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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章23話 暗澹を揉む

青海夜海です。

最近、まったく小説が書けなくてヤバいです。

と、いうわけで第二章も前編辺りがそろそろ終わりです。

 

 とある一つの都市を除く七つの都市にて、パンテオンは刃を振るい蹂躙した。


 なんの前触れもなく大した理由もなく衝動のままに殺戮を執行する。

 大いなる意志などなく、殺戮の本能のままあるいは存続のためか。軍に守られていると信じて疑わない只人たちの浅はかさと怠惰を(あざけ)るように、黒体のパンテオンは容赦の一切なく人を殺し都市を破壊し絶望の闇を突きつけた。

 鬼門となったのは『時計塔』の破壊により連絡の遅延であろう。これが事態を最悪へと陥らせた。

 遅延したが、それでも軍が派遣する騎士兵たちによって数時間後には沈黙の兆しを見せる。

 ゴウゴウと静かに(なび)く炎。血濡れの残骸都市。崩壊した建物。

 避難誘導がゆっくりとなされる、友の死に泣き崩れる、恋人を助けてくれなかった軍へと怒りを見せる、子どもを守れなかった己を呪い嘆く、実感が沸かず佇む、遺産を漁る――そんな各都市すべてに声が届いた。


『失礼する。私の名はマザラン・ダク・テリバン。全都市の皆に伝えなければいけないことがあり、今声明している』


 唐突なことに戸惑う民衆や憲兵たち。悪戯というわけではなく、誰もが知るトマト総司令官の次の総司令官と人気のあるマザラン将官の声に違いなかった。


『率直に申そう。今日の昇月一時に何者かによって殺されたトマス・リーカー・トムズ総司令をが発見した』


 都市が震えたかのようなどよめきが、都市アカリブで放送するマザランの下まで振動として感じるほど。ああ、それは幻覚だが、そんなどよめきを感じ取った。


『皆落ち着いて聞いてほしい。怒りも悲しみも理解できる。我々も今だに信じられない思いだ。だが、足を止めている時間はない。現在各都市で引き起こっているパンテオンの襲撃、それは総司令官の死に深く関係があり、我々は総司令官を殺害した犯人を捕らえこの惨劇を終幕しなければいけない』


 惨劇の終わりを照らす意志におのずと顔をあげ耳を澄ます。


『そして、犯人の目星は既についている』


 怒涛の情報に混乱を見せる人々だが、最後の一文に眼は眇められ次の言葉を全員は冷静になって待ち望んだ。それはこの怒りや悲しみをぶつける矛先を見つけた安堵に等しいものだった。

 マザランは告げる。


『犯人と思わしき人物の名はマリネット二等兵。及び協力者と思われるヘリオ二等兵、ノアル・ダルク。この三名だ』


 その名は知っている。あの双子に付いて回る唯一の友と名高い彼らだ。

 その名は知っている。突如この世界にやって来た異邦の民だ。


『そして、各都市に赴いている聖女たち。彼女たちの『神託』、それは犯人と思わしき三人との策略、自作自演に他ならない。聖女もまた、カバラ教と同義であり惨憺たる渾沌の主犯である』


 まさか、有り得ない、ふざけるな、聖女だぞ。


 そんな声が各地であがった。以下三名の疑いは仕方なくも、聖女を疑うなどなんたる罰当たりなことか。聖女とはこの世界を守護する神の使いだ。聖女への侮蔑は猜疑は神へのそれと同義だぞ。

 しかし、誰かは呟いた。


「『神託』ってそんなのあるわけないじゃん」


 誰かが嗤う。


「だって、今こんな状態なんだから、神は俺たちを助けてなんてくれてないじゃんか」


 誰かは失望する。


「そもそも、聖女って本当に守ってるの? なんでパンテオンが攻めて来るの?」


 誰かが吐き捨てた。


「じゃあ、パンテオンの今までの襲撃も聖女の仕業ってこと?」


 誰かが告げた。


「『神託』を信じさせたくて、この事件を起こしたんじゃないのか。なんて」


 それが……何気ない言の葉が伝播していき生まれてしまった猜疑心が、聖女とマザランを天秤に掛ける。

 誰かは唇で弧を描き、誰かは眼を閉じて、誰かは沈んでいく月を見つめ、誰かは懸命に走り、誰かはふふっと笑った。

 息を吐く音が言葉を押し出す。


『総司令官は尖閣の塔にて十字架に巻かれて殺されていた。聖女は告げた――これは神罰であると。『神託』を信じなかった憐れな老衰への神の裁きであると』


 敢えての侮辱が人々の意識に聖女の悪辣性を描く。


『トマス・リーカー・トムズ総司令官殺害容疑の三名は総司令官が見つかる前に行方を(くら)まし、ノアル・ダルクにいたれば聖女との接触が見られた。彼らは聖女に協力し総司令官を殺害。十字架という神罰が聖女の罪過を隠さんと画策したのだろう』


