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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第一章 魂の記憶と風の息吹
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第一章39話 雷鳴なる刹那が語り問う

青海夜海です。

お待たせしました。バトルします。

 

 霧雲が立ち込める山岳道の脚の短い草葉の上を駆け抜ける。光を差し込んだように雲が切れ、迸る閃撃は、しかし風でできたパンテオンには大した傷にはならない。裂かれたつむじ風は吹き抜ける強風を取り入れてすぐさま再生する。

 風の踊り子(シルタートル)、全身を風で形成するパンテオンは取り寄せた風を砲撃として放った。


「【シルフよ・風撃しろ】」


 アイレが風撃で迎え撃つ。風と風の衝突は大きな歪みを生み、大気を揺るがす。シルタートルは周囲の風をも自分の一部にできる特性を持つ。故に風での迎撃は失策だ。


「でも、僕だって君の真似事くらいできるんだよ」


 アイレは槍先を時計回りに回し始めた。槍の動きに倣うように迎撃する風撃が渦を巻き、その渦はシルタートルの風撃に伝染。やがて一定の動きとなり調和のとれた風同士は結合していく。アイレの風がシルタートルの風を巻き込みそのままシルタートル本体をも巻き込んだ。自分の形が奪われていくシルタートルはやもなしだと身体の一部を切り離し逃亡。


「大人しく観念せいやー」

『――――っっっ⁉』


 待ちかまえていたとばかりに背後に立っていたリヴが光沢のある手袋でがしっとシルタートルを捕まえた。


「おりゃ!」


 と、袋草に突っ込む。口を閉じた袋草をウエストポーチに収納して任務完了。ふうーと一息。


「ありがとねアイレくん。いやーアディルより役に立つんじゃない」

「さすがに褒めすぎだよ。でも、僕にできることがあるならなんでもやるから」

「ふゅーかっこいい!」


 その眼はちらりとアディルを見てニヤリ。まるで、「アディルよりかっこよくて頼りになる」とバカにするような目だ。


「うぜー」


 シスコンとは言え、リヴにバカにされていい気分などするはずもない。兄としても自覚もある分、劣等扱いは非常に頭にくる。


「っち。次のは俺がやる」

「えーアディルにできるかな? アイレくんが一緒にやったほうがいいと思うけどなー」


 ここぞとばかりに(あお)るリヴ。先の、蹴り飛ばしたことをよほど怒っているらしい。

 アイレの腕にしがみついて。


「お兄ちゃん、無理しなくていいよ。あたし、無様で情けなくてすぐに妹を蹴るバカアホめんたいこなお兄ちゃんでも愛しているから」


 などと、これでもかと煽って来る。アイレの腕にしがみついているのもシスコンのアディルを更にイラつかせた。


「クソがァ! ああ、そこまで言いやがるなら見てろ。テメェーの度肝ぶちぃ抜いてやる!」

「いや、ぶち抜かれたら死んじゃうから。あとマジ切れ気持ち悪いから」

「黙れ!」


 こういうムキになる所を見て、ルナは可愛いと思った。


 昼食を済ませて更に一時間ほど歩いてようやく辿り着いた『仙娥せんがの霊峰』。

 脚の短い草葉のなる岩山が連なり、霧らがまるで高山にいるような錯覚を覚えさせる。絶え間なく吹き抜ける強風と変動の激しい頭上の雲々。奥に進むにつれ雲々が濃くなり、見上げるほどの岩柱が立ち並び、それは頭上の雲海の遥か上まで伸びている。やがて続いていた道は途切れ、覗き込む真下は霧雲に覆われて見えなくなる。それが『仙娥の霊峰』に人が立ち入らない要因だ。


 奥の天空仙境ではなく、今は序盤の地底仙境。岩壁に挟まれた広がる山道を絶え間なく強風が吹き抜ける。肌寒い気温と一進一退を見張るっているかのようにゴロゴロと唸る霧雲の遥か上の雷雲。時偶に遠くで閃光が落ち耳朶を驚かす雷鳴が轟く。あれを間地かで唐突に喰らえば心臓など容易く停まりそうだ。びっくり死である。

