第一章37話 愛一つ されど無に悲しく
青海夜海です。
本日もよろしくお願いします。
喪失を埋める術を私は知らない。あなたがいない人生をどうやって生きて行けばいいのか私は知らない。あなたが私に願ってくれたこと。叶えたいのに、叶え方がわからない。
私はどうやって生きたらいいのかわからない。
私と彼の人生を狂わしたお父様を殺した。あなたは悲しむかもしれないけど、のうのうと生きてるなんて許せなかった。お父様の道楽のせいであなたは死んだ。多くの人が不幸にあった。お母様が死んだ。
だから、後悔はない。お母様とあなたと侍女たちの仇をとれたから間違ったことだとは思わない。
そう、私はやっと自由になった。アルザーノ家から開放されて、忌々しいお父様もいなくなり暗殺者に狙われなくなって、晴れて私は自由の身。これからは好きなように生きられる。……なのに。
「どうして……あなたはいないの、カイン」
毎日のように呼んでいたあなたの名前。将来結婚したいと思っていた男性の名前。好きだと告げて困った顔をした私専属の護衛兵の名前。それでも、私の隣をずっと歩んでくれた愛しき人の名前。
「カイン……カイン……カイン」
何度も呼ぶ。好きだと呼ぶ。結婚してと呼ぶ。どこにいるのと呼ぶ。逢いに行くからねと呼ぶ。こっち向いてよと呼ぶ。その背中に呼ぶ。その横顔に呼ぶ。その瞳に呼ぶ。
「カイン……あなたは、どこにいるの?」
呼んでも呼んでも返事は帰ってこない。お嬢様どうしましたか?……そんな声が聴こえてこない。困った顔もため息も細めた目も汗ばんだ背中も。
もう、そこにはいない。夢の中で手繰り寄せても眼を覚ませば虚空が漂うだけ。
失って初めて気づく。嘘だ。ずっとずっとわかっていたこと。それでも、失って更に気づいたのだ。
「私……生きていけないよ……っカイン……」
あなたがいないと生きていけないことを。もう、立ち上がれないことを。生きるより貴方の隣に本気で生きたいことを。
だから、心の中でごめんなさいと呟いた。名前を呼ぶ回数と同じだけ『ごめんなさい』と。
私はカインの剣を自分の心臓へと一思いに突き刺そうとして。
「もしも――彼が生き返るかもしれないとしたらどうする?」
得体の知れない声に、だけど手を止めてしまう声に私の全神経が振り向いた。
黒の外套に身を隠した男は確かに言ったのだ。
「夢想花はあなたの願いを叶えてくれますよ」
そして、微笑んだのだ。
「もしも――愛しい人ともう一度逢えるとすれば、あなたはどうしますか?」
すべての時間の中でこの心臓だけが激しくドクドクと燃え上がり、その声の願いの祈りの希望の奇跡の先に彼を幻視した。
その未来が私は欲しかった。
だから――
「どんな手を使っても、カインを生き返らせたい! 私にはっカインが必要だから!」
そう強く強く頷いた。
私は歩いた。何度もパンテオンに襲われそうになりながら、黒衣の彼の後を追いかける。カインの遺品を使っているとまだ彼が生きているように感じられた。同時にどうして私が?という虚無に堕ちては這い上がる胃液を耐え忍んで呑み込む。
幻想の幸せと悲劇の想起を繰り返し、それでも私は足を止めなかった。
「ほんとうに、ほんとうに……カインは生き返るの!」
必死に叫ぶ、確証がほしい私に彼は「はい」と頷いた。
「夢想花は奇跡の花です。どんな願いでも一つだけ叶えてくれます」
「…………嘘じゃないですよね?」
「嘘じゃありません。たとえ嘘や想像しない代償が必要だとして、ならばあなたは諦めますか? 万が一の可能性をあなたは切り捨てますか?」
黒衣のフードのせいで顔はよく見えない。けれど、ずっと真剣で切実な声音は彼の真っすぐな瞳を想像させた。そして気づかされる。私が本当に願わなければいけないものを。
「諦めない。私はどんなことをしても、可能性があるなら私は命だって賭ける! カインが私に生きてほしいといってくれたように、私もまた彼には生きていてほしいから」
そうだ。私は彼と生きたい。でも、それ以上に彼に生きててほしい。生き返ったことで、別れるような未来だとしても、私はあなたのいない世界じゃ耐えられないから、せめてカインには生きていてほしい。
そんな矛盾が今はどうしても私の心を熱く燃やしていた。
黒衣の彼は何を言うでもなく背を向けて歩き出し、私は懸命に後に続いた。
