第二章2話 氷炎戦①
青海夜海です。
久しぶりのセルリアと、リースとドルマ・ゲドンです。
都市アカリブから東南東に二十キロル進んだ先。気温が年中低く霜が見える一帯。凄まじい冷気が上流する【エリア】と繋がる奈落の穴。第二ノ穴『ドゥオゲート』。かの冷寒地にて、冷気を纏うパンテオンが進撃してきた。
【明星の獣】ウシュムガルが降臨した際に産まれた氷穴だ。土と水のエレメントを統べるかの獣は二種エレメントの複合による氷属性に強い特性を持つ。故に、かの獣の支配域に所属するパンテオンたちも環境適応により氷属性だ。
「ということはどの属性が有効になると思う?」
「…………火」
「正解ね」
前方、二キロル先から行進してくるパンテオンを見据えながら優しい碧色の髪を耳にかける女性、セルリア・メモルは口だけで笑みを浮かべる。
「というわけでドルマ・ゲドン、お願いね」
「テメェーに言われるまでもねー」
ドルマ・ゲドンと呼ばれた筋肉を凝縮した大男はふんぬと鼻息荒く数歩前に出る。
ここ、『ドゥオゲート』氷雪戦場地にて、最強の歌姫セルリアを率いる第十一部隊がパンテオンの進軍に待機している。
軍兵数は二十七人。騎士級が十六に兵士級が十、歌姫が一人の少数精鋭部隊だ。指揮権限は一等騎士の部隊長にあるが、全体を見渡し攻撃防御の要となるセルリアが作戦を決めることも多い。セルリアが部隊長に視線を寄越すと彼、ラベットはコクリと一度頷いた。
「ドルマ・ゲドン三等騎士を前線に強襲を仕掛ける。右方はコートン・エガス二等騎士部隊。左方はシリベス・ユーリクス一等騎士部隊で迎撃しろ。砲撃を叩き込み突破したパンテオンを前衛が対処。そのまま中央に向けて挟撃を仕掛ける」
「了解した。隊長」
「ええ、わかりましたわ」
コートンとシリベスがそれぞれ了解し各部隊に含まれる隊員たちが頷く。
残されたのは部隊長を含む七名。
ラベット・ホルスター部隊長、ドルマ・ゲドン三等騎士、リース・フォルト三等騎士、シャフティー・ミレスター二等騎士、カルテルタル・メスリー一等兵、ヨハン・ハンカ三等騎士、歌姫セルリア・メモル。
セルリアと共に指揮を行うラベット部隊長を除き、他五名は実力が高くも協調性に欠ける尖ったメンバーだ。それ故に単独撃破、主線力として機能する。例えば敵軍の中で危険視される大物への囮役など。
「やっぱり囮。別にいいけど、今回も大物、倒しちゃダメ?」
リースの切願にラベットは「ダメだ。おまえの安否はどうでもいいが、僕の輝かしい戦歴に泥を被せることはさせられない」とのことだ。
「わー成金で頭湧いちゃってる。部隊長が言っちゃだめなこと言ってたけど。パンテオンの脳でも食べたの? 寄生されてるの?」
「いくらでも言っとけ。僕は問題児を統率してるだけで評価が上がるんだ。僕が寛大なことと合わせて感謝することだな。ついでに日頃に行いを振り返って反省しろ」
随分な言い分同士、お腹が痛いなーとなる隊員たちだった。
リースとしてはただの愚痴に過ぎなかったが、まさか説教をされるとは。
「説教伯父さん」
「わぉー! 強烈な一言の後に頬を膨らませた可愛い顔。今日もギャップありがとうございまーすぅ」
ぷくーと子どものようにいじけるリースにシャフティーがふざける。いや、本気でギャップ萌えに感謝していた。
「カルテルタルくんは何かないの?」
「……」
「ありゃーまただんまりだー」
常に無口なカルテルタルはここでも無言を貫く。彼には他の隊員も賛成だ。
