のジーノさんを送るのですから。それにコルルは用心深いです」
「苦渋の判断ってことか」
「はい」
ジーノは口を閉じた。
今まで、散々敵視してきたクララだったが、クララにはクララなりの理由があるのは理解した。
「わかった」
ジーノは落ちてくる触手を受けとった。
「ありがとうございます」
「善処だけはしてやる。もともと助ける予定ではあったからな。助けられたら、覚えとけ」
「はい。お待ちしております」
クララは丁寧にお辞儀をすると、ふわりと宙を舞い去っていった。
ジーノはクララを見送った後、足を進めた。
行き先は南。




