第二章1話 神は問い続ける。
お久しぶりです、青海夜海です。
第二章『星蘭と存続の足跡』の開始です。
天場ノアルsideと地下アディルsideの二場面で展開していきます。
よろしくお願いいたします。
生命の問いが存在する。生きるとは何を差すか。生命の存在意義と存在証明。それは絶対なる神秘、天声の前にて白日である。されど、人類は問われる。
――生きるとはなんだ?
存在意義こそが生きる意味だと答えた者がいた。
ならば、人類はそもそも存在する意義がないと天声は降した。意義とは意味。意味とは世界。ならばそれ差すものは神である。故に人の生存に意義などありはしない。
ならば存在を証明するために生きているのだと答えた者がいた。
しかし、そうであれば死んでいても可能性であると天声は呆れた。存在証明とはとどのつまり主観の確立と客観の定義によるもの。生きることへの固執になりえない。
神は問う。
――生きるとはなんだ? 人類にとっての生きるとは? 何のために今、死に抗い生存を許されようとしているか。
解はなかった。誰も答えることはなく、正しいものもなく、問いだけが残り続け次世代の人間へと問われ続けた。
生きているから生きている。ならばどうして死の運命を受け入れない。
生きている記録を世界に残すため。否、世界にとっても神にとっても人類一人の記録など部屋の端に積もる埃と同じ。名もなき人間の記録はゴミと相違ない。
生きることに価値があるから。ならば死ぬことにも価値はある。生死は輪廻の上で繰り返し転生するのだから。
産まれた義務を果たすため。生きることが義務だとするなら、人に感情は不要である。
数多の解を問いに突きつけた。それこそ存在不明の神なる教信の沫事だ。定かではない神話を覗いた所で今現在に神なる存在を目にすることは叶わないし、人類の救済に手を貸してはくれなかった。
世界に現れたのは正しく邪神と言わざるを得ない『獣』だった。そして、拓かれた『地下世界』だ。
人は悟った。世界に蔓延る死からは逃れられないと。邪神のような獣たちパンテオンから生き残るには、我々人間は矮小で脆弱過ぎた。惰弱で愚かだった。それ以上に欲深く罪深く浅慮な生き物だった。
きっと、世界は人類を見放したのだ。進化のしない、愚かなる停滞者たちを。
故に人類は悟った。降された摂理、自然の淘汰に希望は潰えていくのだと。
問――生きるとはどういうこと?
解――死ぬことである。
それが人類が共通して得た真理だった。
されど、理解しているのに人類はその真理に背を背く。無駄だとわかっている事を一生懸命に行う。生きることに固執し、死に馬鹿らしく恐怖し、運命は変えられると盲目的に信じている。ああそうだ。彼らはまごうことなき愚者である。人類が欲しいのは世界の真理ではない。神の寵愛でもない。
生きる術と救済の光――希望だ。
だから、少女は祈り続ける。偶像の神に寓意の意志に迷信の存在に。救済と存護と未来を祈祷する。
「…………」
静謐な空間。ステンドグラスから差し込む星明りが偶像を露わにする。深い夜の中、淡い輝きに見出された二神の像はただの石工だというのにどこか厳かな神秘性があった。神を信じない者であっても、どこか口走ることに躊躇いを覚えてしまうだろう。
嗚呼、まさしく神の象徴像なのだろう。
そんな偶像に祈るのはうち若き少女。歳の方は十九の辺りであり、闇の中で殊更麗しく背を流れる白銀月の髪。瞑られた眼。朝露を残すような長く綺麗な睫毛。白の聖職装飾に身を包んだ少女はぎゅっと組む手を強めた。両膝を床につき、静謐に溶けていくような儚さが少女を普遍から切り離す。
