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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章31話 別てど巡る再はありうべきなかれ

青海夜海です。

大人になればなるほど、周囲や友達と価値観も考え方も現実の見方もすべて違ってきて、もう話しに入れなくなってきた自分はたぶんダメなんだと思う。

恐らくあと数年で友達でもなくなるんだろうなーって思うこの頃です。

 

 宿屋を出て——アディルはやっとその異様に気づく。


「どうなってんだ……?」


 理解不能な事象が目の前に巻き起こっていた。


「…………うそだろ」


 嘘だと言ってほしかった。だが、絶叫が悲鳴が痛苦が——ツインテールの苦痛な顔が真実を物語る。

 第二層は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうだ、天場で見られる一七時頃の月沈みも、夕暮れという光が地平の向こうへと落ちて行く現象も。ここ第二層には存在しない。

 なら、先ほど宿屋から見た()()()はなんだったか?

 その答え——


「なんでっ……()()()()()()()!」

「……」


 宿屋を出たアディルの眼を襲ったのは焔の絶叫。花村の庭園(ガーデンフォール)を炎が徘徊し、家々も庭園も草花も、そしてフローラスも。そのすべてが燃えていた。

 唖然とするアディル。彼の手をツインテールが掴み全速力で走りだす。風を受け火花に肌が焼け、はっと意識を取り戻す。


「おい! どうなってやがる! 何が起こりやがったっ⁉」

「いいから付いて来て!」

「クソが! 餓鬼じゃねーから手を離せ! あと説明しろ!」

「はいはい! でも、そんな時間はないわ!」


 まるで奇襲を受けたかのようにあちこちで火の手が上がり、豊かな自然の景観は絶望の連鎖が描く業火となり、硝煙がいつの間にか星闇に落ちた空を穢していく。


「まさか、こんなに早くアンタに接触するとは思わなかったわ」

「接触? アリスのことか? あいつが関係ありやがるのか?」

「ええそうよ。アンタのことを気づかれないように注意を払っておいたんだけど、どこで気づいたのかしら?」


 疑問に思ってるところ悪いが、情報管理のずさんさは最初から出ていたので気づかれて当然であろう。集落の中を普通に歩いて挨拶してたし。


「とにかく、アンタはこのままここを出ていきなさい」

「オマエらはどうしやがるッ!」

「そんな(こま)かいことどうでもいいわよ。あーもう! なんでアタシがこんな役目を背負っちゃったのよ!」


 刹那、左側から燃え滾る炎の音を獣声に変えた炎人(えんじん)が突如現れ、その怪腕をツインテールへと振り下ろされた。


「ツインテール!」

「え? ——っ⁉」


 アディルは瞬発的に怪腕へと迫り、風魔を纏う斬撃で切り裂く。風撃が炎人ごと吹き飛ばし背後の庭園を燃焼させた。


「あ、アンタなかなかやるわね。ま、アタシの出る幕はないようね」

「悲鳴を上げて蹲ってた奴がどの面下げてほざきやがる」

「うるさい! アタシはエレガントなのよ! やる時はやるの! ほら、アンタを連れ出したわけだし!」

「俺が好きすぎてな」

「~~~~っ! あ、アンタのためなんかじゃないんだから!」

「ツンデレかよ」

「うるさい」


 顔を赤く吠えるツインテールに並んで再び走りだす。阻む障害を迅速の太刀で往なし、花村の庭園(ガーデンフォール)の外へと懸命に走り続けた。


「いい。アンタは何も心配しなくていいわ。アンタはさっさとここを出て仲間と合流するのよ」

「オマエはどうする気だ? そもそもあいつらは、原因はなんだ?」

「…………」


 しかし、ツインテールはこの事に関してだけは一切口を割らない。どれだけアディルが睨み問うても、その口は欲しい言葉を発しなかった。

 そんな益体のない会話を続けていると、数十メル先に外界との境界線が見えて来た。その向こう側は相も変わらず花吹雪(フィンブルム)の嵐。そこへ一人突撃するのはまさに自殺行為。その危険を冒してまでここから離れることを強要する。否、その方がアディルの生存率が高まると判断しての行動なのだろう。

 わかっている。わかれている。それでも、偽善者のアディルは訊ねないわけにはいかない。


「理由を言え。何がありやがった? 俺に関係あんだろ?」

「…………」

「なら言え! 俺の責任なら俺が——」


 執拗なアディルに焦燥がたかったツインテールは足を止めアディルの胸倉を掴み泣きそうな激怒の表情で叫んだ。


「――ッ! そんな時間ないわよ! いいからアタシの言うことを聞きなさい!」


 怒気を露わにした眼光がアディルを突き刺す。それでも、アディルもまた譲れないのだ。ツインテールの腕を掴み彼女の眼光を真向から見据える。


「オマエに命の借りがあんだよッ! オマエを置いて逃げるなんざできるかァ!」

「ば、バカじゃないの! アタシたちの命なんて……」

「オマエの価値観なんざ知るか! オマエらを見放すのが胸糞わりーって言ってんだ! いいから言いやがれっ!」


 強い眼光。譲らない意思。それはツインテールが今まで経験したことのない激情の類であった。それも、その激情が自分に向けられている。自分の命を心配されている。すべてが初めてで、どこか現実離れしており、彼女はアディルの想いを呑み込むことができなかった。


