第二章29話 フローラスの恋愛模様
青海夜海です。
学校休みまくってます。
色様な花々が咲き誇る自然豊かな花村の庭園。フローラスたちがフィンブルムの世界に築いたまさに花の都。
そのフローラスだが、村中にいる彼女たちの相貌はやはりほとんど同じだ。
「顔も髪色も同じなんだな」
「当たり前でしょ。アタシたちは単為生殖なんだから」
単為生殖、一人の母親から生まれる同一の遺伝子を持った生殖のこと。原種から産まれたツインテール含める全員のフローラスは起源種と遺伝上はすべての性質が同質である。
「だから、髪型とか依存する花とか変えてるわけだし、人間で言う環境の違いってやつ? まーアタシはみんなと違ってチョーエレガントなんだけど」
自画自賛がこれほど虚しいことはない。
そう、遺伝子的に同質であるが、育つ環境や経験が人間のような個性を宿し、その循環がフローラスを種族として成立させ小さいながらに文化、集落の結成に着手するきっかけとなった。生命体の進化論において、フローラスは『竜』と同じカテゴライズで語られることも多い。
「おーい、無視しないで。アタシが一番エレガントよね?」
いくつかの文献、特に植物学において、フローラスは人間ではなく植物という見解の話しも多い。単に言えるのが死の概念と生の同一性にある。フローラスのルーツを辿れば花であるとされる。これはフローラスの死に際が花のように枯れて土に還ることにあるらしく、また生まれる際には発芽した花から現在の姿のまま生まれ落ちる。この生殖はいわゆる複製に類するものであり、その場合、同一なことから魂の一人制が問われる。
「ちょっと! おーい! おーいおーいおーい! エレガントはアタシ? アタシよね? アタシ以上のエレガントはいないわよね? ほら、はやく「世界で一番エレガント! 大好き」って言いなさいよ」
生命体のすべてに魂は宿る。肉体に魂が宿ることで『生きる』を意味し生命体へと昇格するのだ。だが、同一の場合、複製体の魂は起源種と同一という立証がされてしまう。故に生命体の定義から大きく外れ、魂の数が決まっているので魂は複製されるはずがない。そのような矛盾点から植物学に置いてフローラスは植物であるという説が一定数の支持を集めている。が、生物学の観点から言わせれば魂の同一性など有り得ないのだ。また、魂の複製も不可能とされ、それは魂は輪廻転生の儀式を行い肉体に宿る神秘法則にある。故に生物学の観点から見た時、遺伝子上同じであり、産まれも植物のようであっても、個性という自我を持つことからその魂は同一ではなく異なると提唱された。なんらかの法則で魂を宿しているのだと。よってフローラスは生命体であるという論文が発表されている。
ツインテールの言う通り、彼女たちは起源種とは異なる自我に近しいものを持ち合わせており、その自我の発達で為される環境による成長がフローラスを生命体とする論だ。
どちらにしろ異種族に相応しい存在がフローラスであろう。
「アンタ~~~~っ……………………ん」
次の瞬間だった。ツインテールはアディルの腕をぐいーと引っ張りこちらへ倒れてくる彼の顔に近づき。
――ちゅっ。
「……………………は?」
なにをされたのか。まさに一瞬の出来事だった。腕を引っ張られたと思ったら次の瞬間、アディルの右頬に小さな柔らかなものが啄むように花の香りをつけ、離れる名残惜しいと追いつかない思考の混乱が呆然と彼女を見つめさせ。
ツインテールの彼女は誇らしげに。
「どう? ふふん、これでアンタはもうアタシを無視できなくなったでしょ」
などと得意げに宣っている女に恥じらいの一切がなく、逆に混乱を極めるアディルは「なんで?」と訊ねる。ツインテールは首を傾げて。
「人間は好きな相手を無視できないんでしょ」
「…………」
「ん? ちゅってするのは好きの合図よね?」
「…………」
「んんん? これってアタシがアンタを好きってことになるわけ?」
「…………」
「え、待って。人間がちゅっとするのはかまってって意味よね? アタシ別にアンタなんか好きじゃないし」
「…………」
「そもそも好きってなに?」