「ふざけるのもその辺になさい。敵が来ますわよ」
シリベスに忠告され、皆前方を見据える。
「雑兵が四十と少し。強敵が八。ハブが一。氷は焼けばいい」
コートンが淡々と視覚で得られた敵情報を最終確認と口頭にする。
「アタシらはあの八匹ってことだねー。いやー景観良観。あんまりギャップ萌えは期待できなそうだねー」
「パンテオンに何を求めてるのよ……」
セルリアはリヴと相手しているようだとシャフティーに辟易する。改めて確認する。
雑兵は氷爪狼、氷騎兵、氷糸蜘蛛の三種のパンテオン。単騎戦ならまだしも複数人で処理する分には危険にはならない。
しかし、他八体が異なる。
「クリオスラルウァ。氷雪の巨人ね。常に周囲を凍てつかせる冷気を放つ厄介者。繰り出される棍棒は一に氷雪を築き、二に氷河に割り、三に吹雪となりて叩きつける」
「ああ、発動は二つ目までに絶対に押さえろ」
八体の強敵の紹介あんど説明をしたセルリアにラベットが首肯し注意喚起する。だが、奴への対策は不要だ。クリオスラルウァは確かに害役に値するが、そもそも奴の棍棒を振らせなければいいだけ。八体と数は多くとも、二段階目で押さえられない相手ではない。
そして、セルリアが最後に目にするのは、王のように鎮座しこちらを見つめる、巨大な豹だ。霞の向こうに銀青の慧眼が我らを見定める氷流の豹――
「ニクスレオパルドゥスは厄介だな」
こちらを見つめるばかりで動こうとはしない巨大豹。全長は五十メルを越え氷河の胴体を持つ神出鬼没の幻豹。
「ねえねえやっぱりカッコイイと思わない? アタシ的にちょー感激なんだよねー。サイコウ!」
「シャフティー・ミレスター二等騎士、静粛になさい。見た目に翻弄されてはいけません。身なり特徴がどうであれ、あれらはパンテオンですわ。情けも怠惰も美意識も不要ですわ」
「何よりわたくしのほうが美しいですし」
「勝手にアフレコしないでくださいませんか!」
シャフティーに諫言を呈したシリベスをコートンが淡々とした口調で諧謔に弄る。
ごほんごほん。ラベットにジト目を向けられ口を噤二人を見て、シャフティーがリースに耳打ちする。
「シリベス先輩って見た目通りだよねー」
「ん。ざます令嬢」
「聞こえてますわよ! あとざますは言いませんわ」
「わ令嬢」
「変な仇名をつけようとしないでくださいまし!」
「どっちもどっちだ! 少しは黙れ!」
ラベットに再び叱られ、今度こそ口を噤む彼女たちだった。
と、こちらのバカな茶番も敵にはウケなかったらしく、息荒々しく咆哮を上げ彼我の距離は八百メルまで縮まっている。ラベットはもう一度咳払いをする。隊員の視線を一同に集め部隊長としての使命を全うする。
「目標は眼前のパンテオンの掃討。我らの敗北は認められず、我らの勇士は明日の平和へと繋がる。恐怖は噛み砕け。嘲笑を浮かべ真髄を刻め。我ら英士は栄華の砦だ」
激励に英士たちは覚悟を固める。今この場にいる己らは英雄の資格を持つ平和の象徴だ。見据えるのは眼前の悪獣たちのみ。
「さあ行くぞ。外来の悪獣を抹殺しろ!」
「「「「「はい!」」」」」
よろしいと一度目を閉じた彼はパンテオンの大群を睨みつけ、告げた。
「出撃!」
雄叫びはない。代わりに大地を悍馬の如く荒していく。
「速攻で仕留める。いい?」
「「「「「はい!」」」」」
コートンに従う隊員たちが彼の後に続く。
