第二章14話 花の吹く心の侘び
青海夜海です。
学マス楽しいです。
その世界に花びらが吹雪く。
「ここが第二層なんだね」
「そう。第二層『花園の旧庭園』。この花吹雪が充満する、冒険者の間では『悲哀の迷宮』って言われてたりするんだ」
「『悲哀の迷宮』? なんだか悲しい感じがするね」
「まーね。幻想譚の『星標と花舞いの姫』の舞台がここで、大まかな内容は星からやってきた『星の民』が『花舞い人』たちにもうじき獣がやって来ることを預言するの。予言の危機を回避するため、星の民を信じた花舞いの姫と星の民が力を合わせて獣をやっつける。
悲哀なのは、最後に星の民が犠牲に獣を倒しちゃうことだね。そして、姫の涙が花吹雪となり今も星の民の喪失に悲しんでいるってね。幻想譚愛好家たちはフィンブルムを花姫の涙と呼んでたりもするねー」
「そうなんだ。本当に涙なの?」
二メルから五メルの全方位の視界を奪い、〈風懐の聖衣〉による恩恵でフィンブルムの直撃を拒めているが、もしなければ花びらで毛むくじゃらにされていただろう。
まるで歴史を埋もれさっすような花嵐が到底、姫の涙などとは思えない。けれど同時に有り得る可能性を抱いてしまう。
なにせ蘇生の花に出逢ったのだから。
明確には捕らえた魂に膨大な生命力を与え新しい身体に移植させパンテオンとして生まれ変わるといったものだったが、広い観点から見ればあれは蘇生に違いなかった。他にも色々な能力を持つパンテオンを目にして、この世界のことを理解してきたルナに、今更この花びらが姫の涙と言われても信じられる。むしろロマンチックでずっと平和的だ。
リヴは「さー。あたしは姫じゃなくて美少女だからわかんない」と謎理論で首を傾げた。
「はあーこいつのバカな回答に構ってるだけ無駄だ。とにかく歩きながら話すぞ。俺から離れるな」
「バカじゃないしー。あんただって王様とか統治者の思考なんてわかんないでしょ」
なるほど。先の謎理論は的確な論理に基づいていたようだ。
三人は何か目印になりそうなものを探しながらゆっくりと歩を進める。
「話しを戻すけど、迷宮って言われるくらい一度離れ離れになったら再び出逢うのは難しいの。今歩いててわかると思うけど、道標になりそうなものってほとんどないでしょ。あっても数時間すれば埋もれちゃうし、逆に取っ払われて出て来るってこともあるわけ。ま、あたしくらいに天才だったら問題ないんだけどねー」
「急なマウントだな。オマエの頭なんざ程度が知れてるだろうが」
「ぶぶー。錬金術師のあたしがそこら辺の人みたいに頭悪いわけないじゃん」
それは一理あり反論できないアディル。逆にルナは「私、頭が悪そうに見えるの⁉」とガーンと凹む。
「ルナは頭悪くないよ」
そう訂正するリヴは生気を取り戻したルナに。
「ただ純粋にバカって感じ」
「どう違うのそれ⁉ やっぱり私はバカなの⁉」
「アディルもそう思うよね」
「アディルさん! わ、私馬鹿じゃないよね!」
必死に否定の言葉を望むルナに、しかし悲しきかな。アディルは溜め息を吐いて。
「オマエは正義バカだろ」
「正義バカってなに⁉ ほ、褒められてないよね! うそ……私、バカなんだ……」
はっきりとバカバカと言われれば受け入れるしかない。どうやらルナは純粋バカで正義バカらしい。消沈するルナに苦笑しながらも慰めずにリヴは続ける。
「つまり、あたし並みの天才の作戦は天才以下の凡人には覚えられないってこと。ルナもわからないでしょ」
「ぐぬぬぬぬ……せめて凡人って言ってよ。……それもやっぱり嫌だけど……」
この花吹雪き移ろう世界。絶え間ない変化の中にある微小な変わらないものを覚えていられるか。歩数然り、方角然り、時間経過からの逆算然り。フィンブルムの中で再び出逢うにはそれ相応の頭脳と根性、特質した運、他諸々が必要となる。