 ここで明確に罪業を分ける。それにより罪の中で優先順位をつけるのだ。よって比較が罪過をより重くする。


『先も告げたが、都市ウルクでノアル・ダルクと聖女がパンテオンと交戦していたという目撃情報があり、目撃者によればパンテオンと思われる存在に『お前のせいだ!』と、その言葉を聖女に刺して告げていたようだ。我々はこのパンテオンの襲撃が聖女の仕業であると考えている』


 胸の奥がすーっと冷めていき、生まれた虚無を埋める漆黒の炎が雄弁に理解を得る。


『故に真に度し難いのは聖女だ! 守護結界、知る者は知るだろう。耳にしたことくらいあるだろう。言葉通りエリドゥ・アプスを守る結解だ。しかし、聖女はそれが万全ではなかったと自白した。つまり、永来に続くパンテオンの侵略は守護結界の不良にあり! それを今まで隠し、その上で『神託』と嘯き我々をパンテオンを使って襲ったのだ! その悪辣は我々への叛旗の意にある! 『神託』の証明か。盲信的な行動か。どんな理由があれ、否、理由など当に必要はない。カバラ教以上に質が悪く悪辣なこと。我々は奴らを許すことはできない!』


 マザランの尊い意志が皆へ伝わる。

 トマト総司令官の無慈悲な死を嘆き、聖女たちの悪質な行いに怒り、されど負に支配されず軍を率いる、民衆を守る司令官の一人として彼は(うずくま)る彼らの前に先導を拓いた。


『私は皆を救いたい。この世界を守りたい。だからどうか力を貸してくれ』


 無辜の民が立ち上がる。頼りない得物をその手に。脆弱な拳を握り。鹿のような脚に力を込め。胸に空気を吸い込み。背筋を張るように息を吐き切り顔を上げる。


 力強くマザランは願いを告げた。


『トマス・リーカー・トムズ総司令官に変わり、このマザラン・ダク・テリバンが命令する。悪辣な聖女及び異端の三名を捕えろ!』


 まさに総司令官からの命令の如く、彼らは奮い立った心で大声を上げた。


「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」」」」」





 その命令が引き金となり三百年、あるいは更に昔からの基盤が崩れ去る。


 ——民衆都市ウハイミル。


「この裏切り者たちめ! 手をあげろッ!」

「待ってください! マザラン将官の推理はすべて出鱈目でございます!」

「うるさいッ! もうお前たちの言葉に耳を貸すものかッ!」

「そ、そんな……⁉」


 聖女たちを取り囲む民衆たちは先まで手厚くおもてなしをしてくれたというのに、今では自衛に持つナイフや槍を持って聖女をパンテオンを見るような眼で見て来る。ありありとわかる恐怖の眼だ。

 打って変わった姿に愕然とする聖女たちは、ほどなくしてやって来た憲兵たちに捕縛された。




 ——貧困都市ヒバ。


「やい裏切り者!」

「僕たちに優しくしてくれてたのは嘘だったのか!」

「この金だって騙してねこばばした金なんだろッ」

「信じてたのに……許せないわ!」

「この人殺しィ!」

「悪魔っ!」

「大っ嫌い! 死んじゃえ!」


 大勢の貧困民に囲い込まれ石を投げられる。

 聖女たちにとって何が一番悲しかったか。濡れ衣を着せられたことではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。


 慈善活動で貧困都市ヒバによく訪れる聖女の中で、栗色髪のエスタは貧しい子どもたちに弟や妹のように接し愛を捧げてきた。子どもたちにも実の姉のように接してもらっていた。そこに確かにあった姉弟姉妹の関係性が…………たった一つの出来事と軍の声明によってあっさりと崩れてしまった。