「わたくしたちも負けていられませんわ。優雅にいきますわよ!」
「「「「「はい! シリベスお嬢様!」」」」」
シリベス部隊とコートン部隊が左右から囲い込む形で婉曲に移動し激戦をおっぱじめる。
「セルリア、援護は任せた! 僕らも行くぞ!」
「あはは! もうドルマ・ゲドン先輩がいっちゃいましたー」
「…………仕方なきこと」
「まーいい。リース・フォルト三等騎士、カルテルタル・メスリー一等兵、ヨハン・ハンカ三等騎士。三名はあの暴れ馬に続いて前方のクリオスラルウァを押さえろ。僕とシャフティー・ミレスター二等騎士、歌姫セルリア・メモルで後衛の敵を相手する」
「りょ」
「……了解した」
「わかりました」
前衛職の三名が大剣を振り回すドルマ・ゲドンの後に続く。魔術師のシャフティーと指揮を担うラベットが後方から支援する。
「ふっ――」
風魔を纏い迅速の一撃をクリオスラルウァの胴に叩きつけた。リースは双短剣を揃え身体を回し一気に叩き込む。揺れた身体は更なる追撃で後方へ下がり前屈みになる。
隙を逃さないと更なる追撃に出ようとするが、左側から氷棍棒が振り下ろされた。異常な速さを誇る風魔で回避し、氷づく大地から跳躍して逃れる。
冷気の白霧が一瞬で視界を奪い、また強烈な冷感がリースの脆弱な肉体を凍てつかせる。何十キロムの鉛を身体中に張りつけ肉が腐肉したような異様な感覚が身体能力と生命力を低下させる。
「オラァアアアアアアアアアアアアアアアア! 俺様が蹴散らしてやらァアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ドルマ・ゲドンの火大剣が大地に叩きつけられた。
次には白景色が一瞬にして橙色に染まり上がり冷気を追い払う。完全に一帯が氷雪地帯に変化してしまったが、ドルマ・ゲドンの火魔術によって戦地に人間が立つ許しが出来上がった。
「【ノームよ・我が身体は其の礎にあり・故に其の土は我の肉にあり】」
詠唱を唱えたカルテルタルが跳躍し、岩石に変形した拳をクリオスラルウァの顔面に叩きつけた。顔の半ばほどが砕け凹み、彼はラッシュをしかける。無慈悲な連続殴撃がクリオスラルウァの顔面を粉砕した。
「……ぬ?」
しかし、クリオスラルウァは沈黙することはなく、逸れた背を持ち直し剛腕でカルテルタルを振り払う。腕を交差してガード。五メルから八メルの巨体の剛腕は易々とカルテルタルを吹き飛ばすが、身体中を岩石に変換させた彼に傷一つはなく大地を削って静止。
見上げる先で、顔面の砕けたクリオスラルウァの顔に周囲の冷気が光子となって吸い込まれていき、十秒もかからず再生した。
『ウガァアアアアアアアアア!』
咆哮を上げた一体に続いて他七体も奇声を空へ劈く。
「厄介」
「狂戦獣の氷版って感じか」
印象の薄い眼鏡のヨハン・ハンカ三等騎士の見解はあながち間違いではない。ベルセルクは強靭な身体に尋常ではない再生能力を有する。それは、一夜に二十回死に瀕しながら騎士を二百人滅ぼすほどの狂気の沙汰を持つ。
して、クリオスラルウァも冷気を吸収し再生する能力、これは氷属性に限定的だが、強靭な紺青の身体と相まって劣等狂戦獣と揶揄されることもしばし。
「けれど、ベルセルクではなくクリオスラルウァ。狂いが足りないわよ」
セルリアが心歌術を発動させた。流麗にして勇ましい歌が彼女の意志に共鳴し現象を与える。
氷雪地帯がすべて覆る。人外にだけ効果をもたらす輝炎が氷雪と冷気を焼き変える。暖を与え氷を溶かし白霧を晴らす。
