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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章16話 その花なに花どの香り

青海夜海です。

鳴潮やります! 

 

 しばらくして落ち着きを取り戻し、と言いながらも顔を合わせると気恥ずかしさでうまく喋れなかったり目を逸らしたりと。そんなことをしているふと笑みが零れてきて二人して笑い合う。

 ひとしきり笑い合うと気恥ずかしさはどこかへ。平静を取り戻した二人は並んで歩きだす。


「その肌の模様とお花が体質なの?」


 ソフィアはこくりと頷き。


「君は人間によく似た種族に会ったことはある?」


 と聞かれ、一瞬頭に過ったのは【翠星の獣】クルール。アディルが言うにはクルールもギルタブリルと同じ『十一の獣』らしいが、アイレに泣きついたクルールは女の子みたいだったのを覚えている。何よりアイレが自分の死生の運命すら捻じ曲げて待ち続けた恋しい人だ。生優しいルナは完全に獣だと言い張る度胸はなく、口に出しそうになったが、あの二人のことを誰かが語るのは無礼だと思い直して首を横に振った。


「君たちが【エリア】と呼ぶここにはね、君たちと同じ人間でありながらけれど異なる人間が生息しているの」


 ソフィアは揺蕩う蝶に指の甲を差し出す。蝶はキスをするように立ち止まり羽を休める。


「それぞれの環境に適応して生き続けて種族として進化した。わたしたちはね、この花園に産まれて花のように生きる種族なの」


 青い羽を羽ばたかせ、蝶が旅に出る。

 ソフィアは隣を歩くルナの数歩前に出て踊るように回転してみせた。軽やかなステップを踏み裾を広げ髪を靡かせる踊り子は言う。


「わたしたちは『花』。食事は光。でも水分は必須。風に合わせて美しく踊る。たくさんの植物に愛されて愛する、身体に花を咲かせている不思議な存在。そんなわたしたちは花舞人(フローラス)と呼ばれてるよ」


 ソフィアの舞いに魅了され思わず足を止めたルナにソフィアもその場で足を止め、ひらりと舞ってお辞儀をするようにふわりと止まった。

 ソフィアの舞いを盛大に喝采するように、彼女の周りには数秒前までなかった草花が咲き誇っていた。まるで一つの劇場と化したソフィアにルナは手を叩いて感動を表現する。


「ありがとう。少しはわたしを理解してくれたかな?」

「うん。すごく綺麗だった」

「それじゃあ、次はルナの事を教えてくれる?」


 ルナは躊躇わずに頷く。ソフィアが自分のことを教えてくれたのに、自分は何も教えないなんて無礼にも程がある。それにルナを花吹雪から助けてくれた彼女に恩を仇で返したくはなかった。


「私ね、本当はルナって名前じゃないの」

「ルナじゃない?」

「そうじゃなくてね。……私、記憶がないんだ」


 眼を覚ました時。そこらは覚えのない場所で知らないものばかりで、追いつかない頭の中を必死に掻き混ぜて必要なことだけを覚えていって。

 それでも、どこか他人事のようだった。自分のことが判然としないから余計に空虚な感覚にただ時間の流れに手足口が動いていたような、そんな感覚だった。


「眼が覚めて、ここがどこなのか私が誰とか全然わからなくて……最初は他人事みたいだったの」


 けれど、それは唐突に自分のことだと受け入れる瞬間が訪れた。


「でもね、アディルさんとリヴ、私が冒険をするきっかけになってくれた二人がね。私に名前をくれたんだ」


 本当に適当な名づけだったと思い出しては笑みが零れてしまう。本当に唐突な冒険で、きっと寿命が縮んだことだろう。でも、その名前が少しずつしみ込んで刻まれていった。


「リヴがね、月が出ていない空を見上げて、私はルナだって言ったの」

「月が出ていないのに?」

「そう。なんで?って思っちゃったけど嬉しかったんだ。自分自身を取り戻せたみたいでね、ここで生きていいよって言われた気がしたんだ」


 ルナ……その名前がこの世界の住人として認められた瞬間であり、彼らが彼女を呼ぶ明確な存在証明の瞬間だった。正しく、彼女にとって名前とは命だったのだ。


「だからね、私はルナとして冒険をするって決めたの。アディルさんとリヴを守りたい。そしてちゃんと私自身を思い出したい。それが私が冒険する理由」


 まだ何も思い出せてないんだけどね、と恥ずかし気に苦笑する。

 少女は『ルナ』という名をもらった。その名がルナを『ルナ』たらしめ憧憬と夢を抱かせた。数多の感情を与え一人の人間へと昇華させた。生きると死ぬを知り、涙を流した。生きている幸福に胸を(はず)ませ、生きている意味を考え、そして冒険する理由を胸に『ルナ』として在りたい姿に足を踏みだした。