「だから第二層での大原則その一『何があっても仲間とは逸れない』。というわけで縄でお互いを繋ごー」
「俺はパス」
「ねえ、あたしの説明聞いてた?」
縄を取り出したリヴにアディルが拒否する。バカだと受け入れた上で再開できないと諦めたしたルナと違い。
「俺はオマエより頭が良い。それにんなもん繋げると戦えねーだろうが」
アディルもまた優秀な頭脳を持つ。彼の賢しさは戦略や知略といった物事に対する洞察によるものであり、知識や計算の類、勉学的に優秀なリヴとは賢しさのベクトルが違う。しかし、それを補う形でアディルには戦闘の才がある。
戦場を生き抜くための力も知識も根性も持ち合わせている。鍛え上げられた洞察力から体力に記録力。それは決して天賦の才に劣れども敵わないことはない。
自分の評価を的確にした上で、己の役目である戦闘を考慮すればアディルの意見は順当に正しいものだ。
「戦闘の時だけ外せばいいじゃん」
「んな時間あるかよ。死ぬぞ」
「ぶぶー。アディルのケチ。バカアホめんたいこ」
「めんたいこ言うな」
縄を外す時間が数秒だとしても、パンテオンはそれを待っていてはくれない。超速のパンテオンが奇襲を仕掛けてきた場合、大きく身動きが取れないに加え誰か一人の動きに引っ張られる、抵抗する、そういった不確定な動作が隙となり命を奪われる。
「特にフィンブルムじゃ、どこから来やがるかわからねーからな」
〈風懐の聖衣〉が風圧やフィンブルムから身を守ってくれているが依然として見通せる視界は限られている。足場もフィンブルムという懸念点になる。このフィンブルムの世界に適応したパンテオンだ。地の利は向こう。慎重な警戒が必須だ。
「仕方ないなー。じゃああたしとルナだけしとこっか」
「わかった」
リヴの腰のベルトに括りつけた縄の反対側をルナのベルトへと括りつける。
「よし、完璧!」
リヴが自慢気に胸を張った瞬間だった。
「下がれ!」
二人の背後に回り込んだアディルが流れるように斬撃を放つ。斬撃に弾かれた衝撃が背後に着弾。声をあげるルナと爆発して舞い上がった花びらに顔を覆われるリヴ。
「うぺっ! もーアディルっ! ってこっちからも!」
視界の端に運よく捉えたリヴは土壁を瞬時に形成。放たれた爪撃が粉砕。一歩前に出たリヴはフィンブルムから顔を出したその巨体のパンテオンの懐より攻撃を放とうとして、その身体が後ろに引っ張られた。
「うぎぎぎ! ちょっと! ルナ!」
思わず振り返った先に、もう一体の小型なパンテオンから回避すべくリヴとは反対方向へ跳んだルナの姿。次にはリヴに引っ張られ体勢を崩してしまい、突貫してきた小竜のパンテオンによって縄は噛み千切られた。不可抗力の消えた自由な身体。
「ルナ!」
思わず彼女の下へと飛び出そうとして。
「リヴッ! 後ろだッ!」
ハッと気づく。半分振り返る視界にしめたと言わんばかりの恐竜の尾が右手から迫り。
「ぐっ――――ぅぁっ」
経験からの本能が土壁をギリギリで形成するも、咄嗟な魔術などたかが知れた柔い防御。一思いに粉砕されリヴは大きく吹き飛ばされる。が、直撃だけは避けたお陰と地面は花びらのお陰ですぐに体勢を立て直す。
「しくじったなー」
戦場から少し離れたことでリヴは全貌を把握した。
「カローララプトルが二体にパランサウルスかー。二層の郷土品だね」
まず、リヴが相手して今もこちらを窺う五メルほどの二足二手の恐竜、パランサウルス。狂暴な性格をしており暴力自慢なパランサウルだが、奴の真価は力強さではない。
パランサウルは足元のフィンブルムをむしゃくしゃと食べ始めた。それがなんの合図か知るリヴは食べ終わる前に攻める。
「させるわけないから! 【ノームよ・穿て】」
土のエレメントにナギで干渉し二十の人腕大の石杭を形成。突き出す手に持つ杖の動きに倣って一斉にパランサウルへと疾く穿つ。