「と、とにかく! アンタは生きたければアタシの言う通りにしなさい! でないと――」

「殺されるなんて言いませんよね、お姉さん」


 幼い少女の声がツインテールとアディルの拍動を奪い取った。道を塞ぐように唐突に現れたのはあの宿屋に置いて来たはずのアリスだ。不自然にニコリと微笑んだ瞬間、ツインテールが足下から生えて来た樹木に呑み込まれていく。


「イヤっ⁉ や、やめなさいっよ!」

「ツインテール⁉」

「アタシはっ⁉ イヤぁっああああああああああああああッ⁉」


 阻む樹根がアディルを遠ざけ、伸ばす手は切りつける剣は彼女に届くことはなく。

 ツインテールは樹木に完全に呑みこまれ巨木となりその命を自然に還した。文字通り植物へと変貌したのだ。それは生きていると言えるのかわからない。ただ感覚はそう。


「私たちに背いた罰です。見た目は樹木ですが、彼女は完全に死にました」

「――――」


 彼女は死んだ。否、目の前の少女に殺されたのだ。それが違ったとしても、少女が属する組織の意思によって殺された。アディルを助けようと必死だった彼女を。


「…………まただ」


 何度目だこれ。何度目だ、救えた命を救わなかったのは。見殺しにしたのは。自分のせいで誰かを失うのは。

 それを悔いて強くなったはずなのに、結局はまたここに戻ってきた。


「なんでだ? なんでなんだよぉ……」

「なにがですか?」


 その怒りは己に抱くもの。その悲しみは己が感じてはいけないもの。すべては己を苛むもの。自罰を求め自責に駆られ、けれど憎悪が燃え上がり。


「――テメェーが死ね」


 アディルは駆け出した。刃を抜き一瞬にしてアリスとの距離を詰め、雷速の斬撃を首へと放つ。アリスの首が吹き飛び墳血が顔を穢す。宙を舞った少女の顔は相も変わらぬ平常な相貌で余計に苛立ちが沸き上がる。

 ゴロンと転がった頭。無惨に倒れる身体。決定づけられた死。それらを見下すアディルの視線は冷徹だ。感慨など沸かない。

 剣を左鞘にしまおうとして。


躊躇(ためら)いないですね。驚きました」

「――――」


 動揺と驚きはすぐさま剣を背後へ横切に放つ。雷力を纏った強力な一閃が今度は胴体を切断する。後ろへ倒れていく上半身のその姿も顔も殺したはずの少女であり。


「話しすら聞いてくれないのは残念ですが」

「――――っクソが!」


 死に絶える胴体の向こう側。血飛沫の浅い膜よりこちらを見る少女へ膝を曲げて一気に距離を詰める。容赦なく首を刎ね剣を折り返し胴体に連撃を加え。


「【サラマンダーよ・燃やせ】ッ!」


 炎で肉片一つ残さず焼き殺す。炎の中の姿はボロボロと崩れて完全に灰になったはずなのに、耳に残る声が反響してきた。


「惚れ惚れする身のこなしです。やっぱり、お兄さんは私たちの仲間になるべきです」


 理知的な声音がアディルに見えざる手を伸ばす。


「私たちであればお兄さんの本当の望みを叶えることができます」


 残響と残滓に残光を求め、その在り方はいずれかの過去を想起し誰かが背を向ける。


「その後悔、やり直したくはないですか?」


 何度も願った焼野原の向こう側。誰かも願ったささやかな幸せ。


「その愛、伝えたくないですか?」


 普通の日々の中、彼の瞳に映る笑顔。花の名を呼ぶその言の葉を幻想する柔らかな声音。


「その罪、拭いたくないですか?」


 背負い続ける罪業。目に沁みた血焼けの園。刻まれた死の輪郭。涙の残光と懺骸。


「もう一度、逢いたくはないですか?」


 名を呼ぶ。笑った。花の香りの。いつかの。出逢いと。誓いと。この恋心の。彼岸花の。



「――――っ~~~~~~~~~~~~~~~~っぁっっっ――――ッッッ‼」



 絶叫が惨禍の渦の如く剣を震わせた。叫喚の度に血が迸る。肉片が乱雑に舞い数多の嘲笑うような顔面がこちらを見つめながら転がっていく。喉を潰し、首を斬り落とし、心臓を貫き、胴体を切断し、雷撃で燃焼させ、風魔で吹き飛ばし、炎で焼き払う。

