第二章13話 いざ、第二層へ
青海夜海です。
16時まで寝てしまい、今日の授業ぜんぶ飛びました。
やべー。べーです。
十七日。
旅立つ時が来た。それぞれが思いを抱え次のステージへと歩き出す。
「本当にいいんだな?」
最終確認をするアディルにリヴは少しだけ間を置いてから。
「何言ってんの。あたしは天才錬金術師リヴ様なんだから! ビビるわけないじゃん」
「相変わらずウゼー肩書だな。ってそういう意味じゃなくてだな」
「わかってる」
瞬間に見せた真剣な眼差しをアディルは視る。けれど、リヴはすぐに『道化の妹』に戻った。
「だってさー。あたしいないとアディルでんでダメだしー。あたしのこの神々しい肩書のお陰で冒険できてるんだしー。やっぱり、アディルにはあたしがいないとダメなんだからー」
「俺は何も言ってねーぞ。おい、くっつくな。シスコンって思われるだろ!」
「え? 今更。諦めなアディル。お兄ちゃんは妹がだ~い好きだもんね~」
「キモイ。死ね」
「なんで⁉」
わざとらしくぎゅっと腕に抱き着き甘々声キュン攻撃を仕掛けるが、慈悲の欠片もない言葉で片付けられてしまった。そんないつも通りな二人の喧嘩がすごくうれしく思うルナを「ね、ルナもアディルはシスコンって思うよね?」と巻き込んできた。
「オマエ……」
「ねえねえシスコンだよね?」
「え……と」
言葉に詰まるルナ。悪戯なリヴと嘆息するアディル。
「い、妹想いだとは、思うよ」
「ほらシスコンだって」
「言ってねーだろうが。オマエの耳ん中触手群に喰わせるぞ」
「それ最終的に身体中浸食される奴じゃん! アディルのえっち」
「殺すぞ」
「あははは……」
何事もなかったように彼らはいつも通りだった。
そう務めているのか、本心なのかはわからない。けれど、空はやかましい三人の冒険者を見送る。大地がその足跡を記憶に残し、風が微笑みかけた。
蟠りはある。揺らぐ心だ。負けそうに弱く、目的を見失ってしまいそうだ。今はある、この勇気が解れるかもしれない。強靭な志に罅を入れる出来事が待っているかもしれない。歩けなくなるかもしれない。そんな不安を覚え、彼らは足を止めて見下ろす。
大地深くを貫いた『大穴』――『ラウムの胃腸』。
直径二百メルの大穴から強風が顔に叩きつけた。果てしない穴の果ては闇であり霧であり未知である。
「ここか二層に降りる」
そう、今日は【エリア】第一層から第二層へと進むのだ。
無数に飛び回る怪鳥の鳴き声が、改めて【地下世界】の理不尽を教える。
真下からゴォオオオっと昇ってきた超大型のパンテオン。それは空を泳ぐクジラであり、目の前を岩壁のような腹が通り過ぎていく、その風圧でリヴとルナは尻もちをついてしまった。
「ビビったわけじゃないから!」
「誰に言ってんだよ……」
お約束を忘れないリヴは置いておいて、超巨大なクジラは上空で潮を吹いた。まるで星雨のように降り注ぐ驟雨は弾丸の如く他のパンテオンお構いなしに蹂躙する。
「【雷竜よ来い】」
首に下げるペンダント〈雷竜の禊〉が雷光し、疑似雷竜を召喚する。二体の雷竜は雷鳴を迸り降り注ぐ潮の弾丸を相殺する。
「生きてやがるか?」
「う、うん。アディルさんのお陰だよ。ありがとう」
「別に……」
リヴがしめたとアディルをからかおうとしたその時、巣を荒された怪鳥どもが荒れ狂うように騒ぎ始めた。
「これ以上は巻き込まれやがる。さっさと行くぞ」
「はいはーい」
そしてお馴染みウエストポーチからとある錬金物を取り出す。取り出したのは茶色の頭に被る兜のようなものだ。
「これは?」
「カブト鬼のカブト。認識阻害の効果があるから便利なんだー」
手渡されそれぞれ頭に装着する。恐らくかわいくはない。
次に取り出して見せたのは漆黒の襤褸マントより少し大きなものと、胴体ほどの大きさの植物だった。
「カダベルコメルの襤褸か」
「うん。オパールとかで加工して認識阻害の効力を強めるようにしてる。で、こっちはアディルに任せる」
アディルに押し付けられた胴体ほどの植物。よく見るとアラーニェの糸で繋ぎ止められており手持ちの部分となっている。
「これはね、フウセンカズラに風魔草とアラーニェの糸で錬成した風船だよー。風魔草がフウセンカズラの中でエネルギー循環炉として機能してるから風エレメントで操作よろよろ」
