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幽霊鯨へようこそ  作者: 雪国氷花
第二章 人と鯨とクラゲと
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第一節

「とっておきの場所があるから、一緒に行こ」


 そうリタに言われ、ジーノは庭園の奥の細道まで来ていた。

 カラフルなサンゴ礁の森を抜けると海藻と貝が張り付いた真っ白な扉の前に出る。

 ここだけ異世界のように雰囲気が違っていた。


「ここは?」

「待ってて今開けるから」


 扉の隣にある機器を操作すると扉が開く。中にあったのは、また、扉だった。


「入って、入って」


 厳重な二重扉に不思議に思いつつもジーノは新たな扉の前に立った。

 同じく入ってきたリタが壁の機器を操作する。扉が閉まるとともに、ものすごい音がなり、下への重力を感じた。足元を見ると、水を吸い込む穴ができていた。

 ジーノは命の危機を感じ、叫んだ。


「おい、馬鹿、死ぬ!!」

「へ」


 ジーノの制止は間に合わず、二重扉の間の空間に水がなくなった。

 そのせいで、息ができなくなる。

 ジーノの様子に気がつき、リタは慌てて機器を操作し、水を戻した。


「ごめん、ジーノ。人は水がないと呼吸できなかったね」

「殺す気か馬鹿」

「ごめんって」


 先ほど閉めていた一枚目の扉が開く。

 一緒に来ていた先生にリタが話しかけると、先生はどこかへ行ってしまった。


「待ってね、今、上陸服持ってきてもらってるから」

「さっさと出せ」

「ごめん。先生は大丈夫だったから、ジーノも大丈夫だと思ってた」

「そんなわけあるか」


 先生は死んでいるから呼吸しなくても大丈夫なんだろう。

 リタは鯨の交流器官のため、本体ではない。呼吸をしているのは、本体の鯨の体の方なので、影響を受けないのだろう。


「というか、この中は水がないのか」

「うん、地上の植物育ててるから、ないよ」

「それは、すごいな」

「でしょ!」


 先ほど殺されかけたのにも関わらず、それを忘れてジーノは驚いた。


「なんで、そんなもの育ててるんだ」


 人が海に戻って以来、地上の植物を食べることは難しい。

 専用の施設、専門の技術が必要だ。

 似たような代用種が品種改良により生まれたが、地上の植物は今も存在しており、かなりの高値をつけられる。


「本を読んでね、地上の植物を育てたくなったから、先生にお願いしたら、作ってくれた」

「まじかよ」

「ふふん、いいでしょ」


 リタは自慢げに胸を張った。



 しばらくすると、先生が上陸服を持ってきた。

 ジーノは穴がないか念入りに確認したあと、着替える。

 先ほどと同じようにリタが機器を操作し、二重扉の奥の扉が開いた。

 眩しい明かりが見え、ジーノは目を細めた。

 二重扉の奥には一本の巨木がたっており、大きな実がついていた。実は太陽のように輝き、地面に生えている植物達を照らす。

 植物は、光を受け、植物がまっすぐと芽を伸ばしていた。


「これは」


 初めて見る地上の植物に、ジーノは上陸服ごしに触れた。上陸服ごしとはいえ、硬い葉の感覚がよく分かる。


「これはとうもろこし。先生、採って」


 先生は葉と茎の間にある髭のついたとうもろこしを折るように引っ張った。

 茎の折れる大きな音に、植物ごと千切れてしまったのではないかと不安になったが、リタを見る限り、問題ないようだった。


「ジーノに渡してあげて」

「どうも」


 ジーノはとうもろこしを受け取ると、まじまじととうもろこしを見た。


「ジーノ、見てて。こうやって剥くんだよ」


 リタが葉を剥いていくと、黄色い実が見えてきた。ここまでくると代用種と見た目が変わらない。


「本当にとうもろこしだ」

「そうだよ」


 リタはとうもろこしにかぶりつく。


「え、これ、生で食べるものなのか」

