表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
73/129

第二章15話 舞う経つ花は出逢う

青海夜海です。

新キャラ登場!

 

 涙が零れ続ける。嗚咽のない悲しみの涙が頬を伝って落ちていく。しかし、皮肉なことに彼女の涙が彼女をしばり続ける要因となり、胸を(きし)ませた。

 動かない身体で抵抗するも虚しく。

 出せない声で異を唱えることはできず。

 強く願うだけでは現状は何も変わらない。

 押し寄せる後悔は一等(かがや)かしく、あの頃を眩しく想起しながら。

 嗚呼、後悔の原因に、現状の要因に酷く心が荒む。なのに怒れないのだから悲しくて仕方がない。


 あの日、失ったものがあった。

 あの日、手放してしまったものがあった。

 あの日、何もできなかった自分がいた。

 あまりにも巨大な敵にただの植物では傷一つつけることは叶わず、何がおかしいのか笑った悪魔な存在、今じゃその悪魔の言いなりだ。

 抗えない身体と心が過去を想起しては涙を流す。止まることのない涙が蕾をつけ、花を咲かせる。そして、過去を追いかけるように旅に出る。誰にも気づかれないように、ひっそりと。


 あの日、彼に出会えた奇跡を手繰り。

 あの日、彼を失った悲しみを探し。

 あの日、彼が残した言葉を頼りに。

 あの日々に、彼が与えてくれた温もりを胸に。

 千の謝罪と万の感謝と一の懇願を持って。

 得ることのなかった感情を(しま)って。

 彼と歩いた庭園へ。彼の望みを叶えにいく。

 彼を独りにはしないために。




 ——————————————。




 ある人間は嘲笑(わら)いながら感動の涙を流した。まるで純粋な恋愛小説を拝読し、主人公の滑稽さを卑下しながらも少女の恋心に万感をもらったような、そんなリアクションだ。愛が突き動かすなんてもっぱらな恥ずかしい表現はしないが、それに類する二人だけの感情というものがあるのだろう。人間はそれに対して邪魔する気はなかった。

 なぜならどう足掻いた所でその人間のシナリオに影響はないからだ。

 彼女という存在は言わば人の悪意を立証するための駒、主人公を危機へ陥らすための道具に過ぎない。道具は道具、変わりはいくらでもいるし、結局は主人公とヒロイン、敵役のみが重要視され、それ以外の外的影響は理不尽によって排除される。物語とはそういうものであって、主観がそれぞれの人生に置いて人は皆主人公、あるいはヒロイン、悪役となるのだ。

 そして、ここに置いて人間の主観によるシナリオこそが世界の主観である。つまり、人間が脇役と思うものは永遠に脇役であり、道具と思うものは何をしても道具に変わりはない。

 人間に自尊心はない。人間が思う自分とは何者でもない。だからこそ、人間は善悪に批評せず、我が道を歩いていく。

 その人間を表す言葉は独裁者でいいだろう。

 独裁者もまた動き出す。

 その独裁者が織りなす新たなる神話を紡ぐために。




 *




 その手は少し冷たく雪のように白かった。けれど、生命の鼓動を繋ぐ温もりが確かにルナへと流れ込んできた

 。白い手を辿り視線を上げ、その女性を見上げる。

 白花のような綺麗な髪に木漏れ日の瞳。儚くも美しいその容姿は神秘的な感慨があり、思わずため息が漏れ出てしまう。ほんの少し目じりが吊り上がっているのが柔らかさの中に凛々しさを感じさせる。セルリアとはまた違う、森の中で木漏れ日を浴びて咲いている花のような美しさだ。

 そんな女性が言うのだ。


「もう大丈夫」


 ぽとり……涙が零れ落ちた。ぽとりぽとりとゆっくり落ちて行く。


「あ、あれ? ど、どうして私…………」


 零れていく。止まらない涙が目を(にじ)ませる。指先で拭うルナはその涙の意味を気づいた。


(私、もうひとりじゃないんだ)


 『孤独』がルナを苛み一時には心を砕けかけた。それでもどうにか強く在ろうと歩を進めた先で、白花のような女性がいた。


 ――大丈夫。その言葉がルナを光の村へと引っ張りだしたのだ。

 それは正しくルナにとっての救いだった。(ほどか)された心が安堵を覚え張り詰めていた緊張が緩和していく。その欠片が涙となり零れたのだ。


 ぐすぐすと嗚咽すルナに彼女はおどおどと。


「えっと、えっと、どこか痛いの? けが、してるの?」


 屈みこんで訊ねる彼女にううんと頭を横に振りそっと顔を上げる。彼女はとても心配気に瞼を落し掴んだ手を両手で包み込み子どもをあやすようにそっと撫でる。


「頑張ったんだね。すごく頑張ったんだね。よくわかるよ。君はすごーく頑張ったの。だからね、泣いていいよ。指で(こす)ったらお目目が腫れちゃうからね」


 子どもあやす母親……よりは姉や親友に近いのかな。そんな安心間にルナの心がふわりと軽くなる。悲しいとか嬉しいとか痛いとかじゃない。ただただに涙が流れ続ける。それが堪らなく命を安定させた。

