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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章6話 聖女邂逅

青海夜海です。

一日開いてしまってすみません。月曜日までは毎日更新頑張ります。

 

 その後、昏睡事件についてアンベルとヒマリに話しを聞いてみたが、あの情報屋と変わらない程度のことしか知らないようだった。

 唐突な発作的痛苦が胸に押し寄せ昏睡(こんすい)する。約三日間眠り不安を笑うようにケロリと眼を覚ます。症状は他になく、副作用もない。痣についてはそこまで着目されていないようで、特にこれといった情報はなかった。


「すみません、昏睡事件について何か知ってることってありますか?」


 路頭で誰かを待つ男性に訊ねるが。


「あーあれね。ぼくも詳しくは知らないんだ。年齢も男女もバラバラだし、聖女様の祈りも効かなかったし病気とかじゃないとは思うけど」


 主婦の婦人に聞いてみても。


「そうそう。あたしの夫も倒れたのよ! けれどね、数日後にはけろっとしてるのよ。はあー本当によかったけど心臓に悪いわ。この都市だけじゃないみたいだしね」


 自称天才の眼鏡小僧が言うには。


「ふふん、この天才眼鏡にかかれば一目瞭然! 文献によれば生命の進化には多大なる代償、それに比類する発作が起こるとされているわけでね。つまり、この昏睡事件の真相は人類の進化が始まろうとしているってことさ! 胸の痛み、それこそ心臓が強くなった証拠。そうさ、君も経験があるだろ。筋肉痛と同じで、身体の成長や進化にはいつだって痛みを(ともな)うもの。いわゆる成長痛さ。結論をまとめよう! 僕の理知的で天才的な頭と洞察力、観察力、思考力、あと諸々をもって導き出せた偉大なる名推理の結論を! つまり! 今、人類は新たな世界に一歩踏み出そうとしたのさ! これにてキューイーディーです!」

「進化内容は?」

「そこは僕の分野じゃないので知りません」

「天才じゃないのか。ただの眼鏡かよ」


 と、変な自称天才眼鏡小僧に絡まれたりもしたが、誰しもが似たり寄ったりの情報しかもっていない。軍が規制しているというわけでもなさそうだし、民人全員で伏せているわけでもないようだ。


「これじゃ不明の原因(シンドローム)だな。カバラ教が関係してるはずなのに、怪しい人物の目撃情報もない。……間接的に探るには無理があるか」


 アディルとリヴの件にもカバラ教は関わってきた。

 軍の思想とは異なった理由を持って二人の旅立ちを妨害し、その妨害者は軍の将官の一人だ。

 ここから見るに、軍にカバラ教の信者が複数人潜伏していると予想は立てられる。が、奴らの目的が判明しない限り下手な手出しはできない。カバラ教徒の都市ハッバーフは南東部戦線の(かなめ)だ。軍と相容れない奴らがいつ叛旗を起こすか。


「あるいはこれも思惑の内なのか」


 今、各都市で起こっている昏睡事件。原因の究明に急いでいるが停滞の一途をたどっている。ここにこじつけ無理矢理にカバラ教を糾弾することはできるだろう。しかし、東部戦線の激化に加え軍から出た大罪人が、軍の発言力を締め付ける。

 今日、セルリアの部隊が出撃したのも東部方面にある戦線だ。丁度、『ラウムの穴』と都市ハッバーフの中間地点くらいの場所。戦線の激化は嘘ではない。

 引き換えに西部はパンテオンの侵攻はなくお穏やかな日々が続いている。故にパンテオンの仕業とも一様に言えないのが現状だ。


「逆さの樹木の痣はきっとカバラ教に関係してるはずだ。……けど、確証がないし昏睡の理由もわからないんじゃ……やっぱり、本拠地に乗り込むしかないか」


 ノアルは別段アディルのように強いわけではない。むしろ戦闘においてはある意味でリヴにさえ劣る。凡人に毛を生やしたようなものだ。カバラ教の信者全員を敵に回した場合、ノアルが助かる道は万の一つもないだろう。だから乗り気はしないのだ。


