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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章37話 差す指 差される指

青海夜海です。

湿気が鬱陶しいです。

 

 リヴとミリエラが出逢い、六人の友と過ごした期間はたったの三十日。一年の六分の一程度だ。その程度の時間で信頼関係まで築けたかと言われれば否であるが、子ども故に複雑な思想は持ち合わせず、友情や仲間という意識は持っていた。それこそ子供にとっての信頼のようなものだ。

 そんなみんなだが、ただ一人ミリエラに対してはリヴも含める七人全員が完璧な信頼や友愛を持っていたことだろう。

 ミリエラ・ロベルト。錬金術師の父とミリエラとよく似た母の下に産まれた一人娘。彼女の才能はただ一つ。愛する者を裏切らない、その意思の固さこそが皆が信頼を寄せる理由であった。


 それはリヴにとっても変わらなかった。引っ込み思案でちっさくて弱っちい。当時七歳のリヴには友達の一人もおらず、そんなリヴをみんなの輪に入れてくれたのがミリエラだ。


『あんたも来る?』


 正しくリヴにとってミリエラは最初の友達であり恩人であり憧れでもあった。だから、ミリエラはリヴにとって疑う余地もない親友だ。

 そしてそれはリヴ一人だけではない。六人皆がリヴと同じような心境を持ちミリエラを崇拝するかの如く愛を抱いていた。友愛で親愛。きっとみんながミリエラに一生ついていくと決めていたことだろう。

 だからこそ、リヴがミリエラを殺す光景はあまりにも衝撃的で残酷過ぎた。

 呆然とするリヴの前に六人の友達がやって来た。


『リヴ……』


 顔を上げる青ざめたリヴ。その手にはナイフ。ナイフの先端は仰向けに寝転がるミリエラの首元を突き刺しており、彼女の呼吸は終ぞ聴こえない。ピクリとも動かない、寝ているわけでもない。

 確認するまでもなく、ミリエラ・ロベルトは確かに死んでいた。

 リヴの手によって殺された。それが真実すべてだった。


『なんで……殺したの?』


 誰も声が出せない中、スミレが呟きを落す。ただ零れでただけの言葉は言霊となったことで意味を持ち、スミレの中で激情を露わに咲かせた。


『――っどうして! ミリエラちゃんを殺したの!』


 普段温厚でお茶目なスミレの初めての激昂。彼女から想像もできなかった鋭い眼光にリヴの胸がスーっと冷気に苛まれた。冷汗が身体中の体温を奪い去り、声を凍りつける。そんなリヴの状態など知るよしもなく、ホタカとワルダがスミレを庇うように前に出て。


『リヴっ! おまえ、俺たちも殺す気なんだろ!』

『なんで刃物なんて…ミリエラはお前の様子を見に来ただけで』


 なまくらの剣を持ってリヴに敵対する恰好は残りの三人に正悪を判断させるのに十分な描写だった。


『リエラちゃんを殺すなんて酷い! なんでっ⁉ ミリエラちゃんぅぅぅぅ⁉ や、やっぱり、大人たちが言ってことは、ホント……だったんだっ!』

『見損なったよリヴ。僕だって友達と思ってたんだ。けど、君がミリエラの家に火を放ったんだってね』

『り、リヴっ、そ、そんあことしてない』


 反射的に絞り出た否定は、しかし今にもう遅い。


『信じられない。君の手はなに? その手で何をしたのかわかってるわけ?』

『ちがっ、み、ミリエラがり、リヴをっ』

『ミリエラの父上と母上は亡くなった』

『…………え』

『きっと、君が殺したことをミリエラは知ったんだ。そして君はミリエラの復讐を利用して反対に殺した。あの火災で殺せなかったミリエラを殺した! 君が殺したんだよッ!』

『ひぃっ⁉』


 普段見せない冷静で時に冷徹なオーレッドの憎悪と軽蔑の酷く凍えた眼差し。まるで犯罪者を見下すような。誰もが攻めて立てる中、縋るように最後の一人ラムに視線を向けて、微笑んだ彼女は。


『そうね、罪には罰を与えないとね』

『……罰?』

『ええそうよ。街に火を放ち多くの人間を殺した、今ここでミリエラを殺した罰をね』


 容赦のないラムに皆が同調し瞋恚(しんい)が共鳴する。


『ミリエラを返せ!』

『おまえなんて最初から友達じゃなかったんだよ!』

『リヴちゃんなんていなくなっちゃえ!』

『こ、この殺人犯!』

『僕らも殺そうとして、一人だけ助かったなんてありえないんだよ!』

『そうよ、どうしてあなただけ無傷なの? 私たちは痛い想いをしたのに』


 動揺して気づかなかったリヴは彼らの身体のあちこちに包帯が巻かれていることに気づく。火傷している皮膚が覗き、ラムにいたっては左目が包帯で塞がれていた。はみ出てみえる焼け跡が左目の焼失を物語る。スミレの太ももの爛れた火傷。ワルダの首筋の深い切り傷。リョウの包帯で支える右腕。ホタカの刺青のように見える肌全身に入った火傷の痕。まるでわざとみせつけるように彼らは肌と傷口と包帯を晒してリヴの前に立っていた。

