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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章4話 昏睡事件

青海夜海です。

朝六時に寝て、十一時に起きる生活が続いていて、朝か夜か昼かわからなくなる。

 

 救いとは何を差す。

 とある男は告げた。


 ――救いとは平和の創造だ、と。


 ならばあなたの救済とは人治にあるのかと問えば否だと。

 ならば、平和とは何を差すと問うた。

 男は確かに言葉にする。


 ――平和とはアイン・ソフにある、と。


 それは何かと訊ねると、男は天空と大地を指差し。


 ――生命の終着点、生命の悲願だ、と。


 圧倒する大穴を瀑布が落ちていく。凄まじい音を叩き見下げる先は闇の一点。

 だが、瀑布の音は生命の心音に似ていた。その闇は誰かの微笑みに似ていた。肌を突く、吹き上がってきた風は手招く手の感触に似ていた。

 男はほら見ろと天を仰ぐ。


 ――この空の光こそ、人類が求める光だ。


 男はほら見ろと地を脚の爪先で叩く。


 ――この地の獣こそ、人類の終焉で終着点だ。


 どういう意味だと問うが、男は答えてくれなかった。

 この未知と恐怖が蔓延る世界に救いがあるというのだろうか。空の光は人類の悲願だろうか。ここに行きついたとして何が得られるというのだろうか。

 まるでわからない己は短慮(たんりょ)なのだろうか。男の見る真なる救済を理解することができるだろうか。

 男は一歩前へ踏み出し、大穴へ背を向ける。

 老衰した白髪の相貌。皺の数より生命をいじった回数が多い狂人。誰にも明かさない何かを求めて死力を尽くした天才。されど、成し遂げられなかった凡人にして、死を待つだけの只人。

 それが許せなく、だから今この瞬間に焦がれる。

 男は、私と同じ目だ、と哀れんだ。


 ――いずれ、其方(そなた)も私の冥府に辿り着く。未開拓の地で其方が成す選択。非凡な頭で天才を追うがいい。其方の未熟に失意することだろう。されど、其方の救済はここにある。


 男は大穴へと吸い込まれるように落ちていった。

 救済の解は白紙に戻り、永劫の約束は呪となり、愚者の言の葉は言霊となって記憶に残る。


「…………アイン・ソフ」


 獣が鳴く。天の輝きと大地の恐怖が其の者の脚を歩ませた。

 救済の名を探しに。終焉の存在を知りに。悲願の愛を受け取りに。

 それはずっとずっと昔の話し。今の時代に生きている者はいない、そんなずっと昔の話しだった。




 救済を問われた者はこう言った。


 ――永遠の愛がほしい、と。





 *





 セルリアたちの討伐任務が終わった頃、ノアルは一人都市アカリブから離れ馬車に揺られていた。無心で続けていた瓦礫の撤去が一段落し、次なる仕事がすぐに舞い込んできた。都市ウルクへのお使いである。

 都市と都市を繋ぐ転移陣というものが各都市に一つずつあるが、権利を持つ者しか使うことはできない。軍人であっても元は平民で、軍位でもマリネットたちより低い三等兵に所属する低い身分。移動手段はもっぱら馬車が相場である。


「やっと温かくなってきた」


 先ほどパンテオンのせいで急激な気温低下が起こった。一年の後ろ蒼月(そうげつ)の刻を乗り越え新しい年の始まりとして迎えた紅月(こうげつ)の刻。それは寒気から温暖な気候への変化を意味する蒼と紅の色だ。もちろん、蒼い月と紅の月が暮れ時に出現することからの名でもあるが。月の輝きの変化も自然がもたらす温暖に関係しているらしい。


 ノアルは蒼月を美しいと思うが、寒いよりは暖かな日々のほうがずっといい。花々、草木が芽吹く年の始まりは開花や冬眠していた動物たちの姿、人々の服装で感慨深いものを得られる。