 霧雲のせいで遠くまで見渡すことはできない。加えて強風が足音や気配などを掻き消し、それに便乗して迫り来るものも存在する。


 反応できたのは瞬間的な雷の日照りだ。


 炎を(まと)って振り抜いた剣と、風が生み出したように出て来た雷光に染まった四肢の獣。

 炎剣と雷体が交わり纏わりつく強風を頭上へと打ち上げた。莫大なエネルギー同士の衝突はさらなる余波を生み出し岩壁が吐血したように表面が砕ける。

 雷体の獣が飛び下がり、雷鳴を轟かせる。

 正体を見極める暇もなく、立ち寄せる雲々が黒く(いななき)きアディルたち目掛けて落雷を見舞った。


「避けろッ!」

「きゃっ!」

「なんでこっちまでくるのー!」

「広範囲の雷攻撃!」


 アディルは振り向き三人とも無事なことを確認してすぐさま走りだす。既に霧雲へ姿を消している雷体の獣。超高速で雲の上、そして風を足場に宙を駆けている。

 狙いを定め切れず脚を止めてしまったアディル。瞬間の隙を見逃さぬと右後方より雷体が襲う。


「なっくっ、死ね!」


 経験より感覚が剣で迎撃に成功するが、重い猛撃に体勢が不利なアディルは吹き飛ばされる。しかし、風のエレメントを操り追撃していた雷体の獣の牙を真向から弾き返した。

 後方へ下がった雷体の獣をやっとその眼に収める。


「っち。厄介な奴に狙われたもんだな」


 ライオンの四足に鋭い爪。狸に似た太い胴体。見透かすような猿の眼をした狼の顔に長い上歯の八重歯。頭部にはブラックバックの捻じれた角が両対にあり、蛇の尾が背後を見張る。

 その脚は雷雲を駆け風を駆け。その喉は雷鳴を轟かし。その牙は万物を切り裂き。その全身に纏う雷は何者も近づけやせず、すべてを焼き払う。仙境を縄張りにする雷の獣。


「雷獣ヌエ」

『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼』


 けたたましい雄声の雷鳴が全身を痺れさせた。雷に打たれたと錯覚する鋭い咆哮は闘志の(たぎ)りであり、深紅の瞳がアディルを獲物と定める。


「アディルさん! わ、私たちも!」

「いらねー」


 歌う準備に入ろうとするルナに一蹴。手助けの拒絶にルナが吠えた。


「意地を張ってる場合じゃないよ! 一緒に」

「問題ねーっつってんだ」


 ルナの心配も(むな)しく、アディルは拒絶を繰り返す。意味がわからないと瞳が揺れるルナに、アディルは改まって。


「心配はいらねーっつってんだ。この程度、俺一人で充分だ」

「…………」


 それをどこまで信じることができるか。アディルが強いことを知っている。きっとルナが想像するよりも見てきたよりもずっと強いことを。それでも、わかった、などと軽薄も(はなは)だしく冷酷だ。

 引き留めたい、そんな衝動はリヴの呑気な声によって引き留められた。


「大丈夫大丈夫。アディルが一人でやるって言ってるんだし、任せとけばいいよ」

「…………」

「そんな顔で見ないでよねー。ま、ここは男の矜持(プライド)ってやつでしょ。いざとなったらアイレくんが助けてくれるから」

「なんで僕? まーいいけど。僕も彼の力見てみたいし」


 二人が納得しているならこれ以上は何も言えない。「ね?」と折衷案まで出されて、アディルが心配ないと言っていて、ルナは頷くしかできない。

 それが酷く寒々しく感じた。


 さて、そんな仲間の戯言などどうでもよく。こちらの出方を窺うヌエ。

 先に仕掛けたのはアディルだ。


「【サラマンダーよ・炎を放て】」


 駆け出しながら展開した六つの火球がヌエ目掛けて放たれる。咆哮を上げたヌエの捻じれた角に雷が蓄積し、細やかな無数の雷閃が火球を相殺する。そこへ、遅れてやってきた一回り大きな火球がヌエに直撃する寸前に、ヌエは雷速を持って宙へ回避。


