第二章34話 七歳の頃
青海夜海です。
へブバンのアーさんとマリイベントが最高でした!
『リヴ、遅いわよ』
凛然とした正しさの炎で磨いたような声音がリヴを呼ぶ。
こちらを見る切れ長の目の女の子と六人の子どもたち。空き地に集まった彼らの下にリヴはのろのろした足取りで駆け寄った。
『ご、ごめんね、ミリエラちゃん』
『ホント、あんたはノロマなんだから』
『えへへ』
『褒めてないんだけど……』
『ううん、そのリヴのこと知っててくれてうれしくて』
『……はあーホント、あんたって変ね』
『そうかな?』
『そうよ』
ミリエラと呼ばれた少女は呆れた顔をする。その春紅の瞳の先で自分よりも小柄で弱っちいリヴは苦笑と照れたような情けない顔をしていた。
『よし。全員揃ったし何して遊ぶ?』
真っ先に声を上げたのワルダ。額に傷痕を持つ少年だ。そのワルダにサイドテールの少女が元気よく挙手する。
『はいはーい! わたしは騎士ごっこがしたーい! わたしぜったいに歌姫になるんだー』
『また? 僕は嫌だね。昨日騎士ごっこしたじゃんか。今日は探検。あっちの廃虚にはまだ行ってないでしょ』
スミレの主張に眼鏡の少年オーレッドが否を唱え別案を添えた。
『だ、だめだよ~。こわいも~ん』
『リョウは怖がりだなー。そんなんじゃかっけー男になれねーぞ』
『そ、そんなことないも~ん。ぼ、ぼくだってかっこよくなれるも~ん』
『その語尾を伸ばすのキモイからやめたら』
リョウと呼ばれた気弱な少年の肩を短髪のホタカががっと組み、その光景をクールな少女ラムが毒舌を吐きつける。
混沌とする場にため息を吐いてたワルダが、『何して遊ぶの?』と再度問いかけ、スミレが『はいはーい! 騎士ごっこ! わたしが歌姫役ね!』と我を付き通す。それに対してオーレッドが呆れ顔で『僕はパス。僕の話し聞いてた? 昨日騎士ごっこしたから今日は探索なわけ。探検の方が面白いし』と子どもながらの理屈で詰め寄る。涙目のリョウをホタカが慰め、ラムが『泣き虫』と追撃した。
そんな六人にあたふたするのは七歳児のリヴ。弱弱しい彼女含め七人に嘆息したミリエラが声を張る。
『スミレ。オーレッドの言う通り昨日は騎士ごっこしたでしょ。なら今日は探索よ。いいわね?』
合理性で諭すミリエラに。
『ミリエラちゃんが言うならわかったよ』
とスミレはあっさり手を引いた。
『他のみんなもいい?』
一見威圧的な態度のミリエラだが、皆は崇拝する君主のように彼女の意思に従う。それはリヴとて同じでこくりと頷いた。
皆の意思を確認したミリエラは『じゃあ行くわよ』と歩き出した。
そんなどこか唯我独尊なミリエラに誰一人文句を言わず彼女の後を追いかける。彼らの横顔や声音からも一切の嫌悪は感じられない。
それはリヴも同じだった。
『やっぱり、ミリエラちゃんはすごい』
尊敬、憧憬の輝く眼差しにミリエラが腰に手を当てて。
『どうして?』
そう訊ねる。訊ねられると、えっとあっとと口籠ったリヴ。はっきりものを言うのが苦手なリヴに対して嫌な態度を見せることなく待ち続けるミリエラに、小さな口が頑張って言葉を紡ぐ。
『ミリエラちゃんは、いつもみんなを引っ張ってくれて、みんなことを考えてくれてて……すごくカッコいいから!』
『……これくら普通よ。あんたもあたしに憧れるならはっきり言えるように頑張りなさい』
強い眼差しは紅月のようで、その燃える意思にリヴはいつだって励まされた。
『うん!』
きっと、リヴの笑顔とはミリエラによって引き出されていたのだろう。それくらいに満面な笑みが咲いた。
『みんなーはーやーくー!』
『君は元気過ぎるだろ』
