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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章27話 アディル始動

青海夜海です。

アディルの話しです。

 

 紅月の刻 十七日 昇月??時


 遠い昔、というほど昔ではないが、おおよそ七年前だと記憶している。そうだ、兄貴が彼らの前から姿を消す少し前だ。

 捨て子の双子を拾って育てたもの好きのキツネと呼ばれていた兄貴は冒険者だった。周囲の反対を押し切って自由気ままに【エリア】に旅だっては数百日後にひょっこりと帰ってくる、そんな兄貴だった。

 兄貴はいつだって変な事を言う。


『いいか。女を助ける時はお姫様抱っこが相場と決まってやがるが、ただのお姫様抱っこじゃ時代遅れだ。いいか、お姫様抱っこする時はな、女の耳元で囁くように話しかけんだ。なるべく真剣な声でな。すると女は急激に男を意識しやがる。一段とかっこよく見えんだよ。つーわけで、女を助ける時はお姫様抱っこに耳元で囁け! いいな!』

『何言ってんだ? んなことしてる暇あんなら逃げるに一択だろ』

『あたし、女なんだけど? え、嫌だよ。気持ち悪いよ』

『シャラップ!』


 というのが常な兄貴こそ、アディルとリヴの兄貴だった。

 ふざけた男であるが彼の言い分のすべては冒険による経験則から用いられたものだった。だから辟易(へきえき)しながらも二人はいつだってちゃんと耳を澄ませて聞いていたのだ。


 そんなある日のことだ。兄貴が帰らなくなる少し前の日のこと。アディルはとある出来事から兄貴に質問していた。


『もしも、仲間と(はぐ)れた時、どうしたらいい?』


 真剣な眼差しからアディルの真意を読み取った兄貴はふざけることなく告げた。


『お前の命を一番に全力で探せ』


 アディルの眼にありありと失望が宿る。そっぽを向き。


『つまり、人より自分ってことか』


 そんな餓鬼だった頃のアディルの頭を兄貴はよくその大きな手で乱暴に撫でていた。相も変わらず乱暴な兄貴の手を払い睨みつける。そんな生意気な息子に兄貴は破顔し。


『お前が死んだら助けられるもんも助けられねーよ』


 だから――


『お前が死なねー限り、好きなようにやれ。お前が死ななきゃどんな苦難でも乗り越えられる。俺が言いてーのはそういうことだ』


 アディルは顔を上げ兄貴を凝視し。


『たまには真っ当なことを言いやがる。兄貴みてーだ』

『そりゃ、俺はお前らの兄貴だからな』


 ニカっと歯を見せて笑う笑い方を今もまだ覚えている。




 数多の教訓がある。兄貴の教訓に従ってなお助けられなかった人はいる。死にかけたことだって一度や二度ではない。この場合、誰かは、信じようなどと無責な奇跡に(ゆだ)ねることをしやがるが、アディルはそれがキライだった。信じたところでそいつを救えるわけがない。結局は自分の手で救うしかないのだ。

 だから本当であれば直ぐにでも花吹雪の中に突っ込み、逸れてしまったリヴとルナを探しに行きたいところだ。しかし、現状がアディルをその場に留める。


「…………」


 アディルが辿り着いたのは花村の庭園(ガーデンフォール)花舞人(フローラス)たちがフィンブルムを阻害して作った彼女たちの村。

 ここ、【エリア】第二層『花舞の旧庭園』は花吹雪(フィンブルム)が占拠する花嵐の階層だ。またの名を『悲哀の迷宮』とも呼ばれており、名通りにアディルは戦闘中にリヴとルナと逸れてしまった。

 そうして辿り着いたのか、いや、誘い込まれたのがここ花村の庭園(ガーデンフォール)だった。

 そして、アディルが二人を探しに行くのを躊躇してここに留まる理由は……


「大きくなったわね。えーと、もう七年前かしら」

「…………」


 その柔和な声音。長い睫毛が(ふち)どる少し垂れ目な紫陽花の瞳。左目元のホクロ。亜麻色のハーフアップの長髪。色素の薄い唇が肌をより白く見せる。あの頃はすごく高くみせた身長は、今じゃアディルの方が高い。思い出さない日なんてない、アディルの初恋の人。