「死ね」


 そこを狙ってヌエの頭上を跳躍したアディルが炎剣を振り下ろす。顎が魔術的に雷を纏って炎剣に迎え撃った。見事相殺されたアディルは舌打ちをしながら着地する。

 頭上を仰げどもヌエは既に雲風の中。光が走る様にしか見えず、捉えられない。

 刹那、背後から雷体が突撃してきた。間一髪で風の障壁を剣に纏わせ防御する。が、アディルを押し切らずに宙へ逃げる。後ろに蹈鞴(たたら)を踏むアディルが見上げた瞬間に右後ろから再びの突撃。剣が間に合わず風の障壁のみで対抗。亀裂を入れ後退させられるアディルだが、またもヌエは上空に逃げる。

 そこから始まるのは落ちる狙った驟雨と似た、雷体のラッシュだ。

 突撃しては反撃の隙を与えずすぐさま宙へ逃げ、立て直す暇を与えず再びの突撃。

 駆け回ることで身体に雷力を溜め、速度と威力が上昇していくヌエ。守るように展開した風の障壁が罅割れていく。その度に凄まじい衝撃がアディルの身体を襲う。

 一方的な蹂躙に成す術ないと守りに徹するアディル。


「アディルさん⁉」

「危ないってルナ!」

「で、でも!」


 ヌエが雷速で動き回るせいで風速が増し凄まじい暴風と化した戦場。生身の人間が近づくことは不可能だ。それはわかっている。けれど。


「死んじゃ嫌だよ……」


 攫猿(かくえん)によって悲惨な目を受けた人を見た。病気だったとは言え大量の出血をして亡くなった人を見た。ギルタブリルとの戦いで一度は死にかけた姿を見た。

 どうして大丈夫などと言えようか。ルナでさえ既に三つの死を見てしまったというのに、あるいはそれこそが当たり前と割り切らないといけない世界なのだろうか。

 そんな理不尽はあんまりだと八つ当たりに似た怒りを覚え、身体を抑えるリヴを睨みつける。リヴは肩をすくめるだけ。


「そんな怒んないで」

「じゃあ、その手を離してよ」

「だーめ。離したらルナが死んじゃうもん」


 悪気などない。それは事実としてルナが力づくで手を振りどけない理由だった。ならば歌えばいい。遠距離からの攻撃なら問題ない……と、考えた己の精神が一向に整わない。揺らめく心が歌うことを躊躇(ちゅうちょ)させる。この精神状態で心歌術(エルリート)を使えば、アディルにも被害がいくかもしれないから。

 結局、それ以上動けない臆病者をリヴは慰める。


「アディルは贔屓目(ひいきめ)で強いんだから、大丈夫だって。もっと信じれみよー!」

「贔屓目なんだ……」

「贔屓目くらいじゃないと(おぼ)れるからね」


 言われた気がした。あの程度の獣など兄の敵にはならないと。贔屓目という目には確かなる信頼と同時に常に妹としてサポートをする覚悟があった。

 瞬間、ルナは己の浅ましさに恥じ、リヴの信頼に嫉妬した。それもまた恥じる。

 そして、リヴの信頼に応えるが如くアディルは動きだす。


「調子に乗んじゃねー。けど、いいぜ、オマエの土俵で殺してやる」

「あ、素材欲しいから良い状態で殺してね」

「…………」


 いちいちうるさい妹である。嘲笑うかのように雷体の突撃を幾度と繰り返すヌエ。風の障壁に罅が入り、砕け散らんとしたその時。


「【私の名を献上する・炎よ(いなな)け・風魔よ叫べ・雷火よ()く走れ】」


 火と風のエレメントにナギが干渉し、緻密な操作の上、二つのエレメントは共鳴する。二つのエレメント、火と風が共鳴の果てに統合を終え一つの属性へと昇華された。


 複合属性――雷属性。


 雷が障壁の破壊と同時に空へと飛びあがった。からぶるヌエが大地を叩く。どこにいったと見上げ気づくのだ。

 形勢が逆転していることに。雷雲を雷速で走るのは己ではなく獲物であった。

 追いかけんと膝を曲げた瞬間、雷が落ちる。雷撃がヌエの尾を切り飛ばした。絶叫するヌエは雷雲に逃げる隙を許し、立て直す隙を与えぬ雷撃が迸った。

 眼に見えない速さ。一撃で感電させる力量。何より、急所を外して襲い掛かる緻密さ。嘲笑い弄んでいたヌエが今度は遊ばれる側になっている。

 獣の能力を上回る圧倒体な才がヌエを蹂躙する。

 脚の関節を切断され、捻じ曲がった角が付け根から切れ落ちる。眼玉に火傷を負い全神経が痺れに感覚を失う。それは、雷力を蓄電する特性を持つヌエでさえ蓄電できないほどの雷力を浴びているということ。雷獣と呼ばれるヌエが感電している時点で力量の差は愕然(がくぜん)と理解に事足りる。