今にも走りだしそうなスミレの後を文句を垂れながらオーレッドが追いかける。そんな彼女に振り返ったミリエラは。
『……ほら、行くわよ』
と、さっさと歩いて行ってしまった。
『……』
『照れてるんだよ』
『え?』
歩いて行くミリエラの背を見つめていると、リヴの隣にワルダが立ち止まり。
『憧れはね、憧れた方も憧れられた方も強くなれるんだって』
兄貴が言ってたとワルダがリヴに笑いかける。
『だからきっとミリエラは照れてるんだよ』
『ミリエラちゃんでも照れたりするの?』
訊ねると脇を通るラムがこちらを一瞥して一言。
『当然でしょ。あの子も子どもよ』
それだけ言い残して歩いて行ってしまう。眼をパリクリさせるリヴに。
『そういうこと。ほら俺らも行こ』
と促され、リヴはコクリと頷きワルダと共にみんなの後を追いかけた。
*
「お姉ちゃんって昔はあんな感じだったんだー。へー今じゃ信じられないかも」
そんな喜々と窺うリリアの声によって現実に戻された。
「…………」
大量の汗が額を流れ肌を伝い下着を湿らせる。なんでもない過去の出来事。子どもの自分たちが集まって遊びにいくだけの、そんな日常。だと言うのに、それしかないと言うのに……
「ミリエラ…………みんな…………」
その眼は迷夢に狂わされた者のように、焦点が常に移動し続ける。動揺……その一言で終わらせられない歪さが滲み出ていた。
そんなリヴを見上げるリリアがくすくすと。
「お姉ちゃんは顔に出るタイプなんだねー。あは! そんなにひどい過去だったの? リリアにはザ子どもって感じに見えたけど……お姉ちゃんにはどんな風に見えたのかリリア気になるなー」
くるくるとリヴを囲むようにステップを踏んで軽快な声を発するリリアの大きな瞳に気圧される。まるで深淵が心を覗かんとしているかのようで。
「――っ。なんでもない! あたし動揺してないし! ひどくないし! 別に……なんでもないし」
「あは! お姉ちゃん必死すぎー。逆に怪しい~~」
「うるさい」
顔を覗き込むリリアからぷいっと顔を逸らしたリヴは改めて誰もいない、かつてはみんなと遊んでいた空き地を見渡した。何かがあるわけじゃない。土管や廃棄物が乱雑に置かれているだけ荒地。だけど、当時のリヴたちにとってはもう一つの家かあるいは拠点のような特別感があった。
「いつも、遊ぼって誘われたら決まってここに集まったの。場所の指定なんてしてなくても、あたしたちはみんなここに集まったんだ」
「ふーん。こんな何にもないところに?」
「そう、何にもないから違う所に遊びに行くんだけどねー。でも、絶対にここだった。あたしたちが集まるのはここだったの」
近所の人からの伝言であっても、時間され大体わかればみんなこの辺鄙な空き地に集まった。ここで一日中遊ぶわけじゃないのに、絶対にここに集まった。
「集まっておはようって、みんなの名前を呼んで。何して遊びたいか言い合って、大体喧嘩になるからミリエラちゃんが最終的に決める。あたしたちはミリエラちゃんの臣下みたい……違うかな・えっと、騎士って感じ? まーいいや。とにかくあたしたちにとってミリエラちゃんがすべてだったなー」
ただ、いい思い出、懐かしさだけを思い出し幸福に浸る。それ以上は思い出さず、その幸福の蜜だけに浸り沈み、ただただに楽しかった日々を噛み締める。
それでいいじゃないか。それでいいでしょ。それがいいの。
けれど、わかっていたけど、リリアはリヴの弱さを見逃さなかった。
「じゃあ、そのミリエラちゃんについてもっと深く見て見よっか」
「…………え?」
思いがけない提案にぎょっとなるリヴにはにかんだリリアはリヴの手を取り。
