第一章54話 罪のしるし
青海夜海です。
もう少しで新学期です。憂鬱ですが、がんばります。
雷足、迅雷の必殺が走る。心臓へと一直線に剣を穿ったその刃先に幾重の方陣が展開され塞がれる。
凄まじい衝撃に音はなく閃光を迸り大気と大地を叩き撃つ。大地にしたる水水が飛沫を上げ、時の流れの遥か向こうへアディルとクルールは疾駆した。
展開された方陣より放出される水槍が首を逸らすアディルの隙間を通り抜け、三十の槍を雷撃の網で相殺する。炎と水の蒸発が視界を白く染めるが距離を詰める一歩で白い煙に穴が開く。再び喉元へと雷剣が迅雷。展開される水の被膜を破り、足下からの水砲撃を横に飛んで回避。雷力の結合を利用して頭上より到る。
「【雷竜の盟約より来たれ幻雷の業】」
〈雷竜の禊〉への雷力供給による疑似召喚。雷で形成された五匹の竜が雷鳴を轟かせクルールを強襲。
しかし、頭上へ掲げた左腕に倣い無数の大小重なる方陣が展開され、水の息吹がいとも容易く焼き払う。
「クソがっ!」
雷の被膜で耐えてのけたアディルは剣先一点へと集束された雷砲を解き放った。雷竜ドゥグロームの落雷に匹敵する雷砲が直撃。視界すべてを純白に染め上げた一撃が凄まじい轟雷を突き刺した。眺めるだけのアイレたちを襲う衝撃波がようやく宙を舞っていた飛沫を動かすのだ。息も忘れる超常の激戦にリヴたちの視線は釘付けとなった。
「はぁはぁはぁはぁ……」
数十秒でしかない一進一退は、しかし尋常ではないほど精神と体力を抹消させ、煙より姿を見せたアディルの荒い息がやけに痛々しく響き渡る。が、【雷霆領域】の効果で徐々にだがアディルを回復させていく。この領域は落雷草がもたらず雷力を自然エネルギーへ変換する効果をも持ち合わせている。
だが、アディルの顔は晴れない。
やがて煙が晴れてはクルールの全貌を明かす。その変わらぬ佇まいにアディルの表情が苦虫を嚙み潰したように苦しく曇る。
「イカれてんだろ……」
「なんで……? 水属性には効果覿面のはずなのに……」
確かにそうだ。水属性に雷属性は効果覿面だ。『聖域』によるアドバンテージを覆すためにリヴたちが用意した必殺こそ、水と雷の関係性でありこの領域だ。
先の一撃は確かにアディルの渾身の一撃だった。全雷力を持ってして至近距離から放ったノータイムの一撃だ。だというのに、クルールはぴんぴんと変わらず佇んでいるではないか。
「ありえない……こんなの、ありえないよ」
ギルタブリルの挙動のない神足と同じかあるいはそれ以上の理不尽がそこにはいた。
「あれは俺の全力だった! なんでオマエはんな平気でいやがるんだッ! んなの――っ」
そこでふと違和感を覚える。よく見ろ。佇むクルールの身体には微かだが電気を帯びている。つまり麻痺しているということだろう。しかし、表情の一切も変えなければ痛がる素振りすら見せない。まるでそれは生き物ではないように。
「まさか――」
瞬間、僅かながらに神経を張り巡らせていた雷が魔力の彷彿を感じ取り。本能と勘のままに全雷力を発揮し、剣を振り抜いた。原型を見ることは許されず雷剣が宙より迫り来た魔力純度百の水砲撃を間一髪で食い止めるも、圧倒的なエネルギー量が雷であれ押し潰す。それは水を魔力でコーティングしただけの破壊砲。だというのに、それの原型は水だというのに、その水の塊りが人体より強固な岩石すら木っ端微塵に粉砕してしまう。今ここに一つ学ぶのだ。【翠星の獣】クルールの魔力のこもった水砲撃は人間を破片程度まで分解破壊するということを。
その圧倒的質量に押し負けていくアディル。その身体は大地を深くえぐりながら領域の壁へと攻め込まれる。領域を出ることはできず、もしも挟まれてしまえば両方から圧死させられて抗う術なくアディルは死ぬ。
「んなっ……クソがッ! んなっとこでッ! 死ねるかァアアアアアア‼」
