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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章26話 鼓動する白花

お久しぶりです。青海夜海です。

第二章の続きです。アディルとリヴをメインにカバラ教が表だって動き出します。

さあ、燃える命の旅へどうぞ。


 夢を見た。孤独な夢を見た。

 そこには彼女以外に誰もいない。空の明かりは星の眩きのみで、大地に植物の一切がない。更地の世界に生命体は彼女以外に一つもおらず、そこは言葉通りに無だった。

 音もなく、風もなく、水もなく、火もなく、気温もなく、雲もなく、草木もなく、意味もなく。


「…………」


 産まれたばかりの彼女はぼーと唯一の光源を見上げ吐息を零す。胸に入る空気が身体中を満たし巡回する生命力が彼女に生の概念を与えた。

 その胸の、そこに存在する、気づいた温もりと鼓動にそっと手を添えて静穏の中で感じる。生命の鼓動を。

 彼女は次に辺りを見渡した。しかし、そこには何もなく平坦な更地が続くだけの色褪せた大地が伸びるだけ。(ひし)めく闇が生命を拒む。されど星の明かりは生命を祝福し、その狭間に生まれた彼女はその場から動けなくなる。生死が混同するそこに居場所を見つけられなかったからだ。

 俯く彼女はふと、足元に咲く一輪の花に気づいた。白い魂のような花だった。

 彼女はそっと手を伸ばし両手で包み込むように触れる。鈴の音のように燐光を発して揺れる白花はその光で名の無い彼女を包み込んだ。

 彼女は問われた。


 ――あなたはどう生きたい?


 彼女は言葉を持たなかった。知恵も意識も理性も。だけど、心の中、魂というものが懇願するように(きら)めく。


 ――そう、ありがとう。それじゃあ、あなたの願を叶えるわ。


 願い……果たしてその(きら)めきが願いだったのか定かではない。ただ感覚が得た景色を白花は顕在させる。


 それは一夜の奇跡と生命の誕生だった。


 瞬間、眩い光を波紋のように広がっていき無なる世界を書き換える。

 色濃い闇を白い純潔な世界に変色させていく。雄大な空と星の輝きが満ちた光の大気。足元を吹き抜けた風が白花を一面に咲かせていく。それは果ての見えない地平線の更に向こうまで。

 光が生まれ、風が吹き、花が咲き、色が増える。

 それは正しく世界の始まりだった。

 彼女はそっと足元に広がる白花に触れ、撫でるように香りを嗅ぎ、ほんの少し瞳を和らげた。

 真っ白で美しい世界――それが彼女が最初に願った『生』だった。



 やがて彼女は知能を得ていく。風に運ばれてくる言葉や花の香りに含まれる景色、星屑がみせるここではないどこかの世界。

 彼女は白花の世界でただ一人きりだった。けれど、そこには多くのものが溢れており、彼女は花を愛でるように触れていった。


 長い年月を得て少しずつ言葉を覚え知識を蓄え理性を抱き感情を灯し道徳を学び。そうして彼女は知的生命体へと進化した。

 しかし、多くのものを得ても彼女は満たされない穴を胸に抱えていた。空虚に近い寂しさのようなもの。それがわからないまま、多くの人の物語を鑑賞する日々の中、その言葉は涙のように零れた。


「ひとりぼっち……」


 言葉が意味を得て彼女は気づく。


「わたし……さびしいの? ひとりぼっちだから、さびしいの?」


 ぽろぽろと落ちて行くのは涙だった。それは彼女にとって初めての感情と情動であり、それが涙だと気づくには時間が掛ったこと。


「な、なにこれ? わたし、どうしたの?」


 勝手に動く身体が目元を拭う。どれだけ拭ってもごしごししても止まれと祈っても、彼女の涙は止まらなかった。まるでこの数百年間の悲しみを零すように、涙は止まらなかった。

