第二章20話 子羊のオオカミ
青海夜海です。
ハイチューがやはり美味しい。
一方、都市アカリブではトマト総司令官を殺害した犯人の捜索が行われていた。
紅月の刻 十六日 昇月一時に特務塔の尖塔にてトマト総司令官が括りつけられているのが発見された。死体は胸を大きく貫かれており、尖塔の十字架の中心に括りつけられ見せしめは神罰を意味し、多くの謎を残して行われた殺害は、しかし一定の意味を持たせるものであった。
「やはり、聖女の『神託』は本物なんだ! 信じなかったから見せしめが起こったんだよ!」
正直者の見解は神罰がもたらす聖女の強力さを言い分とし、加えて警報にもあったパンテオンの襲撃が一層不安を駆り立てた。
「確かに最近パンテオンの出現が多いし、都市ウルクを襲撃ってほんとうなの?」
「現場に行かないと……でも、『時計塔』が嘘をつくなんてあるはずないだろ」
「じゃあ、やっぱり災厄の前触れ的な⁉」
騒めく軍職者たちが集まるのは昨日の特務会議室。百人以上収容可能な会議室の顔ぶれは昨日の聖女との会合の場にいたものが多数。昨日の聖女の話しを耳にしている故に悲壮的な発想に陥っている。
が、一方。
「バカを言うな! 『神託』がなんだ? あんな得体の知れぬ音なき言の葉など信じられるか!」
「神罰なんて前時代的よ。そもそもトマト総司令官を殺す理由が我々軍人にはないわ。彼は最も偉大な司令官であり憧憬の英雄よ」
「ああそうだ。僕らに総司令官を殺す理由はない。けど、聖女たちにはある……それが妥当じゃないか?」
「確かに。現在都市アカリブにいる不確定要素は聖女たちだけ」
「そう考えれば、やっぱり昨日マザラン将官が言った通り、聖女たちは無実の偽りを残すために『神託』をでっち上げ、この騒動のすべてが聖女の手によるもの!」
「神罰は『神託』を、聖女たちを強くみせるための儀式というわけね!」
聖女たちを貶める思考は穿った見解の者も存在した。すべては推測の域を出ない。けれど、聖女を今一つ信じられない疑念が聖女に悪意を抱かせる。
事実軍内部に叛旗を企てようとする者はいない。それこそあの異端者の双子がいれば視野に入れていたことだが、生憎と彼らは都市アカリブに莫大な損害をもたらした挙句、ギウン・フォルス・サリファード将官を殺害し【エリア】へと逃げた大罪人となり、罪状はエリドゥ・アプスへの一切の帰還を禁じるものとされ見つけた際には一切の猶予なく殺害処分される。とてもではないが、秘密裡に帰還した挙句に皆の目を盗んでトマト総司令官の殺害を行ったとは考えられなかった。
彼らを除けば怪しい人物は一つに絞られる。
「しかし、聖女は確かにこの世界を守護してくださっている。昨日の必死な姿も見ただろ。やはり、聖女が極悪人とは思えない!」
「それこそが狙いなのよ! あのいけ好かない女たちは純情を装って人の心を操るのよ! ああなんて嫌らしく腹黒い女たちかしら!」
「はあ? ざけんな! 聖女は清く正しくおおらかな女神の使いだろ! みんな美人で可愛くて可憐だろ! 美人美少女美少年に悪い奴はいねー!」
「キモイ。……そんなことはどうでもよく、じゃあ誰がトマト総司令官を殺したって言うんだい? まさか本当に『神託』とでも言うつもりかい? ならどうしてトマト総司令官なんだ? 見せしめなら聖女に牙を向いていた人間にすべきだ。トマト総司令官は保留にしただけで聖女に侮辱を一切していない」
「聖女が犯人の場合、トマト総司令官を殺すのは一番最適解よ。ほら、今私たちは眼に見えない力でこんなにも混乱しているわ。それにもしも『神託』による災厄をトマト総司令官の死亡で実況させた場合、軍の重鎮、軍の砦の死は民衆に大きな打撃となって混乱を招く一方で『神託』の信憑性が増す。どちらに転んでも聖女は『神託』の存在性を実証させることができて、その上で私たちに脅しに近い混乱を巻き起こすことができる。既に聖女が動いていた場合……聖女を罰することができなくなり聖女たちによって本当に災厄が引き起こされる」
そうだ。一番の問題視はトマト総司令官の殺害犯人の存在ではなく、彼の死によって起る事象である。
聖女が犯人でなかった場合、トマト総司令官の死には別の要因が加えられ上で『神託』の信憑性が語られる。この場合の別の要因こそ軍内部による叛旗を意味する。
そして、聖女が犯人だった場合、昨日の会議でもマザランが指摘したように聖女が首謀者でありながらその影に潜み隠れ多くを扇動する犯人ということになる。
まだ不確定要素が多くはっきりとした答えは出せない。特質して聖女の動きが鍵となるが。
「聖女はどうしている?」
「は! 宿泊室から一歩も動いておりません。今朝の騒動で何があったのか兵士に訊ねたようですが、今だ動きはありません」
「聖女に動きがないとなれば、犯人ではない可能性が……いや、他の都市にいる聖女が行動を起こす可能性もあるわけだ」