その手は強く強く、何をそんなに切願することがあるか。それで何かを得られるかと一笑されそうな祈りだ。けれど、口を挟める者はいないだろう。誰であっても見惚れてしまうからだ。
かの少女の祈る姿は美しい。
故に浮かぶ言葉があった。それはこの神殿にて神に祈る少女に相応しい称号だ。
誰もいない神殿の大聖堂にて、過去の言葉が少女を讃える。
【聖女】――それが彼女の役職であり、彼女の誇りであり、彼女の生きる意味であった。
聖女は祈る。それは夜の流れの中、闇の停滞と共に眠るように続き。
――四の刻、業火は共存を選ぶ。新なる生が天を抱くだろう。地の友誼に天は血誼を、義が尊ぶ、斯くは生の真実なり——
「――――っ『神託』⁉」
ばっと顔を上げた聖女は星明りに光る二神を見つめ、直ぐに立ち上がった。
「早く皆さんに伝えなければ…………え?」
降った『神託』を他の聖女たちに伝えようと背を向けた聖女に、すべてを託すように言の葉が紡がれた。
「どういうことですか?」
立ち止まり振り返る聖女に、されど神はそれ以上を答えてはくれない。
降った『神託』。大聖堂の外が騒がしくなっている事から、他の聖女にも届いたのだろう。それこそ『神託』の意義である。
ならば、最後の言葉は何か。それは『神託』ではない。この大聖堂に一人いる聖女にのみ与えられた、いや、託された『天啓』だ。
「…………それが、私が真っ当すべし債務なのでしょうか」
わからない。曖昧な『天啓』に『神託』、天場の危機を報せるお告げ。そのお告げを覆すことのできる何かがあるのだろうか。
ただ今はその言霊を噛み締め呑み込むことしかできない。
それでも、その身は神に使える聖女。清く正しく天地を守護する柱だ。
聖女は胸に手を当ててぎゅっと手に力を込める。
「【偽りの聖者】……その人がエリドゥ・アプスを救ってくれるのでしょうか」
わからない。だが、その身に迷いはない。
聖女は大聖堂を後にし、その『異名』を持つ者を探しにエアンナ神殿から旅だった。
問――生きるとはどういうことですか?
嗚呼、人類は飽きもせず再び死に抗おうと今動きだしたのだ。
*
錬奏歴二八六年 紅月の刻 十五日。 昇月四時。
理不尽と嘆かずにはいられない。それが軍兵たちの、ノアルたちの総合意志だった。
七日前の八日。二十年前の貴族への一揆以来の大々的な犯罪が引き起こされた。三名の犯罪者は三級騎士に『従僕の首輪』を装着させ、命令准じの呪いにより都市アカリブの軍基地の破壊行為を行わさせた。
犯罪者は更に脅した仲間にあらかじめ設置させていた爆弾を起動させ、都市アカリブを大混乱に陥れた。都市アカリブを襲った未曾有の襲撃をパンテオンの奇襲だと嘘の情報を渡された放送士は疑似警告を通告し、それを信じた歌姫が都市内のパンテオンを外に出さないための結界を張った。それに乗じて犯罪者は都市アカリブを脱走。
唯一の死者、将官ギウン・フォルス・サリファードは三名の犯罪者によって殺されたものと思われる。犯罪者の行方は【地下世界】へと消息を絶ち、追跡はやめざるを得なかった。
以下の事から、犯罪者アディル二等兵、リヴ二等兵の永久帰還不可条約を定めた。かの二名は重罪人として指名手配し、見つけ次第殺傷を許可するものとする。
なお、被害者でありながらも協力の疑いがある者には処罰が降された。
それが、七日前に起こったアディルとリヴ、ルナの逃走劇の全貌であり、軍が定めた処罰内容だ。
