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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章40話 馬車は揺れ動く

青海夜海です。

遅くなってすみません。テスト勉強でやババです。

 

 紅月の刻 天場 十七日。


 各都市で起こったパンテオンの奇襲。トマト総司令官の死亡。彼に変わって総司令官の地位に就いたマザラン・ダク・テリバン。彼の命令による聖女の捕縛。

 経った一日で起こった混乱の出来事はとある異友者三名と聖女による反意行為と定められた。

 異友者はネルファ二等兵、ヘリオ二等兵、異邦人ノアル・ダルクの三名。

 かの者たちは聖女と結託し、トマト総司令官を殺害。各都市にパンテオンを放ち『時計塔』を破壊。動機は『神託』の証明か単なる破壊衝動か、それ以外か。


 取り逃がしている聖女ルヴィア・アンナを含め、彼らは大罪人として指名手配がされた。

 神聖都市ヌファルには多くの人間が怒りを叩きつけ、日夜犯罪者の捜索が民衆も含めて行われていた。


 そんな夜を越え、昇月を迎えた十七日。

 黒髪黒目のノアルと白月銀(アルバ)の長髪に蒼穹の瞳の聖女、ルヴィアは昨夜に都市ヌファルから離れ目的地の宗教都市ハッバーフへと馬車を走らせていた。月昇りの眩さに荷台で静かに眠っていたルヴィアは眼を覚ます。

 半開きの眼をぱちぱちする相貌はどこか幼く、昨日の勇敢にパンテオンと戦っていた姿とは結び付かない。


「起きたのか?」


 ふと、声が聴こえてルヴィアはゆったりとそちらを向く。御者席で手綱(たづな)を引く黒髪の細身の青年。十七のルヴィアより二歳年上の彼の名を呼ぶ。


「ノアルさん?」

「じゃなかったらどうする?」

「……ノアルさんじゃない……んん? え⁉ ノアルさんですよね⁉」

「残念ながら」

「そ、そうですよね、良かったです」

「俺で悪いな」

「そ、そういう意味ではなくて! か、からかわないでください!」


 もーと怒りを表すルヴィア。どうやらちゃんと目は覚めたようで。


「眠ってしまってすみません。ノアルさん一人に任せてしまっているのも」


 律儀な性格なのだろう。さすがは聖女というべきか。ノアルは別にいいと頭を横に振った。

 ルヴィアは少し乱れている聖衣と髪の毛を直し、ふーと息を吐いて周囲を見渡す。荒野というにはまだ植物が多い平野。北西方面に微かにだが生い茂る森林が目に入り、その目下にとある都市の城壁が見える。しかし、かの都市を象徴する『塔』は半ばから折れた無惨な姿が事の真実を悔しそうに語っていた。


「あれは『時計塔』ですよね?」

「だろうな」

「本当に破壊されていただなんて……」


 昨日、総司令官の地位についたマザランの声明に一つ、聖女及び異友者による『時計塔』の破壊の項目があった。多くの者は半信半疑であったことだろう。それはノアルとルヴィアも同じだ。しかし、遠目でもわかる都市センケレの象徴の『時計塔』が折れている姿はマザランの声明に真実味を深める。


「けれど、聖女が『時計塔』の破壊をしただなんてきっと間違いです」


 聖女も『時計塔』も世界を守護する歯車だ。聖女がいなければ守護結界は起動維持できず、『時計塔』が機能しなければ人間の生活が回らなくなる。管理と維持を担う生活の必需基盤同士が争うなどどんな理由があって行われるのか。『神託』の証明などより『時計塔』の方がずっと大切である。神に仕える聖女として、ルヴィアだけではなく他の聖女も同じ見解を持っているはずだ。

 目を細め凝視するルヴィアをノアルが横目で振り返る。仲間を信じている純粋な眼だ。


「……」


 こんな時何を言えばいいのかノアルはわからない。慰めればいいのか、励ませばいいのか、根拠のない否定をすればいいのか、そっとしておくべきなのか。言霊の強さを知るノアルだからこその迷いだ。口下手というわけではないが、劣等感と慮る誠実さが気の効いた言葉一つも吐けなくする。皮肉なことに。

