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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章36話 仮面の意味

青海夜海です。

一日遅れてすみません。

 

 目を開く。するとそこはもう別の光景が広がっていた。

 鎮火された南区域。全焼は免れたが南区域中心一帯が酷い有様となり、多くの人間が亡くなった。思い出も繋がりもすべてが焼き殺された街並みは、二度目なのに酷く胸を締め付ける。子どもの頃と同じ痛切と大人になって受け入れる他なくなった罪悪とを。


「あ、あたしはっ……ぅっあたしはっ!」


 後悔の絶叫が鋭利なナイフのように大気を切り裂く。


「あたしは助けたかったの! だって、あ、あたしにとってミリエラちゃんは——っ」

「言い訳しても事実は変わらないんだよお姉ちゃん」


 天使に扮した悪魔のささやきがリヴを更なる地獄へと貫き落とす。


 ただ、リヴはミリエラを助けたかっただけだった。彼女が一番の親友で当時のリヴにとって一番の宝物だから。助けたい、その一心であの地獄に立ち向かい……それは過ちとなって自分に、自分の周りに被害をもたらした。


「…………あたしは」


 ずっと見ない振りをしてきた。ずっと忘れていた。夢でさえ見ることはなかった。

 だって、過去のリヴは死んだはずだから。今のリヴがいる。

 ならいいじゃないか。どうしようもなく辛い過去なんて、償えない過去なんて、覚えているだけ苦しい悲劇なんて、忘れてしまえばいいじゃないか。


「ダメだよお姉ちゃん。ちゃんと向き合わないと。じゃないとお姉ちゃんのお兄ちゃんにも裏切られるよ」

「――――そんなことっお兄ちゃんはしない!」


 がっと噛みつくリヴにリリアは相も変わらぬ幼い相貌の純粋な瞳の愉悦の笑みで。


「じゃあ、ずっとお姉ちゃんの罪を押し付けるんだ」

「…………ぅっ」

「みんなとの楽しかった日も捨て去るんだ。それって、リリア的に最悪だと思うなー」


 無邪気で的確な真実のナイフが心臓を抉る。流れる血はおまえの罪だと言わんばかり。その痛みこそがおまえの過ちだと言わんばかりに。


「やめてッ⁉ こ、これ以上は、みたく……ないぃっ……」


 拒む。否定する。拒絶する。遠慮する。眼を伏せる。耳を塞ぐ。喉を詰める。心臓から遠ざかる。においを遮断する。意識を深く閉ざす。

 それもまた、リリアは許さない。


「だからダメだってお姉ちゃん。だってこれはね、お姉ちゃんが罪に裁かれるための試練なんだから」


 まるであの日の罪がお前にあり、オマエはその罪に贖いをしていないと。おまえはあの日の罪からずっと逃げていると。よってお前、オマエ、おまえは裁かれなくてはいけないと。

 少女は蒼白に打ち震える罪人の女を裁くため、あの日々の惨劇の扉を開いた。


「イヤァァァァァっァァ⁉ あ、あたしを元の世界に返してーーッ! だ、だってあたしはっ……わるく、なんて……ないっ」

「ホントに? お姉ちゃんは神様に誓ってもあたしは悪くないって言えるの?」

「あ、あたしはっ、あ、あたっ、あたし……り、リヴはっ——……」


 膝を崩し座り込むリヴの周りをリリアは歩き回りながら。


「答えられないお姉ちゃんはちゃんと見ないとね」

「ダメだよ。せっかくリリアがお姉ちゃんのために用意してあげたんだから」

「過去の罪を償えるのってすーごく! 幸せなことなんだよ」


 顔をゆったりと上げるリヴの視線の先にリリアはおらず、コツンっと足音がすぐ傍で響き渡ったと思えば——


「ちゃんと罪と向き合わないとね」


 くすくすと笑い声が耳元でくすぐり、扉は完璧に開かれた。

 リリアは告げる。


「ほら――お姉ちゃんの正真正銘最初の罪過だよ」

「―――――――」


 声にならない声と共に、その身体は言うことを効かず、亡者のように開かれた扉へと歩き出す。

 扉の向こうで誰かが手招いていた。

 硝煙の香りと激しい頭痛と死の呪いと。


 ——この裏切り者ッ!


