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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章18話 突き刺さり跋扈する刃物

青海夜海です。

ハイホーハイホー。バカアホめんたいこな月曜日の始まりです。

みなさん、今週もなんとか頑張って生き抜いてやりましょう。

 

 紅月の刻 天場 十六日。


 この日、この時、天場は大きく動き出す。

 それは破滅への加速か。終焉の約定か。はたまた神の気紛れ。

 どれにしろ、いい動きではないのは確かだった。

 多くの思惑が混在し、たった一つの正邪がそのすべてを(くつがえ)す。

 語りかけることはなく、握手を交わすこともなく、問いかけることもない。

 ただ、その思惑に翻弄されるがまま、エリドゥ・アプスは過去に例を見ない人災に見舞われる。

 預言があった。されど、その預言を信じた者はいなかった。

 故に知れ。神が怒ったのだと。


 さあ、選択を迫ろうか。


 異邦人――君は何を選ぶのか。

 聖女――君は何を正すのか。

 歌姫――君は何を歌うのか。

 獣――君は何を成し遂げるのか。


 正邪は待ってくれないぞ。一瞬の迷いが命取りになるぞ。

 正義は流転する。悪意は反転する。

 さあ、変動の時だ。





 *





 気づいたのは一滴の雨粒だった。

 晴天の空より憲兵の鼻先に落ちた、どこか鉄臭い(あか)の水滴だった。憲兵はなんだと頭上を仰ぎ、何かが特務塔の尖閣にくっついているのを目にする。眼を絞り昇る月光に照らされたそれが赤く輝きを放ち、憲兵の眼に斯くと映り込んだ。

 吹き抜ける風が赤粒を攫い憲兵の頬にぽたり。ああ、見間違えることなくその赤粒の正体と尖閣からエリドゥ・アプスを見渡す存在に。その末路に。

 憲兵は甲高い無様な叫びを迸った。




 紅月の刻 天場 十六日 昇月一時。


 憲兵の異常な叫びに兵士、騎士、官僚職の者たちが目を覚ます。


「どうした⁉」


 逸早く駆け付けたのは近くで見回りをしていた三等騎士の男だった。尻もちをついて空に震える指を差し、口をガクガクとさせる憲兵はゆったりと三等騎士に振り向き。


「あっ、あ……ああぁっ、れぇ………」

「あれ?」


 まるで有り得ない死者をみたかのような反応に怪訝に思いながら憲兵の指差す方へ目を向けて。


「――うそ、だろ……」


 絶句する。なぜなら有り得なかったからだ。いや、その状態には古くより意味があったからだ。否、違うだろ。そうじゃない。その存在、とある人間だからだ。

 ぞろぞろと集まってきた者たちも固まって見つめる彼らの視線の先を目にして。


「うそ…………なんで? こんなの、え? あ、ありえないっ」


 誰もが絶句と困惑を混沌させ、誰かがそっと呟いた。

 その、赤粒を風に任せる尖閣に結ばれたその人物の名を。

 誰かは言った。


「トマト総司令官が……死んでる」


 誰かが微笑みを零し。誰かが目を伏せて。誰かはその場から離れ。誰かは涙を零し。誰かは膝を崩し。誰かは怒りを覚え。誰かが涙を零す。

 兵士、騎士、官僚たちの視線の先、軍事都市アカリブを主張する剣を真似た尖閣の刃と柄を中心に十字架に見立てたその場所で。トマス・リーカー・トムズ総司令官が胸に穴を開けて絶命していた。

 十字架に括られた死体の意味を、客間の窓から見つめる聖女マーナ・アンナが思わず口に零す。


「神の裁定――神罰」


 トマト総司令官の死体が十字架を背負って厳威(げんい)に語る。

 これは軍への叛意であると。愚かなる人間への見せしめであると。神の意に人類は反したのだと。それは雄弁に語っていた。

 神の意に背く罪人への『罪罰』であると。

 血の香りが鼓動を急かす。死の影が足元を覆う。胸の傷が想像させる。十字架が見上げる者たちの胸の内に刻み込む。

 果てしない焦燥と理解苦しむ虚無感。相まって襲う瞋恚(しんい)とやるせなさ。だが、一番多くの者が抱いた感情は一つだった。

 誰かが呟いた。


「――許さない」


 誰かも……それは多く者が呟く。


「ああ、許せない」

「ええ、神様だとしても」

「正しいとか関係なく」

「許せない――」


 英雄の志たちは吠えた。


「平和を侮辱し、秩序を破壊した奴を許せないッ!」


 それが、軍人たちの総意の叛意だった。

 目には目を。叛意には叛意を。罰には罰を。

 怒りに心を燃やす彼らの前にとある男が歩み出た。


「マザラン司令官……」


 数人の官僚を(ひき)いて現れた特務執行班軍事部代表マザラン・ダク・テリバン司令官は全軍人に届くように声を張り上げて告げた。


狼狽(うろた)えるな! 我々は民衆を守護する存護と平和の象徴だ。私とてこの悪意ある惨劇に腸が(にえ)えくり返っている想いだ。だが! 三百年より継続されし我らが守護は栄光と繁栄、平和にある。この侮辱一つで(くつがえ)ることはない!」