「……の」

「でも、それしかないよな。ロクな情報がないし」

「――ください!」

「マリネットたちに相談してみるか? ダメだな。危険すぎる」

「あの! 待ってください!」

「うわぁっ」


 いきなり後ろから裾を引っ張られてぎゅいーっとなったノアル。何事だと振り向くとほんのり頬を赤らめた少女がいた。


「えっと、なに?」

「ずっとあなたのことを呼んでいました」

「悪い。 気づかなかった」

「気づいてもらえなかったです」


 頬を膨らませて怒りを表現する少女。ほんの少し幼さが残った綺麗な顔は聖職着と相まって一般人とは違う感覚をもたらす。


「ふふ、冗談です。わたしも突然声をかけてすみませんでした」


 お茶目なのか真面目なのか。礼儀正し子だ。

 ノアルの背丈と頭一個分ほどの違いのある少女の身なりを観察し、その少女がどんな存在なのかすぐに判明した。

 純白の聖衣にエリドゥ・アプスの主神としてエアンナ神殿に祀られる神のシンボルが入ったユリの金紋(リリウェ)という首飾り。その首飾りと聖衣が彼女の身分を語る。


「聖女……」


 少女はノアルから身体を離し、(たたず)まいを直して胸に手を当てて。


「申し遅れました。わたしはルヴィア・アンナと申します。エアンナ神殿で聖女を務めております」


 そして、彼女——ルヴィアはノアルに告げたのだ。


「あなたは【ラピュセル】ですね」


「――――」


 彼を異名で呼び、聖女は言う。


「どうか、この(せかい)を救うために力を貸してください」






 人気のない場所に移動し、ノアルとルヴィアは向かい合う。

 白銀月(アルバ)の髪に澄んだ蒼穹の瞳。白の聖衣と聖職者に与えられる神のシンボルが刻まれたユリの金紋(リリウェ)の首飾り。聖女と名乗った清い光か水面そのままのような彼女は礼儀正しく一礼する。黒髪黒目のノアルとは正反対だ。


「改めまして、わたしはルヴィア・アンナと申します。エアンナ神殿で聖女を務めています」

「聖女…………」

「あ、わたしはまだ若輩(じゃくはい)の身でして、どうかかしこまらないでください」


 凛然として表情は途端に柔和に崩れる。どうやらその柔和な姿が本来の彼女のようだ。

 彼女、ルヴィアは今下手にでたのだ。聖女と言う立場は本来、軍人よりも上だというのに自ら各位を下げた。読み取れるのはノアルの緊張をほぐすため、先入観を防ぐため、相手より自分の立場が上であると錯覚させ優越感に浸らせるため。

 その瞳は相も毅然とノアルを観察している。


「……」


 ノアルは下手にでることはせず、ルヴィアの行動を待った。これを警戒ではなく話し合いだと解釈したルヴィアは笑みを収め本題に入る。


「エリドゥ・アプスでの聖女の役割についてご存じでしょうか?」


 前振りで場所を指定したのはノアルがどんな存在であるのか知っているからだろう。


「……聞いた話しだけど、エリドゥ・アプスを守護しているらしいな」

「はい。その通りです。わたしたち聖女は神の偶像に祈りを捧げ自然の循環を支える役割を担っています。その一つとして、偶像……神に祈祷をしティアマト海が形成する守護結界の起動維持を行います。それはエリドゥ・アプスの理を守り【エリア】への抑制力ともなります」

「魔術的なものか?」

「はい。天生を司る主神様が作られた術式にわたしたちが『魔力』を注ぐことで疑似神がその魔力を神聖力……いわゆる神力(ナギ)の上位互換に変換します。この神聖力が守護結界を形成維持と起動維持をするのです」


 この世界で『魔力』を扱えるものはごくわずかだ。

『魔力』は人間の体内に存在する魔力回路で作られる自分だけの二次エネルギー。ほとんどの人が魔力回路をもたないので、『魔力』という言葉は普及せず、エレメントに神力(ナギ)で干渉する『疑似魔術』を真なる魔術と勘違いしている。

 貸出状態で放っている『疑似魔術』と違い、魔力を用いる魔術——『神聖魔術』は一切のムラや無駄がなくエレメント本来の力を引き出すことができる。いわゆる固有魔術に値し、シャフティーの幻術がそれに該当する。