 リヴの意識は罪過の過去へと誘われた。



 *



 そこは焼野原となったあの空き地。焦げた香りが充満し、走り回り笑い合った痕跡の一切が焼き殺され、残されたのはリヴ一人だった。

 リヴはその空き地に足を踏み入れる。想起する巡る巡る過去にだんだんと嗚咽と涙を零していく。


『り、リヴの、せいでっ』


 後悔が苛む。あの炎の日に、リヴがごねったせいでみんなは重症を負った。ただ一人リヴだけはキツ兄に持たされていた護符によって身を守られた。

 誰も死ななかった。スミレもワルダもオーレッドもラムもホタカもリョウも命に別状はない。

 けれど……


『り、リヴがっ……』


 っそして、彼女もまた見つからなかった。


『リヴがっ、リヴが……っ』


 己のせいだと何度も己を責める。嘆きと嗚咽を繰り返し苛む後悔を何度も想起しては己を攻める。リヴが悪い。リヴが悪い。リヴが悪い。

 そんな弱虫に失望するように、背後の足音は数メルうしろで立ち止まり。


『――ええ、あんたのせいよリヴ』


 世界で一番に呼んでほしかった人の声。探し続け求め続け恋焦がれ続けたあの子の声音。けれど……罪過を突きつけるように低く怒りを滲ませた知らない声音が、リヴの背に銃口を構えているようだった。だというのに、リヴは聞いて聞こえぬ振りをして思いっきり振り返る。

 リヴは喜びに大きく眼を開いて彼女の名前を呼ぼうとして。


『みり――』

『悪いけど、あんたなんかにあたしの名前、呼ばれたくないから』


 今度こそ聞こえぬ振りをした声音が冷酷な眼差しを持ってリヴを拒絶した。


 彼女はその名を呼ばせてくれなかった。

 睨み下ろす眼差しが——ぁ、と気づく。彼女の左目。赤紫の綺麗な瞳がマムシのような火傷によって闇に閉じ込められていた。肌にも火傷を太ももには抉れた傷痕を。その手にナイフ。まるで放っておけば死んでしまいそうな状態で彼女はリヴを睨みつける。


『…………みり、えら……ちゃん』

『あたし呼ばないでって言ったよね?』

『――っ⁉ ご、ごめんなさい!』


 凄まられ反射的に謝罪するリヴ。(うつむ)き震えるリヴを見下し、彼女——ミリエラは忌々しいと左目の火傷の痕に触れる。


『ホント、あんたって最低ね。そんなにあたしが嫌いだったわけ? それともなに? あいつらの言う通り復讐なの? それともなに単なる嫌がらせなわけ? こんなつもりじゃなかったって?』 

『……………………え?』

『ハア? なにその顔? まさか今さらとぼける気? ふざけないでッ! この傷も町も全部全部全部! あんたのせいだから!』

『ま、まって⁉ えっと、え? な、なに言ってるの……? り、リヴはなにも』


 困惑するリヴの怯えようにますますミリエラの怒りが高まる。


『だから! なんなの? 今更否定するわけ? あんたさーあたしのことバカだと思ってるわけ? まーそうよね。あんたに比べればあたしなんてまともに錬金術もできないバカよね』