「……オマエやっぱりめんたいこだな」
「めんたいこって何か知らないけど、ものすごくバカにされた気がするんだけど!」
うん、よくわかった。そしてこのちゅっとなるものはもちろんノーカウントだ。いいな。
ごほん、とにもかくにもこのツインテールの女はあれだ。
「バカアホめんたいこかよ」
「その、めんたいこって何か知らないけど、なんかすっごくバカにされている気がする…………って今バカって言ったよね⁉ なんで⁉」
「はあー……」
「いやいやいや。散々無視した挙句に罵倒のオンパレードからの絶望的なため息ってなに? アンタなんなの? 怖いんだけど」
「こっちのセリフだ、ツインテール」
「ツインテールは悪口じゃないわよ! アタシのエレガントな髪型よ!」
文化や環境、生体の違いだろう。フローラスの異性、男性がいないのも関係ある。彼女たちは異性に対する特別な認識を持ち合わせていない。恐らく彼らにとっての異性が人間そのものに当てはまるような、そんな違いだ。
映像で見るキスというものを恋愛的要素や親愛表現ではなく、意志表示的なものと捉えた。それが意識させるという純情な先のキスなのだ。
試しに訊ねてみる。
「……オマエは異性ってわかるか?」
「異性……人間でいう女と男よね。まったく、アタシにとっちゃ人間は全員異性よ。いえ、異種族よ」
「女に対してもか?」
「そうね、髪型や服装なんかは憧れるわ。でも、やっぱり身体が違うでしょ。人間の身体に花は生えていないし、根のような模様もないでしょ。その時点でアンタのいう異性と違いはないわ」
なるほど。この点からして、人間は異種族に性別への意識を持っているわけで、人間は他の種族に比べて性別による認識や造詣が深いのかもしれない。
「アタシらが女の姿なのは、繁殖の権能は大いなる母にあるからよ。単為生殖じゃなかったら男なんてのもいたのかもね」
大いなる母は神でいう地母神や生命の神エンキ、守生なる海ティアマトに由来する。生命を産み出す大いなる役割を持つ者の称号だ。それは永来に渡り女である。
「ま、男がいたところで何か変わるわけでもないし、それって単に人間なわけだし」
それは恐らく違う。もしもフローラスが単為生殖ではなく男との受精による繁殖だった場合でも、彼女たちはアディルたちと同じ人間にはならない。異種族と人間の判別は特出した能力、そして――
「【エリア】で存続できるかだろうな」
「なに?」
首を横に振るアディルに「そ」とツインテールは前を向く。
フローラスには様々な性格の人がいる。すれ違い様にお辞儀をしてくれる人、いそいそと家の中に隠れる者、花壇を自慢する人、ツインテールをおちょくる人。
「その男ってあんたのカレシってやつ!」
「違うわよ」
「でも、男と女が一緒にいるってことはつきあってるってことで、死ぬまで一緒に生きるってことでしょ」
「ついにお姉ちゃんにカレシができたー! 男なんてさんざん興味ないって言ってたのに」
「なによ、照れ隠しだったわけ?」
おちょくってくる女三人組に「アンタたち変なこと言わないで! 怒るわよ!」と怒りを露わにするが、「もう怒ってるじゃん」「怒ってるわね」「お肌荒れるわよ」と指摘され「余計なお世話よ!」と激昂。三人組は笑いを含んだ悲鳴を上げて「お幸せにー」と去っていく。
「…………」
「……なによ?」
眉を寄せるツインテールにアディルは呟く。
「マセ餓鬼め」
「なっ⁉ ホントに違うから! あと絶対にアンタより長生きだからアタシの方がお姉さんだから!」
「そういうところが餓鬼なんだよ」
「なによー!」
フローラスの文化に恋愛はない。男もいない。だから人間のそういった文化に興味を持ったのだろう。そう思えば人間の餓鬼どもとなんら変わらない。いわゆる思春期という奴である。
「あーもう。言っておくけど、アンタを好きになるとか絶対に嫌だから」
「同感だ。死んでもお断りだ」
「ふん、こっちのセリフよ」
どうにもこの女には子どものような対応をしてしまう。リヴに似ているからという要因はあるが、それだけではないのだろうか。とにもかくにもアディルは自制を決め込む。