それは最早意地の悪さに違いなかった。だが、理不尽を嫌い死ぬことを拒む餓鬼の意地は限界突破の死力を発揮し、眩い雷光を爆発させた。
消火されたように煙が立ち上り、吹き飛んだ水砲が驟雨のように領域に降り注ぐ。気温、呼吸、体温を二つ落とした静謐な空間に苦し気な呼気だけが振動する。
昇り消える煙より姿を見せたアディルの姿は火傷を激しく極限の力の行使で弾けた皮膚から血が流れでていた。
「お、お兄ちゃんっ‼」
「アディルさんっ!」
膝をつくアディルにリヴが駆け寄る。意識が釘付けにされたルナは己の役割を放棄してしまい、「隙あり」とアイレが根を切り裂いてクルールの下へと逃げる。
「お兄ちゃん! しっかりしてっ! お兄ちゃん!」
「っぅっがぁっ……はぁっぁっあ。……このぉてい、どぉ……」
「お兄ちゃんっ!」
無理に立ち上がろうとするがすぐに体勢を崩し顔から地面に倒れてしまう。無茶な力の行使をしたことで身体中が焼き切られたような状態だ。関節が痺れ、内臓が焼け焦げ、皮膚が弾け、反動の痺れと熱が体内循環を滅茶苦茶にしている。焼かれた喉は常に呼吸を拒み、また肺の活動も弱っていた。それでも生きているのは雷で無理矢理身体の機能を活動させているからだ。荒療治にも程がある。
「お兄ちゃんダメ! こんな身体じゃ絶対に死んじゃうから!」
「げほげほっ……クソがっ……ァ」
「ほら、回復薬飲んで!」
この重症にどれだけ効果があるかわからないが飲むに越したことはない。
なんとかリヴの肩を借りながら立ち上がるアディルは見る。
砲撃を放った空中でその身体を液体状に溶かし、元の位置、隆起した丘の上へと水たまりから出現するクルールを。クルールは、そこで突っ立っているもう一人の複製体をつつく。すると佇んでいたクルールは水へと戻ったのだ。
「っち。それが種か」
「そう。クルールの権能はすべての水に由来する。誰も所有しないすべての水を自由に操ることができる。それは分身体にもなって、砲撃にもなり、槍にもなる」
クルールの横に並んだアイレが情けだと解説してくれるが、どうにも嫌な話しである。
「はは……所有ってことは俺らの体内の水分は含まれないわけだ。あー清々するぜ。理不尽にも限度ってもんがあんだな。安心だよ」
「よくその状態でそれだけ言えるね」
「ふんだ! これがあたしとお兄ちゃんの凄さなんだから!」
「なんの自慢だよ……」
「もちろん、兄妹の絆と愛の自慢に決まってるじゃん!」
「ブレねーな……」
あるいはそう在ろうと必死なのか。ああ、どこまでも兄想いな妹か。まだまだブラコン卒業もシスコン卒業も叶わない。
「万事尽きたかな? この領域自体は見事だったけど、敗因はわかってるよね?」
「…………」
押し黙るアディル。その意は認めたくない悔しさの現れであり、同時に突きつけられる力量差と絶望の高さだった。
それをわかっているからアイレはわざと真言する。
「君の無力さだ。不甲斐ない君の弱さだ。この領域とその〈天雷の蓄剣〉に君の力量では答えられなかった。余すことなく領域を生かすことができなかった」
「…………」
「結局は、純粋な力の差だったんだよ」
ああ、わかってる。などと認めたくなどない。
けれど、あの瞬間、確かに条件はクルールを上回っていた。【雷霆領域】に〈天雷の蓄剣〉と〈雷竜の禊〉の恩恵。加えて強弱の位置関係。
もしも、アディルがそれらを余すことなく扱うことができていれば。
「もしかしたら、だったかもしれないね」
「ぐっ」
「…………そんなことっ……」
ない、と言い切れないのが現状を招いた原因だ。憐れむアイレに言い返す言葉はない。無様に貴様は何もしていないだろうなどと吠えた所で苛立ちは払えないだろう。
言葉にしたい感情のその言葉が見つからず、悔しさに拳を握って睨みつけるのが限界だ。
アイレは嘆くが、決して嘲笑はしなかった。