『そ、そんなことっ』

『否定してくれるわけ? あんたって優しいのね。あたしをますます怒らせてくれるなんて、最高の友達よ、あんた』

『ち、違うの! 違うの! 聞いて! み、みりえらちゃ――」

『あたしの名前を呼ばないで!」

『ひぃっ⁉」


 すべてが拒絶される。リヴという存在がミリエラにとって命を侵害する毒物のように、それこそパンテオンのように憎悪と嫌悪が突き放す。

 意味がわからなくて、けれど彼女の威圧に声が出せずに情けなく身体が震える。そんな弱虫に、嗚呼とミリエラは冷めた目を向けて。


『ハアーもういい。どうせ何を言っても知らない振りするんでしょ。そうよね。きっとあんたには自覚なんてないのよね』

『み、ミリエラちゃん…………』

『…………ハァーー…………ホント最悪』


 見くだすミリエラは一歩近づき、右手に持つナイフの刃先をリヴへと向けて。


『――もういい。あんた死んで』

『………………………………え?」


 ナイフがキラリと煌めいた。

 鋭利な眼光と殺意の煌めきが心臓を鷲掴む。その刃が殺意が眼光が火傷が——リヴに向けるミリエラからの敵意が——死を刻銘に幻想させる。


『~~~~ぃぃぃぃっ⁉』


 腰が抜けて慌てるリヴは声もだせず息を無様に吐き絞る。首が折れそうなど何度も頭を横に振る。けれど、ミリエラの歩みも覚悟も変わることはなく、リヴを見下す形で足を止め、ナイフを振り上げる。冷徹な眼差しが告げる。


『この裏切り者めッ!』

『――――ィァァァァァっっ⁉』


 咄嗟のことだった。ただ死を始めて実感させられてとある感情が生まれ出た。

 圧倒的な恐怖の前に本能が叫ぶ。


 ――死にたくない!


 振り下ろされるナイフ。リヴは本能のままにミリエラのお腹へと飛び掛かった。

 思わぬ行動に振り下ろされたナイフはリヴの胸ではなく左肩を裂き、リヴがミリエラの脚にへばりついた弾みでミリエラは体勢を崩し背中からと二人して倒れる。


『あ、あんたッ⁉ どこまでっ、あたしをッ』

『ぅぁっぁぁっ、ぃやだぁ……死にぃ、たくないぃ!』

『――ッッ! ふざけないでッ! この人殺しがァッ!』


 仰向け状態のままミリエラは右手に持つナイフをリヴへと振るう。が、その腕は反射的にリヴに掴まれ、二人はせめぎ合う。


『なんであたしの邪魔するのよッ! あんたなんていなければいいのよッ!』

『イヤァァァ! ァァァアアアア!』

『ッッッ! うるさいッ! あんたがいなければっっお父さんもお母さんも死ななかったッ! 全部全部全部全部ッ——あんたが悪いのよッッ!』

『うわァアアアアアっ! り、リヴ知らない! 知らないっ! 知らないッ!』

『嘘! あんたが父さんを騙したんでしょ! そうあいつらが言ってたもの!』

『やってない! り、リヴっ知らないぃぃぃぃ!』

『うるさいうるさいうるさいっ! あんたなんて話しかけなければよかったッ!』

『み……み、りぃえぇ』

『――っあたしの名前を呼ぶなァアアア! この裏切り者めーーッ!』

『っぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


 殺そうと死にたくないと、二人は必死に抗いながらせめぎ合った。

 答えなど用意されておらず、七歳児の子どもにはその感情の使い所や他の使い方がわからなかった。だから激情のままにそのナイフを押し付け合う。

 そして、その結末はとんだ二つの不運によって決まってしまった。


 一つの目の不運は、治療して塞がっていたはずのミリエラのお腹の傷が開いたことだった。腹を突き破る痛覚に唸ったミリエラの力が弱まる。

 そして二つ目の不運……いや、それはただの不運というには些か残忍が過ぎる。

 そう、彼女はただ必死なだけだったのだ。死にたくなくて必死だった。ただそれだけだった。

 だから、こんなことになるだなんて想像していなかった。


 ただ力任せに。ただ死にたくなくて。ただ抗っていただけ。


 力が弱まったことで仰向け状態のミリエラの腕が押し込まれる形で下がり、リヴは咄嗟にミリエラの右手のナイフの柄を掴み泣き声を上げながらナイフを押し返す。更なる負担が傷をより深く裂き、強烈な激痛に声を上げる。その瞬間、不覚にもミリエラの右手から柄が離れてしまった。抵抗する力が空気のように抜け、全体重を預けていたリヴは為す術なく前のめりに倒れてしまう。