 彼女は微笑みを浮かべて彼の名前を呼んだ。


「久しぶりね、アディルくん」


 嗚呼、あなたはあなただった。

 アディルはぎゅーっと締め付けられる胸の奥からそっと、宝物を扱うように、彼女の名前を呼んだ。


「アクレミア姉さん……」

「アミアとは、もう呼んでくれないのね」


 すぐさま叫ぼうとして、言葉が詰まる。どうしてもそう呼ぶことができなかった。だって――

 アクレミアは申し訳なさそうに。


「ごめんね、アディルくん」


 それが何に対する謝罪だったのか、アディルにはわからない。ただ、彼女は七年前から何一つ変わらぬ姿で、でも憂いの籠った眼差し、酷く寂しそうな顔でもう一度謝罪するのだ。

 いつも笑顔を絶やさなかったあなたとは違うあなたにアディルは手繰る。


「なんで……?」


 そんな呟きは紫陽花の瞳に吸い込まれ、彼女はそっと微笑んだ。

 哀悼を結ぶように。

 だから、アディルは拳を握りしめる。

 だって、彼女は七年前に死んだのだから。アディルの目の前で。アディルのせいで——。





 時は少し(さかのぼ)る。

 カローララプトルと交戦中のこと。アディルはフィンブルムに身を隠す奴を火炙りにして瞬殺した。急いでリヴとルナと合流しようとしたアディルだが。


「っち。どこにいやがる」


 既に何重にも張り巡らされたフィンブルムが迷宮を織り成し二人の姿、気配ともに連れ去っていた。


「クソが。リヴはいいとして、いやダメだ。今のあいつを一人にするのは」


 精神状態が不安定なリヴを一人にするのは危険だと判断する。いつも通りに取り繕っていたが、吹っ切れたわけでも覚悟を決めたわけでもないだろう。何かを隠すように身に着けた道化の仮面だ。それを被っていることも大まかな理由も兄のアディルにはお見通しだ。無論シスコンだからである。胸を張ってシスコンだからである。

 という冗談は置いておいて、正直にリヴもルナも放っておくことはできない。

 第二層はパンテオンの数も種類も少ないとは言え、今のように襲われる可能性は十分にあり、何より『悲哀の迷宮』と呼ばれるその花吹雪(フィンブルム)こそが最も死を与える原因だ。

 第二層『花舞の旧庭園』の大半はフィンブルムが覆い尽くしている。昔はあった果実や食物も今ではフィンブルムが埋めてしまい、人間が食事できる食物は考えられる辺りで先のパンテオンの肉くらいだ。水だって例外ではない。フィンブルムを掘れば沸いている水を発見できるが、それだけで(しの)ぐのは厳しかろう。

 第二層はパンテオンではなく環境問題が人間を死の淵へと追い詰める。その点で言えばリヴには心得があるので安心だが、ルナにはなんの心得も知識もない。ま、説明することなく連れて来たアディルの落ち度である。


「クソっ。どっちにいやがる? あいつらだけでも合流してればいいが」


 唐突で瞬間的なことだったので詳細はわからない。

 冒険者の鉄則として、仲間と離れた場合はその場をできる限り動かないとあるが。


「んな悠長なことしてられるか」


 兎にも角にもアディルが探し出さないことには永遠の別れになってしまう。

 風のエレメントにナギで干渉し視界を広げ駆け出す。

 音の一切が風音に切り刻まれにおいや魔術の痕跡もすべては彼方へ連れ去られている。地面に記を彫っていても数秒でフィンブルムが覆い隠し吹き飛んでいく。


「あいつは岩でも残してねーのか?」


 岩壁でも立っていれば標識になるのだが、どうにも見当たらない。リヴの精神状態の危惧と別の問題が起こっている可能性が浮上する。


「おい! リヴ! ルナ! どこにいやがる!」


 当たり前だが返事は聴こえない。そもそも近くにいなければアディルの声すら届かない。


「っち。邪魔だなこの花びら」


 こうなったらアディルの取れる方法は一つだけ。アディルは火のエレメントにナギで干渉し、剣を横薙ぎに払った。


「【サラマンダーよ・焼き払え】」


 特大猛火がアディルを中心に一帯を燃え上げた。吹き寄せるフィンブルムと地面に敷くフィンブルムを根こそぎ燃やし標灯と化する。

 焼き晴らした範囲に二人はおらず、しばらくそのままを維持していたが、近寄って来る気配が欠片もない。


「もうここにはいねーのか? ならどこに行きやがった? そんなに時間は経ってねーはずだ」


 それは不可解なことだった。ルナはともかくリヴは冒険者の鉄則がどれだけ生死に関わるか理解しているはずだ。そのリヴもおらず、剰え一人では戦えないルナも姿もない。考え得る可能性は三つ。