そして、心歌術の本領、精神解離がクリオスラルウァに留まらず全パンテオンを脅かす。魂と肉体の解離現象に悶える奴らを素早く仕留めにかかった。
「好機を逃さない。全員前に出ろ」
コートンの指示に前衛型の多い兵騎士が畳みかける。
グローアラーニェの防御糸が輝炎によって溶かされ、慌てて放射するその糸を炎剣で捌き胴体に突き刺しては炎渦を上げ灰にする。左右からのフローズヴォルグを大剣とハンマーの騎士が叩き潰す。
「【ウンディーネよ・其の集いはここにあり】」
水のエレメントに干渉して魔術を発動させる。氷雪地帯となった戦地には氷属性を築く土と水のエレメントが豊富に充満している。それが氷属性のパンテオンたちに不死の呪いのかけているのだ。だから、どちらか片方、水のエレメントを少なくしてしまえばいい。
コートンの掲げる杖先に水のエレメントが光子となって集う。彼は魔術へ変換することは人並み、いや低レベルである。しかし、こうしてエレメントに干渉する術は一流だ。
「これで不朽は消えました。冬眠しなさい」
錬金物〈一二三の産霊〉なる赤のガラス球を水エレメントに投げ入れる。すると、赤のガラス球に内服していた火のエレメントが水のエレメントに成り代わった。〈一二三の産霊〉は消滅したが、産まれた大量の火のエレメントに戦士たちは干渉し赤く染め上がる。
斯くして不滅は冬眠を余儀なくされた。
左翼の部隊、シリベス一等騎士が率いる魔術師部隊は遠距離からの砲撃戦で対抗していた。
彼我の距離は二十メル。安全な距離とは言えない距離にて応戦しているのは単に不朽の呪いがあるからだ。能力の上下はあるが、氷属性のパンテオンの強みとは再生能力と人間が寒波に弱いことだろう。必然的にシリベスたちの動きが鈍り、氷騎兵たちは不朽を繰り返し歩みを止めない。
「シリベスお嬢様! このままでは押し切られます!」
唇は青白く指先や肉の色が紫に変色している。凍傷が見られこのままでは乙女の柔肌に尋常な被害がもたらされてしまう。それは麗しき令嬢として、令嬢に仕える者としても相応しくない状態だ。
だがシリベスは知っている。
「心配要りません。乙女は乙女に敏感でして」
「え?」
瞬間、歌が紡がれ輝炎が灯る。それは氷騎兵を後退りさせ乙女たちの肌を慰める。
「乙女に罅割れ、乾燥、斑点、悪色は許すまじことですわ。ええ、乙女に必要なのは優雅な佇まい、可憐な微笑み、そして愛心」
シリベスは朱色の美しい髪を靡かせ、戦場でさえ人目を奪う歩みに乗せて微笑む。
皆の前に出たシリベスは立ち止まっては手に現れた緋色の弓の弦を引く。矢のない弓に凄まじい熱量が彼女を恍惚と輝かし。
「わたくしの紅輝なる美に屈しなさい」
放たれた焔は一直線に飛び発ち、それは火鳥となって氷騎兵たちパンテオンを紅炎なる絢爛で焼き尽くした。
黄金の焔の中で、されど不朽に従おうとするパンテオンたちに背を向け、シリベスは部隊員たちに目をやり。
「さあ、貴女たちの美姿を見せてくださいまし」
「「「「「はい! シリベスお嬢様!」」」」」
一人の騎士令嬢の下、敬拝する軍兵たちが華麗なる戦姿を披露する。
そうして彼女は高笑いを上げた。
「オホホホホ! さすがわたくしの部隊。戦場でさえ美しいですわ」
もちろんわたくしが一番ですけれど。
ありがとうございました。
ゴールデンウイーク終わるまで毎日更新、がんばります。