「この糸だけで千切れないの?」
「大丈夫大丈夫。アラーニェの糸はそう簡単に千切れたりしないから。過去にアラーニェ糸で十人以上を一斉に崩落から引き上げたとかもあるから」
「そうなんだ。今までの大丈夫で一番安心したかも」
リヴの大丈夫大丈夫はいつも安心できないが、強固さが立証されているなら安心できるもの。
一通り準備が揃い三人はもう一度『大穴』を見つめる。
風懐の聖衣で身を包むその下には、冒険に挑む完全装備。その胸もまた挑む心得を持って息を呑み込む。
「いくぞ」
アディルの小さな合図に二人は頷き、フウセンカズラを持つアディルの両脇から引っ付く形で二人はしがみつく。カダベルコメルの襤褸で肩掛けのように三人の背を包み、『大穴』を慎重に降下していく。
目の前をぶんぶんとチュパコンドルやブリザードバードなどが通り過ぎていく。叫ぶのを必死に我慢する代わりにぎゅっとアディルに抱き着くルナ。アディルはとにかく無心にフウセンカズラを操り忙しなく空中を移動。
第二層へ行くことのできるルートは全部で四つ。
うち二つは地下へ続く洞窟をひたすら降りていくルートであり時間が掛り過ぎるんで却下。
もう一つが皆さんご存じ『仙娥の霊峰』だ。あの霧雲に追われた仙境をひたすらに落ちて行けば辿り着ける。が、自殺行為も甚だしい。
残り一つがここ『ラウムの胃腸』だ。側面に鳥形のパンテオンが巣を作って生息しているので危険ではあるが、時間をかけずにできるだけ安全を考えた上でアディルたちはこのルートを選択した。
ゆっくり慎重に端の方から降りていく最中、ふと何かがアディルの頭の上に止まった。
「んだ?」
リヴはまじまじを見つめ「あ!」と突然大きな声をだし、ルナがビックリと一際強くアディルにくっつく。
「おまっ! おいリヴ! 静かに――」
「リラチュンだよ! 希少種の幻鳥だ!」
赤茶色の体格とほぼ同じ六十セルチほどの尾羽を持つ小さな鳥だ。羽毛の背面は灰色で腹部が乳白色。『遺言鳥』とも言われている、死者との邂逅を強く望む者の下に現れ遺言を語るという鳥だ。
『……』
しかし、アディルの頭の上のリラチュンは一向に何も話そうとしない。
「休憩してるだけなのかな?」
「止まり木じゃねーぞ」
そうこうしているとリラチュンが急に叫び出したんのだ。
『やりたい事はやり遂げろ! いいな小僧ども!』
その声を双子は知っていた。昔からお世話になっている、アディルは何度も言い合いに喧嘩をしたことのあるその人の声によく似たその言葉。
「まさか……」
しかし、余韻に浸る暇も確認する時間も与えられない。リラチュンが叫んだことでパンテオンたちはアディルたちの存在に気づき一斉に咆哮を上げ襲い掛かってきたのだ。
「ちょっとやばやばやばやばやばばばばだよ!」
「うっせー! クソが、こうなりゃ俺から絶対に離れんじゃねーぞ!」
「え? な、なにがどうなってるの!」
「絶対に離れんなッ!」
フウセンカズラを放棄したアディルは風魔術を脚に全速力で落ちて行く。見上げる怪鳥どもを一瞬で追い越し第二層へ繋がる『大穴』の底の霧へ。
『ゥウオオオオオオオオオオオ!』
周波のような獣の咆哮が背後から襲い掛かる。リヴがちらりと背後を窺えば、真上から超巨大なクジラ――ぺタオフィレオが大口を開けて迫ってきた。
「食べられる! 急いでアディル!」
「わかってる!」
全速全快。もはや落ちているのか落ちるように走っているのかわからないまま、その大口が巨体に似合わないスピードで迫り。
大口に呑み込まれる寸前に彼らは第二層へ続く霧へと突っ込んだ。
花の香りが鼻孔をくすぐった。ほのかに甘く透き通るような香りだ。その香りは押し寄せるように吹き抜けてはやって来る。あるいは渦を巻いて閉じ込めるように、その香りだけが充満していた。
次に感覚を叩いたのは微風。肌を撫でるような風は、しかし次にやって来たのははたくような強風。強弱激しい風流が香りを攫っては届ける。
先までとはまったく異なる感覚に、ルナは恐る恐る目を開けた。
「わぁ――っ」
漏れ出た吐息は驚きの中に歓喜のような圧倒間を含み、天色の瞳が大きく見渡す絶景に魅了される。
薄桃色の花びらが舞い踊る世界。常に吹く風に花びらが踊るように舞い、風の強弱で時たまに見える視界を覆う花びらの向こう側。