「あとは、あの二人の誕生日だったけど……」


 錬奏歴二七〇年 紅月の刻 一日。それがアディルとリヴの生まれた年日であり、今年で十六歳。誕生日を十五日と大幅に過ぎた今、用意していた誕生日計画は水の沫。


「さすがにあんな状況で、祝えないからな」


 他は知らないけど、ノアルはアディルとリヴが一刻も早く軍から逃げ出す算段を立てている時に誕生日を祝うことはできなかった。邪魔になる気がしたからだ。


「まあ、しょうがないんだけど……はあー」


 それでも、彼らのいない日々はほんの少し寂しいから祝っておけばよかったと後悔するあまり。特別仲がよかったかと聞かれればそういうわけではない。ただ単に異端同士集ったようなもの。

 アディルたちの昔話もセルリアが最強の歌姫となった過程もノアルは一切知らない。所属する学科が違えば、自分だって自分のことを彼らに話していない。それでも、時に声を掛け合って飯を囲む。そのひと時はかけがえのないものだったこと。


「実感はいつだって遅過ぎる。俺は鈍感じゃない方だと思ってるんだけどな」


 そんなことはないのかもしれない。あるいは誰しもが誰かのことを礫ほどにもわかれていないのだろうか。


「わかってないのは、少し虚しか」


 虚しいさ。確信の持てない言葉で『友』などと言うのは悲しいさ。


「虚しいものにしないためにも、俺は俺のやるべきことをしないとな。約束もあるし」


 ――カバラ教のことは任せろ。


 もう二度と会えなくても、冥土の土産に『友』をもらうためには彼との約束は守る。そしてやり遂げてみせる。


「あの人だってきっと迷わない。なら俺も迷ってられない」


 軍の裏で動きアディルとリヴの道を(はば)んできたカバラ教。世界の終焉に救世主(メシア)の誕生を謳う、その背景に隠れた真実。水面下に動く得体の知れない者たちの動向を知り、何かできることがあるのならば全力でやり尽くす。

 夜空なのに月の光源が明るいエリドゥ・アプス。

 ノアルは馬車に揺られながら街道を走った。




 流行(はや)り病とうものは数年ごとに度々やってくる。

 発熱病や発疹病といった比較的症状が穏やかで病状が判明していてものは問題ない。錬金術師や薬剤師が調合する薬を飲めば数日で治るからだ。

 しかし、唐突に広まった病が記録にないものという場合がある。病の原因はパンテオンの特徴や能力か、自然植物の悪変か、他大気汚染などに当てはまる。見たことのない病が見つかれば一先ず隔離し、それが感染する病気がどうか確認しながら似た症状の病気から原因を探る。罹患者(りかんしゃ)の症状、周囲の状況から素早く医療レベルを判断し対応に当たる。

 パンテオンの捜索、新薬の調合、聖女による大気の浄化。


 八つの都市それぞれに役割があり、どれか一つでも崩壊してしまえば市場は止まり情勢は危なくなり、今までの生活が危ぶまれる。

 カバラ教の都市ハッバーフですらもそうだ。かの都市が東部戦線をパンテオンから守護している。そこが抜かれれば東部から雪崩のようにパンテオンが流れ込む。

 民衆都市ウハイミルも一瞬無害に思えるが、ウハイミルは民衆の都市だ。民人がいなくなれば軍人は守るべきものを失う。それは戦う意味を奪い、守護の命題と栄光の約束が(つい)えることを意味する。人のためではなく自分のために戦うようになる。そうなれば調和を保つ軍事都市アカリブが統制をとれなくなり軍として機能しなくなる。

 このように、都市一つどれを取っても役割があり、崩壊させることは許されない。

 故に人は流行り病に敏感になっていた。



 都市アカリブから馬車で六時間ほど。真昼の九時を越え、現在は十三時。雲一つない銀光照らす中、足を踏み入れる。西部に位置する数多の遺跡や神殿が発見され、その古の機能を解き明かし文明の発展、人類の躍進(やくしん)一矢(いっし)する都市。