「君たちの未来には期待したい所だけど、僕だって必死なんだ。だから、悪いけどここで終わってくれ」
切願にも似た死生宣告にアイレは愛おしくも哀しそうに彼女の名を呼ぶ。
「クゥー。もうちょっとだから。だから、がんばってくれないかな」
『…………』
「大丈夫。僕はもう離れないから」
獣に人の言葉が届くものか……そう嘲笑えないほどに、彼の情愛はクルールを一人の女の子として向けたものだった。明らかな異常であり、軍の総司令官トマトのように怪物の死骸趣味のようなものではないだろうが、やはり偏愛としか形容できない。その在り方を純愛などとは、どうしてもアディルとリヴには思えなかった。
「愛してる奴に……殺しをさせるのか?」
だからそれは理解できない苛立ちへの言葉だった。決して理解できないものと対峙し、その理解できないものに理解する暇も与えてもらえずに殺される。その憐れなこと。それは生きていた意味すらないと言われているのとどう違うか。
「オマエのそれは復讐なのか? それがオマエの愛なのか? それとも本当はオマエだって心のどこかで」
「――違う‼ 僕はっ――クゥーを解放させたいだけなんだ‼ 復讐なんかじゃない! でも、これは……確かに僕の愛だ。愛なんだ」
アイレは泣きそうに辛そうに寂しそうに、それでいてどこか虚しそうに。
その頬は歪み。その眼は淀み。その声は切り裂かれ。その胸は蝕まれ続けてる。
けれど、それでも、そうだとしても、僕は――
「僕は――クゥーと一緒にいたい。それだけなんだ」
その願いを叶えてあげたいと思える人はいない。その愛を届けてほしとは思えない。だって彼は数多の関係のない人間の命を奪い、人類の敵である怪物を蘇生させたのだ。カインが願ったネルファの幸せを奪って。
そうだ。それが許せないのだ。それがあるから理解できないのだ。
リヴが口を開く。
「確かにこの世界じゃ殺すも生きるも全部自分の運命。誰かに殺されるのも、誰かを殺すのもぜんぶ、自分のためでそれが人生だから仕方ないとあたしも思うよ。あたしだって生きるためにたくさんの人を殺してきたから」
「ぇ……」
その、遠くの吐息が聞き間違いであることを願いながら振り向かずにリヴは告げる。
「それでも……あんたのそれは間違ってる。だって、あんたの殺しは全部欲望を満たすためのものだから! あんたのためじゃない、その欲望のために人を殺すのは間違ってる。それじゃあ、人は人を殺し続けるだけだもん!」
欲望に忠実に生きる世界、さぞ甘美な響きなこと。されど、欲望のために手段を選ばなくなれば人は戦争を引き起こす。昔、都市同士でも何度も勃発していた戦争は常に生きるためではなく、互いの欲望や利益を欲するために行われていた。
「生きるために戦い、誰かを殺す……それは、きっと生きる覚悟があって責任を背負って罪を理解して、それでやっと許せるものなの」
「…………」
「アイレくん、あんたからはそのどれも感じられない。だから、あたしは許せない」
その言の葉が罪の烙印を押す。アイレの行ったことは間違いであり裁かれなければいけないことだと。
ああ、それは――
「愛した人を……クゥーが生きることを、君たちは否定するんだね」
アイレの人生の全否定に異ならなかった。
愛する人を生き返らせたこと。その人のために有り得ないほどの時間をこの一瞬に賭けてきたこと。
彼が生きる人生の意味、それをリヴは知らずとはいえ否定したのだ。
そして、リヴの持論を否定と捉えた時点でアイレには罪を理解しその責任を背負う覚悟の一つもなかったことを意味した。
彼はいつだって泣きそうな目で殺意を突き出す。
「それの……なにが悪いの?」
「悪いよ。あたしたちは道具なんかじゃない。ちゃんと心があるもん」
「……それがどうして悪いことなの? ただ、クゥーを思い続けることの何が悪いの?」