 そしていつだって下手なことを言って悲しませるわけにはいかないと目を逸らし口を噤むのだ。正解とは思わないが正しさの一つだと思っている。


「…………」

「…………」


 しばらく続く沈黙の後、ルヴィアは「すみません。変な感じにしてしまいました」と頭を下げた気配が背後より伝わった。


「別に」

「皆さんを助けるためにも、今なにが起こっているのか正確に知る必要があります。そして、聖女とノアルさんたちの無実を証明しなければいけません」

「…………」

「それがきっと世界の救済に繋がるはずです」


 忌憚(きたん)のない声音だ。意志の強さを感じさせる、真剣な眼差しだ。ノアルの眼に彼女の姿が映らなくとも想像はつく。

 凛然として時に柔和で、けれど純粋に誠実な少女。パンテオンに恐怖を抱かず誰かを守るために身体を張り、自分のためではなく世界のため民衆のために絶望的な局面でも抗おうとする。

 ルヴィアを聖女と言うだけの資格も根拠もすべては彼女のありのままの姿に宿っていた。


「ノアルさんの言う通り、カバラ教が関係があった場合、きっとマザラン様もそうなのでしょう。操られているのかどうかはわかりませんが、過ちは聖女のわたしが正します」

「……やっぱり」

「はい?」


 ふと零れた声音は静謐な風に乗ってルヴィアの耳に届いたようだった。口走りそうになる弱さを呑み込み、「何でもない」と首を横に振る。弱音まで吐き出せば、もはや無様も極まる滑稽な奇人に陥る。何よりもういない人の話しをしたところで虚しいだけだ。


「それでノアルさん。もう一度ノアルさんの考えていることを聞いてもいいでしょうか? 今一度整理しておきたいと思いまして」


 知ってか知らずか話題を変えてくれたことに胸を撫でおろし口の中を湿らせる。


「わかった……で、なんで俺の隣に?」

「こちらの方が聞きやすいからです」

「…………」


 御者席はつめれば二人分の席は十分に確保できる。馬の手綱を引くノアルの左側にルヴィアが腰掛ける。白銀月(アルバ)の繊細で長い髪が風に靡いて腕に当たる。同時に花のような香りが鼻孔をくすぐり少し右に寄って距離をとる。


「どうしましたか?」

「いや、なんでもない」


 と言いながら離した距離はなぜか詰められた。なぜに? 彼女の方を窺うと既に聞く構えであり、距離感など意識していないようである。


「少し離れて。話しにくいから」

「あ、ごめんなさい」


 おずおずと拳一つ分の距離を離す。純粋というのも考え物だ。

 ノアルは前方に広がる平野を見つめながら話し始めた。


「カバラ教が主に信仰する真理は知ってるよな」

「はい。いずれ来る終焉に立ち向かう救世主(メシア)の創造ですよね」

「大体あってる」


 ルヴィアはほっと胸を撫でおろした。そんなにノアルは怖いだろうか?


「カバラ教は名もなき神に救世主(メシア)の誕生を願う集団だ。ただ願うだけじゃなく、救世主(メシア)の育成も行っている。何よりパンテオンの殲滅を掲げているのが軍と仲違いしている理由だ」


 軍が掲げるのは平和だ。穴から侵攻してきたパンテオンを駆逐し現在の平和の維持こそが軍の主義。しかし、カバラ教は現状維持ではなく【エリア】の打開、つまるところ【エリア】内にいるパンテオンの掃討を主張し計略している組織だ。【エリア】に行く、つまり【死に逝く者(モータル)】であり、冒険者(モータル)を忌避忌憚して嫌う軍人とは相いれない。他にも細かに神への信仰や階級の存在など、互いに受け入れられない部分があり嫌い合っている。


「現状維持と革命家ですね。何度か現状維持がもたらす未来の危惧について演説しに来たことがあります」

「パンテオンの侵攻がいつまでも衰えないばかりか年々増えている。この不安がカバラ教への信仰心に繋がって、今回の聖女を責める要因の一つになったと思ってる」

「なるほど……どれほど軍が優秀でもみなさんは不安を抱えていたのですね」


 嘘でも今回は明確な敵対存在が出来たことでここまで過激な暴動に到ったのだろう。


「俺は一年くらい前から依頼を受けてカバラ教を調べていた」

「依頼、ですか?」


 とある異端者が【エリア】へ冒険に出るために依頼されたものだ。


「俺が掴んだ情報は三つ。東部前線を担う軍事主義のサリファード家、その家と同盟を組む二十以上に及ぶ貴族がカバラ教徒だったこと。カバラ教はパンテオンの研究をしてること。奴らの目的は異端者にあり、各都市で緩やかに起こっている昏睡事件がカバラ教の仕業であることだ」

