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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章25話 喜劇たる醜さを踊れ

青海夜海です。

眠いです。

 

 都市ウルクは滅びを迎え、他六つの都市はパンテオンを退けマザラン将官の命令に従い聖女を捕縛していた。民衆は血眼に犯罪者たちを探し始めエリドゥ・アプスはノアルたちにとってすべてが敵に回るという最悪な状況を迎える。

 各地から上がる聖女の捕縛号砲。どういう過ちか、生まれてしまった聖女迫害の意識。民衆の収まらない怒りはマザランが悪と設定した、正義として石を投げることを許される裁判所――唯一パンテオンによる被害がなかった神殿都市ヌファルへと憎悪は集まっていた。


「おい! 開けろッ! この裏切り者めェ!」

「あんたたちのせいでっ、都市はめちゃくちゃよ!」

「お父さんをかえせー! お父さんをっ! わたしのお父さんをかえせーっ‼」

「聖女なんて名ばかりのアバズレめ」

「お前らが死ねよ。いや、殺してやるよ‼ 聖女なら罪を償えよッ」

「私、聖女って変だと思ってたのよー! だってぜんぜんパンテオンを閉じ込めてくれないじゃない‼ あんたらなんなの? 占い師気取りなの! ねえ!」

「エリドゥ・アプスの守護の全部が嘘だったんでしょッ! わたしたちを(わら)ってたの!」

「出て来いよ! ちゃんと説明しろよッ!」

「この、殺人鬼め」

「悪魔めッ‼ お前らが代わりに死ねッ‼」

「命を弄ぶ魔女だ!」

「お前たちは、俺たちを観察して嗤ってやがる魔女だッ‼」

「テメェーらこそ神に裁定されろッ‼ 神ってのがいるんだろォ!」

「そうよ! どうして罪人のあなたたちが神罰を喰らわないのよ!」

「やっぱり、神なんていないのよ……『神託』はまるっきりの嘘よ!」


 大勢の人間が都市ヌファル全体に張られた結界を叩く姿に、阿鼻叫喚ばりの悪語に、聖女を責め立てる正義擬きの言葉に……唖然と絶望する。


「どうして…………」

「…………」

「どうして……ですか」

「…………」


 少し離れた民家の影から覗く聖女ルヴィアは絶句する。

 決して有り得なかった。聖女が都市を(おとしい)れるような非道するはずがない。皆、献身的にエリドゥ・アプスを守ろうと頑張っていた。なのになんの仕打ちだこれは?


「どうしてですか……? どうしてっ、このような、ことに……」

「…………」


 膝を崩し生気が抜けたように前屈みに倒れる彼女をノアルが咄嗟に支える。華奢な身体は震えており、白い肌は青ざめて見えた。


「おい。しっかりしろ」

「……ノアルさん、わたし……っ」


 振り向いた彼女は今にも泣き出しそうにノアルの服を掴んで声を殺す。


 すべての否定だった。

 聖女として今まで頑張ってきたことへのすべての否定で拒絶で嘲笑った無意味だった。すべてを無に返された挙句に地に落される。

 献身的に支えていた恩を仇で返されたというのに、ルヴィアは悲しみに暮れるだけで怒りはしなかった。いや、怒れないのだ。人のために、それを信条に頑張ってきた彼女には理不尽に対して、特に人に怒る力を持っていなかった。

 だから彼女は涙を零す。


「…………」


 ノアルには何もできなかった。傍にいること以外に、ノアルにできることはない。

 このままでは指名手配されたノアルとルヴィアは見つかり追いかけられてしまう。包囲された都市ヌファルに入ることは不可能であり、何よりこの騒動には作為的なものを感じる。

 例えば、聖女を捕えるためにわざとパンテオンの襲撃を許した。ノアルとルヴィアの接触自体が罠だった場合、ルヴィアに届いた『天啓』が人為的に起こされたものという可能性。人為的だからこそ彼女一人にしか聞こえなかった。そう過程すると、あの場で狙い打つように現れたパンテオンも聖女と罪人が協力している証人証拠を得るための罠。深く考えだしたら悪い方向へいくらでも思いついてしまう。

 すべては偶然で杞憂に終わるか、それともすべては仕組まれている可能性があるのか。

 一切合切わからない。都市アカリブや混乱時の都市ウルクを離れていたのもあり、ノアルとルヴィアが持つ情報は案外に少ない。ことの件に限れば『神託』の内容がアドバンテージなだけでマザランの紹介文以上のものは知りようがなかった。

 しかしだ。ノアルがその前に調べていた情報があり、それが誰も思いつかない唯一の可能性を示唆した。


「……カバラ教なのか」


 わからない。だが、件の計画がカバラ教によるものだとしたら。


「聖女を使って何を起こすつもりだ?」


 パンテオンの突然発生や聖女の捕縛にも想像だけである程度の予測は立つ。

 昏睡事件による『逆さの樹木の痣』。聖女の神秘の魔術――聖歌術(アンリート)