「あんたも人間じゃん。だったらわかるはず」
「――――」
わかれてしまうからこそ、アイレは否定しなければいけない。そうじゃないとクゥーを生き返らせた意味が変わってしまうから。
「クルールとあんたのことは知らないよ。でも、大切な人を奪われた気持ちはわかるから」
「…………さい」
「あんたのしてることって、クルールを殺した人たちと一緒のことじゃないの?」
「……るさい」
「もう、やめようよ。きっとクルールもアイレくんのそんな姿望んでないと思う」
「――うるさいうるさいうるさいうるさいぃいいいいイイイイ!」
駄々をこねる子どものようい地団駄を踏んで「知った風に語るなッ!」と風が荒み吹く。
「そんなの知らない! 知らない知らない知らないッ! 綺麗ごとなんてっ、君のその嘘は殺すことを妥協しているだけじゃないか! どんな言葉も詭弁だ。責任を背うから殺していい? 罪と理解するから殺していい? ぜんぶぜんぶ欺瞞だ。僕と一つも変わらないよ」
「違うっ! だってそれは生きる理由だもん! 欲望じゃないから」
「だから何って言うのッ! なら僕がクゥーがいないと生きられないっていったら許されるの!」
「そ、それは……でも、そんなの」
「ありえないって君はまた否定するの?」
「――――っ」
「怪物に恋をして、三百年間、クゥーを生き返らせるためだけに生きて来た僕の人生は嘘だって言うの?」
今度こそ言葉に詰まる。殺し殺されるそんな残酷な世界で、殺すことの罪悪感を許すために理解と詭弁に満ちた責任を背負う……そう、自分を騙すことで正当化する。
誰もがやっていることで、そうしないとこの世界では生きていけないのだ。人を殺す罪は重く痛く呪いのようで、殺せば殺すだけその手は血濡れに汚れ亡霊の恨み言に魘される。すべてを背負いながら生きることは誰にもできない。きっとどこかで破綻して病んで死ぬ。そんな人を何人と見て来た。そんな愚直な正義を見て来た。そうして、嘲笑われて死んでいく者たちを見て来た。
嗚呼、そうだ。そうさ。
アイレは悲壮を抱えながら気高くあろうとするリヴの心を砕く。
生きる意味を詭弁でも持たせてしまえば、すべてが誠実になる、まさにその詭弁に絶対真実を突きつける。
動悸が激しくないのに空洞のように抜けていく胸に孤独と焦燥を交えながら、その手脚が理解に震え、その喉が知りたくないと壁を張り、その眼が眠りの闇に沈んでしまいたいと――なのに、アイレの憐みと痛切な悲し気な顔がリヴを離さなかった。
「リヴっ! おいリヴ!」
アディルの叫び声が真横から聞こえて、その身体を揺らされるのに。真実アイレしか意識に入らない。
そして、彼は教える。
「許しなんて存在しないよ」
そう、痛烈に切り裂き血飛沫を花吹雪のように舞い上がらせ。
「誰も世界も神だって、許してはくれない」
孤独が穴となってあらゆる記憶と感情と言葉と関係と。信じていたすべてが落ちていく。
「この世界に罪じゃないことなんて一つもない」
落ちて落ちて落ちて――視界を埋め尽くす血赤に染まった人生の欠片が舞い吹雪く地獄があった。
栄光も道楽も好奇心もおいしいも哀しいも寂しいも嬉しいも憤怒も怠惰も信条も理由も意味も異義も意志も命も名前も乾きも孤独も焦燥も呆れも痛みも虚しさも慟哭も優しさも絆も縁も友達も仲間も恋も愛も家族も幸せも不幸せも死にたさも生きたいも嘘も狂言も尊敬も憧憬も嫌悪も憎悪も性欲も食欲も睡眠欲も涙も嗚咽も傷も約束も――すべては血赤に汚れ大焦熱にくべられた。
人生そのものが否定して拒絶して違うと言い張って遠ざけてきたものの住処だと真言され、無意識の領域で意識が漠然と、しかし判然と真核にそれを知る。
嘘だ、その言葉が焼かれて灰になる。
違う、その否定が燃えて炭となる。
ありえない、その意識が燃焼され烏有に帰す。