しかし、胴体と同じ長さに加え骨がないかのように柔らかい尾がひと薙ぎに相殺する。遅れて届いた三つの石杭は風圧に軌道がズレ掠ったのみ。
「――っ。【ノームよ・千の棘となり地獄にせよ】!」
次はパランサウルを囲い込むように全方位に千に及ぶ石棘を顕現。
「やっちゃえ!」
リヴの命令に従い千の石棘がパランサウルへと駆けだす。全方位となれば尾だけでは往なせない。迎撃するためにフィンブルムの食事を終えれば御の字。
しかし、パランサウルはその尾を薙ぐのではなく、大地に叩きつけた。するとフィンブルムがまるでパランサウルを囲む壁のように打ちあがり、石棘全部を防いでみせる。
「あーもう! フィンブルムを強化するのホント嫌い!」
花園の環境に適応したパンテオンはそれ相応の特徴を有する。彼らにとっての食事とは専らフィンブルムであり、人の肉は滅多に食べられないご馳走。その眼は花びらを透視する能力を身に着けフィンブルムを利用した生態系へと変化。自分の中心から半径二メル範囲内のフィンブルムを強化する、これがパランサウルが存続する上で身に着けた生存能力だ。
そしてもう一つ、植物の生殖系を利用した狩人の技。
フィンブルムを薙ぎ払ったパランサウルは杖を構えるリヴ目掛け、その大きな顎を開き粉末状の息吹を放った。白く黄ばんだ粉――『花粉』。
その花粉を個人の定量以上を体内へ入れると突然な体不良に襲われる。症状は多岐に渡り最悪の場合心臓に負荷がかかり死ぬ畏れもある。そして花粉の特徴の一つとして、息吹状態の場合のみ風の影響を受けないというもの。つまり、どれだけ向かい風が来ていても狙い放ったリヴの下へ一直線にやって来るのだ。
前方から迫りくる大量の花粉の波。砂嵐のような花粉に、されどリヴの口端はにやりと勝気に微笑んだ。
「あたしを誰だと思ってるの。あたしは天才美少女錬金術師リヴ様よ! 天才のあたしが凡人の技を対策してないわけないでしょ!」
喜々満々にウエストポーチから取り出したのは青い花々が覆う尽くした一対の翼だ。翮を持ち手に加工し、鼓翼竜の翼の羽毛の部分に青燐生鈴蘭を錬成した錬金物。リヴはその〈青鈴の扇翼〉を扇ぐように振るった。
「おりゃあ!」
水のエレメントとナギに干渉し反応した青燐生鈴蘭が青の鱗粉を振り撒く。清流のような青の砂波が白く黄ばんだ花粉を払拭していく。まるで邪を浄化するように。
「青燐生鈴蘭は汚い空気なんかを浄化して水のエレメントに変換するの。というわけであんたのくさーい息はさようなら~。はいドン!」
花粉を侵食され狼狽えるパランサウル。奴の周辺は既に青の鱗粉が漂い水のエレメントで溢れていた。
リヴの合図と共にパランサウルは水球に溺れる。唐突な出来事に悶えるパランサウルだが、その体躯は五メルを越える。身体全部が水球に閉じ込められたわけではなく、あくまで顔の部分に留まる形。ならば柔らかい尾で水球など破壊してやろうとしなったその時。
身体中の感覚が遠ざかっていく寒さに襲われた。凍える痛みが筋肉と思考を奪い、寒さに慣れていないパランサウルは悶えることなく空気を抜いたように沈黙し。
「バーン!」
砕かれ散らばっていた石の破片を一点に凝縮させた尖塔がパランサウルを真下から貫いた。氷漬けの身体ごと粉々に散らばり、リヴは勝利の決めポーズ。
「ふふん、あたしの天才を思い知ったか」
…………
すーっと風が吹いていくだけだ。誰の反応もなく「あれ?」と首を傾げたリヴは周囲を見渡し。
「…………これってやっちゃった?」
フィンブルムがっくすくすと笑うように舞い踊り、風がドンマイと背を叩いて通り過ぎていく。
どこからどう見ても、そこにはリヴしかいなかった。
「…………てへぺろ」
舌を出して誤魔化すも束の間、リヴの顔が急速に青ざめていくのだった。
