第九節
ジーノはリタを連れ、廊下を歩いた。
「先生、ここを開けてくれ」
ジーノが言うと、先生は従った。
「ジーノここ、ドアとかないけど」
「ドアはないけど、入り口なんだよな」
先生がタブレットを操作すると、壁だったところがスライドし、階段が現れた。
「え、何これ。私、知らないんだけど」
「だろうな。知られると、不味いからな」
「どういうこと」
「行ってからの、お楽しみだ。下りるぞ」
ジーノはずんずんと暗い階段を下りていった。
リタは、自分の知らない道を不安に思っているようだが、先を歩くジーノに続いた。
階段を下りると、大きな扉があった。実験区画にあるものとは比べ物にならないほど大きく厳重だ。
先生が扉を開けると、そこには、何隻もの潜水艦が立体駐車場のように壁に止められていた。
「え、何ここ」
リタは見たことない光景に、観光客みたいに辺りをきょろきょろと見渡していた。
「実験区画の避難用潜水艦だ」
「避難用?」
「そう。まあ、なんかあるだろう。そういうのが。非常時の脱出経路みたいなやつが」
「そうなの」
ジーノは歩きながら、振り返る。目を丸くしたリタが目に映った。
「リタは施設以外、行ったことがないから、知らないのか」
「わからないけど、たぶんそうなんだと思う」
「なら、丁度いい。大きな施設には大体こういうのがあるんだ」
「そうなんだね」
リタと会話をしながら、ジーノは壁に止められていない一隻の潜水艦の中に入った。潜水艦の状態を念入りに確認する。
この避難経路を見つけたのは、二週間前で、リタが先生で脱出を図ろうとした数日後だ。
やり方はどうかと思うが、リタの脱出作戦には感服せざる得ないものがあった。
ジーノは機器に問題がないことを確かめると、外に出てうろうろと歩き回っているリタを手招きした。
「来いよ。乗せてやる」
「え、乗れるの?」
「当然だろ、潜水艦なんだから」
実際は一昨日まで動かなかったのだが、リタには秘密にしておく。
「え、じゃあ、じゃあ、乗りたい!!」
そう言って、リタは潜水艦の入り口まで泳いで来ると、中を覗き込んだ。
「すごい、潜水艦の中っていろんな機器がいっぱいあるんだね」
「いろいろと見ないといけないものが多いからな」
そう言いつつ、ジーノはタブレットに指示を打ち、先生に送信した。
「あと、すごい狭いね」
「これ、避難用じゃないからな。一人以上乗るようにできていない」
「え、そうなの」
ジーノは何かあったときに戦えるようにと、戦闘用の潜水艦を修理していた。
「私、どこに乗ればいい」
「とりあえず、ここに乗れ」
ジーノは膝の上を叩いた。
「うん。わかった」
リタは、ジーノの膝の上に勢いよく飛び込んだ。リタはジーノの膝の上に座ると、キラキラした目で、メーターや機器を見ていた。
そんなリタを見ていると、初めて『リタ』に落ちてきた日のことを思い出す。その日もこうやって、本を読んだ。
「そろそろ出発するぞ。リタ」
「うん。いいよ」
辺りからは、あらゆる機械が動いている音が聞こえてくる。
リタもその音は聞こえているはずだが、期待が大きいせいか、気にしていないようだった。
「ねえ、ジーノ、行先はどこ」
「そりゃ、当然。外だろ」
刹那、ジーノとリタを乗せた潜水艦は流星のごとく飛び上がった。そして、いつの間にか開いている天井を突き抜けた。
再び、リタが目を開けたときには、深海の景色が広がっていた。
リタが呆然とモニター越しに見える外の様子を見ていると、ジーノがライトをつけた。深海の闇の世界に、大きな影が写った。
シルバーの体に、黒いメッシュのかかった巨大な生き物。
「あれは、『私』?」
「そう。『リタ』だ」
リタはこれまでにないほど、目を真ん丸に開いていた。
「私、自分の姿、初めて見た気がする。こんなに大きいんだ」
「当然だろ、リタは鯨なんだから」
「そうだね。そうなんだ。私、こんなに大きかったんだね」
リタはこれまでにないほど、嬉しそうに笑った。
ジーノもリタにつられて微笑んでいると、モニターに何かが通る。
「あ、魚」
「なんか光ってなかったか。それに変な形だった」
「私見たことあるよ。たまに見つかる魚」
「外に出たのは初めてじゃなかったのか」
