第二章33話 目覚めのリヴ
青海夜海です。
リヴの話しです。
夢を見た。ずっとずっと見ていなかった、見ないようにしていた、あの悪夢を見た。
たった一度の失敗。それだけですべてを失ったあの過去。
木霊するあの子の言葉。
――この裏切り者ッ!
あの頃のあたしは疑うことを知らなかった。あの頃のあたしは今よりずっと弱く無知でコミュニケーションも弱かった。いつだってお兄ちゃんの背中に隠れてばかりで、何かやるのも全部お兄ちゃんが理由だった。
あたしにとって本当の家族はお兄ちゃんと偶にどこかへ行っちゃうキツ兄だけだった。だから、あの日あの時あの子に出逢って。
――いっしょにあそぶ?
そう言ってもらえたことがかけがえのない幸せであたしの人生の始まりだった。
今も覚えている。あの子があたしの手を引っ張ってみんなのところに連れて行ってくれたこと。それがすごく嬉しくて緊張していたこと。裏返った声で自己紹介したこと。友達だと言ってくれたこと。
ぜんぶ覚えている。みんなと遊んだ楽しい時間も。みんなと離れ離れになった最後の瞬間も。
――この裏切り者ッ!
そう告げた〇〇〇〇の声も。
だから、あたしは罪が嫌い。罪人になんてなりたくない。
だから言い訳をさせて。あんたを殺したのはあたしが生きるために必要なことだって。
罪人にしないで。
お願いだから――
*
目を覚ますとそこは見慣れない天井だった。朦朧とする意識はゆっくりと判明になっていき、しこりのような残夢が記憶域のずっと奥へと追いやられては消えていく。身体を起こす頃には夢の欠片も覚えておらず、寝起きのしゅばしゅばする眼を覚ますように瞬きを繰り返す。
「ここは……?」
見渡すリヴの眼にはツタが絡む室内と質素な家具が目に入り、どうやらどこかの家に寝かされていたらしいと理解を得る。だが、どこかわかず首を傾げながら鮮明になって来る頭の働きを待つ。同時にここまでの記憶を手繰り寄せ。
「そうだ! ルナがっ!」
「あの子なら大丈夫だよ」
自信満々な少女の声音が右耳を打つ。ゆっくりとそちらを向くとベッドに腰掛けた白銀月の髪の少女が足をぶらぶらさせていた。リヴの視線を受けて振り返った少女は、ふふっと笑みを浮かべ、えいっとベッドから降りる。
くるりと回転した少女はリヴに向き直り。
「初めましてお姉さん。リリアはリリア。お姉さんを助けてあげたんだから感謝してね」
「あんたがあたしを?」
「あんたじゃなくてリリア! もーここに着いた途端に気絶しちゃってびっくりしたんだからねー」
「ご、ごめんね?」
十歳児の年下に呆れられる十六歳のリヴだった。しくしく。
「じゃなくてリリアちゃん! それでルナは?」
「そんなに急かさないでよねー。あの子なら他の庭園にいるよ。あれれ、お兄ちゃんの心配はしてあげないの?」
「そっか……もしかしてここって花村の庭園?」
「……まーいいや。そうだよー。リリアもね、道に迷ってたところを助けてもらったの」
年相応の表情を見せるリリアは、ほら、とリヴの手を掴んで引っ張る。
「な、なに?」
「お姉ちゃんが目を覚ましたってみんなに言いに行かないと。みんな心配してたし会いたがってたよ」
「そ、そうなんだ……?」
頭は十分回りだしたが、アクティブなリリアを制止する暇も違和感に対して思考する暇もなく、ほら早くと急かすリリアに手を引っ張られベッドから降りる。
「じゃあレッツゴー!」
「ちょっとリリアちゃん!」
引っ張られるがままに扉を開き外へと出て。
「――――なにこれ?」
言葉を失った。だってそれはそこは――
「懐かしいでしょお姉ちゃん」
「…………」
有り得なかった。その光景が目の前に広がっているのも、いや、その情景が記憶の当時のままにあるのが。
「……なんで、直ってるの?」
リヴの視線が記憶の断片と照らし合わせ不可解な事象に絶句する。目の前に広がるのは見覚えのある街並み。家々が立ち並び所々にお店が開いている少し簡素な街中。そして、今では見ることのできない人の息遣いと営みの熱と子どもの声。