一方、ルナもまた周囲を確認する余裕がなく、金切り声を上げて襲い掛かって来る小恐竜から声をあげて避けるので精一杯。近距離戦がめっぽう弱いルナはとにかく逃げるしかない。
「きゃっ⁉」
しかし、ルナでは足の速さに差が出てしまう。
フィンブルムを鱗のように身に包んだ小恐竜が久しぶりのご馳走に血眼の顔を眼前に近づけ、大きな顎の中が視界いっぱいに広がった。びっくりしたルナは運よく花びらで足を滑らせ顎スレスレに真下へ回避。仰向けに転んでしまったルナの頬に涎が一滴。ギョロリと眼玉が下を向いた。
死ぬ――その圧倒的な恐怖にルナは全霊で叫ぶ。
「ぁっ~~~~~~‼」
それは恐怖からの叫喚であり、生存本能からの歌叫びでもあった。
酷く散漫的な心歌術が攻撃一辺倒の守護を実践し、ルナの左右から伸びた樹根が容赦なく小恐竜の胴体を貫き大きく吹き飛ばした。絶叫を上げて落ちた小恐竜は沈黙し、フィンブルムが花園の下へと隠していく。
「はあはあはあ……助かったー」
無我夢中だったルナだが、確かにパンテオンを倒した感触は残っており、この感覚が意識的に殺すということだと悟る。
「…………」
とにかく花びらを払って汗を手の甲で軽く拭き取り立ち上がる。
桃色の髪は花々の色に紛れ、天色の瞳が標灯のように色彩を放つが、フィンブルムが光の線を阻んでしまい誰も気づかない。服装のデザインを黒一色から赤と黒のノースリーブワンピースに変えたことで余計にわかりずらい。加えて〈風懐の聖衣〉の彩が秘色、薄緑も相まってなかなか気づきにくい装いだ。風のエレメントに由来しているので塗色に文句は言えないが。
そして、それはルナから見るアディルとリヴも同じだった。
「アディルさん? リヴー! 二人ともどこ?」
呼びかけるが返事はない。眼を細めて凝視しても影も形も色も見当たらない。
「どうしよ! 私、二人と逸れちゃったみたい。えっと、そうだ! さっきの場所に戻れば…………」
通常であればできる遭難時の行動も。
「どこから来たんだっけ?」
この花園では一切の意味を為さず行動すらさせてくれないのだ。
周囲全方位をくるくると見渡しても、やはりすべてが同じ場所で同じ景色、それが数秒ごとに変動して方角など感覚ごと狂わしてくる。ルナは青ざめながら思い出すのだ。
「これが、『悲哀の迷宮』なの……?」
ルナは既に幾度の冒険をし、【エリア】での冒険日は九日かと短いのに対して高難易度の冒険を生き残ってきた。
ギルタブリルとの逢瀬、ネルファの救出、ギウンとの死闘、雷竜への叛逆、クルールとの聖戦。
それらの冒険を乗り越えたルナは多少なりと勇気がついてきたこと。【エリア】にも徐々に慣れては新しいことに驚いてばかりだが、とある決意を固めたことでより強固な意志となり冒険に挑んだ。
しかしだ。しかし、ルナは今だかつてこの状況に陥ったことはなかった。
アディルがいない。リヴがいない。誰もいない。
「私……ひとり?」
その『孤独』という名の地獄の虚無に。
襲うのだ。魂が吸われていくような脱力感が。
呪うのだ。無数の後悔よりも激しく先の一つの過ちを。
無くすのだ。その胸にあった確かな炎を。
そして、知るのだ。見放されたと。
「あ、アディルさん! リヴ! どこ! へ、返事してよ! ねえ!」
縋る求める願い手繰る。虚脱していく身体中の何か。襲いかかる疲労のような重圧。浮かび出すバカな考え。裏切れたと錯覚しそうになり、見放されたと己の価値を疑い、自分の居場所に迷子になる。それは究極、居場所などなかったと思い込み精神をどん底へと落す。自分を卑下する言葉ばかりが浮かび、劣等感に苛まれ、苛立ちが虚無感を煽り、無償に死にたくなる。
それが『孤独』がもたらす地獄だ。かの地獄が『孤独』を名乗ってルナに襲い掛かる。
「ど、どうしよう! は、はやく合流しないと……で、でもどうやって? わかんないよ……」
弱っていく心に囁き声が。――あなたは見捨てられたの。