「お姉ちゃんの嘘つき!」


 裁縫を教えた女の子が石を投げる。


「僕にっ、優しくしてたのも、いずれ使える駒って思ってたからなんだろ!」


 勉強を教えていた男の子に石を投げつけられる。


「わ、わたしのお姉ちゃんって……家族だって言ってくれたのにっ……ぅっ」


 慕ってくれて愛し合って家族だと指切りをした女の子の泣き声が胸を貫く。


 罵声ではない。あらゆる悲観と寂寥感とやるせない怒りと嘆きだった。

 それが堪らずに石となって涙となって聖女たちを殴る。血を流させる。その心を砕いていく。


「…………ごめんなさい」


 誰にも聴こえない声で、エスタはそっと呟いた。

 彼女は悪くなどないのに、そっと呟くのだ。


「…………ごめん、なさい……」


 悲痛な雨と錯覚する断罪所にて、やって来た憲兵によるエスタたち聖女は捕縛された。




 ——貴族都市ムッケイヤル。


 とある広場の中心に聖女たちが意識を失って倒れていた。その聖女たちを囲み見下すのはに四十を超える大人たち。中には雇われの傭兵もおり魔術の残影もあった。


「ふん、この貴賤(きせん)な輩を軍へ突き出せ」


 容赦なく攻撃をして気絶させた聖女を引きずるように軍へと引き渡された。




 ——宗教都市ハッバーフ。


 南東域を守護するカバラ教の都市。だが、実際は東部に構えるサリファード家とその同盟貴族がカバラ教と分かったいま、都市ハッバーフが東全域を守護する都市となっていた。

 軍と不仲の彼らだが東部前線を守護する無くてはならない砦の都市である。

 そんな都市の内装をほとんど知る者はおらず、初めて見た者は動揺に眼を見開き瞬きを繰り返すだろう。


 白亜の都市――その呼び名があるほどに道石から建物の外観、草木まですべてが白一色で染まっている異様な光景が出迎える。

 左右シンメトリーに構成されており、その中心に神殿が存在する。

 そして、その神殿内部で激しい爆発音が響き渡った。


「きゃぁああ⁉」

「セミレットっ! よくもやったわね!」


 吹き飛ばされ気絶する藍髪の少女。怒りを剥き出しにした赤茶髪の少女がナイフを腰から取り出し「はぁああああ!」と声を上げて執行者に飛び掛かる。


「キミは憐れだ」


 諦念と失念が数多の光を浮かべ、それは星のように囲い込み少女へと一斉集中。泡粒のように光が爆ぜ包み込んだ。少女は聖衣をボロボロにされ膝をつきガタンと倒れ込む。その意識は既になかった。


「ハルヴェナまで! ゆ、許さない!」


 残る三つ編みのミーシャが詠唱を紡ぎ、錫杖に極光の光球を形成。それを執行者へ解き放つ。


「いっけーーーー!」

「ふっ、愚かしい」


 しかし、張られた結界が少女の一撃を呆気なく霧散させた。


「うそ……」

「残念だけど嘘じゃないんだ。さあ、キミもおやすみ」


 眼前に迫った信仰者の顔を瞳に映して、少女は意識を暗闇へと飛ばした。


 大聖堂の大広間にて、ささやかな戦場は三人の小娘の惨敗という結果に終わり、その聖女たちは呆気なく捕縛された。

 執行した信仰者は笑みを浮かべ偶像を仰ぎ見る。

 名もない神の像に。


「さあ、始まりだ。終焉がやって来る。誰もが望んで忘れた、ささやかで絶望なる世界の終わりが」


 信仰者は眼を細め、偉大なる未来へ祈祷する。


「すべては救世主(メシア)のため。そして人類のためさ」


 物語りは着実にとある方向へと歩みを進めていた。





 ——軍事都市アカリブ。


 既に幽閉されている聖女マーナたちの下に一人の男が訪ねた。

 その男の入室を聖女たちは警戒し睨みつける。


「…………マザラン将官」


 憎悪に近い嫌悪感の含まれた声音に、マザランは鼻を鳴らす。


「お前たちに逃げ場はない。大人しくしていれば、無用な攻撃はしないと約束しよう」


 牽制され、魔術を発動させようとしていたベリーラは気を収める。マーラが代表して他の聖女を庇うように一歩前に出た。


「マザラン将官、答えてください。どうしてあのような荒唐無稽なことをさも真実のように申したのですか? 『神託』は災厄の預言であり回避するための道標です。現状の惨劇が『神託』の証明など、私たちがパンテオンを誘導したなどよく考えれば有り得ないことくらいわかるはずです」


 そうだ。そもそも『神託』とは神のお告げであり預言であり災厄を回避するための神の御手だ。その『神託』を伝えに来た聖女による自作自演など矛盾もいいところ。滑稽で浅慮なこと。

 また、パンテオンに関してもあれほど狂暴な個体をあの数だけ持ち込むはギルドでも不可能だ。その考えにマザランが辿り着かないとは思えない。

 故に彼の真意を問うマーナ。彼は大層くだらなそうに笑みを零し。


「それの何が悪いというか」

「え?」


 答えられた意味がわからず戸惑う聖女たちに彼は復唱するように。


「あの老いぼれを殺したのは異端児たち。惨劇の策略は聖女の手によるもの。それの何が悪いとお前は言う」

「――――。まさか、最初から私たちを嵌めるのが目的で」

「さーな。私たちは私たちの目的で動いているだけだ。お前ら聖女はただの道具に過ぎない。真実なんてどうでもいい。誰が死のうが関係ないこと。お前らは搾取されておけ。いずれ真の幸せに気づく」

「意味がわからないわ。貴方は何を言っているの! なぜこのようなことをするの!」

「意味? それは重要ではない。真に重要なのは待ち受ける真実のみだ。お前らに話す意味はなく、お前らがそれで得られる価値もなく、どう足掻いたところでシナリオは変わることはない」

「もういい! マーナ様! こいつはおかしいです! ここは強行突破を」

「言っただろ。お前らは道具だ。使うんだから逃がすわけないだろ」


 マザランの大きな掌がベリーラの眼前に迫り、すべては暗転へと呑み込まれた。


 そして――――客間が大きく爆ぜ飛んだ。


 聖女たちには何が起こったのかわからないまま、ぼやける意識のその視界でこちらへ歩み寄って来る男と床を叩く緋色の尾を最後に。


 マーナは激しい衝撃と共に意識を失った。


ありがとうございました。

ほとんどの民衆は軍を盲信しているので疑うことはありません。それは兵士や騎士が抱くマザランに対する盲信と同じです。

次の更新は土曜日を予定しています。

それでは。

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