「はい、着いたわよ」
ツインテールの脚が止まり、彼女の視線の先を見る。小屋サイズの恐らく家と思われる木屋だった。外装にはツタが伸び放題で周囲も花や草葉が雑多である。長年放棄されていた感が否めないが。
「なによその眼。言っとくけどここがアンタの泊る家ね」
「だろうな」
「なによ。貸してあげるだけ有難く思いなさいよ。ま、どうしても嫌だって言うならアタシの家でもいいけど……」
「……。いやいい。むしろここがいいまでありやがる」
「むむむ、なによー。そんなアタシと一緒が嫌なわけ?」
「そういうわけじゃ」
先のからかわれた内容を忘れたのかと呆れながら否定しようとしたが。
「ふんだ。別にアンタなんてアタシが勝手に拾っただけだし。アンタがアタシのことどう思おうがどうでもいいし。むしろアンタがいなくて清々するし。勝手に雑草抜きでもしてればいいのよ。ふんだ」
と勝手に怒って勝手に走っていってしまった。更に雑草抜きまで押し付ける勝手さ。
「勝手すぎるだろ……話しくらい聞けよ」
デレのないツンデレほどかわいくないものはない。リヴはうざいタイプだが、あのツインテールはめんどいタイプとアディルはカテゴリーを別々に括った。
ドアノブに手をかけ中に入る。掃除は行き届いているらしく内装はシンプルで綺麗だ。机、椅子、ベッドが一つずつ。壁を埋めるツタに咲く花がカンテラや蝋燭の役割を放つらしく、昼間だが微かに光を放っている。
狭い家内には当然誰もおらず、外で監視しているような目もない。ツインテールもそうだったが、警戒心というものがないのか。疑いすらしなかった挙句に仲間探しに宿を貸してくれる親切さ。
「何かあったら最悪だな」
偽善者のアディルは恩を仇で返せないので、必然的に助ける選択を選ばざるを得ない。見捨てたら罪悪感に殺されそうだからだ。それ以上の意味はない。
一先ず肩の荷を下ろしベッドに倒れ込む。
天井の絵画のようなツタの浸食を見つめながら考える。
「これからどうしたものか」
一先ずルナとリヴが無事でよかった。二人が合流しているかはわからないが、早く二人の下へ駆けつけた方がいいことに違いはない。錬金物のほとんどはリヴのウエストポーチに収納されており、非常食等もほとんどはリヴだ。もちろん、少量だがルナとアディルも回復薬にお馴染みカロリーフラワー、光源として燭灯石や電想天石に削れば水が出るアクアオーラやクォーツなど一人でも数日間は生き残れる物資は持っている。だがそれでも数日間だ。その間に発見、もしくは代替え品を手に入れなければ死の穴に落ちて行くだけ。
「一先ず合流してから、しばらく留まるか……」
その口には気遣う心根があり、けれども払拭できないとある記憶が旅立ちの邪魔をする。
ここではないとわかっていながら、けれど過去に訪れたのは確かにこの花吹雪であり。そして、あの場所へと繋がったのもここだった。
七年だ。ありえないとわかっていながら、現実逃避のように望んでしまう愚かさに嫌気が差す。
「わかってんだよ。過去はどうにもならねーって」
無意識に触れる彼岸花のピアス。想起する二年間と最後の瞬間。あの人の痛がりを隠す下手くそな笑みを。
「もしも、蘇生の奇跡があれば――ささやかな幸せを願うなら――俺は」
考えても仕方のないことだった。それでも夢想花が代償などなく蘇生の奇跡を叶えてくれるのならば。あの日々に戻りたい、きっとその日々はささやかながらも幸せであったに違いないから。
それでも、今を襲うのは孤独だ。何もできなかった無力と果たせなかった誓いへの自責。それ以上に沢山の自分を罵る劣等感。
その敗北があったからここまで強くなれた……などとは言いたくないがそれが現実だった。だからアディルは眼を瞑る。
安寧な夢を願い。残響に耳を澄ませ。いつかの夕月に想いを馳せ。
「俺は…………何が、できんだよ」
やがて、彼の寝息が微かに響く。そんな彼を見下ろす人影があった。その女性はアディルを見つめながらそっと呟いた。
――ごめんね。
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