「ちょっと待ってください! サリファード家がカバラ教で、えっと本当の目的が、でこ、昏睡事件⁉」

「落ち着け。あと近い」


 大量の情報に困惑したルヴィアが前のめりにノアルに顔を寄せて眼を回す。落ち着けと促すとはっと冷静さを取り戻し顔を赤く「すみませんでした」とノアルから離れる。

 からかいがいがありそうなルヴィアだが、その度に近づかれるのは困ったものだ。ノアルは溜め息を吐いて一つずつ説明していく。


「まずサリファード家だが、これは間違いはない。サリファード家の同盟貴族がカバラ教の証拠はあるし、軍に所属してるギウン・フォルス・サリファードがそもそもカバラ教徒だったからな」

「カバラ教徒が軍に所属ですか? 本当にそのギウンさんがカバラ教徒なのですか?」

「ここで二つ目だ。奴らの狙いの一つに異端者って言っただろ」


 ルヴィアは頷き、アディルさんとリヴさんですよね、と確認を取る。異端者二人は色々な意味で有名人なので知らない者はいないだろう。


「本当の目的はわからない。けど、二人を狙ってるのは確かだ。ギウン・フォルス・サリファードが無法都市の連中と自分の部隊を使って【エリア】に逃げようとする二人を捕らえた。何より、二人がアカリブを焼いて逃げたのは知ってるだろ」

「はい」

「その時に、ギウン・フォルス・サリファードが二人に声明してたからな。軍は異端者を戦力的にもカバラ教への牽制的にも保持する形を保っていた。けど、軍人に偽って異端者を【エリア】に行かせないように動いたギウン・フォルス・サリファード。つまり、アカリブにいればカバラ教はいつでも異端者に手を出せるってことだ」

「それって——軍の内部にたくさんのカバラ教徒が潜んでるということですか⁉」

「同意見だ」


 アディルとアンギアとは別口でカバラ教が軍に潜伏している可能性を見出したノアル。この危惧は大きなアドバンテージとなり思考を加速させる。


「カバラ教はパンテオンの研究をしてるのも事実。軍にカバラ教は潜んでやがる。なら他の都市に潜伏してる可能性もあるわけで、そうなれば都市に突然パンテオンが出現したことに説明がつく」

「パンテオンの研究……それって、私とノアルさんの前で変形したあの男の人! た、確かにパンテオンのようになりましたがっ……もしかして、合成獣(キマエラ)ですか⁉」


 ノアルとルヴィアはその現場を目にしていた。昨日の昼、都市ウルクで突然襲ってきた男性がパンテオンのような異形に変化したのを。パンテオンにそこまで詳しくないので決定的なことはわからないが、姿が変わるという一点は大きな疑問と情報となる。


 彼らは知らないが、いわゆるギウンがアディルたちの前で見せた合成獣(キマエラ)化だ。

 パンテオンの遺伝子を自分の身体に植え付けパンテオンの力を引き継ごうとする禁忌の錬金術。遥か昔、まだ都市がいがみ合っていた頃は戦争が勃発していた。その時に兵器として生み出されたのが合成獣(キマエラ)の始まりであり、後にパンテオンの存在が明らかとなって合成獣(キマエラ)がパンテオンの遺伝子をモデルにしたことが判明した。それ以降、合成獣(キマエラ)の研究および合成獣(キマエラ)化は最大の禁忌とされ封印されたと教材や歴史書には乗っているし、ルヴィアに限れば教えられたことなので合成獣(キマエラ)の発想が口から出た。が、それについてはノアルが無知なので流される。


「軍と違って【エリア】に行くことに忌避感のないカバラ教ならあり得ることだし、みんなカバラ教を嫌ってて都市ハッバーフの実態もほとんど知らないんだろ?」

「そうですね。都市ハッバーフと違い他の都市は軍を支持していますし、みんな軍を英雄視しています。それに私もですがサリファード家含める東部戦線の守護群団がカバラ教とは思っていません。カバラ教に関わることは少ないと思います」