有り得なかった。そこは【エリア】に来る前までリヴとアディルが住んでいた民衆都市ウハイミルの南街区。そして、今から九年前に危険区域と指定され閉鎖された区域。
排他的な南街区が九年前の姿でそこにリヴたちの目の前に広がっていた。
「噓だ! だってあたしは【エリア】にいて。どういうこと! ここは花村の庭園じゃないわけ!」
問い質そうとリリアに声を荒げるリヴだが、先までいた彼女はその場からいなくなっていた。と思えば前方から「お姉ちゃんはやく! こっちこっち!」と手を振って街中へと走っていく。
「ちょっとあんた!」
得体の知れない九年前の風景。振り返るとそこには九年前の今より新しい我が家だ。けれど、部屋の中はツタの絡まった寝起きた部屋のまま。迷った挙句一人ではどうしようもない事実と何か知っているであろうリリアを天秤にかけ。
「あーもう! いっちゃうわい!」
リリアを追いかけることに決めた。
追いかけながら街中を見渡す。やはり記憶の景色と一切の遜色はなく馴染みのパン屋の看板に幼い頃のリヴが描かれているのもそのままだ。
「ふふん、やっぱりあたしは美少女ね」
「リリアの方がずっと可愛いし」
この女ども、あらかたの羞恥は母のお腹の中に置いてきているようだ。
とにかく、そういった細かな部分まで等しくて、幻覚やそっくりな街といった可能性が低くなってくる。
「じゃあ、過去に戻ったっていうの? それはそれでロマンなんだけど、もっと違う時間がよかったかなー」
時間跳躍など有り得ないとわかりながらもロマンに眼を輝かせるリヴはふと思う。
「そもそも、九年以上前なのはわかるけど、いつの頃なんだろ? たぶん、五歳より上のはずだけど」
先の看板の絵がリヴが五歳児の時に描かれたものなのでそれ以降になる。つまり五歳児から七歳児までのどこかの時間軸の可能性が高く。
「で、これってなに? 過去? 似てるだけ? なんなの?」
そもそも記憶の回想的な世界なのか、似ているだけで本質は異なる世界なのか。何一つわからない。元々人影が少ない区域なので誰かを見つけるのも一苦労だし、月が頂点にあることから昇月九時の昼頃だということがわかり商店街へと働きに出ている時間帯で一層に物静かだ。
「ねえあんた! どこに行くわけ?」
「あんたじゃないリリア。お姉ちゃんも知ってる場所だよ。でも、お姉ちゃんはもう忘れちゃってるかもね」
「だから、それがどこよって話し……あんまりいい記憶ないんだけど……帰れないの?」
「もー文句が多いなー。黙ってリリアについて来ればいいの」
所詮は子ども。親に秘密の隠れ家や発見したものを早く見せたい子どもの心理と同じ……と論せない大人びた雰囲気でリヴを黙らせるリリア。リヴを無視して先を急ぐリリアにぐぬぬ。ここは大人らしく余裕をもってお子様に付き合ってあげようじゃないか。うん、そうしよう。ということで心の平静を取り戻したリヴは大人の淑女の余裕をもってリリアに従う。決して怖いとかじゃないよ。
「とうちゃーく」
そうこうしていると、目的の場所に到着したらしくリヴも足を止める。
「やっと? ってここ」
ほんの数分走って辿り着いたのは辺鄙で何もない空き地だった。広さは十二分にあり子どもが二十人くらい遊べそうな広さだ。 そして当然だがリヴには見覚えがあり、何より物覚えがあった。忘れるはずがない。だってここは――
「あたしが、よく遊んでいた公園……」
目まぐるしく頭を駆け巡るのは良い想い出と悪い想い出。公園に足を踏み入れることを躊躇するその背を。
「――ちゃんと見ないとだめだよ。お姉さんが犯した罪を、ね」
ここは、あたしの血で汚れている——
ありがとうございました。
リヴの過去に入っていきます。
次の更新は土曜日に予定しています。
それでは。