 そして――――ぐしゃり。


『……………………』

『ぅ……………………』


 何かを失った気がした。

 ただ、恐る恐ると止まった鼓動に包まれながら身体を起こし。

 神経を弦のように奏でる最悪な感触に引っ張られ。

 リヴの眼は何かの痕を追いかけるように手先へと。

 その指が絡める、その掌が包む、その手に濡れる。

 その赤。ただ赤く紅く朱く——赤黒く。

 吐息が粒となって零れ落ち、うるさかった鼓動が止まり。

 視線をゆっくりと手元から全体を視界に収めていき。

 こぼっ、と赤い泡が吹き割れ、弱弱しい脈動が神経を伝う。


『………………………………』


 その手はナイフを握っていた。

 その手は血塗れだった。

 そのナイフは突き刺していた。

 そのナイフは血を吹き出させていた。

 そのナイフは首元に突き刺さっていた。

 その首元から血が溢れ出ていた。

 その血がその手を真っ赤に染めてあげていた。

 その手が彼女を真っ赤に染め上げていた。


『………………………………………………………………え』


 瞬きを繰り返しても変わらない現実。

 その赤は止まらない。その赤が克明に教える。その赤こそが彼女を魅せる。

 赤紫の瞳がリヴの眼と交差し——血を吐いたミリエラは告げた。




 ――人殺し




「『イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッ⁉』」




 血濡れの手で頭を抱え絶叫を迸る。慟哭と痛哭の叫喚。すべてが叫びとなり彼女を血濡れた闇へと突き落とす。

 叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び叫び————


 いつの間にか血を零すミリエラと、血を零させるリヴを取り囲むようにあの火災で傷を負った人々がいた。

 スミレがオーレッドがワルダがラムがホタカがリョウが近所のおばあちゃんがパン屋の店主が雑貨屋のお姉さんがお菓子をくれるおじさんが。

 リヴを指差して————


「『人殺し』『人殺し』『人殺しッ』『悪魔めッ』『金の亡者ァ』『オマエがミリエラを殺したぁ』『あんたが私たちを殺した!』『君が僕らを殺したっ!』『この嘘つき』『友達だって言ったのにっ』『ずっと俺たちを騙してくせに……』『この裏切り者ッ』『リヴちゃんが死ねばよかったのに!』『そうね、あなたが死ねばいい』『そうだ、おまえが死ねよッ』『ミリエラの家を燃やした』『多くの人を巻き込んだ』『友達に嘘をついた』『生き残ったミリエラちゃんを殺した』『僕らの幸せを奪った』『私の家族を奪った』『俺の恋人を奪ったァ』『妻の家を奪ったっ』『人の記憶を殺した』『お前人殺しだ』『アンタがすべてを奪った!』『あなたが私たちの人生を滅茶苦茶にしたっ!』『罪人め』『お前が死ね』『アンタが死ね』「君が死ね』『貴様が死ね』『リヴちゃんが死んでっ』『リヴが死ね』『リヴが死ねッ』『リヴが死ね』『リヴさんが死んで』『リヴが死ねばいい』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』」



 ――――あんたなんかいなければよかった。



「ァッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッッッッッ」



 罪火が処刑する。身体中を抉り突き刺す貫き拉げ潰す。ずっと自分を守って来たものすべてを燃焼する。


「お姉ちゃんどうしたの? そんなに蹲って? だってお姉ちゃん言ってたじゃん。――生きるために仕方ないって。殺されそうになったから殺すのはしょうがないって」


 それが盾だった。結界で己を騙す意識だった。


「それとも、もしかして友達を殺した罪を正当化して罪から逃れるためだったりして」


 生きるために必要な盾に罅が入る。いつか背けた罪過の罵声が耳に届く。ナイフに突き刺される。


「お姉ちゃんは罪が怖いの? それとも友達を殺したことを忘れたいの?」


 あの日、意味のわからない罪を突きつけられ、親友と思っていた彼女に殺されそうになった。そして、この手が彼女にトドメを刺した。あたしに向けられたのは数多の憎悪と侮蔑。突き出されたのは数多の身に覚えのない罪。そして、友達たちからの恨みの言葉。


「そうなんだー。なるほど、リリアわかっちゃった! お姉ちゃんが本当に怖いのは――」

「やめてっ―――――」


 制止の言葉は届かず、少女は罪人の真相を明らかにした。


「『身に覚えのない罪』――()()()()()()()()()()()()()

