第二章5話 その旅路に旗印を
青海夜海です。
学マスのリリースが楽しみです。
食事を終えレストランを後にしたノアルはもう一つの私用を済ませるため、メギストス神殿へと赴いた。
都市ウルク西南西に位置する白い神殿だ。巨大な入口には四つの柱が立ち並び巨大な大理石の扉が常時解放状態にある。厳かな立ち振る舞いの神殿だが、中に入れば市場のような活気に溢れてる。左右奥へと一列にズラリとお店が並ぶ。
ここ、メギストス神殿は鍛冶の家だ。カウンターの奥には錬金術を用いた武具作りの鍛冶師たちが鉄を槌で打っている。主に生産されているのは軍人用の武具や冒険者から発注された品、そして複製型セフィラだ。他にも装飾品から農業道具や建築道具など多岐に渡る。
活気溢れる神殿内を歩き端に構える一つの店の前で足を止める。カウンター越しにノアルに気づいた笑顔が素敵な女性が応える。
「お久ぶりですね、ノアルさん」
「久しぶり、ちょっとバタバタしてて遅くなった」
「いえいえ。そちらで何があったのかあたしもおじいちゃんも耳にしてますので」
「そうなんだ?」
「そうなんです。遂に異端の双子が大悪党になったってお祭り騒ぎですよ」
「お祭り?」
「ですです。冒険者はみんな嫌いですけど、あの二人は小さな時からみんな知ってますから。本心ではみんな二人の旅立ちを祝福してるんです。あ、寂しいのもありますけど」
彼女はふふっと笑みを浮かべた。
アディルとリヴがそこまで都市ウルクで人気者だったと初耳だ。リヴが自分の錬金術で防具や武器を作成すると言っていたので、こういう場所には縁がないと思っていた。
「何が祝福だ。あのクソガキどもは端から迷惑でしかないクソガキだ」
店の奥からやってきたのは七十は越えてる爺さんだった。鋭利な眼差しに厳つい雰囲気を醸し出すとっつきにくそうな爺さん、アンベルは鼻で笑う。
「大悪党なんてあの小僧どもには似合わん。悪戯な餓鬼だ、あれは」
「おじいちゃん! 餓鬼って、もう二人も十六歳になったんだから」
「あぁ? 爺から言わせればどいつもこいつも半人前な餓鬼だ」
「そりゃーそうだけどさー」
「ふん。どうせその内泣きべそかいて帰って来るだろ。冥土の土産を渡し損ねたからな」
アンベルは孫娘のヒマリの椅子を奪い、腕を組んで鼻息を大きく鳴らしドシリ。苦笑するヒマリがノアルの耳に口元を近づけ。
「おじいちゃん、勝手にいなくなられて寂しいみたい」
「そうなのか?」
「うん。ここの所元気もないし、アディルくんとリヴちゃんの話しになるとどうせすぐ帰ってくるって、そればっかりなんだ」
少し意外だ。軍では異端者としてもっぱら嫌われ者だったのに、いなくなったことにこんなんも悲しむ人がいたなんて。きっとそれは軍に所属する前の二人が紡いだ景色なのだろう。軍では数少ない仲間がいて、でも外ではこんなにも愛されていて。
ノアルは少し羨ましく思った。
「で、ノアル・ダルク。お前さんの要件はなんだ?」
「ああ、注文してたやつを取にきたんだ。できてるか?」
「はっ。ほざけ。俺を煽るのはお前さんには早すぎだ。ちょっと待っとけ」
「はあ……」
アンベルは腰を上げて奥へと下がっていく。やはり掴みどころのない人だ。
「ごめんね。おじいちゃんプライド高いから」
「それは大丈夫だけど」
「そう? あたしが小さい時からそうだったんだけど、よくアディルくんがおじいちゃんの武器にケチつけて怒鳴られてたよ」
「もしかして、幼馴染ってやつ?」
「あはは。んーそうかなー。うん。幼馴染っていうとちょっと恥ずかしけど、あたしが六でアディルくんが四歳の時からだから……幼馴染でいいと思う?」
「なんで俺に聞くんだ?」
「だってだって! 自分で幼馴染なんだーって言うの恥ずかしくない!」
カウンターを乗り越えん勢いで前のめりに迫るヒマリ。あまりの距離の近さに陽だまりのようなにおいを感じながら一歩下がる。どうにも幼馴染に拘る性格らしい。変わっている。
「でもさー幼馴染って家族に思われるっていうかー……」
身体を戻したヒマリは突然にいじらしくもじもじしだし、ほんのりと頬が赤らんでる。そしてちらりちらりとノアルに熱い視線を送る。言っておくが憧れ的な熱い視線ではない。何を求められているのかわかってしまったノアルは疲労に肩を落としながら。
「俺は思わないと思うけど」
誰がとは言わないが、そう言うとヒマリは再び大輪のような笑みを浮かべカウンター越しに前のめりに詰め寄る。
「だよねだよね! いやーだってね。あんな手のかかる弟と妹って、その大変だからね。でもでも! そのやっぱり家族とは違うっていうか。こうーやっぱり幼馴染なんだよね」
「そうだな」
下手な言い訳である。そんなヒマリのお尻りを戻ってきたアンベルがひっぱたいた。