総司令官代理として豪奢な席につくマザランは思考に耽る。
いずれ騒動が一段落すれば皆不安を抱くことだろう。目の前のパンテオンの対処にトマト総司令官の死亡という悲劇を忘れ去っているだけで、この事案は軍だけに収まらず多くの都市を揺るがすものだ。安心できる、あるいは納得できるだけの材料が必要となる。
実際問題、聖女を基準に言い合っているのは第三の可能性、内部班となる反抗者を認めたくない故である。仲間内を疑うくらいなら外部の存在を犯人に決めつけ不安を早く取り除きたい、そんな欲望がこの事態を発生させている。
それの傾向を理解しているからマザランは本質的な事を今は言葉にしない。彼らがどんな思想をばら撒いても最終判断は総司令官代理のマザランに一任されているのだから。だが、収集をつけなければいけないのも当然で、頭を悩ませていると扉にノックが二回。失礼しますと入ってきたのは軍内部に怪しい者がいないか捜索を命じた部下たちだ。
「マザラン将官。報告があります」
「話せ」
重鎮たちの訝しむ視線を浴びながら騎士の男は語る。
「基地内に怪しい者はいませんでしたが、疑わしい者が確認できました」
「疑わしい者?」
口ぶりからするにその眼で確認しての結論ではないようだ。
「はい。騎士及び兵士の所在確認をしたところ、三名の兵士の行方がわからなくなっております」
「兵士が三名? 名はわかっているのか?」
「はい。一人がノアル・ダルク。彼は昨日から使いを頼まれ都市ウルクへと向かいましたが帰還の知らせはありません」
「都市ウルク……」
それは現状に置いて注視すべき点だった。騎士は続ける。
「二人目がマリネット二等兵。三人目がヘリオ二等兵です」
「おいおい待てよ。その三人って……」
思わずと声を漏らした将官の男に皆が気づかされる。その三人と深い関わりのある人物。そしてほんの八日前に起った叛旗。
「マリネット二等兵及びヘリオ二等兵の部隊長に話しを聞いたところ、昨日の訓練後は見ていないとのことです。また、今朝の騒動で二人の姿を確認した報告は今のところありません」
「つまり、昨日の夜から誰も二人の姿を見ていないということだな」
この報告により見ない振りをしていた内部犯の可能性が浮上してきた。何よりその二人とノアルには前科がある。
「さすがは異端者のダチってところか。こうなれば聖女もブラフの可能性までありやがる」
そうだ、八日前に軍に叛旗した異端者のアディルとリヴ、その二人と協力関係にあり友でもあった二人だ。
叛旗しない……単に断言できない要素がその関係性に籠っている。
「けれど、二人は二等兵よ。成績だって普通だわ。さすがにトマト総司令官を殺せないと思うのだけれど」
「いや、奴らには錬金術師がいやがった。なんらかの錬金物を持ってても不思議はねー」
「十字架にしたのは犯行を聖女に押し付けるためか」
可能性が上がっただけで実質的な問題解消には繋がらない。とにもかくにも真意がわからなければ絞り切れない。
ため息を吐きたい気分を押し殺していると、勢いよく失礼しますと扉が開かれた。
「おい貴様! 今は会議中だぞ!」
「す、すみません! でも報告しないといけないことがありまして!」
肩で息をし慌てる青年にマザランが許可を出す。彼は姿勢を正して一礼した後に報告を入れた。
「昨日、都市ウルクにて現在行方不明のノアル・ダルクと聖女の一人がパンテオンを討伐したとの報告が上がってきました」
「――――っ⁉」
この報告には全員の眼の色が変わるほどのどよめきとなり動揺を走らせた。
「その後、二人は逃げるようにその場を去ったらしく、その後の行方は依然として不明です」
「待て。昨日だと?」
聞き返すマザランの鋭い声にびくっと身体を跳ねさせながら青年は「は、はい! 昨日の十時ごろです」と。
「それと、昨日現場の鑑定に当たっていた憲兵によると、パンテオンがノアル・ダルクと聖女に向かって『お前のせいだ!』と言っていたそうです」
「『お前のせいだ!』? どういうことだ?」
「いや、まさか聖女とその異端者たちが人をパンテオンに、なんらかの細工をしたのか!」
「なら、突然のパンテオンの襲撃は奴らによる策動!」
その情報があらゆるピースを当てはめ一つの形に形勢されていく。マザランは立ち上がり青年に告げた。
「引き続き昨日状況のことを調べろ」
「りょ、了解ました!」
青年は敬礼し走って会議室を出ていく。残る将官たちを見渡しマザランは真言した。
「各都市の都市長に連絡を入れよ。聖女及び以下の三名、マリネット二等兵、ヘリオ二等兵、ノアル・ダルクを早急に探し出し捕縛しろと。容疑者として絶対に逃がすな!」
「「「「「了解!」」」」」
バタバタと一斉に会議室から出ていく将官たちを見送りながら、マザランもまたとある場所へと向けて歩き出した。
ありがとうございました。
次話には新キャラがでます。たぶん。
次の更新は日曜日を予定しています。
それでは。




