第二章35話 一つ目の過ち
青海夜海です。
暑すぎて、1日3リットルくらい水分取ってます。もはや食欲のような水分吸収。
『珍しいよなーミリエラが来ねーなんて』
『……う、うん、そ、そうだね。な、何かあったのかな?』
頭の後ろで腕を組み唸るホタカに小心者のリョウが頷き返す。そんな二人が滲ませる不安に抗うように。
『別に……僕らだって家の用事とかで行けない時くらいあるだろ』
オーレッドが憮然と言い返すがその口調はどこか焦燥に駆られて聞こえた。
『でも……ミリエラちゃんってほとんどいないことなかったよ? いつも言伝だってあったし、やっぱり何かあったんじゃ!』
『落ち着きなさいスミレ。言伝を残せないくらい多忙なのかもしれないわ」
『う、うん。そうだね……そうかもしれないけど!』
どんどん口調に激しさが増していくスミレの不安をラムが宥めようとするがそう簡単に一度抱えた不安は払拭できない様子。ラムもまた口籠り、その内面に不安が駆り出ていた。
『……』
リヴもまた、ミリエラが無断で空き地に来ない事に激しく心をそわそわさせ視線を無意味にきょろきょろさせミリエラを探してしまう。
『来ないね』
そんなリヴの心情と同じなのか、ワルダが呟く。首肯するリヴに視線寄越す彼の相貌もまた晴れやかではない。
ただ待つだけ。約束の時間は当に過ぎ去り、やって来る気配もない。まるで誰もいない坩堝に堕ちたような錯覚がリヴたちに孤独を味合わせる。
風と風が擦れる音に秒針の音を重ねてしまい、あてもなく空き地の路面方向を凝視してしまう。
もう耐えられない、と真っ先に声を荒げたのはスミレ。
『わたしミリエラちゃんの家に行って来る!』
『おい待てって!』
走り出そうとするスミレの腕をオーレッドが掴み引き留める。振り返るスミレの相貌は涙に滲み悲しみに怒る気迫が喉から迸らせる。
『待てない! もしかしたらホントに何かあったのかもしれないじゃん! わたし、そんなの嫌だよ!』
オーレッドの手を振り払って駆けだすスミレの背をオーレッドが待てよっと追いかける。
『リョウ! オレたちも行くぞ!』
『う、うん!』
スミレに触発されホタカとリョウが続く。取り残されたラムとワルダ、リヴは顔を見合わせて。
『俺たちも行こう。こうしてても何もできないし』
『そうね。万が一は私たちがあの馬鹿たちを止めないとだものね』
『う、うん! リヴもミリエラちゃんが心配だし……風邪とかならお見舞いしてもいいもんね』
『そうだな』
コクリと頷き、ワルダとラムが駆けだす。その後ろをリヴが付いて行く。
空き地を後にして、十分くらいの位置にあるミリエラの家を目指して。
『――キミが生き残ることを心から願っているさ』
ふと、すれ違いざま。そんな言葉がささやかれ、リヴは思わず足を止めて振り返った。しかし、そこには誰もおらず、なんだったのかと首を傾げるリヴに。
『おいリヴ! そっちじゃなくてこっちだぞ!』
ワルダの声にはっと現実に戻り。
『う、うん!』
リヴは再び走りだした
轟轟と黒煙が月光を覆い隠し夕焼けと言われる空が焼けた現象さながらに、見上げるそこは業火が猛々しく雄叫びを上げていた。黒海の空が蔑むように見下し炎が家々を包み絶叫させる。
混じるは人間の悲鳴。焼かれ死ぬ、崩れた瓦礫に潰される、邪魔だと身代わりにされる、逃げ遅れる、逃げる、そんな人々の悲鳴に共鳴するように炎が高々と震え上がった。
『な、なにこれ…………』
ミリエラの家がある区画。子どもの足で懸命に走り辿り着いた矢先、そんな地獄がリヴたちを待ち受けていた。
どこを見ても炎炎炎炎。火が森林のように造園し矮小な人間を淘汰する。崩れていく家々。呑み込まれる絶叫。火種となる痛哭。激烈なほどに赤く、凄烈なほどに黒く。
その赤と黒はリヴの心を様々な感情で塗りつぶし、ぐちゃぐちゃな胸の内で走馬灯のように何度も想起させる。
その果てに——
『ミリエラちゃん…………ミリエラちゃんっ!』
『リヴっ! 待てって! こんな火の中に飛び込むなんて無理だ!』
『離してっ! 離して! ミリエラちゃんがっ! ミリエラちゃんが!』
『おい! ホルタ手伝ってくれ!』
『おう! 落ち着けって』
落ち着け? 落ち着けるわけがない!