「久しぶりだけど、変わってないな。遺跡都市ウルクは」


 真新しい石工でできた建物は一つもなく、遺跡や神殿、ジッグラトを再利用しており、景観は壮観だ。都市ウハイミルや無法都市フリーダムで見るような露店型式ではなく、定店として扉のついた建物の中で売り買いする、その型式が一般的だ。その定店も昔の家を利用した型式であり、ジッグラトや神殿の内部で盛況を見せる。だから、街路は都市ウハイミルと比べて物寂しく感じるも、古の風景は閑静(かんせい)に神秘さを感じさせる。人口もずっと少なかった古の神話の景色と空気を体験しているような。そんな感慨も虚しくノアルのお腹が鳴った。


「依頼の前にご飯だな」


 レストランとして運営している遺跡に入店する。昼時は過ぎたが、まだお客さんは多く完全に開いている席がない。ノアルは辺りを見渡し壁際に面する二人席に一人の男性に声をかける。


「同席してもいいか?」


 本から顔を上げた二十代後半に見える中折れ帽子(ソフトハット)が似合う青年はノアルを見てから周囲を見渡し「お好きにどうぞ」と了承してくれた。


「ここの店の一押しはスパルナの燻製とその卵を使ったスクランブルエッグさ。バイトゥーソンの乳油をふんだんに使っているからね、濃厚で実に味わい深いのさ」

「そうなのか?」

「そうだとも」


 それだけ言って読書に戻る。これはおすすめしてくれたということでいいのだろうか。厚意に甘えその二品を注文しようと店員を呼んで。


「それとクランベリーのケーキもおすすめさ。ほどよい甘さと酸味がマリアージュさ!」

「さては従業員だな? 生憎と俺にそんな金はない」

「それはそれは。生憎とわたしもただの常連に過ぎない。ただ、口を動かしていないと落ち着かない性格でね。ついつい話題がわたしの一方的な興味関心になってしまうのさ。やれやれ、この口にも困ったものさ」

「……詐欺師の常套句(じょうとうく)にも聞こえるけど」

「それは貴方がわたしを詐欺師と疑っているからさ。実に悲しきことさ」

「……否定はしない」


 いかにも胡散(うさん)臭い青年を後目にして、やってきた店員にスパルナの燻製とその卵のスクランブルエッグを注文する。クランベリーのケーキはなしだ。

 さて、準備は整った。ノアルは一見紳士に見る口上手な青年に見る。彼は口元に笑みを浮かべ、広げていた本を閉じ珈琲を一口。


「それで、貴方はわたしに何を()きたいのかな?」

「昏睡事件について」

「……」


 軍ではあまり耳にしない事件だが、巷間(こうかん)では流行り病ではないかと騒ぎになっている事件だ。青年はなるほどと頷き、いいでしょうと語り始めた。


「昏睡事件、確かに各々の都市では賑わっていますが、それほど大事とはなっていないのが現状さ」

「それはどうして?」

「簡単さ。症状がないからさ」

「症状がない?」


 訝しむノアルに彼は淡々と続ける。


「無症状とうわけではないよ。発症した人間は激しい苦しみに襲われて昏睡する。しかし、三日も立てば目を覚まし患者はケロッとしているわけさ。死者も例外も今の所は出ていない」

「そんなことってあるのか? そもそもそれって」

「そう! 既に病とは言い難いのさ。発症者同士に関係はなく、特質点もない。感染病とも考えられない。聖女様の浄化に意味はなく、パンテオンの波長的なものの攻撃ってことになってはいるね」