「――――ッ」

「だから、お姉ちゃんは言い訳でも人を殺せるんだ」


 それは自分で背負うことができるから。身に覚えがあるから。


「でも、身に覚えのない罪はダメなんだね。だって――」


 ――償うことすらできないから。


「罪人にされてもお姉ちゃんはその罪がなんなのかわからなかった。わからない罪は償えないし許してもらえない。術がわからないもん」

「――――」

「許されないのは辛いよね。償えないのは困るよね。ずっと『死ね』って言われ続けるのは痛いよね」

「――――」

「それがね。お姉ちゃんの『罪』だよ」


 それがリリアによる救済であり罰であった。

 リヴという少女はあまりにも弱く敏感で怖がりだ。常に人の顔色を窺いちょっとしたことでも感じ取ってはいつだって嫌な方向へと思考を進めてしまう。訪れる恐怖に立ち向かえるだけの志も腕力も魔術も有しておらず、我が身を守るために身に着けたのが『道化の仮面』だ。

 ネガティブに進む思考を無理矢理ポジティブに変換し、人に対する敏感さが得る情報を極力得ないようにいつだって本質から目を逸らし、アディルの偽善と妹の立場を使って彼を力として利用する。何より、『道化』としてのリヴを軽蔑する眼差しや悪罵は本当のリヴに向けられたものではない。

 ほら、リヴは責められない。

 知らない罪は『道化のリヴ』に。生きるために殺す規律に従う『道化のリヴ』はその罪を見ない振りができる。

 それがリヴの本質、罪を嫌う真髄だ。


 だからこそ、本当のリヴはあの日から何一つ変わっていない。弱く情けなく無能で間抜けな少女のままだ。剥き出しにされた今、本物へ突き刺す真実はあの日の覚えのない罪と同じだけの痛酷をもたらす。


 リリアは言う。

 それがあの悲惨な物語から逃げた愚かな少女に定められた罪であると。


 あの日、友を誤って殺した事実から逃げた。友達を信じることから逃げた。罪の弁明から逃げた。アディルの背に逃げた。本物ではない偽物に逃げた。

 逃げ続けてのうのうと生を享受している愚かな少女は彼女たちに許されない。本当の意味で罪に向き合わないリヴという少女は永遠の監獄にて制裁を受け続ける。

 その制裁こそが現状だ。


「お姉ちゃんはどうしてミリエラお姉ちゃんがお姉ちゃんを殺そうとしたのか知ってるの?」


 リヴは頭を横に振る。


「じゃあ、どうして火災がお姉ちゃんの仕業になったのか知ってるの?」


 リヴは頭を横に振る。


「ふーん、じゃあ、何が起こってたのか知らないんだ」


 リヴは頭を振らなかった。それは肯定の意であった。


「じゃあじゃあ、お姉ちゃんが逃げた後にみんながどうなってのか知ってる?」


 これには顔を上げないまま弁解するように口を開いた。


「お、おにいちゃん、から……引っ越したって、きいた」


 その裏、リヴたちだけ取り残されたという意味であった。隔てられた壁があり拒絶の炎があり許さない怒りがあった。それが永遠の決別という形でリヴは救われた。

 そう思っていた。けれど、リリアは憐みの眼でリヴを覗き込み。


「お姉ちゃんは最低だね」

「え……?」

「それもお姉ちゃんの罪だね」


 なにを言われているのかわからない。どれが罪? だってアディルは確かに言ったのだ。


「み、みんなはっ、あたしと……こんな所で住めないから出ていったって」


 忘れもしない。その時感じた痛悔と安堵の卑しさを。

 だからずっとあの廃墟の区画でアディルと二人ぼっちで暮らしていたのだから。

 リリアは呆れたとい言わんばかりにため息を吐き。


「じゃあ特別に教えてあげる。お姉ちゃんが何をしたのか」

「あたしがなにをしたのか?」

「そ。()()()()()()()()()()()()()、ね」


 言葉の意味を理解する前にリリアの人差し指がリヴの額をトンっと優しく触れる。呪うようにリリアは笑みを浮かべ旅立ちのさようならをくべた。


「それじゃあ行ってらっしゃい。眼を背けちゃだめだよ」






ありがとうございました。

次の更新は土曜日を予定しています。

それでは。

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