 これがオマエの罪だと、裁定された。


『ちがっ⁉ り、リヴはっ』


 はたと気づく。あの時、リヴが駄々をこねずに直ぐにみんなと逃げていれば、きっとみんな無事だったことに。

 必死だった、その言い訳が生死の前に通じないことを知る。同時に許されるビジョンが見えないほどの憎悪と瞋恚を知る。それが友達だった者からのものだと知り、二度と戻らないことを知る。何より。


『ミリエラちゃんから離れて!』


 スミレに石を投げつけられたこと知る。


 ――リヴがミリエラを奪ったことに。

 ――リヴがみんなの宝物を壊したことに。


 投げつけられた石が額に当たって軽く血を流す。それでもそれが裁きだと言わんばかりに悪を排除する正義の執行が始まった。


『おまえなんてどっかいけよ! 俺らの前からいなくなれッ!』

『死んじゃえ!』

『君なんて友達にしなければよかった! ぜんぶ君のせいだ!』

『お母さんを返してよ! ミリエラさんを返してよ! この悪魔!』

『彼女は私たちを救ってくれたわ。なのにっ、あなたがすべてを奪ったのよ!』

『この恩知らずめ』


『~~~~――っっ』


 数多の悪罵と拒絶が一緒に遊んだ日々を否定する。誰かにとって宝物でも、誰かにとっては忘れ去りたい過去。交わらない感情が相手を傷つける。けれど、すべての原因は少女の過ちにある。


 ミリエラがリヴを殺そうとしたから?

 ——否である。

 リヴがミリエラを殺したからだ。


 幼さなりにリヴは知見を得た。殺そうとしたことではなく、殺したことに意味が産まれるのだと。殺す殺されるが成立する世界で、結果こそが多くの問題を発起する。過程も理由も後だ。死ぬという行為ではなく殺したという意志のある行為。それが決定的な溝を生み、リヴの考えの端っこすら誰も耳に入れてくれない。言葉は毒であり燃料でもある。あらさがしの第一候補様だ。

 知見を基にリヴは言葉を発するリスクに気づいた。ここでの否定は余計に怒りを暴発させ、正義の執行は悪魔の退治へと段階を上げる可能性がある。

 リヴは石を投げられながら痛みと冷たさと赤さの先で視た。


 ――今度はリヴが殺される。


 瞬間、本能と全神経が走り出した。みんなに背を向けて無様に情けなく声を上げながら。


『――っ死にたくないっっ』


 泣きべそ掻きながら逃げ出すリヴを彼等は追いかける。

 炭のようになった街路を駆け抜ける。誰かが叫ぶ。


 ――犯人がいたぞっ!

 ――リヴちゃんがミリエラちゃんを殺したの!

 ――貴様ッ俺の家族をよくも殺したなッ!

 ――待ちなさい! 逃げるなんて許さないわよ!


 横切った人間が振り返って吠える。リヴをみかけた住人が身に覚えのない罪状を読み上げる。叫んだ否定の言葉は叩き落された挙句に瞋恚の炎に変えて正義を強める。法律で禁止されている無意味な殺人、その法律の許しを得る理由を手にして正義の鉄槌なる殺意が振り下ろされる。投擲(とうてき)される武器や石がとにかく逃げるリヴを襲う。

 躓き、背を痛め、頭部が揺らぎ、罪過が身体に絡みつき、死人が足を引っ張り、首元に何度もナイフが穿たれる幻想を見て、彼女の名前を耳にするたびに目の前に死体が浮かび上がり、幾度も胸を貫かれ涙を咎められ息を罵声され名前を穢される。


『ぅっぅぁあああああああああああああああああああああああっっっっっっっっ⁉』


 叫んだ。走った。逃げた。泣いた。謝った。ごめんなさいと。許してと。お願いだから。石を投げないでと。責めないでと。いなくなるからと。もう会わないからと。ごめんなさいと。許してと。悪くないのにと。なんでと。彼女の名前を。――人殺しと。ごめんなさいと。許してと。ごめんなさいと。許してと。お願いだから。殺さないでと。


 すべての言葉は届かない。声に出していたかもわからない。出ていたとしてもきっと耳に入れてくれない。幼い矮躯(わいく)で無能な手足で一心不乱に狂乱から逃げてようやくそれは見えてきた。

 荒い呼吸と滂沱の涙を堪えながら南街区の南東域に面する端っこに立つリヴの家へと飛び込んだ。ぶち破るように扉に激突しながら中に転がり入る。凄まじい音と共に転がり込んで来たリヴは慌てて『お兄ちゃんっ!』と呼ぶが生憎と彼は不在であり、キツ兄もいなかった。