 この力は強いが故に珍しく術者の切り札同然だ。それをべらべらと明かしたルヴィアに不信感が沸き上がる。


「もし俺が悪人で、その話しを悪用するかもしれないとは考えないのか?」

「考えません。この身は真な神に仕える聖女の身です。あなたの言葉、態度、表情から、あなたが悪い人ではないことくらいわかります」

「……聖女が正義だからか?」

「いえ。聖女が純潔を愛しその心を守っているからです」


 誰よりも嘘偽りのない純粋な眼。淀みの一切がなく、その瞳に見つめられれば心の内など見透かされている気がしてならない。それに、嘘をつくことに躊躇いがでてしまう。

 彼女は何も譫言(うわごと)のように聖女の真言を述べているのではない。聖女という自信と忠実の下に確かな身心を持って真言しているのだ。

 その瞳に見つめられ、ノアルは折れるしかなかった。あと、普通に気まずい。


「まあいい。聖女の力を知っても俺には関係ないし、俺はこの世界の神を信仰してないから悪用もできそうにないな」

「理解していただきありがとうございます」

「それで、俺の助けが必要ってどういうことだ?」



 彼女は言った。――どうか、この天を救うために力を貸してください、と。



 ルヴィアは一度喉の調子を確かめると、改めて本題に入る。


「順を追って説明します。まず、先ほど話したように、わたしたち聖女は主神に祈りを捧げることで守護結界を起動維持させています。神時代の産物に触れているわたしたちと神様との間には確かな経路(パス)が繋がっています。これによって時たまにですが、神の声が届くことがあります」

「天啓的なやつだな」

「はい。わたしたちはそれを『神託』と呼び、エリドゥ・アプスの未来を提示する予言として受け取ります。その『神託』が昨日の夜に降りました」


 息を呑むノアルにルヴィアは神託の内容を告げる。




「――――”四の刻、業火は共存を選ぶ。新なる生が天を抱くだろう。地は友誼(ゆうぎ)に天は血誼(けつぎ)を、義が(たっと)ぶ、(かく)くは生の答えなり“」




「……」


「これが『神託』です。わたしたち聖女はこれをエリドゥ・アプスに訪れる惨劇ではないかと考えました。四の刻は四日、あるいは四日間と考えます。共存はわかりませんが、業火は戦いの火と捉えることができます」

「なら、新なる生が天を抱くっていうのは、パンテオンの侵攻のことか?」

「恐らくは。あとの天文は依然と判明しませんが、神託事態が不吉の前触れとして降ることが多いのです」


 それをどこまで信じるか、いや、聖女だから信用はできる。ただ、ルヴィアが語った見解が憶測に過ぎないという点だ。

 この『神託』こそ、ルヴィアがノアルに助けを求めたことに繋がる。一度胸を落ち着かせたルヴィアはノアルに語る。


「そしてもう一つ、わたしだけに与えられた『天啓』がありました」

「『天啓(てんけい)』? 『神託』と違うのか?」

「はい。『神託』は神の預言に近いものです。『天啓』は問題に対するヒントのようなものと思ってください」

「お前だけにその『天啓』というヒントが与えられたってことか?」

「はい。それが、あなたです」


 すべてはここに集結する。



「――”【偽善の聖人】こそが分水嶺。それは叛意の光となり正義の旗とならん“——それがわたしだけが受け取った『天啓』です」



「……」



「【偽善の聖人】と呼ばれる方をわたしは調べました。そして【偽りの異邦聖人(アン・ラピュセル)】と呼ばれているノアル・ダルクさん、あなたに辿り着いたのです」



 大それた話しだ。

『天啓』や『神託』を信じないほど精魂がねじ曲がっているわけではないし、むしろ信じる側の人間であると自称するノアルだが、いささかことの大局において不相応な役割を与えられたと思ってならない。言うならばノアル自身が己に価値を感じていないのだ。