「リリア楽しみなんだ。お姉ちゃんがどうして今、生きているのか、ね」
*
呼吸を始めたみたいに視界が判然と光を取り戻し光景を映し出す。永遠と一瞬の混同がリヴの認識を曖昧にさせ、眼を覚ますようにぼーとする頭は理性を取り戻す。
「あの子は?」
周囲を見渡すがリリアはいない。そして風景も先ほどの空き地ではなく、当然ながら見覚えのある家の中だった。鉄や鉱石の独特な香りが充満している懐かしさが思い出す。
「ここはミリエラの家だ。懐かしい…………けどっ」
懐かしいさ。ここがリヴの原点と言ってもいい。それほど何度も何度も通った場所だ。
『今日も錬金術の勉強かい? 精がでるな』
そんな男性の声が脳内に木霊し、リヴの意識は過去へと吸い込まれるように誘われた。
『今日も錬金術の勉強かい? 精が出るな』
そう目を細めるミリエラの父に七歳児のリヴとミリエラは顔を上げて。
『はあー、リヴがどうしてもってしつこのよ』
『ハハハ! よっぽど錬金術が気に入ったみたいだな』
『笑いごとじゃない。はあーお陰であたしまでやる羽目になってるんだから」
どこかダルそうに息を吐きながら手元を動かすミリエラ。そんな彼女の態度にリヴの顔はどんどん蒼白していき。ガタンっと手元の素材を落してしまう。
『り、リヴのせい⁉ リヴが無理矢理ミリエラちゃんの家に押し寄せたから』
『そ、そういうわけじゃないけど……』
『み、ミリエラちゃんは……その、楽しくなかったの?』
『別に……』
素っ気ないミリエラにリヴが泣きそうになる。そんな子ども二人を見て苦笑したミリエラの父親は言う。
『ミリエラ、その割には随分と細かいじゃないかい』
腰を下ろした父親はミリエラの手元にある液体瓶を手に取る。『お、お父さん!』と慌てるミリエラを無視して凝視した彼は相貌を崩しその大きな手でミリエラの柘榴色の髪の頭を撫でる。
『いい具合だ。ミリエラ』
『! ……と、当然よ!』
褒められて嬉しかったミリエラのツンデレ具合を見てリヴと父親は穏やかな笑みを浮かべた。
『も、もういいでしょ! ほらリヴ、続きするわよ』
『うん!』
錬金術に必要は調合の比率を学ぶべく、回復薬の具材を使って調合の練習を始める。
『えっと、ディルって三枚? あれ? 磨り潰すんだっけ? あ、先にカロリーフラワーの汁を入れるんだったかな? あれ? えっと……えっと……』
物覚えが良い方じゃないリヴが次の行程がわからずああじゃないこうじゃんないと混乱し始め、遂には泣きだしそうに鼻を啜り始めた。
『…………あーもう。ディルは二枚。軽くちぎって入れるの。カロリーフラワーの汁はスポイトから五滴だから』
『ミリエラちゃん……!』
テキパキとリヴに手を差し伸べたミリエラはふんと顔を背け。
『泣いてる暇があったらちゃんと覚えなさい』
強い言い方だ。穿った捉え方をすればバカにされていると勘違いしそうな発言だ。けれど、リヴはとびっきりの笑みで。
『う、うん! ありがとうミリエラちゃん!』
そう、感謝するのだからミリエラは振り向いてもすぐに視線を逸らしてしまう。その耳がほのかに赤いことを知るのは彼女の父親だけだろう。
その穏やかな二人の時間。文句を言いながらもリヴに付き合ってくれるミリエラ。それだけでリヴは飛び切りにハッピーだった。
小心者で臆病で少し依存傾向のあるリヴは。
『え、えっと次は……これ?』
『……はあーこれよ。しっかり覚えなさい』
『あ、そうだね。うん、ありがとうミリエラちゃん!』
『……別に』
もう既にミリエラに依存していた。威圧的でリーダーシップがあってカリスマ性なミリエラに、憧憬、尊敬、愛情の類をリヴは持ち合わせていた。