「茹でたり、焼いたりもするけど、私は生が好き。はい、ジーノ」


 食べかけのとうもろこしを渡してきたが、上陸服を来ているため、口を出すことはできない。

 ジーノが固まっていると、リタもそのことに気づいたらしく、慌てて、手を引っ込めた。


「ごめん。また、忘れてた」

「いいさ。リタは、先生以外の人間にあったことないんだから、仕方ないだろう。後でいただくとする」

「うん! すっごく美味しいから楽しみにしてて」



 その後、リタと共に、とうもろこしの収穫作業を行った。

 とうもろこしの収穫作業を終えると、ジーノはリタが作業していた場所まで戻ってくる。


「リタ、こっちは終わったぞ」


 しかし、リタは上を向いたまま、返事がない。

 心ここにあらずといったようだ。


「リタ?」


 もう一度呼ぶとリタはくるりと振り向いた。


「呼んだ」

「ああ。どうかしたか」

「誰かに呼ばれてた気がして」

「俺が呼んだが」

「違う、『私』の方から聞こえた」


 リタは鯨の体の方から聞こえたと言った。ジーノの顔は険しくなる。


「聞こえそうか」

「うん。聞こえる。外にいるみたい。行ってみよう」

「わかった。気を付けろよ」

「うん」


 二人は急いで、施設の外へ向かった。



 施設の外に出ると真っ暗な闇の中、ゆらゆらした物体が浮いていた。色は半透明で、大きさはリタよりちょっと大きい。

 ジーノが見るに、クラゲに見えた。

 クラゲは、リタを見るなり、近づいてきた。


「リタ様、どうしてここに」

「!?、私のこと知ってるの」


 リタが近寄る。


「当然です。リタ様は私達の村を救った英雄です。浅海に行ったのではないですか」

「え、私、浅海に行ったことあるの」


 リタは驚いたが、それ以上にクラゲは驚いた。何も言わず、呆然とその場を揺らめく。


「リタ様、ドクトル呼べますか?」

「ドクトル?」


 クラゲは固まった。


「うそ」


 クラゲは信じられないものを見るように立ち尽くした。


「リタ、知り合いか」


 後ろで様子を見ていたジーノがやってくると、クラゲはいきなりリタに抱きついた。


「うそうそうそうそ、人間! リタ様助けてください!」

「え、え?」

「どうしよう、私、食べられちゃいます」

「ジーノはそんなことしないよ」

「そんなことないです。人間は恐ろしいって、本で読んだことがあります。リタ様助けてください」

「え、でも」


 震えるクラゲを抱きながら、戸惑うリタ。

 ジーノもなぜか怖がられているクラゲにどう対処すればよいかわからず、リタと顔を見合わせた。


「リタ、大丈夫か」

「大丈夫だけど、どうしよう」


 リタは困った顔で、クラゲを見つめる。

 ジーノもリタと同様、クラゲを見つめていると、傘に何かついていることに気づく。

 ひらひらの傘に対して、ごつごつの何か。

 あまりにも異物感がすごかったので、ジーノはそれを掴んだ。


「なんだこれ?」


 甲殻類っぽい長い尻尾の生物だった。大きさは伊勢海老くらいでエビなら大きい。

 色は白く、頭と思われる部分がやけに広かった。足が長いので、カニっぽくも見える。


「エビかな」


 そうリタが言うと、クラゲが振り向いた。

 クラゲはジーノの持っていたエビを見るや否や、悲鳴を上げて逃げ出し、どこかへ去ってしまった。


「行ったな」

「誰だったんだろう」

「さあな。知り合いっぽかったから、また、来てくれるんじゃないか」

「そうだね。ねえ、ねえ、ジーノ」

「なんだ」

「それ、おいしそうだね」

「え」


 リタはよだれを滴しながら、ジーノに言う。


「確かに、エビっぽくは見えるが、食えるのか」

「でも、おいしそうだよ」

「……茹でてみるか」



 その夜、エビを茹でて食べた。出汁が利いててめちゃくちゃうまかった。

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