 マザランは吠える。神の神罰だろうが反意だろうが、それで我々軍の誠義(せいぎ)が嘘になることはないと。


「怒れ! されど義を忘れるな。復讐に支配されるな。軍意を今に誓え! 我々が信じるのは眼に見えぬ神でも聞こえぬ『神託』でもない。我らを導きし勇気ある騎士と英雄たち。先導の背を見せてくれたトマス・リーカー・トムズ総司令官、我らが信じるは彼らのみ!」


 数多の勇者が世界を救い、多くの英雄が人々を助けた。その彼らの帆船(はんせん)に導かれ歩んできたのが我ら軍人。

 そして、彼らが今目にする憧憬とは全盛期にはパンテオンの群れを一人で蹂躙し、多くの仲間と戦場を勝ち抜け平和を綴り、総司令官となって軍をあるべき姿へと統治する指導の英雄トマス・リーカー・トムズただ一人だと。

 聴衆する軍人たちの胸に正しい炎が灯る。欠けることなく目指し続け抱き続ける平和の礎となる英雄の志を。


「剣を執れ! 杖を構えろ! 知恵を絞れ! 歌を歌え! 何ができるか考えろ! 彼が守り続けた平和を我らが引き継ぐ! それこそが最大の抵抗である!」


 そうだ。こんな所で立ち止まっているわけにはいかない。

 天場は常に危険と隣り合わせだ。十一の穴よりパンテオンはこちらなどお構いなしに侵攻してくる。それらを我ら軍人が撃退しなければ多大なる被害が出てしまう。自分という存在意義は数多の命を守る使命に存在する。


「悲しみを乗り越えろ! 復讐に(とら)われるな! 義勇を抱く平和の一刀となれ!」


 兵士、騎士たちが背筋を伸ばす。先まで愚かな己を葬り軍の一員として誠義(せいぎ)を宿し闘志を燃やす。



 その時だ。都市全域に緊急速報の警報が流れた。



『緊急事態発生。緊急事態発生。遺跡都市ウルクにてパンテオンが出現。また、南東部第二ノ穴『ドゥオゲート』からパンテオンの侵攻を確認。直ちに出動を要請します。繰り返します。――――』


 二つの場所で同時に起ったパンテオンの進撃。その一つ、遺跡都市ウルクでの出現に皆が騒めきだす。それは明確な侵入を意味し、駐屯地による戦線を突破されたことの意だ。

 トマト総司令官に変わり、マザラン司令官が指令を降す。


「静粛にしろ。狼狽えるな。今こそ我らの力が試される時。神など偽りに過ぎないと証明する時だ! 各部隊に告げる。準備出来次第、ウルクへは転移陣を使い出動せよ。南東戦線はチベルト・コサイン・トスマ副司令官に従え」


「「「「「了解しました」」」」」


 軍人たちが慌ただしく出動へ向けて動きだす。それを見つめながらマザランは佐官の一人に。


「聖女たちを部屋から絶対に出すな。場合には武力もやむを得ないとする」

「了解しました」


 去っていく佐官たちを見送り、配下とその場に残ったマザランは尖閣に括りつけられた死体を見上げ悲壮の息を吐き捨てた。


「すべては貴方の過ちだ。これより私は正しい世界へと先導する」


 首筋に烙印のように残るとある痣を後ろ髪が隠し、青金の眼が盤上を見据え平和な未来へと歩き始めた。







 そのトマト総司令官の死体のすぐ傍にその男はいた。

 慌ただしく動き出す基地を見ろし、ゲームの盤面を観察するように口に笑みを浮かべる。


「ふん、終ぞ僕だとは気づかなかったか。所詮人の子よ。人治から外れ異種を(たまわ)ろうとしても、代償をなしに何を成し遂げられるか。愚鈍愚図も甚だしい」


 飄々とした道化ではなく、同じ姿でありながらまるで別人のような苛立った声音。


「貴様は賭けに負けた。真意を()き違えた貴様の傲慢と怠惰が招いた結果だ。神に吊るされる気分はどんなものか。大人しく僕らの神意に従っておけば助かったものを。やはり甚だしい」


 やはり人とは憐れでならない。倫理観や道徳心は素晴らしいものであるが時に致命的な仇となり隙となる。狂人にとって普遍とは道端の石と変わらない。理解できない相手がこちらを理解しないのと同じこと。

 故にトマト総司令官は見せしめとなり神の審判に降された。生贄となり今ここに朽ちている。やはりたまらなく憐れでならない。


「貴様の誠義(せいぎ)を受け継ぐ者はいないだろう。けれど、貴様の名は名実ともに悲惨な希望として名を遺すだろう。ふん、甚だ不愉快だろうな貴様には」


 すべての盤上はこの男の、あるいはこの男が繋がる存在の手によってひっくり返った。トマト総司令官が守り続けて来た存護は打ち砕かれ、やがて彼が抱えていた約束も破壊されることだろう。

 だがそれでいい。


「すべての未来は僕が掌握している」


 風が吹き抜け血の香りを病魔のように蔓延(まんえん)していく。とても皮肉で悲惨で憐れな死の香りが。


「誰かいるのか?」


 トマト総司令官の遺体を回収するために尖閣の屋根に昇ってきた騎士が辺りを見渡すが、既に男はいない。

 確かに声が聴こえた気がしたが、そうぼやきながら数名の騎士はトマト総司令官の遺体の撤収作業に入った。



ありがとうございました。

物語りが大きく動きました。さあ、何が起こるのでしょうか。

いいね、ありがとうございます! 頑張ります!

次の更新は水曜日に予定しています。

それでは、また会いましょう。

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