 こくりと頷いたルナは静かに泣いた。そんなルナを白花の女性はずっと見つめていた。



 時間としては数分にも及ばない。それでも月が昇り沈むような体感を得て、ルナは改めて目元を拭い頬を赤らめながら感謝を告げる。


「助けてくれてありがとうございます。その、泣いちゃってすみません」

「大丈夫。女の子には泣きたい時があるもんね」


 彼女の気遣いにルナは改めて感謝した。手を借りて立ち上がりようやく二人は向かい合う。


「わ、私、ルナです。改めてありがとうございました」

「うんうん。ちゃんと受け取ったよ。で、君はルナね……うん、素敵な名前」


 微笑が花のように綺麗で少しヒマワリのよう。彼女は胸に手をおいて自己紹介をする。


「わたしはソフィア。よろしくお願いね、ルナ」

「うん、ソフィアさん」


 ソフィアと名乗った彼女の純粋な笑みを見ているとこちらまで笑顔になってしまう。と、和んでいる場合じゃない。自分の目的を思い出したルナは「アディルさんとリヴは!」と思わず叫び、「わぁっ」とソフィアをびっくりさせてしまった。


「ご、ごめんなさい」

「ううん大丈夫。突然声をあげてどうしたの?」

「あの、ソフィアさん。ここにベージュのポニーテールの女の子と銀髪の男の人が来ませんでしたか?」


 心配で落ち着かないといった風のルナにソフィアは首を横に振る。


「そうですか……」

「そう落ち込まないで。きっと他の集落に辿り着いているんじゃないかな」

「他にもあるの?」

「うん。三つの集落があるの。だから大丈夫。ルナが無事だったんだから、きっと二人も無事だよ」


 慰めの優しさより確信的な信頼感があって、不思議とそうなんだと思わせる。カリスマ性とでも言えばいいのか。少し話しただけでソフィアが悪い人間ではないことが窺えた。

 後で手を組んだソフィアは悪戯心を持つ少女のように。


「一先ず、わたしの村に行こ。わたしが案内してあげる」

「なんだか楽しそうですね」

「敬語じゃなくていいよ。だってね! お客様って久しぶりなの!」


 ルンルンと歩いていくソフィアの後を追い、その隣に並んで村へと歩いていった。





「それで、ここはあなたの村なの?」

「そうだよ。花村の庭園(ガーデンフォール)って呼ばれてる。花吹雪(フィンブルム)や獣を阻害する領域って感じでいいよ」

「あそこのアレって松明? わたしが知ってるのとちょっと形が違うけど」


 ルナが指さす先、村を囲う柵と結界の間に距離を置いて佇む橙色の光を尖頭に放つ松明のようなもの。大きさは一五四のルナの足腰ほど。よく見ると先端は六弁の花びらであり、その中心に火を灯している。


「あれはソピアの指火ね。迷い子の所に導いてくれる知恵の灯火でわたしたちを守ってくれてるの」

「そうなんだ」

「だから安心して、ここはすごーい安全だから」

「すごーい安全……」

「うん。すごーい安全」


 変わった言い回しであるなーと思うルナだった。


 今、ルナとソフィアが歩いているのは土が見えている草原のような場所。所々に大きな樹が立ち並び花々が気高く清らかに咲いている。そのどこにもフィンブルムの花びらは落ちていない。振り向くと、ルナが入ってきたと思われる外界との境界線から頭上円状に弧を描いて白い膜が張られており、それがフィンブルムの侵入を封鎖している。

 視線を前に向けると、先に民家が所々に見えて来て横切る際に、ソフィアと同じ服装をした女性たちがペコリと頭を下げる。ルナもペコリと頭を下げた。


「もしかして、初めて?」


 振り向くソフィアに頷くルナ。


「アディルさんとリヴと一緒に冒険してるの。さっきはパンテオンと戦っている時に(はぐ)れちゃって」

「冒険! もしかしてこの下の階層にも行くつもりだったりして?」

「うん。一番下までいくつもりだよ」

「すごーい! わたしは冒険する勇気なんて出ないからすごーく素敵だと思う」

「そ、そうかな?」

「一生懸命に頑張ってるのは全部素敵なことだよ」


 天場で揶揄されてばかりだった冒険をここまで素直に褒めてもらうと少しこそばゆい。

 ルナにとって冒険は自分の『記憶』を取り戻す旅であり、アディルとリヴを助けるための二年という期間限定の冒険だ。自分では素敵だと感じる間もないほど色々なことがあって感慨は悲観的な割合が多かったりする。だからこそ、ソフィアの一言はルナの焦燥や怯えを落ち着かせてくれた。