笑い合うわけでもない。手を繋ぐわけでもない。恋バナなんてもっての他。傍から見ればいじめっ子といじめられっ子のような関係性に見えるかもしれない。
それでもこの瞬間、彼女といた日々は宝物のように特別だった。確かにリヴは思っていたのだ。ミリエラは親友だと。
『で、できたー!』
やっとのこと完成したリヴの歓声にミリエラは一瞥して。
『頑張ったわね』
『えへへへ!』
ぶっきらぼうに褒めてくれる事がリヴにはとてもうれしかった。
『どれどれ?』
鑑定してくれるミリエラの父親に手渡す。彼は凝視したのちふむふむと頷き目を大きく一度開いた。
『錬成度が凄まじく高い。……ハハハ、完璧だよリヴくん!」
歓喜するミリエラの父はリヴの頭を撫でる。
『この調合で回復薬は作れるぞ。君には錬金術師としての才能がある!』
『ほ、ほんとですか⁉』
『ああ! この調子で励むんだね!』
喜びに包まれた父親の顔。その手が撫でるリヴの頭。嬉しそうなリヴ。それを見つめるミリエラは息を吸い込み。
『…………物覚え悪いけどね』
『そ、そうだけど! そ、それは頑張るから!』
『そ』
たった週にニ度か三度の時間。ほんの三時間から多い時には五時間程度。
それがリヴがミリエラと二人だけで一緒にいられる時間で、リヴにとって心から楽しみな錬金術の時間だった。憧れの人と自分が一番好きなことができる、その二つの幸福に包まれたリヴは、この時にはもう自分のことしか見えていなかった。
ずっとびくびくして相手の意見や顔色を窺い、割り込んで発言なんてできなかった小心者だったのに。
きっと舞い上がっていたのだ。才能があると言われて浮かれていたのだ。ミリエラが一緒に錬金術の勉強をしてくれて嬉しかったのだ。
だから疑うことも慮ることも気遣うことも、当時の子どもなリヴにはできなかった。七歳児相応の自我と意思では、ミリエラのように大人でいられなかった。
だから——
「やっぱり、お姉ちゃんのせいなのかもしれないね」
そう、微笑みを張り付けるリリアの声が背中に突き刺さった。
「年相応でいいとリリアは思うよ。でもーミリエラちゃんはそうじゃないみたいだよねー」
「…………」
「でもいいんじゃない。だって、ミリエラちゃんのお陰でお姉ちゃんは錬金術ができるようになったんだから」
「…………っ」
「あ、もしかして。お姉ちゃんが錬金術を極めたのって」
「やめてっ!」
ばっと振り返ったリヴが腕を振り抜いた動作に連鎖してナギの波動がリリアの周囲を打ち砕く。爆ぜる大気と大地。だが、リリアは身じろぎせず、変わらぬ笑みでリヴを見つめ続けた。
「うるさい! あたしを見るな! あっちいけ! バカアホめんたいこ!」
「わー初めてめんたいこって言われた。けど、それってどういう意味なの? リリアわかんない」
「――うるさい! あんたなんかめんたいこ!」
怒号に反応して砲撃のようにナギの波動がリリアの周囲を薙ぎ払う。されど、リリアは愉悦を讃え真実だけを欲す眼でリヴを見つめ続けた。
まるで深海に開く穴のように。
その紅月の瞳にリヴは思わずたじろぎ、まるで悔恨のように。
「あたしは……あたしがっ、ミリエラを傷つけた――」
絶望と失意の揺らぎに、リリアは逃亡者の耳元で囁く。
「そうだよお姉ちゃん。お姉ちゃんのせいで、ミリエラお姉ちゃんは死んじゃったんだから」
視界が暗転し、次の過去へと場面は転換する。
悪夢へと歩みを進めて。
ありがとうございました。
七歳児のリヴが自分のことリヴって呼んでるの、可愛いです。
次の更新は月曜日を予定しています。
それでは。




