第二節
夜眠っていると、妙な寝苦しさを覚え、目を覚ます。
誰かに見られている。そんな感覚だった。
うっすらと開く視界に、何かが映るとジーノが反応する前にそれは叫んだ。
「きゃーーー!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
その声でジーノは驚き、飛び起きた。
見ると、部屋の角で震えているクラゲの姿があった。
声や怯える様子から、今日出会ったクラゲで間違いなさそうだった。
「あの」
「ひぃっ!!」
ジーノが声をかけた瞬間、クラゲは部屋のドアに向かって泳いだ。
しかし、ドアは閉まっており、勢いよくぶつかる。
そのまま、ふらふらと床に落ち動かなくなった。どうやら気絶したようだった。
「なんなんだ、こいつ」
言いたいことや聞きたいことは山ほどあるが、倒れた以上聞くことはできない。
仕方ないので、ベットで寝かせていると、騒ぎを聞きつけたのか、目を擦りながらリタがやって来た。
「どうしたの、ジーノ? あれ、クラゲ?」
「みたいだな。どうやってここまで入ってきたか知らないが」
「大丈夫?」
クラゲが倒れているのを見て、心配そうに近づいた。
「自分で勝手にぶつかっただけだ。しばらくすれば起きるだろう」
「そうだと、いいんだけど」
リタはベットから離れなかった。
なんだかんだ心配らしい。これも鯨の慈愛なのだろうか。
また、暴れられると面倒なので、ジーノは距離をとり、部屋の端で起きるのを待った。
しばらくするとクラゲは目を覚ました。
「あれ、リタ様」
「大丈夫?」
「私は大丈夫です。っ!」
ジーノを見るとやはりクラゲは固まったが、少し距離をとってるせいか、今までで一番落ち着いているように見える。
「大丈夫だよ。ジーノは怖くない」
「リタ様が言うなら、間違いないと思います。でも、……」
クラゲはジーノをちらりと見る。一瞬傘が揺れたため、目を反らしたように見えた。
「あ、あの、ごめんなさい。忍び込んでしまって」
「どうやって入ったかは知らないが、何しに来た」
「えっと、私、人に興味あって、その、すごい観察したくて……」
「……」
よくわからないが、ジーノは寒気にも似た何かを感じた。
一方、クラゲは触手で傘を掴んで、どこか恥ずかしそうにしている。
ジーノは軽い咳払いをした後に、問いかけた。
「お前、何者だ」
「私はクララと申します。昔、リタ様に村を救っていただきました」
「リタに?」
「はい」
そう言うと、クララはリタを見た。
しかし、リタは覚えがないようで、首を振る。
「ごめん。わからない」
「あの、リタ様、先程から気になっていたのですが、私達のこと、覚えてないですか」
「うん」
「そう、ですか」
クララは残念そうに、うつむいた。
「クララちゃんは、私に会ったことあるの」
「はい、あります」
「いつ?」
「数年前くらいでしょうか。村が食糧難に陥ったときです」
「そうなの」
「はい。その時、リタ様が食糧を運んでくださり、村は救われました。ですので、リタ様は、私達の英雄なのです」
クララは、嬉しそうに語った。
「そんなことがあったんだね」
「はい。あのときは助かりました。あと」
そう言い残すと、クララはお辞儀するかのように傘を下げた。
「リタ様、ジーノさん、ありがとうございます。私をフィロゾーマから救ってくれて」
「フィロゾーマ?」
「はい。私の傘についてたものです」
クララが触手で傘を指しながら言うと、ジーノは食べたエビのことを思い出した。
「フィロゾーマは私達の天敵です。私は彼らに脅されていたのですが、ジーノさんが取っていただいたことにより、私は自由の身となりました。ありがとうございます」
「深海にも食物連鎖はあるんだな」
「そうです。私達は生きてますので。……あと、その、フィロゾーマはどうしましたか」
クララが恐る恐る聞くと、リタが笑顔で言った。
「食べたよ」
「え!」
「鍋にして食べたんだ。おいしかった」
無邪気にリタが言うと、クラゲが震え始めた。
また、パニックになるのではと身構えたジーノであったが、反応は全く違った。
クララは触手でリタの手を掴むと嬉しそうにぶるんぶるんと振った。
「さすがリタ様! 私達の英雄です!」
「へ?」
リタは話を理解していないが、腕を振るのが楽しいのか、一緒に振り始めた。
まるで、腕を大縄でもするかの勢いだ。
大縄が終わるとクララは落ち着きをとり戻し、リタから離れる。
しかし、先程とは様子が違い、どこか、不安げな背中に見えた。
ジーノとリタはその、情緒の上がり下がりがわからず、顔を見合わせていると、クララが突然、振り返った。
そして、意を決したように言葉を放った。
「その、リタ様、ジーノさん。フィロゾーマを食べたことから、折り入ってお願いがあります。私達を救っていただけないでしょうか」
***
「あの、本当にいいのですか」
「お前が言い出したことだろ。今さら止めようとするな」
「本当に聞いてくれるとは、思っていませんでしたので」
「だったら、最初っから聞くな」
「すいません」
「ジーノ、クララちゃんをいじめないで」
「そういうつもりはないんだが」
ジーノとリタは潜水艦に乗り、外で潜水艦に捕まっているクララと話していた。
結論からいうと、ジーノとリタはクララのSOSを受けることにした。
理由は、単純で、クラゲ達から情報を得るためだ。
クララはリタの知らないリタを知ってる。他のクラゲもリタについて知っているかもしれない。
深海をさ迷ったところで得られる情報など知れてるため、引き受けることにした。
後は、リタの善意によるものだ。
「すいません。スピードを下げてください。この先にある岩山の中が村になります。フィロゾーマもいますので、静かにしてください」
「わかった」
そう言って、高度を上げつつエンジンを切った。
潜水艦は残った慣性に従い、音なくゆっくりと前に進む。
しばらくすると、リタが小声で言った。
「たぶん、この下だよ」
潜水艦のモニターにはライトはつけれないので何も映っていない。
「なんで、わかるんだ」
「音でわかる」
「あー、なるほど」
エコーロケーション。鯨は超音波を発し、跳ね返った音で周りの障害物を認識している。
「超音波って、フィロゾーマに聞こえないよな」
「わかんない」
「おい」
「と、とりあえず、私、様子を見てきますね」
クララはゆっくりと下へ下りていった。
しばらくすると、クララが帰って来る。
「特に変わった様子はなさそうでしたので、大丈夫だと思います」
「ならいい。出るぞ」
「うん」
ジーノは『リタ』の武器庫で見つけたアサルトライフルを担ぐと、リタと共に外へと出た。
クララの指示に従い、岩山に下りると、下の方にある穴に、複数のフィロゾーマがくっついていた。
ジーノが照準を合わせ始めると、クララが慌てて止めに入った。
「だめです! 中には私達の仲間がたくさんいます。私がやったことだとばれれば、みんな食べられてしまいます」
「なら、クララがやったってばれなければ大丈夫じゃないか。人と鯨がエサを取るために勝手にやったってことで」
「ジーノ、頭いい。じゃあ、クララちゃん隠れてて」
「だ、だ、だめです!!もし、フィロゾーマがクラゲを食べるって脅したらどうするんですか」
「……人と鯨相手にその方法をとると思えないが、やられたら詰むな」
「じゃあ、だめ?」
「そうだな」
ジーノは銃を下ろした。
クララはほっと胸を撫で下ろすと、手招きする。
「みなさんがいるところは、私がわかります。なので、私についてきてください」
そう言うと、クララはフィロゾーマがいない岩の隙間から中へ入って行った。