「…………」


 わからない。ただ胸騒ぎがする。この胸騒ぎの正体を突き止めなければならない気がして仕方がない。けれど、肩を震わすルヴィアを置いていくわけにはいかない。

 ノアルは自己肯定感が低い。劣等感を強く感じいつだって己の無力を呪う。だから、ルヴィアの助けも拒んだ。自分に世界を救うなんて大層なことはできないからだ。

 けど、今思うのだ。

 もしも、ノアルが何もしなかった時、この世界はこの子はどうなるか。それはかつてのあの人のような最後を迎えるのではないだろうか。

 正義を裏切られ利己心に殺される……そんな胸糞悪い最後が。

 今のルヴィアたち聖女はあの人の境遇によく似ていた。だから、ノアルは選択しなければいけなかった。いや違う。彼は既に一番の後悔を犯し、その後悔を知っている。だから迷いは一瞬。ノアルはルヴィアへ言葉を落す。


「ルヴィア、俺はこの世界で何が起こっているのか調べにいく。これ以上被害を増やさないためにも、俺は行く」

「…………どこに、行くのですか?」


 ほんのりの我儘と軽蔑が含まれており、子どもっぽいとノアルは苦笑した。


「宗教都市ハッバーフ……カバラ教だ」


 顔を上げた彼女の潤んだ瞳に映る自分に頷きかける。


「俺は何もできない。弱くて惨めで情けなくて才能の欠片もない。お前を守れるとは限らない」


 そうだ、ノアルは弱い。弱いから後悔が絶えない。自分を呪い続け劣等感に死にたくなる。あの人のように強くないノアルは正義ですら碌に掲げられない。ルヴィアを守れるかわからないことをノアル自身がよく理解していた。

 それでも――


「ルヴィア、俺を手伝ってくれ。俺の代わりにお前の正義を掲げさせてくれ」

「ノアルさん…………」

「こんな悲劇を俺は視たくないんだ」


 見たくないさ。だから逃げてきた。奮闘の末に朽ち果てた終わりと共に逃げて来た。

 後悔ばかりの人生だ。後悔ばかりだ。ほんとうに。

 それでもいつだってあの人の背中を忘れられない。あの勇敢で優しく暖かな背中を。陽だまりのような微笑みを。


「…………」


 初めてみた。ルヴィアはその意識を奪われる。

 それほどに彼の黒曜の瞳は真摯で純然で美しかった。ううん、澄み切っていた。弱弱しくも頼りなくても光が弱くても、見失わない黒曜が輝きを灯していた。

 だからだろう。ルヴィアは興味を持つ。

 この不思議な瞳が何を望み何を成し遂げようとするのか。同時にルヴィアの決意を奮い立たせてくれた。あまりの現実に潰れていた心を立てなおす。彼の黒曜はそのきっかけだった。

 ルヴィアは乱暴に目元を拭いぎゅっと頷く。


「わかりました。わたしはノアルさんを信じます」

「大層なことはできないけど」

「そこは嘘でもかっこよくしめてください」

「嘘をついてロクな試しがないんだけど」


 そうだ。今からロクでもない嘘を暴きに行こう。この惨劇を巻き起こし聖女を迫害する、その真なる意味を見つけ正すために。

 ルヴィアは立ち上がり、ノアルの瞳を一度見つめ頷く。強い決意にノアルは少しだけ口元を緩めては引き締めた。


「行くぞ」

「はい!」


 異邦人と聖女は駆け出す。

 この幾層の思想が交わる人類の歴史の終着点へ向けて。

 追い続ける光に手を伸ばして。




 *





 喧噪逞しく不穏が渦巻く眼下の世界に、その男は溜め息にもならない息を零した。

 この人間の醜さを露見させた事象に、それはそれは冷めた目で見下ろす。盲信的で利己中心で責任から逃げる習性。


「やはり、人というのは生きるだけ醜く汚らわしいものだ」


 わかっていたことだが改めて目にすると嫌悪感が沸沸と沸き上がってくる。拭えない不快感に身体中をナイフで切り刻み内臓や脳をかき回してぐちゃぐちゃに潰してしまいたくなる。心底嫌悪する憐みを含めた眼差しは、されど一つの愉悦を讃えていた。


「だが、滑稽なショーと思えばこれほどの見ごたえのある喜劇はないな」

「斬新な例えね。このどこを見て喜劇に見えるか教えてほしいくらいよ」


 皮肉な物言いに男は振り返ると背後に紺色の髪の女がいた。

 唐突に姿を現した女に男はさほど驚くこともなく、直ぐに視線を喜劇鑑賞に戻す。


「驚かないのね?」

「予想はしていた。貴様は僕の前にやって来る。僕という恩人の前に」

「恩人? サイコパスの間違いよ」

欲情狂人(サイコパス)か……いや違うな。僕という存在はどこまで行ってもこの地位が証明する。僕は一度たりとも狂ったことはない。皆が理解できないその偏見の代用言葉が僕をサイコパスと呼ばせるだけだ」