アディルが予想した通り、軍はアディルとリヴ、ルナの捕縛を諦め叛旗が起きぬように永久帰還不可条約を敷いた。この懲戒により彼らは永遠にどんな理由があってもエリドゥ・アプスの大地に足を踏み入れることは許されない。
「天場にいる限り一生会えねーんだろ? 死ねって言ってんのと一緒じゃんか」
ぶーぶーと軍の政策に不満を垂らすヘリオは瓦礫の山をせっせと鍬で砕いていく。その隣で汗を拭い疲れの息を吐いたノアルは辺りを見渡し。
「仕方ない。俺たち軍と冒険者は相容れないからな」
「命を捨てるっていうあれか?」
「そう。軍は市民をパンテオンから命を賭けて戦い守ってる。人々の平和な日常があるのは俺ら軍人のお陰だって胸を張っていいほどだ」
「ふふん!」
「バカなの? あなたは戦場に立ったことないでしょ」
「ちちち。俺の気持ちはいつだって一蓮托生、切磋琢磨、一期一会。アディルと共に俺の気持ちはあったからな。戦場に立ってるようなもんだぜ」
「もんじゃないから。立ってないわよ、それ」
呆れたとため息を吐くのは紺色の肩までの髪の女マリネット。食堂での食器洗いが終わって戻ってきたようだ。手伝うわと、鍬を手に瓦礫の処理を始める。
「私たちが守った命を冒険なんていう理想探求、利己的に使われるのが許せないのよ。冒険者の忌み名は【死に逝く者】よ。それが同業者となれば殺意が湧いて、私たちに無駄な労働を押し付けるのも仕方のないことね」
「……」
周囲を見ろ。瓦礫等は既に撤去されており、建設都市ファラの職人たちによる修繕立て直しの工事が既に始まっている。被害が最小限だった北側区画修繕は完了し、被害の大きい南側の再建設が行われている。だというのに、ノアルたちに任せられた一棟あたりは今だに瓦礫撤去の途中だ。
「おいおい、まだ瓦礫撤去なんてしてやがるぜ。鍬とか老人思考かよ。何世紀前だよな」
「邪魔だからさっさと終わらせてくれない? 邪魔虫だから」
「あいつら穴掘りしてやがるぜ。瓦礫の下に女の下着でもあさってんのか!」
「てか、脅迫とか絶対嘘じゃん。永久追放になればよかったのに」
「どうせ、あたしたちを殺すためだったんでしょ。あーもう最悪! 眼にしたくもないわ」
「同感だね。僕としても異義があるよ。ま、生きてるだけ総司令官の寛大さに頭を床に擦りつけとくんだね」
などなど、通り際にノアルたちに悪語がぶつけられ続ける始末であった。
「はあ? お前らが罰だから魔術使わずに瓦礫撤去しろって言っ――むぐぐぐ!」
火に油を注ぎかねない迂闊な発言をマリネットが黙らせる。睨んで来る多くの兵士、騎士たち。不満の晴れない結果だ。
アディルたちは見事に軍から脱走してみせた。永久帰還不可条約なんてそもそも【エリア】に恋焦がれた異端者を罰することになどなりえない。この懲戒はただの体裁だと誰もが理解している。ならばと納得できる筋合いがどこにあるか。彼らの身勝手で被害に何度も合い、いつパンテオンが襲撃してくるかわからない中で基地の再建築のための修繕作業に駆り出され、いざ事件全貌と処罰内容が明かされたと思えば鬱憤を払えるほどの処罰はなく。ならばこの煩わしい怒りはどう晴らせばいいか。
被害者と発表された、嘘つきどもに鉄槌を降すのは仕方のないことだった。
むしろ許されるべき所業、正当な八つ当たりであり、またノアルたちにもその罰を受けるだけの申し訳なさはある。故に唯一の反抗が無視することだ。
「とにかく、さっさと終わらせるか」
「そうね」
背後の悪語は無視して鍬を手に瓦礫の撤去作業を再開するのだった。
ありがとうございました。
第二章、恐らく第一章よりも少し長いです。
しばらくは毎日更新で頑張ります。
それでは、また明日。