「殺された、なんざ考えたくもねーが……いや、パンテオンどもの姿も見えねーからその線は薄いか」


 一つはパンテオンに殺された場合、あるいは連れ去られたなど、最悪の状況が一つ。


「やっぱり、鉄則を破ったしかねーか。けど、やっぱリヴが動くとは考えにくい」


 二つ目がアディルのように鉄則を破って各々が動いた可能性。これは十分に有り得るが、やはりリヴの鉄則破りが気がかりだ。アディルと違い、リヴが単騎で戦う力はそこまでない故である。


 そして、三つ目だが。


「……何者かに誘導された…………俺らは意図的に離された……有り得やがるのか?」


 それが三つ目の可能性であり、きな臭いと感じるアディルの見解だ。

 そもそも第二層に到着して直ぐにパンテオンに襲われること事態、少し考えて見れば違和感を覚える。一匹二匹ならまだしも、奴らは集団で襲ってきた。それもアディルから二人を隔てるように分かれて狙ったようにも今にして思う。だが、パンテオンにそんな知能があるとは考えにくい。


「……っち。嫌な予感がしやがるし、嫌なことを思い出させやがる」


 過るのはカバラ教、ギウン・フォルス・サリファードの存在だ。アンギアと情報を見合わせたことで軍やギルド、その他にもカバラ教の信者が紛れ込み何かを画策していることは判明している。奴らの狙いはわからないが、攫猿(かくえん)の件もありなんらかの方法でパンテオンを操ることが可能とみてもいい。この機に乗じてアディルたちを殺しに来た可能性も否めない。


「クソっ。油断した!」


 こんなに早く仕掛けてくるものとは思っておらず、警戒を緩め過ぎていた。やはりこれはアディルの落ち度である。


 数分待っても誰かが近寄ってくる気配はなく、アディルは標灯作戦を諦め足で探しだすことにする。

 先の標灯で数匹のパンテオンが近くまで迫って来たが相手している暇はない。風魔術で速度を上げ振り切り人の気配を探す。


「いたら返事しろ! てか返事しろ! 聞こえねーって、知るかっ」


 一人芝居するくらいには少し焦っているアディル。とにかく時間の限りに探し続け他ない。

 日中ずっと変わらぬ白い光に包まれている第二層では時間の観測が不可能である。夜を(また)ぐ地下での十八時、天場では半日遅れの〇時、にこの第二層の白い空は証明を落したように暗闇に閉ざされる。その時に初めて時間が正確にわかるのだ。


「っち。今、どんだけ時間が経ちあがった? あークソが! リヴ! ルナ! 返事しやがれ! 聞こえてねーって、知るか!」


 体力と時間が許す限り、アディルはフィンブルムの中を駆け回った。

 しかし一向に見当たらず、目じりを窄め花吹雪の景観を凝視していた時、その眼が何か捉えた。


「……人か?」


 よくよく注視して、その人影のようなものが大きく手を振っているのが見えた……気がした。怪しいが、時間の浪費も体力の消費もこれ以上は無駄にできない。


「行くしかねー」


 アディルはその人影を追いかける。どんどん近づく人影。なのに景色が滑らかに緩やかに通り過ぎる。まるで時間が緩やかになった中を走っているような。圧倒的違和感を感じながら一心不乱にその人影へと迫った。

 あと数歩と言うと所で唐突に視界を白光が襲い、思わぬ奇襲に歯を噛み締め反射的に風魔術で防壁を展開する。…………が、しばらくたっても何も衝撃は起らず、晴れていく視界に恐る恐る目を開け。


「…………ここは」


 既視感があった。けれど、過去の景色とは異なる場所。噂には聞く花吹雪のない、とある異種族(エルピス)が住まう集落。

 松明が立ち並ぶ自然豊かな目の前の村に驚きを示すアディル。そんな彼の前に一人の女性がやって来た。

 白花のツインテールに秘色(ひいろ)の瞳。オレアの香りと身体から生える白花の星蘭と赤花のルコンソウ。数千年生きていると言われる、植物の終着点にして自然の意志が生み出した生命の総合体。あらゆる呼び名や相称がある中、多くの文献が彼女の種族をこう表す。


花舞人(フローラス)……」


 その女は殊勝な表情で手を差し出して告げた。


「ようこそ、アタシたちの村へ。一応歓迎してあげるわ」

「……一応かよ」


 感謝しなさい、とやたら高姿勢な女はふふんと腰に手をあてて胸を張った。



ありがとうございました。

ツインテールちゃんの登場です。

感想などあれば気軽にお願いします。

次の更新は日曜日に予定しています。

それでは。

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