 更に青ざめるリヴはとにかく扉を閉めて蹲り息を殺す。


『ざけんなッ! 卑怯者! ここから出てきやがれ!』

『リヴの卑怯者! なんでミリエラを殺したんだよっ』

『ミリエラちゃんをっ……みんなを、返してよっ!』

『ぼ、ぼくのお母さん……まで、目を覚まさないんだっ……なんとか、してよっ! なんとかしてよッ!』

『あなたに潰された目よ。どうして、あなたは両目があって私の左目は見えないの? ねえどうしてあなたが生きていて、ミリエラが死んだの? 何かいいなさいよ!』

『自首しろ! せめて俺たちの前でっ自首くらいしろよ! 謝れよ!』


 みんなの声が血を逆流させる。


『憲兵さん! ここです! ここに放火犯が立てこもっています!』

『あの子、女の子も殺したのよ! はやく捕まえてちょうだい!』

『なんで……俺の家族がっ……家族がッ』

『放火犯! すぐさま出てきなさい!』

『おい! 聞こえないのか! 貴様の罪状は上っている! 放火に殺人、窃盗に器物損害。子どもだからといって許されると思うなよ!』


『~~~~っぅっぁっぅぁ』


 か細い悲鳴が喉を刺す。悪夢よりも質の悪い恐怖がすぐ家の外でリヴの名を叫ぶ。犯罪者、殺人犯、放火魔、裏切り者、人殺し。

 (うずくま)り息を殺し時間の経過を願い奇跡を仰ぎアディルに(こいねが)い何百回もごめんと許してを胸の中で呟く、それは吐息のように口から漏れ出ていた。

 時間はチクタクと過ぎていく。耳を塞ぎ目を瞑り、ごめんなさい、許してと。


 ただ、当時のリヴは知らないが、リヴとアディルの家には特殊な結界が張ってあった。キツ兄が不在の際に二人を悪者から守るための結界だ。悪質な感情や殺意などを感じるものを通さない結界は、運よくリヴを追いかけていたすべての人間を阻みそれがリヴを罪から助けた。


 時がどれだけ過ぎたかわからない。窓から差し込む月光が頼りなくなり夜が深くなって来た頃、トントンと背後のドアがノックされた。


『~~~~っっ⁉』


 体を大きく震わしたリヴ。それを感じ取ったのか背後のドアから『俺だ。アディルだ』と、その声は間違えるはずなく兄の声音だった。恐る恐るドアを開くリヴはこっそりと隙間から覗き。


『…………お、にいぃ……ちゃん』

『ああ、俺だ。オマエを追ってたやつらはもういねー。だから家に入れてくれ』


 アディルの背後には確かに誰もおらず、アディルへの信頼感と緊張の揺るぎでリヴは力なく倒れ込む。


『おい!』


 咄嗟にリヴを支えたアディルは知る。その肌は想像以上に酷い色をしており、身体中には痣や擦り傷などで溢れていることを。まるで衰弱寸前のように弱弱しいリヴを抱えてアディルは家の中に入る。


「おっ、おにぃじゃ、ん……っぅ、り、リヴぅ」

『大丈夫だ。オマエを責める奴はもういねー。だからオマエは一度眠れ』

『で、でもっ……』


 いつ殺されるかわからない恐怖にアディルの腕をぎゅっと掴む。その力すら弱弱しい。

 アディルはリヴをベッドに寝かせて頭を撫でる。同じ年なのに兄と定められたアディルは六歳児にしてはずっと賢く背丈も大きくリヴには逞しく思えた。

 だからアディルは頷く。


『心配するな。俺がオマエを守ってやる』


 だから、リヴはアディルを信じられた。彼だけは絶対にリヴの味方で家族だから。


『う、うん……っ!』


 途端に身体の力が抜けていき曖昧になる視界の中で必死にアディルの手を握りながら、リヴは意識を眠りへと手放した。





 そして三日後にリヴは眼を覚まし、すぐ傍にいたアディルはリヴの頭を優しく撫でながら告げる。


『ぜんぶ終わったぞ。もう、オマエを(さいな)むもんはねー』

『……お兄ちゃん』


 彼は言うのだ。


『だから、全部忘れてオマエは好きなように自由に生きろ』


 だから、リヴはすべてを封印して『道化』を演じることにした。まるでこれまでのリヴではなくなったかのように。

 一人称は『あたし』になり誰かを『あんた』と呼ぶように。

 それが最大の罪滅ぼしと生きる資格の偽造だった。



 そして、今ここにリヴは真実を見る。

 リヴが眠りについてからの三日間。

 否――正確にはたった一日。

 その間に何があったのか。今それを垣間見える。


ありがとうございました。

次の話しがリヴの話しの一端の区切りとなります。アディルが何をしたのか。

次の更新は月曜日を予定しています。

それでは。

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