 ソフィアが尋ねる。


「ルナはどんな人になりたいの?」


 ルナはソフィアの眼を真正面から見つめ。


「大切な人を守って助けられる、そんな強い人になりたい」

「…………」

「私、強くなりたいんだ」


 彼のように彼女のように、守れるように。

 変わらないさ。変わらないからこそ何度でも口にする。誰もが夢物語だと手放した、誰も死んでほしくないという理想を。

 ソフィアは微笑みを浮かべた。それはルナへの肯定だった。


「わたしは好きだよ。君のそういうところ」

「ど、どういうところ?」

「誰かのために一生懸命なところかな」」

「なんか………改めて言われると恥ずかしいよ」

「ううん、きっと誇っていいと思うよ」


 その慈愛にも似た相貌に、ルナは透明な水流に呑まれるかのように見惚れ見とれ。

 花の少女は香りを()む。


「君でよかった」


 まるで花吹雪に残響と残骸のすべてを攫われたかのような、そんな秘めたる沈静が訪れ。見つめ合う瞳に、きっと違った色で互いを映し。そんな曖昧あで斑な瞬間が愛おしく二度とないような儚さを噛み締め。

 けれど、ソフィアが雑草ではない花と知りながら取り除くように。


「本当に良いと思う。きっと君の心は木漏れ日のように穏やかで温かいんだよ。誰かのために頑張ろうとするのはとーてもすごいこと。わたしは今日、ルナに出逢えたことを一番の幸福に思う。だから、ありがとう」


 花の少女の花のような笑みは、瞬次の出来事など置き去りにルナは頬を赤く染めた。


「も、もう! 褒めなくていいから! 普通に恥ずかしいから!」


 と我慢ならずに叫んで顔を手で覆う。ソフィアは不思議そうな顔で「本当のことなんだけど。まだまだあるけど、言ってもいい?」と追撃してこようとして、ルナはたまらず「もーうやめてー!」と泣くように叫んだのだった。



 閑話休題。



 落ち着いたルナは改めてソフィアの隣、一歩開けて歩く。この距離が心を平静に保つための距離だ。

 花の種族だというソフィアからとてもいい香りが(ささや)いていて蝶や虫のようにルナを引き付けようとしてくる。メロメロになった(あかつき)には彼女の膝の上から逃げられなくなりそうである。これが母性だと言うのだろうか。それとも姉御肌か。


「なんだかいい香りがするね」

「うん? わたしたち花だからね。わたしの香りはオレアよ」


 オレアがなんの花かわからないけどいい香りであることに違いない。ということは首や耳元から生えている花がオレアなのだろうか。


「耳の花はスターチスで、首元とかの白い花は星蘭……アングレカムって言ったほうが伝わるのかな?」

「心を読んでるの⁉」

「君がわかりやすいだけ」

「それって、バカにしてない?」

「してないしてない。可愛いらしいとは思うけれどね」


 今思った。ソフィアは天然たらしだ。めんたいこではなくたらしである。嘘のない純粋さが余計に質が悪い。

 可愛いと言われてそっぽを向くルナはなんとかやり返せないかと考える。先から自分ばかり照れさせられてまるで遊ばれているかのようだ。


(さっきから褒められたばかりだよ! なんとかしてやり返したいけど……そうだ。前にリヴがやたら褒める人は褒められることに慣れていないって言ってた気がする。さっきも照れてたと思うし。うん、今度は私がソフィアを褒めまくって照れさせる!)


 闘志に燃えるルナは一度深呼吸して目を合わせる。いざ尋常に。


「そ、ソフィアちゃんはすごく綺麗で優しくていい匂いで大好きです!」

「頑張って褒めようとするルナもかわいい」

「うきゃっ⁉ ……ってあれ⁉ やっぱり心読まれてる⁉」


 カウンターを見事くらったルナが心臓を抑え頬を赤く叫ぶ。ソフィアは必死なルナの姿に笑みを浮かべ。


「告白嬉しかったよ」


 そう、悪戯な顔を覗かせた。


「告白?」


 それが何を差しているのかすぐにはわからなかったルナを置いて、ソフィアはるんるんと先をいく。その背を見つめ、あっと。勢い余って口走った言葉が想起して。


「あちがっ違うの!」

「そんなに照れなくても大丈夫。勘違いなんてしてないから」

「やっぱり心読まれてる⁉ ねえ⁉ ソフィアちゃんっ!」

「ふふ」

「待ってよー! その違うのぉぉぉぉぉぉーーーー!」


 赤面するルナの叫びが響きわたった。


ありがとうございました。

いいね、ありがとうございます! 励みになりました! 

がんばります!

次の更新は土曜日を予定しています。

それでは。

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