「そ、そんなわけない! 二人はそんなこと絶対にしないよ!」
奮い立たせる心に嘆く声が。――理解したはずでしょ。あなたは独りだと何もできないもの。
「そ、……だ、だから今頑張ってる! 頑張って、みんなを守れるように強くなろうって」
揺れる心に嘲笑いが。――でも、あなたは守られてばかり。わかってるでしょ。足手まといのあなたがいなければそもそも死にそうな羽目にはなってないって。
「――やめて……っやめて!」
拒絶の心に哀しみの声が。――自覚しなさい。憐れよ。あなた一人に誰も命を捨てないわ。あなたの代わりなんているもの。記憶のないあなたに生きる意味だなんて烏滸がましいわ。
「やっぁ、そ、そんなっ……や。や、やめてっ……わたしはぁ、わた、しはぁ……」
崩れる心に虚無が告げる。――ほら、やっぱり一人じゃ何もできないじゃない。
「――――」
幻覚に惑わされる。二人に見捨てられたと胸が酷く軋んだ。
劣等感が幻視する。二人の視線の先、その隣にいるのが自分ではなくセルリアだと、虚しくなる。
理不尽な感情が一斉に沸き起こる。されど、己の無力の前に死を待つ待ち人のように枯れていく。
そして理解する。
「私には……なにもない…………」
花びらに埋もれていく。抵抗する気力も湧かず、後悔ばかりが激しく自責し、その度に劣等感が仕方ないと受け入れさせていく。
ルナの胸に灯った確かな炎は埋もれ消されていき。
「――違う。私は見捨てられてなんていない」
炎が再熱した。ボッと強く再び灯る。まるでそれこそが己だと証明するかのように。
強い焔が花びらを燃やし退けた。虚無の穴に炎を灯して悪夢を打ち払う。強く在りたいという心根が劣等感を上回る憧憬を思い出す。強く感じていた友情を手繰り寄せ、ぎゅっと胸にしまい込む。穢れない黄金の炎で包み込む。
ルナは前を向いた。きっかけなどない。ふと思ったのだ。
「私はアディルさんとリヴにたくさん助けられて生きて来たよ。そんな優しい二人を疑うなんてだめだよ! うん、私は二人を信じてるから」
そうだ。信じている。揺るぎない愛で二人を想っている。大切な人で死んでほしくない人で守りたい人。
「ひとりぼっちでも負けない!」
嗚呼、やはり彼女は強い。揺らがない志を差して強いのだ。
純粋でありながら正義ではない。それでも献身的で愛情に深く人を疑うことを嫌うその姿勢は誰にも真似できないだろう。偽善ではない、恐らく自然的な善意、欠如した正義に依存しない善性なんだろう。
世界は眩しさを見つけ目を細めた。獣は光を見つけ歓喜した。人は月の輝きに畏怖した。
「どうなるかわからないけど、ここにいても何も始まらない。できるかわからないけど、二人を探しに行こう」
ルナは決意を強く引き締め、いざ一人の冒険へと足を踏み出した。
そして――花吹雪の中を当てもなく歩き続け、ふと見えた誰かの姿に足を向ける。
「はあはあ……アディルさん! リヴなの! 待って!」
フィンブルムの隙間から覗く影のような誰か。手を振るその姿を追いかけて懸命に歩く。歩いて歩いて歩いて――
――こっちよ。
声のする、手を振る、あなたの方へ。
「――――っっは――」
そして、ルナは花吹雪から脱出した。水から顔を出したような解放感に大きく息をし、膝に手を置いて折っていた背筋と顔をあげる。
まるで楽園のようだった。
お穏やかな気候と美しい花並木。木こりでつくった家々と優しい風。眠たそうに羽ばたく蝶々。
「ここは……」
目を丸くするルナの視線の先に一人の女性が手を差し伸べる。白花のような美しい髪の女性は微笑み日を浴びた緑の瞳で。
「もう大丈夫」
その柔らかな声音に胸を落ちつけながらルナはそっと彼女の手を取った。
ありがとうございました。
遂に第二層です。花園の冒険が始まります。
次の更新は火曜日を予定しています。
それでは。