眼前に猛る死火はリヴを酷く駆り立てた。自分の命よりミリエラを優先し、その蛮行はワルダたちによって止められる。
『ミリエラちゃん……っ』
『リヴちゃん…………』
その必死な後ろ姿にスミレは吐息を零す。感化される……なんてことは悲しくもなかった。ただ心を襲うのは卑劣な悪魔紛いの死を想像させる猛火ただ一つ。七歳の子どもであっても生の執着に駆り立てられる。
『………っ』
けれど、言えない。死にたくないから逃げようなんて口が裂けても言えなかった。助けに行こうとしないならミリエラのことが心配ではない? そんなわけがあるものか。
『なんで⁉ なんで止めるの! はやく助けにいかないと!』
『落ち着けって言ってるだろ! そもそももう逃げた可能性もあるんだぞ!』
『ホルタの言う通り。きっとミリエラは大丈夫だ! だから逃げるぞ』
『そ、そんなのわかんないじゃん! もしも……もしもまだ逃げてなかったら! リヴはそんなの嫌だよっ!』
『だ、大丈夫だって! ミリエラだぞ。絶対に逃げてるって。ほら、オレたちも逃げようぜ。お前だって死にたくないだろ?』
『なんで⁉ みんなは……ミリエラちゃんが死んじゃってもいいの!』
我慢ならないと叫び声をあげる、その言の葉は凄烈に胸を抉った。まるでリヴたちの時間が止まったような空白を——パチンーーっ!
『…………ぇ』
リヴは自分の頬に突き刺す熱さを感じ、何が起こったのか視線をあげる。
リヴの瞳に怒りながら涙をボロボロと零すスミレがいて。
『いいわけない! ミリエラちゃんが死んでいいなんて思ってない! 思うはずないよ!』
激昂が冷静を取り戻していくリヴを震わす。冷めていく熱に違う熱が冷熱となってしもやけのように突き刺す。
零れ続ける涙にスミレの激情の表情を映しこみ、すべては本音となって反響する。
『ミリエラちゃんが死ぬのはイヤ! わたしだってミリエラちゃんを助けにいきたい!』
『じゃあ…………』
縋るように声を絞ったリヴは睨まれる。
『違う違うよ! わたしだってミリエラちゃんを助けたい。でも、お母さんをお父さんを悲しませることはできない!』
『――――』
『わたしだって、死ぬのが怖いの!』
真摯な眼差しが痛感させる。リヴの頭に割り込んで過ったのはアディルとキツ兄。想像する自分のいない、いなくなった世界で二人の様子を。
『~~~~ッ』
声にならない震えがリヴを脱力させよろよろとスミレから遠ざかる。
そしてようやく気付いたのだ。
——街を包み込む大火は嘲笑いながら嬲るようにリヴを簡単に殺してしまうと。
瞬間、襲い掛かったのは強烈な死への恐怖。
『ぁっ……ぁぁっぅぁ』
情けない声を上げて尻もちをついたリヴをスミレたちが見下ろす。
スミレはその手を差し伸べ。
『ほら! はやく逃げよ! じゃないとミリエラちゃんと逢えないよ!』
スミレは気高かった。同い年なのにずっとお姉さんに見えた。
まるでリヴに声をかけてくれたミリエラのように。
『オイ餓鬼ども! さっさと逃げろッ! 火の手はすぐそこだぞ!』
煤だらけの男がリヴたちに叫ぶ。そこでやっと気づいた。
すぐそこまで火の手は迫っている。早く逃げなければ火の手に呑み込まれ絶叫の一員にされてしまう。まるで炎獄に囚われた死人のように。永獄の燃焼地獄を味わうかのような死に方をしてしまう。
『うわぁああ!』
『は、はやく逃げるぞ!』
慌てて走り出すみんな。スミレが『ほら!』と中途半端なリヴの手を掴み立たせる
『行こ!』
『…………』
けれど、その足は思うように動いてくれなかった。引っ張られる腕に反して岩のように動かない足。
『リヴちゃんっ!』
『リヴ⁉ 何してるんだ!』
『はやくはやく! 火が火がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉』
『…………』
頭ではわかっていた。それでも感情がついてこなかった。
だって、目先の炎に中に、己を食わんと迫る業火の中に——こちらに助けを求めるように手を伸ばすミリエラが——リヴの耳に届く名を呼ぶミリエラが——
『ミリエラちゃん——』
それは幻覚だった。それは幻聴だった。それがリヴの弱さだった。
幻覚の正体は焼死体。幻聴は数多の人間の叫び。それらはミリエラのものではない。それでも最悪を考え、それが嫌だから無理矢理に希望に縋り弱弱しい抵抗をして。
『餓鬼どもッ⁉ 避けろォオオオオオオオオオオオオ————』
男の叫びに誰も間に合うことはなく。
左手から横殴りに迫った炎波により、有象無象は救いの価値もなく呑み込まれていった。
それが一つ目の過ちだった。
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次の更新は水曜日を予定しています。
それでは。