「うきゃッ⁉」
「良い音なりやがるぜ」
「ちょ、ちょっとおじいちゃん~~っ!」
パチーんと良い音が響き飛び跳ねたヒマリはお尻を抑えて顔を真っ赤にする。
「っち。孫があのクソガキに惚れてなきゃ俺がクソガキの尻を外に出せねーくらいひっぱたいてやんのに」
「やめてー! お尻が割れちゃうよ!」
「もともと割れてるんだけど」
どうにもヒマリの恋心は筒抜けのようだ。お尻を痛がるヒマリは置いておき、ため息を吐いたアンベルは「ほら、これだ」と左手に持つノアルの身長と同じくらいの旗幟のない旗竿を掲げる。いや、それは。
「錫杖か」
「はっ。旗竿なんかで戦えるものか。お前が異邦人だろうと俺が作る武器は俺が選ぶ」
アンベルから錫杖を手に取ると一七六のノアルの身長の少し上を尖頭が越す長さだ。柄は持ちやすいように細く、けれど近接戦闘に耐えきれる頑丈さがある。尖頭付近に銀の装飾が施され、その中心に十字架のペンダントを封印した宝玉が輝きを放ち、その神々しさはかつてのあの人のようだった。
「俺仕様にはしてある。お前さんの魔力次第で使い方は自由だ」
ノアルは少し距離を取り振り回す。習った型に嵌まった、旗竿で戦う姿は周囲から見れば大道芸のそれだろう。しかし、武具や戦士に携わる者が見れば戦闘の、相手を殺す心得のある旗術だと知る。口が裂けても大道芸とは笑えない。
「ふっ! はっ」
軍での訓練のお陰で体力や力は落ちていない。が、感覚を取り戻すのに少し時間はかかりそうだ。次に魔力で干渉し旗錫杖の姿を変形させる。下半身の長さまで縮め、更に干渉することで旗錫杖は十字架のペンダントに戻りノアルの首元でキラリと揺れた。
「これが、アンベル・ルゥ・メギストスの契約変形の術……」
「うんうん。うちでしか、おじいちゃんしか扱えない錬金術だね。あたしも修行中なんだ」
「ふん。いつ俺がくたばるって?」
「もー違うから。あたしはやりたくてやってるの!」
「どうだか。あのクソガキに褒められたからだろうが」
「なんで知ってるの⁉」
祖父と孫娘の仲が良好でなによりだ。
ノアルは首元のペンダントをぎゅっと握りしめ、アンベルに顔を向けた。
「すごく良い。アンベルさんに頼んでよかった」
「ふん、褒めた所で代金は負けてやらんがな」
「そんなつもりじゃないんだけどな……」
アンベル・ルゥ・メギストスは現在における最高の武具専門の錬金術師にして鍛冶師だ。得物を魔力、特殊加工したナギで顕在変形させる秘術を施すことのできる唯一の血筋であり、その腕もまた多くの憧れを集める。最高級の腕による最高の武器は予想を三ケタ超える値段をしていた。が、金を受け取る前にアンベルは口を開く。
「あいつらは……元気だったか」
あいつらとは……なんて野暮なことは聞かない。
「元気過ぎだった。有り余った元気の被害を修繕してるところだ」
「はっ。変わらねーな。……ビビッてなかったか?」
「俺が知る限りは。諦める気なんて微塵もなく見えた」
「諦めも妥協もしねークソガキだからな。とことんイチャモンつけてきやがったぜ。……怪我は、してなかったか?」
「ぴんぴんしてた。格上の相手を倒して騎士たちにブーイングされるぐらいにな」
「はっ。クソガキには似合いだな」
「あはは、うん。変わってないね」
そうさ、変わらないさ。異端者と揶揄され迫害された双子は、どれだけ悪意に晒され悲劇に見舞い死を経験しても変わらない。
【エリア】に夢を見て、冒険者に憧れ、決して揺らがない心のままに突き進む。それが他者から見れば罰せられることだとしても。それでも、偽善を持ったお人よしだと知っているから。
「――最高の素材を持って帰ってきやがるから、それまでくたばんなよクソジジイ」
「あ?」
「――帰ったらあの秘術教えてね」
「……」
唐突な暴言に目を細めるアンベルは、その言葉が本当は誰が発したものなのか直ぐに気づいた。アンベルにそんな言い方をするのはこの世界で一人しかいない。
「アディルくん……にリヴちゃん」
涙ぐむヒマリ。儚かった瞳が気丈に光を灯す。
「……ふん、最後までクソガキだ」
手が震えていた。声は大丈夫だった。けど、少しだけ泣きそうだった。
アンベルはそれでも嬉しそうに不敵な笑みを浮かべ。
「お前たちこそ先にくたばんなよって伝えとけ」
「伝えとけー」
そう、二人はアディルとリヴの旅路を見送った。
ありがとうございました。
アディルってモテますねー。
契約変形の術ですが、魔力が最も効率よく時間短縮で顕在変形できますが、ナギでエレメントに干渉した時の余波のように産まれる魔力の欠片を使うことでも可能です。その魔力の欠片を集める機関を武器に施すこともアンギアはできます。
明日は、更新できるかわかりませんけど、がんばります。