 そして、嗚呼と気づく。


「さびしいよ…………」


 彼女は孤独に身体を冷やしていた。ひとりぼっちなことに心が叫んでいた。泣き方がわからないから声にならず、涙を知らなかったからずっと胸の内に溜め込んで、寂しさも悲しみも嫌だっていう感情も知らなかったから。だから、数百年かかってようやくその言葉を口に出した。


「ひとりぼっちは、いや。……わたしもっ、だれかといたい」


 星屑の向こうに見える人たちはいつだって誰かと一緒にいた。

 誰かと一緒に笑い合って励まし合って時に喧嘩してそれでも謝ってまた笑い合う。


 花の香りに語り合う夢の景色があった。

 騎士になりたい、医者になりたい、冒険がしたい、お嫁さんになりたい、子どもを育てたい。

 たくさんの夢には誰も一人じゃなかった。いつだって彼ら彼女らの傍には誰かがいた。決してひとりぼっちなんかじゃなかった。


 風が運ぶ言葉にはたくさんの輝きがあった。

 俺たち友達だからな、あなたが好きです、お母さん、お父さん、ただいまー、おかえりなさい、遊ぼうぜ、わたしたち結婚することにしました、覚えているかい君と出逢った日のことを、あなたなんて嫌い、ごめんなさい、許してくれ、仕方ないなー、うん! わたしも大好き! 

 やっぱり、誰もひとりぼっちなんかじゃなかった。言葉は誰かに想いを伝えるためのものだった。

 笑っているのは誰かがいるから。幸せそうなのは誰かがいるから。感情を見せるのはやっぱり傍に誰かがいるから。


「…………」


 でも、ここには誰もいない。彼女はひとりぼっち。あるのは子どものように愛でる花のみで、人間のように食実を必要としない身体は土の下から湧き出る水と空の光だけで充分だった。家族団らんなんて彼女には夢のまた夢。

 孤独が(さいな)む。他の人種と異なる生体に絶望を抱く。ひとりぼっちの彼女は言葉を覚えても話す相手がいなく、したいことができる自由があっても一人じゃできなくて、手が届きそうで届かないその違いと孤独は交われない境界線を彼女に認識させた。

 孤独が傷つける。使わないから失っていく知識に絶望を噛む。


「どうして、わたしはひとりなの? だれか……だれか、いてよ……」


 返事はなく、慰めはなく、差し伸ばされる手もなく。やはり孤独な彼女は蕾に閉じこもるように膝を抱え寂しさにくるまれ続けた。




 そんな立ち直れない日々が数年と続き、彼女はとある方法を思いつく。


「そうだ、わたしがみんなをつくればいいんだ」


 誰もいないならその誰かを作ればいい。彼女は植物の力を使い自分と同じ肉体を産み出した。そこに記憶の欠片を魂の代用として宿し、もう一人の自分を作り出したのだ。

 けれど、最初はうまくいかず自然の摂理に弾かれた。それでも、孤独の穴を埋めるために彼女は何度も何度も挑戦した。


 そして数十年に及ぶ研鑽の末、もう一人の自分が誕生した。


「…………わたしは?」

「えっと……こういう時は、あ! お、おはよう!」

「……? おはよう。……あなたは、わたし?」

「ううん、あなたはあなたでわたしはわたし。これからいっしょ」

「……うん」


 姿は彼女に酷似している。けれど、孤独を知らない記憶の自分はやがて異なる自分へと変化していった。

 彼女でありながら、彼女とは異なる生命体。その魂に宿った記憶とこれから得るものや環境が新たな生命体へと進化させる。

 ()()()()()()()と、彼女がいることで()()()()()()()()()()()()()()

 それはもはや『別人』と定義していいだろう。

 その奇跡が彼女を孤独から解き放った。自分なのに異なる自分は『他人』。それが生きて来た中で彼女にとっての一番の幸福だったのだ。

 だから彼女は増やし始めた。

 もう孤独は嫌だから。寂しい想いはしたくないから。星屑で見たような人と人の営みを体験したいから。

 それが彼女の『夢』だった。

 ただ、賑やかに過ごしたい。

 それが、花舞人(フローラス)の始まりであった。


ありがとうございました。


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