「いつからなんだ?」

「最初の発症次期は不明さ。何しろ心臓発作に似ているからね。多発してようやく病ではないかと噂され始めたのが、およそ三十日ほど前さ。加速したのはここ最近だけどね」


 これをどうとらえるべきか。カバラ教の仕業と決めつけるには憶測が過ぎて証拠がない。しかし、知られる流行り病とはどこか異なり、パンテオンの仕業にしても周期が開きすぎでバラバラだ。何より症状が昏睡後に見当たらないという点が不可解である。


「本当に症状はないのか? ちょっとした変化とか?」


 彼は眼を細めどうだっただろうか、と答えを濁す。これは対価を求められている。当然と言えば当然だが、今までの情報が無料だったのに対しての課金制の情報。つまり、これこそノアルが求めてほしいものだと示唆(しさ)しているのだ。そこには情報屋として商売をする商魂逞しい人の心理をついた策略があった。

 提示された額は多額だ。しかし、一度だけの支払い。その情報は必要なもの。多額でも妥協させる過程が組まれた精神的策略だとわかっていても、今は乗るしかない。


「毎度ありー」


 鼻歌でも歌いそうな勢いで金貨を奪われた。金貨を(ふところ)へとしまった青年は態度をわざとらしく入れ替え、妙に真剣な眼差しでノアルを見る。テーブルに両ひざをつき交差させた手の甲に口元を隠す。非常にイラつくが、情報は手放したくはない。

 真剣な空気が漂い彼の口からとっておきの情報が語られようとしたその時だった。


「はいよ! スパルナの燻製とその卵のスクランブルエッグね!」

「「…………」」


 香ばしいスパルナの燻製が一つ、ノアルの腹の虫が歓喜の声を上げたのだった。


「食べていいか?」

「ふふ、いいさ」




「昏睡した人たちには昏睡前には見られなかった特徴が一つあったのさ」


 口の止まらない彼はノアルが食事に入っても構わず話し続けた。


「特徴? 後遺症的なものか?」

「そうかもしれないし、関係ないかもしれない。故に話題にはなってないのさ。やはり害がないからね」


 よちよち食事を味わってもられない。それで、と促すノアルに青年は答える。


(あざ)さ」

「痣?」


 思いかけない答えに困惑するノアル。しかし、次の言葉に動転を抜かれた。


「大樹を逆さにしたような痣が身体のどこかにあるらしいよ」

「逆さの大樹だと……」


 大樹には様々な役割や意味、象徴が存在する。大体が自然の摂理の定説に当てはまったものであるが、それが逆さになっている意味。

 知るものは理解を得た。その痣なる刻印がどれだけ恐ろしいものであるのか。


「わたしの持つ情報はこの程度さ。彼らの動向は残念ながらわたしでは追いきれないね。なに、危惧することはなく自分の暮らす都市とゆっくり暖かな月始めを祝っているさ」

「だといいんだが……生憎、俺はお前のように楽観的になれない」

「少し訂正しよう。わたしの楽観とは貴方の言う正義にあらずさ。わたしの楽観とはつまり道楽の類でしかないのだよ」

「死ぬのが怖くないのか?」

「死が怖いというのは今が満ち足りているのだろう。あるいは闘志を燃やしているからさ。その観点から見ればわたしも死は怖いさ。けれど、本質的な生死から思慮するならば、わたしは死に悲観はないさ」

「それが普通だよな」

「さあね。異邦人の貴方を否定するつもりはないよ」


 彼はすべての情報を話したと席を立つ。立ち去る前に一度ノアルに振り向き。


「正義の性質は二種類さ。断罪されるか、断罪するかのどちからか。貴方が罪人とならないことを陰ながらに祈っているよ」


 今度こそ彼はレストランを出て行った。収穫はあった。そこから導きだせる答えは見えてきた。だが、彼が残した正義の宿命論。


「知ってる。正しいのに、間違ってないはずなのに、罪人にされるなんてことはよく知ってる」


 それでもこの身は永久に正義に囚われ続けるのだろう。




ありがとうございました。

感想などありましたらお願いします。

では、明日も更新します。

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