「確かに俺はそんな大それた呼び方をされることもある。大抵は嫌味だけどな」

「…………反応に困ります」


 困らせてるんだ、とはさすがに口にせず。


「ま、異邦人なら俺だろうな」

「それでは!」


 期待の籠った声音と眩い輝きを灯す瞳がノアルの罪悪感を強く締め付ける。それでも、ノアルは己が特別とも何かができる人間とも思えない、自分に価値を見出せない。

 だから、はっきりと告げる。


「けど、『天啓』の人は俺じゃない」

「え?」


 思いかげない言葉だったのだろう。困惑するルヴィアに申しわけなさを感じながらも、ノアルは返答を変えない。



「俺に世界を救う力なんてないから」



 突き放すような言い方にびくりと身体を揺らしたルヴィアは、一度(うつむ)いてしまう。ノアルの機嫌を損ねたことに罪悪感でも感じているのか。

 ゆっくりと顔を上げたルヴィアは恐る恐る口を開く。


「どうして、ですか?」

「そのままの意味だ。俺は弱いんだ。たぶんお前よりもずっと弱い」

「そんなことは」

「二年経って三等兵が証拠だ。低レベルのパンテオン一体をなんとか倒せる、それが俺なんだ」


 ノアルは弱い。

 彼の言葉通り低級のパンテオンにさえ苦戦するような弱者だ。問題を起こし昇格できないアディルやヘリオたちとは違う。純粋な力量差で昇格できない劣等生。ノアル自身がそれをよく理解している。他者に劣り続ける人生を一九まで歩んできたのだから。

 だから、彼自身が彼に期待をしない。

 己に他者に希望に期待はしない。

 偽物でも聖人などと呼ばれる彼に失望したことだろう。戸惑う瞳が物語る。ノアルはこれ以上話すことはないとルヴィアの横を通り過ぎて歩き去る。


 世界を救うことはできない。今、ノアルがすべきことはカバラ教の思惑を暴くこと。

 だから背を向けた。突き放して失望させた。

 それでいい。良いと言うのに、博愛の香りが舞った。


「――待ってください、ノアルさん!」


 綺麗な声音は涙のようだった。白く儚く淡くほのかに暖かな。

 彼女が強く決意を固めたのがわかった。


「ノアルさんが無力だとしても、それでもあなたが必要です」

「……それは『天啓』だからか?」

「そうです。わたしは聖女です。この世界を、人々を守る義務があります」


 強い言の葉にノアルが振り返る。そこにいたのはかつて目を奪われたあの人のように強い眼差しの少女――


「わたしはわたしの命を賭けてでも、みんなを守りたいのです」


「……………………」



 ――わたしはみんなに幸せでいてほしいのです。笑っていてほしいのです。それはノアルくん、あなたにもです。



 ――だから、わたしはこの命の限りに、人のため世のために戦います。



「……お前も、同じなんだな」


「? はい。これは聖女として、そしてわたしが掲げる使命です」


 揺らぎはない。戸惑いはない。弱さもない。ルヴィアは希望の光そのもののように、輝いてみせた。眩しくて痛くて悲しくて憧れて懐かしくて。

 ルヴィアはお願いする。


「どうかノアル・ダルクさん。あなたの力を貸してください」


 頭を下げるルヴィアにやはりあの人と重なって見える。それがどうしようもなくノアルを突き動かす。

 振り切れない過去に依存して(すが)りついて罪を願う愚かな己を(くい)で穿ちながら、それでもあの人の影にあの人に教えてもらった心構えを否定することはできなかった。

 自分に反吐を吐きながら頭を上げてと言おうとして、ふと視線の先の路地に誰かの気配を感じ取り——瞬間、高速な何かが迫った。


「っ危ない!」

「え? きゃっ⁉」


 顔を上げようとするルヴィアを抑えつける形で二人地面に伏せる。頭上を掠める何かが背後の壁を破壊していく。

 悲鳴のような破壊音が連なり、膨大な砂煙を上げ、こつこつ……破壊音に紛れてこちらへ歩んで来る足跡が耳を突いた。

 眼を向ける。ノアルの視線の先には見知らぬ男が立っていた。


「お前誰だ?」


 ルヴィアの手を引いて立ち上がるノアルが問う。猫背の男は前髪で隠れた真っ赤な眼で二人を見つけ、歯をカチカチと鳴らし。


「お前らのせいだ! お前らのせいだ! お前らのせいだ!」


 そう怒号を劈いだ。



ありがとうございました。

聖女です。この言葉だけでなんと胸がくすぐられることか。

明日はそんな聖女が戦います。

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