 奮闘するも虚しく、立ち上がることすらできないヌエに貴賤(きせん)の輩が褒美だという風に、アディルは上空より見下ろし。


「いたぶってくれた礼だ。受け取れ」


 吹き荒れていた風が終結し、膨大な雷力を内包した雷風撃が放たれた。静寂に染まり、すべてを見渡すことができたのは刹那。数秒後にはヌエを中心に竜の雄叫びに似た雷風が打ちあがった。それは天を埋め尽くす雲雲を貫き束の間の晴天をもたらす。痺れを残す焼け焦げた大地の中心、外傷は増えていない感電死したヌエがそこに横たわっていた。


「ちょっとアディル! 素材だって言ったじゃん!」

「あ? わーてる。ただの見せしめだろ。状態は悪くねーよ」

「あ、ほんとだ。って、こっちまでちょー被害きたんだけど!」

「オマエがいれば問題ねーよ」


 そう言われて「ま、そうだけど」と照れるリヴはチョロい。この妹もブラコンなので兄に頼られたり褒められるとなんでも許してしまうのだ。


「アイレくん。解体するの手伝って」

「了解」


 ヌエの解体を始めるリヴとアイレ。ため息を吐くアディルにそっとルナは近づいた。


「……私はどうしたらよかったんですか」

「…………」

「私は、まだ全然わかってなくて……」


 そう顔を上げアディルの眼と合わせたルナの眼が呟く。


「信頼って、どうしたらできますか?」

「…………」

「大丈夫だよって、どうしたら思えますか」


 それは自分自身に問うているようで、ガラクタを並べた正解よりずっと難解で形作るガラクタが見つからないようなもの。

 アディルの相貌が物語るのはどこか信憑性のない、それでいて現実の見解。


「好きにしろ。リヴ(あいつ)にも俺にも合わせる必要なんざねーよ。オマエは思うように生きればいい」

「思うように……」

「それがオマエの名前だろうが」

「…………」


 少女には()()()()()()()()。けれど、記憶喪失なためそれを思い出せないでいる。忘れてしまった、あるいは封じ込んでしまった、失くしてしまった名前の代わりにリヴが与えてくれた名前。それが『ルナ』だ。ルナとは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 思い出す。その名前と共に彼が言ってくれた言葉を。


 ――新しい私として生きていい。


 思い出して少し落ち着いた。好きにしろと言われて焦燥が薄れていく。今だ彷徨う孤独感を彼だけは気づいて時折り振り返ってくれる。ずっと後ろをけんけんしながらたどたどしく歩くルナへ。


「アディルさんは優しいね」

「バカ言うな。オマエの人生まで背負う気なんざねーよ」

「人生って……うん。私も押し付けたくはないな。だから、言ってほしい」


 柔らかくなった表情で。


「頑張れって言ってほしいな」

「…………」


 それは甘えだろうか。うん、今はちょっぴり甘えている。

 ルナと名乗り二人と一緒に冒険すると決めた時点で人生を頼ることなんてしてはいけないはずなのに、今もまだ甘えている。その甘えをやめるためにその言葉が欲しかった。

 まるで最後の甘えにするからと舌を出すように。

 彼は嘆息して。


「まー適当に頑張れ」


 そうぶっきらぼうな声援を送って解体する二人の下へとルナに背を向ける。


「うん。がんばるよ」


 迷わない強さを。助けられる強さを。あなたの隣に立てる強さを。

 強くなりたいから、強くなるために頑張ろう。

 そう、今一つルナは脚を踏み出した。


ありがとうございました。

感想、いいね、レビュー等よろしければお願いします。

明後日に更新予定です。

ではまた。

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