「私の本当の体の方で見たことあるの」
リタは『リタ』を指さした。
「なるほどな」
「ねえ、ジーノ追いかけて。もっとよく見たい」
「『リタ』から離れない程度ならいいぜ」
そういって、ジーノは進路を変えた。
二人を乗せた潜水艦は時間をかけて『リタ』を一周した。楽しい時間はあっという間で、泡のように一瞬で過ぎ去っていった。
終着の施設に着くと、ジーノは潜水艦を施設の正面玄関に止めた。
潜水艦の入り口を開けながら、ジーノは言う。
「ほら、出るぞ」
「え、ここで」
リタは不安そうな顔をする。
「施設に帰るんだから、入り口から入るだろ」
「そ、そうだけど」
ジーノはリタを連れ、歩く。入り口の前には監視をするように先生が立っていた。
リタは先生を見るなり、ジーノの後ろに隠れた。
「大丈夫だ。先生は何もしない」
「わかってるけど」
リタは目を閉じた。裾を掴む手が小刻みに震えていた。
ジーノはリタの手を取ると、ゆっくりとリタの歩調に合わせて歩いた。
時間がかかったものの、ジーノがリタの肩をたたいた時には、先生を越え、施設の中に入っていた。
「ほら、リタ、後ろ見ろよ」
リタは恐る恐る目を開けた。
「中に入っている」
「当然だろ、リタはこの鯨の主なんだ。家に帰って何が悪い」
「そうなんだけど、そうなんだけど。私にはすごく難しかった」
「『難しい』ではなく、『難しかった』か」
「そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど」
「自然と言葉が出たということはそう思っているってことだろ。よかったな。これからは出入り自由だ」
「そんなに茶化さないでよ」
「俺は茶化したつもりはない」
ジーノがそういうと、リタは何か言いたげに口を開いたが、何かに気づいた顔をし、口を閉じた。そして、蕾が初めて花開くように笑った。
「そうだね。……ありがとう」
***
実験区画へと戻る帰り道、ジーノは足を止めた。
「どうしたのジーノ」
リタが問いかけると、ジーノは研究区画の簡素な扉の前に立っていた。
「ここ、先生達に言っても、開けてもらえなかったんだ。リタが言えば開けてくれるんじゃないか」
「そうだね。先生、ここ開けてよ」
すると、先生はリタを抱き上げた。
「ほえ?」
リタはクエスチョンマークを浮かべながら、先生に身を預けていると、先生がリタの手を掴み、扉の隣の機器に貼り付けた。
すると、何かしらの認証が通ったようで扉が開いた。
「開いたよ」
「そうだな」
ジーノはリタが認証のキーになっていることを不思議に思いながらも、中に入った。
中に入った瞬間、ジーノはくしゃみをした。埃の匂いがする。
「なんだこの部屋」
ジーノとリタが目にしたのは、人一人入れるほどの小さな部屋で、机と椅子とその後ろに棚が置いてあるだけの部屋だった。
「なんかすごい埃ついてるね。掃除してないのかな」
「たぶん。そうだろうな」
と言いつつ、ジーノは部屋を調べた。机や椅子の上に物は置いてなく、棚にも何もおいてない。ただ、棚板の間隔から、本棚のように思えた。
机の引き出しを開けてみると、何かが擦れる音が聞こえ、中を覗き込んだ。
ぱっと見何もないが、奥には紙が挟まっているのが見え、引っ張り出す。
「なあにそれ」
「わからないけど、誰かが書いたメモか何かか?」
その紙には手書きで文字が書いてあった。
「なんて、書いてあったの」
「……少し専門的過ぎて、すぐにはわからない。わかるようになったら、教えてやる」
「うん。わかった」
「あと、もう何もないみたいだし、こんな埃臭い部屋から出ようぜ」
「そうだね」
そう言って、ジーノとリタは外に出た。
リタと別れるまで、ジーノはリタと雑談をしていたが、内容は何一つ耳に入らなかった。
それほどまでに、あの部屋で見つけた紙切れには衝撃的なことが書いてあった。
リタ
生まれつきの全身麻痺で、産後、深海に落ちた鯨。
しかし、全身麻痺であるにも関わらず、深海から戻ってきた唯一の鯨である。
私達はその理由と原因を調べることにした。
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