まるでそこは――
「第二層『花園の旧庭園』にやって来たー!」
そう、そこは正しく『花園』。
想像とは違う、花びらが散り積もった幻想神秘の世界だった。
摩訶不思議な景観に魅入っていたルナはゆっくりと自分の状態を把握しいていき、徐々に近づく花びらの地面。真下から受ける風圧。
「って私たち落ちてるぅううう!」
瞬間だった。アディルが何かを告げた言葉を潰す暴風が真横から竜の顎のように三人に衝突。唐突な出来事にアディルにくっついていたリヴとルナは手を離してしまし、アディルの風魔術の恩恵を失った二人は直後に強弱風に煽られながら地面へと落ちて行った。
「え? ……きゃぁあああああああああああああ~~~~っ⁉」
「ちょっ! し、しぬしぬしぬしぬしぬしぬしぬぅうううううううう⁉」
「っクソが!」
上も下もぐるぐる回るルナの視界。まるで花嵐に巻き込まれたかのよう。誰の声も聞こえないまま、ぎゅっと目を瞑り身を固く。ルナとリヴは花びらの積もった大地へと墜落したのだった。
「おい! 生きてるか!」
アディルがすかさずルナが墜落した場所へとやって来る。見下げるとそこに花びらの人型ができあがり、埋もれる形でルナがぐでーんとおした顔で。
「な、なんとか……生きてます……」
と苦笑した。
「アディルさん、すみません。その、動けないです」
恥ずかし気に花びらから覗く掌をくてくてと動かす。
花びらはもう降り積もり始め、数時間でルナは埋もれ切ってっしまうだろう。「待ってろ」とアディルは風魔術で近づきその手を取ると、力をこめてぐいーと引き上げた。芋を掘ったかのように、ルナは「きゃっ」と声をあげて勢いよく前のめりになり。
「あぶね」
アディルがぶつかりそうになったルナを抱き留める。
「問題ねーか?」
「は、はい。えーと、ありがとうございます」
覗き込んだ頬がほんのりと赤らんでいたのは墜落の衝撃のせいではないだろう。
二人で花びらの地面に戻り、改めて第二層の風景に舌を巻く。
「これって」
「ああ。花吹雪でなんも見えねー」
フィンブルムと呼ばれる、ここ第二層に吹き続ける花びらが視界の邪魔をして眼前二から五メル先までしか見通せない。加えて風の音と花びらがかさばる音が周囲の雑音を掻き消す。何より足下の地面が花びらであり、それらが歩く音を吸収してしまう。
「どこから敵が来るかわからねー。俺から離れるな」
「う、うん!」
周囲を警戒するアディルとルナの耳朶に微かな物音が突いた。ばっと振り向く二人の視線のすぐ先、膨れ上がった花びらがもぞもぞと動き出す。
「まさかパンテオン⁉」
ルナが叫び身構えたその瞬間。
「あたしは美少女だぁああああああああああ!」
リヴが憤慨におりゃあああ!と膨らんだ花びらを引くり返して現れた。
「世界一美しく綺麗で儚くおしとやかで最高のプロポーションを持つ世界一の美少女をパンテオンと間違えるなんて失礼しちゃう!」
「…………いたのか?」
「なに普通に忘れてるの⁉ ひど~~いぃ! お兄ちゃんのバカアホめんたいこ!」
「冗談に決まってるだろ。あと、めんたいこ言うな貧乳」
「あ~~! また言った! はい、女の子に言っちゃいけない悪口第一位! お兄ちゃんのスポンジ頭なんて藻屑になっちゃえばいい!」
「どこの誰の真似だ? てか、オマエ自身がオマエの身体が最高つったんだろうが」
「それとこれとは別です~~。アディルのバカアホめんたいこ。ルナはあげないからね」
大変心に傷を負ったリヴはルナの背に回り込み背後からぎゅっと抱き着いた。あわあわとするとルナの背後からアディルへ。
「へへへ」
とうざい笑みを浮かべ挑発。別段、ルナなどどうでもいいし関係ないが。
「オマエのめでたい頭こそ藻屑にしてティアマト海に沈めてやる」
「どこの誰の真似それ? あと本気の眼やめて。普通に妹でも怖いから。妹の茶目っ気あるかわいい怒りだと思って許してね! おにぃ~ちゃん!」
「ウゼー」
相も変わらない兄妹喧嘩にルナは苦笑するのだった。
茶番は置いておき、三人の無事を確認した彼らは改めて向かい合う。
【エリア】第二層『花園の旧庭園』——三人の足はかの花園に踏み入れたのだった。
ありがとうございました。
遂に第二層です。花園の世界をお楽しみください。
次の更新は日曜日に予定しています。
それでは。