リヴという名が剥奪、漂白された。
「……そ……なの。そん、な……の」
魂が抜け落ちたかのように愕然とするリヴをアディルが肩を揺らすが。
「おい! リヴっ! しっかりしやがれェ! リヴッ!」
「…………」
しかし、反応はない。信じていたすべてに裏切られ生きる意味を失ったかのように、妹は呆然と膝をついた。唐突なことにリヴに支えられていたアディルが無様にうつ伏せにこける。
クソッと吐きながらなんとか身体を起こし、リヴに呼びかけるが反応はしてくれない。
「テメェーッ!」
「…………」
その冷ややかな眼差しにアディルは理不尽な暴言を吐けなかった。歯を喰いしばり、苛立ちを募らせながらもその眼は未来に思考を馳せている。
「君は驚かないんだね?」
「んなことどうでもいいんだよ。世界は理不尽だ。理不尽を俺は信じねーよ」
「じゃあ、君が信じるものはなに?」
「決まってやがる。俺自身だ」
その無根拠な自信に、そっとリヴが顔を上げた。領域外のルナがぎゅっと拳を握り込んだ。
「俺が信じるものを信じる。俺が正しいと思うことを俺はする。俺が思う優しさで、正しさで、気高さで、愚かさで、醜さで。そうやって俺は生きてんだよ。罪人なんざ結構だ。地獄に堕ちるっつーならそりゃそん時だ。俺が生きてんのは今なんだよッ」
だからと、兄は妹に奮い立たせる。
「だから立ちやがれッ! 偽善欺瞞詭弁上等だッ! クソだが、それでも俺の偽善でアイレ、テメェーだけは絶対に殺すッ」
そこに揺らぎはない。戸惑いはない。疑いも不安もなかった。真実、偽善だけが正しさだと貫き立っていた。
「お兄ちゃん……」
リヴはその姿に圧倒される、けれど、矜持とでも言えよう彼女の業が乗っかることを許してはくれない。だから、再び俯いてしまう彼女は考え始めた。
「アディルさん……」
そして、ルナはただ一人。愚かしくもやはり憧れを抱く。一人、【雷霆領域】外に取り残された彼女にできることは少なく、全快ではない状態での心歌術も難しい。だから、ずっと蚊帳の外で、それでもリヴとアディルへ浴びせられた世界の一つの真実に思考を巡らせていた。その上でルナは抱く。
「すごい」
憧れと眩しさを彼の背に。だからこそ、ルナは踏ん張った。
立ち上がって剣を構える死に体のアディルに、アイレはやはり悲し気な顔をして最後の審判を降す。
「なら、そんな愚直を貫き通して死ぬんだね」
一歩前へ出たクルールが翡翠の眼にほんの少し理知的な光を宿し甲高い声を上げる。
領域内全体にしたる水が、ある一定の量の塊りへ動き出す。そうして形成されたのは百を大幅に超えるクルールの水幻体だ。生憎と背から三メルほどで【雷霆領域】の壁であったことから、背後には現れていないが文字通り、周囲一帯囲まれた。
二人の兄妹を見据える有象無象の水の衆。
「クソがッ! ギルタブリルより無茶苦茶じゃねーかァ! リヴッ! 領域が消えるのに後どれだけかかりやがる!」
「あと……八分くらい、だと思うけど」
けどに続く言葉は諦めの言葉だろう。その弱音を呑み込んだのはリヴの気高さの証拠だ。それは誇るべきだが、この状況にて諦観をアディルは許さない。
「立てッ! 死ぬぞ!」
「……」
「オイッ! リヴッ!」
「…………」
返事をしない妹に舌打ちをしたアディルはリヴを背にそれでも戦意を無くさなかった。逆により強く鋭く刃物のように研ぎ澄まされる。
やはり、彼の眼はアイレの行いを許しはしなかった。
「テメェーを殺し怪物を殺し、ネルファを取り戻す」
「やれるならやってみればいい」
「ああ、やってやる」
そして、クルールの水幻体が、アディルが動き出そうとしたその時。
「イカれたァことになってやがるがァ。まー好都合ってやつだなァ!」
そんな、男の大声が響き渡ったのだ。
ありがとうございました。
それでは、また明後日に更新します。
では。