「じゃあ、誰も知らないわけだ」

「…………そう、ですね。聖女として視察に行ったことはありましたが……すべてを調べたわけではありませんので」


 もしも、パンテオンの研究が本当だとして、ただの視察程度でその研究を見つけられるなどと甘い考えは持たない。錬金物(アルケミス)や神聖魔術などを使って巧妙に秘匿されているはずだ。その他にも裏では他のことをしているのかもしれない。

 少し考えこむルヴィアは顔を上げてノアルに問う。


「カバラ教が何かを企んでいるということはわかりました。では、最後の昏睡事件はどう関係しているのですか?」


 昏睡事件については大まかだがルヴィアも把握している。心臓発作のように突然意識を失い三日間の昏睡状態に陥る。しかし、期限の三日が過ぎればケロリとなんでもなかったように目を覚ますという謎の事件だ。病気なのかパンテオンの精神攻撃なのか一切判明していない。この事件がどうカバラ教と今起こっている大事件に関係があるのか。

 表情を変えず手綱を握り前を見続けるノアルが口を開いた。


「生命の象徴はなんだと思う?」


 突然意味不明なことを聞かれて戸惑うルヴィア。相変わらず表情も変えないしこちらを見ようともしない彼に少し不満に思いながら思い当たる単語を並べる。


「魂と、肉体ですか? あとは輪廻転生とか」

「惜しい」

「惜しいですか」

「ああ、惜しい」


 ならもう少し惜しいという顔をしてほしい。どんな顔だって話しだが。


「なんだ?」

「別にです」


 またも顔の距離が近くなっていたルヴィアは不満たらたらに顔を引っ込める。ノアルは小さく息を吐いて。


「生命体は肉体に魂が宿ることで誕生する。魂が宿る肉体が死ぬと輪廻へと還り転生のために魂が漂白されて次なる生を受ける」


 それが生命の法則だ。


「根から養分を吸い取り葉をつけて蕾を咲かせ、咲いた花は果実となってやがて大地に落ちて土に還る」


 それはまるで人の成長のようだと。魂が肉体に宿り産声を上げる葉っぱ。蕾のように子どもは成長し、いつか親の手を離れ大輪を咲かせる。大輪は大人へとなりやがて親へと果実のように成熟していく。そして生きる役割を終えて大地へと還る。


「生樹こそが生命の象徴だ」

「…………」


 考えたこともなかった。生命の流れは肉体に魂が宿ることを『誕生』と呼び、生命の期限を終えて死ぬことを『追憶』と呼んだ。生命の流れは産まれて生きて死ぬ。その循環にありそれこそすべての生命の摂理――『輪廻転生』にある。

 だからこそ、生命に象徴するもの生命を主張するものなど考えたこともない。けれど、ノアルは言う。


生命の樹(セフィロト)が生命の根源と象徴だと俺は思ってる」

「幻想譚や神話の天地を支える生樹ですか……?」


 彼はこくりと頷いた。存在を信じているわけではなく、生命の樹(セフィロト)の在り方に深い造詣を持って尊敬しているような感じだ。奇しくもルヴィアたち聖女が神を崇拝するのと同じようなものだろう。


「生命の象徴が生命の樹(セフィロト)としまして、それがどう関係があるのですか?」


 彼はルヴィアを一瞥して「仮定だけど」と前置きを置いて話す。


「昏睡した人たちには全員ある特徴があるとする」

「特徴ですか?」

「樹木を逆さにしたような痣だ」

「樹木を逆さ……反転……もしかして、因果の反転ですか⁉」

「恐らく、樹木を生命の樹(セフィロト)と仮定した時、その反転は死命の樹(クリフォト)、つまり()()()()だ」


 皆が巡る生命の因果が生命の樹(セフィロト)の輪廻転生だとすると、反転した死命の樹(クリフォト)は終生の因果、停芽澱生(ていめいてんせい)を司り、それは生命の循環ではなく停滞を及ぼすもの。死した魂は次なる生を受けることができず彼岸にて永遠(とわ)に漂い続ける。輪廻に通ることもできず、その魂の人生は永遠に還元されない。


 そこからノアルが導き出した答えは——


ありがとうございました。

次はバトルです。戦います。

更新は木曜日か金曜日の予定です。

それでは。

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