「地位ね……なら、貴方は邪神もいいところね」

「貴様という境遇に僕が口にすることはない」


 まるで貴様如き相手にする価値もないとでも言いたげな男だ。紺色髪の女はやはりこの男は狂っているとしか思えない。が、真実彼の悲願を否定するだけの材料はなかった。


 風が二人の間を吹き抜ける。冷たく血の香りが纏わりついた残忍な風が。

 彼らがエリドゥ・アプスを見渡すのはトマト総司令官の死刑所、特務塔の尖塔の屋根上だ。既に十字架は取り外され、物寂しさだけが残っている。

 女は浅く息を吐いて尋ねた。


「貴方の計略はなに? どうして向こうに協力したの?」


 彼はちらりと背後の女を一瞥し、口元で笑った。


「その方が効率がいいからだ。僕らは利害関係だ。だからと言って誰が裏切るかわからない。だから、裏切られる前にできる限り搾取したのみだ」

「……じゃあ、貴方の本当の望みはなに?」


 彼はやっとこちらへ身体を向けた。将官の紋章が入った軍服に腕を通した、眼鏡の奥に冷徹な眼差しを持つ若い男は告げる。


「貴様の本能がよく知っているだろう。そうだ、僕の望みは簡単だ。子どもの夢と違いはない」

「……貴方っ」

「それ以上は貴様の領分に反する。そうだろ、マリネット(操り人形)


 思わぬ指摘に声を詰まらせる彼女、マリネットは男を睨みつけた。

 誰も本当の名前を知らない、【ヒューム】と呼ばれている男は目じりを下げ。


「この世界の終焉は既に決まっている。僕たちがそれを定めたからな。僕らが描く『理想の道(ヤイロード)』を通り【エテルナ】へと辿り着く。貴様が望み僕が願い誰もが思い描く理想だ。そのために、僕はここにいてヤイロード(かれ)に成りすましこの終焉を見届ける。ほら、やはり喜劇だ。未来は既に決しているのだからな」


 もしも、彼らの手によって、大いなる力によってそう世界が定められたのなら。確かに救いようがなく、こうして足掻(あが)いている人間たちは滑稽(こっけい)であり正しく喜劇だろう。

 マリネットも直観的に彼の言い分は正しいと思ってしまった。人間のちっぽけな意志など無視して理不尽な計略が無慈悲に終焉をもたらす。きっとそれは避けられない運命だ。

 マリネットが犯罪者にされたように、聖女が利用されるように、人間が掌の上で滑稽に踊るように。すべては定められ求められ描かれた道。彼らにとっての理想への道(ヤイロード)


「貴様も大人しくしておくんだな。でないと貴様の居場所は本当に消えるぞ

「…………っ」

「貴様が存在できている意味を知れ。恩に仇で返すな。僕らの理想は貴様の理想だろ」

「…………」


 マリネットは何も言い返せず冷徹な男を睨みつける。その眼から殺意を放てど、やはり一切の相手にはされない。己の無力さと境遇に果てしない苛立ちを覚える。

 そんな幼い心を読んだのか、男は言った。


「貴様にできることはただ一つ、人形の役割を全うしろ」

「…………私の役割……ね」

「僕らを絶望させるなよ」


 それだけ残して彼はその場から消えた。


 マリネットは一人、やがて来る夜を見つめながら火の手が上がる北側の都市に眼を細める。犯罪者を追いかける声。罵る声。躍起になる声。

 血眼に憎悪を垂らし自責を放棄して自分の幸福だけを願うその姿に、ははっとマリネットは口端で笑った。


「…………喜劇? バカ言わないで。こんなの醜劇よ。ただの争乱よ、途轍もなく醜いね」


 世界はいつだって移り変わる。大いなる意志によって望まぬとも望めども。定められた宿命を持ち生まれ持つ意味を理解し、いずれ得る使命に準じる。そうして廻る世界に人の意志は介入されない。

 だからこそ人は星に願い、花に祈り、風に託すのだ。けれど、本当に叶えたくば唯一の信じられるものに賭けるべきだ。

 だからこそ、マリネットは操り人形(かたわれ)としてこの身を賭ける。


「貴方たちはまだ知らないのよ。けど、私は知っているわ。貴方たちの知らない異分子の存在をね」


 だからこそマリネットはその土俵に真向から登った。命を賭け役目を賭し未来を託す。

 彼女は正々堂々と世界の運命に宣誓した。


「では、賭けをしましょう。貴方たち全員の大いなる意志をひっくり返す、そんな大博打に私は私のすべてを賭けるわ」


 特定の誰かに告げたものではない。それは異端の提唱であり、とある運命の存在証明。


「異端の運命は貴方たちを降す——その日、私は器となることを誓う」


 そんな戯言めいた宣誓に、しかし大いなる意志は操り人形の愉快だと笑みで迎え入れた。

 マリネットは静かな夜を目指し、偽善の愛を解き放つ。


「さあ、始めるわ。最後に踊って歌って愛を叫ぶのは私たち人類よ」


ありがとうございました。

第二章前編はここまでです。

次の更新は少し間をおいて、二週間後あたりを予定しています。

がんばって執筆しますので、今しばらくお待ちください。

それでは。

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