 運命を(つんざ)くかのような絶叫が無数の斬撃となり少女を切り殺す。

 殺して殺して殺して殺して。切って切って切って切って。叫んで叫んで叫んで叫んで。

 血吹雪が舞い踊り死肉の破片が嵐のように散らばる。

 修羅の鬼の如く、アディルは次から次へと現れるアリスを切り殺し続けた。その声も言葉も存在も許さないと。羅刹は修羅を切り開く。


「はあはあっ……ぁあっ……はあはあ……ぁっああ!」


 その場所はまさに戦地にして死地。無数の亡骸が転がる血濡れの燎原。悪鬼が乱殺したかのような悪夢の大地に立つは血塗れの亡者のような男が一人。その手に持つ剣も美しい銀の髪も白かった記憶も。すべては赤黒く染まりすべての生命が絶句する。

 荒い息が呪いのように。ポツリポツリと落ちる血滴は無慈悲な心のように。濡れそぼった髪の合間から覗く紅月のような瞳は得物を定める狩人のように。


「それがお兄さんの本性ですか?」

「――――――」


 相も変わらぬ少女に眼光を突き刺す。

 アリスは困ったように肩を竦め。


「話しを聞いてくれる気になりましたか?」

「黙れックソガキッ」

「どうしてですか? それほどまでにあのフローラスを愛していたのですか?」

「んなのは関係ねー」

「それでは、どうしてお兄さんがそこまで怒っているのか教えてください。原因がわからなければ対処のしようがありません」


 まるで謝罪をするから話しを聞いてくれと悪びれずに宣っているように。恐らくアリスにとってたった一人のフローラスの死など息をするような些細なことでしかないのだろう。故にただ死んだ、その現実に、殺された事象そのものに激怒しているなどとアリスは夢にも思わない。その死の裏に何らかの原因、それこそ愛だの友情だのといった原因を思考する。悪気はないがその姿勢は余計にアディルを殺意の淵へと歩ませた。

 アリスはわざとらしくため息をつき。


「そうですか。なら勝手に話すので聞いていてください」

「黙れつってんだろ!」


 話す暇など与えぬと再びアディルが剣を振るい。

 花の香りが鼻孔をくすぐり、そっと、そんな声が耳に波紋のように打った。



 ――花魂の軌跡(フラワーテイル)



 戦地から離れた周囲に咲く黄色の花の根がツタのように伸び剣を振り下ろそうとするアディルを絡み取る。


「――っこれ!」


 迅雷を纏ったアディルを『束縛』の意に沿って身動きを封じる。その業をアディルは視たことがあった。言霊に強く干渉した花を愛した人の魔術。

 有り得ない。ありえるわけがない。だって彼女は――


 その足音は鮮明に耳朶を打った。花の香りが想起させる。想起したその姿はずっと記憶にその当時のまま残っており、顔を上げた視線の先に幻想が重なり合う。何一つ変わらない、あの日のままの姿で。

 アディルの身体が開放される。アリスに変わるようにとある女性が立ち止まる。瞳どうしが当時を懐かしむように見つめ合い。

 その人は――その女性は――悲し気な笑みを浮かべた。


「久しぶりね、元気そうで安心したわ」

「…………」


 有り得ない。ありえてはならない。ありえるはずがない。

 だって、その女性は、もう――


「大きくなったわね。えーと、もう七年前かしら」


 当時を想い馳せ世間話でもするかのように。

 彼女は彼の名前を呼ぶ。


「アディルくん」


 嗚呼、やっぱりあなたはあなただった。

 その声を覚えている。その表情を覚えている。その姿を覚えている。

 秋の衣のような亜麻色のハーフアップの長髪。特徴的な左目元のホクロ。少し垂れ目の幸福の海のような紫陽花の瞳。当時二十頭だった美貌はそのままに。

 七年前と何一つ変わらない姿で。

 アディルはぎゅーっと締め付けられる胸の奥からそっと、宝物を扱うように、彼女の名前を呼んだ。


「アクレミア姉さん……」

「アミアとは、もう呼んでくれないのね」


 すぐさま叫ぼうとして、言葉が詰まる。どうしてもそう呼ぶことができなかった。だって――

 アクレミアは申し訳なさそうに。


「ごめんね、アディルくん」


 それが何に対する謝罪だったのか、アディルにはわからない。ただ、彼女は七年前から何一つ変わらぬ姿で、でも憂いの籠った眼差し、酷く寂しそうな顔で。

 いつも笑顔を絶やさなかったあなたとは違うあなたに。


「なんで……?」


 そんな呟きは紫陽花の瞳に吸い込まれ、彼女はそっと微笑んだ。

 哀悼を結ぶように。

 だから、アディルは拳を握りしめる。

 だって、彼女は七年前に死んだのだから。アディルの目の前で。アディルのせいで人生を終えた初恋の相手だったのだから。



ありがとうございました。

七年前、当時九歳のアディルは二十歳頭のアクレミアに恋をした。

次の更新は月曜日を予定しています。

それでは。

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