 ソフィアはルナに振り向き。


「きっと二人とも大丈夫」

「――――うん、そうだね」


 ソフィアの大丈夫はリヴの大丈夫と比較にならないほどの安心間があった。これが母性や姉御肌というやつだろうか。違うか。


「ソフィアさんはずっとここにいるの?」

「うんそうだよ。わたしたちはここから出られないの」

「出られない?」


 もしかして悪い人に掴まって。想像豊なルナの考えを見抜いたのか。


「閉じ込められているわけじゃないからね」

「⁉……顔に出てた?」

「うん。すごーくわかりやすかった」


 なんだかちょっぴりショックである。

 落ち込むルナを口元だけで笑ったソフィアは前に向き直る。


「わたしたちの体質の問題」

「体質?」


 素人目で見る限り普通の人と変わらないように思えるが……。

 改めて観察するソフィアという女性は花のように美しい。

 左右の耳後を三つ編みに編み込んだ白花の髪に木漏れ日の瞳。目じりがほんの少し吊り上がっていて凛然とした優雅を兼ね揃え、花や葉などの植物を加工したような衣がより神秘的に仕上げている。べた褒めである。

 だが、よくよく観察することで不可思議な部分が目に入った。

 三つ編みの部分に髪飾りのようなスターチスの装飾はまだいい。しかし、肘越えの裾から覗く白い腕に根っ子のような刺青が目に入り、それは首筋や足首辺りにも見られる。また、首の右側面に装飾品のように付いている白い花はよくよく見れば首から咲いているように見えた。もしかしてと三つ編みの髪飾りのスターチスをよく観察すると、髪飾りではなく彼女の身体から生えている。

 ルナの凝視に気づいたソフィアは「どう、似合う?」と茶化す。

 ルナは慌てて首肯する。


「綺麗です! すごく」

「こわいと思った? 変かな?」

「そ、そんなことないよ! そ、そのビックリしたけど、こわくない。変じゃないよ」

「大丈夫。何もしないから」

「――ちがう!」


 立ち止まったルナが訴えるように大声をあげた。驚いて足を止めたソフィアが振り返る。周囲の人々も何事かとルナに視線を向けた。それでも怯むことなく、ルナは伝える。


「こわいなんて思ってないよ! 驚いたよ。ビックリしたよ。でもね、綺麗だと思ったのは本当だから!」

「…………」

「本当に素敵だと思ったの。だから、そんなこと言わないで!」


 どうしてかルナの胸は騒めいた。ソフィアにそっと一線を引かれた事がすごく嫌だと感じた。その感情がずっと少しの恐怖や忌避よりも、ずっとルナを突き動かした。

 ——パンテオン……その存在が脳裏に浮かんだことは否めない。

 でも、あなたを見てルナは、ちゃんと見て、ソフィアの手を無理矢理に掴む。


「え、え? ルナ……?」


 困惑するソフィアと間近で視線を合わせてちゃんと凝視する。一五四のルナとそう変わらない身長のソフィア。困惑する表情はルナとそう変わらない年頃の少女に見えた。


「白い髪が綺麗。暖かな光の眼も素敵」

「る、ルナ⁉」

「その、肌の刺青?なのもオシャレだと思うし、花もオシャレだと思う」

「ちょっちょっと! お、オシャレ⁉」

「うんオシャレ。私は好きだよ。だってお花みたいで綺麗だもん……えっと、ソフィアちゃん」

「――――」


 どうしてだろう。ただ、ただ…………


「あ、ありがとう……」


 本当にうれしい、そんな感慨がソフィアの胸をいっぱいにさせた。無邪気な笑みにソフィアも釣られて微笑みを浮かべてしまう。

 そんな二人を見ていた人々が。


「あらお熱いこと」

「百合はサイコーってわかるかも!」

「女の子どうし……尊いってこのことね!」

「キスするの? キスしようよ! キスキスキス!」

「きゃー! こ、こっちまでドキドキしちゃうよ~~」


 などと村人たちが茶化してきて、ルナとソフィアは顔を真っ赤に染め、おどおどと二人して目を逸らすのだった。


ありがとうございました。

ソフィアの登場です。さて、彼女は何者なのでしょうか。

感想やレビューなどよろしお願いします。

それはで、次の更新は木曜にします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