そうして、辿り着いたのは緑の細根が足場を埋め尽くす僅かに水の湿り溜まったクレーターの中心だった。見上げると五メルほどのなだらかな丘陵、そのいただきに黒衣の彼は私を待つ。そこがカインを生き返らせる夢想花があるところらしく、最後の力を振り絞って荒い呼吸を上げながら丘を登る。
「はぁはぁはぁっ……ついた」
膝に手を置き呼吸を整える。そうしていると眩い輝きが足下を照らし出し私は顔を上げた。
惹き込まれる、まさしく夢で見るような美しい花がそこに一輪咲き誇っていた。
七色の輝きを放つ翠の花。五弁の花びらの中心にエメラルドのような雫が一つ。私は思わず声をあげて魅入ってしまう。どんな宝石や錬金物よりも美しく、まさしく生命の輝きだと思った。海や星、月の輝きにずっとよく似たエネルギーに不思議と不安がなくなっていく。見ただけでこの世界の知識に乏しい私でもわかった。
「カインが、生き返る」
実感がぐっと沸き上がる熱い胸の奥を抱きしめ、彼に振り向く。
「それで! どうすれば――」
次の瞬間を私は覚えていない。
ただ、霞んでいく視界の端に、虹色の輝きがいつまでも光を放っていて、意識が途切れる寸前まで必死に手を伸ばしたこと。祈り続けたこと。
どうか、カインを――カインをっ生き返らせてください――
それだけは覚えていながら視界は闇に染まっていった。
*
紅月の刻 十二日。地下世界 昇月四時。
天場で言う所の二十二時に当たるわけだが、【エリア】は昇月と深月が反対になっているので、天場が夜の今は【エリア】では朝に当たる。これによって日付も半日のズレがでている。
ここ【エリア】では月の明かりに変わって、空全体が光を放っており、真っ白く光に覆われていることもあれば青空や緑の空の時もある。ただ、その光源の明るさときたら天場より遥かに強く薄布を剥いだような感覚だ。
そして、そんな明るい今日の空は白い光源に覆われ怪鳥どもは元気に縄張り争いをしていた。
「……むにゃむにゃ……ねむい」
眼をしゅぱしゅぱさせるリヴはふわぁーと大きな欠伸を一つした。
「眠そうだね」
「あーうん。ルナが眠った後もどんなセフィラ作るか考えてて、他の錬金物考えてたら止まらなくて……」
「そうなんだ。でも、夜更かしはお肌に悪いよ」
そう言われて自分の肌に触れる。少し乾燥しているように感じて保湿クリームを一応塗っておくことに。別に乙女的思考やルナの肌に嫉妬したとかそういう理由ではない。断じて否である。と、乙女的に恥ずかしがって保湿クリームを塗るリヴは置いておいて、今ルナたちは無法都市フリーダム東門にてとある人物を待っていた。
「おせーな。騙しやがったか?」
「アディルさんはアイレさんのことを疑ってるの?」
そう訊ねるルナにアディルは一度黙る。昨日のアイレという男のことを思い出していると。
「すみません、遅れました」
と、灰翠の髪の青年――アイレがやって来た。背中には一本の槍。防具は胸プレートのみのようで、予想できる戦闘スタイルはアディルと同じだろうか。
「少し迷っちゃって」
「確かに迷いますよね。私もアディルさんとリヴがいなかったらと迷子になってたと思います」
「迷子=死みたいなもんだがな」
「怖い事言わないでよ!」
「ふわぁー……まだ?」
一人マイペースな奴がいるが、ま、それはいつも通り。この三人に「今日はよろしくお願いします」と律儀に頭を下げたアイレを加えた四人で向かうだ。
「よし! 目が覚めた! ということで素材集めにレッツゴー!」
「お、おー!」
「……元気すぎんだろ」
「楽しそうですね」
四人が向かうは『芽吹きの丘』北東に位置する雲海が立ち込める仙境。名を『仙娥の霊峰』。天に最も近いと言われるかの仙境へと挑むのだ。
と、その前に昨日のことを一度振り返ろう。
アンギア・セブンから北西『クルル海湖』に向かった冒険者が次々に行方不明、帰還ならずといった状況がもう十日以上続いていると話しを受け、その調査の依頼を申し込まれた。原因は一切わからず、関係あるかどうかわからないが、ネルファと思わしき人物が死者を蘇生できる花――夢想花に関係して姿を晦ましたことがわかっている、聞いたこともないその花との関係性について考えていたその時。
――僕の名前はアイレ。是非、僕もその任務に加えてもらえないいかな。どうしてもやり遂げないといけないことがあるんだ。
そう話しかけてきたのが、アイレという青年だった。
猜疑の眼で睨みつけるアディルに彼は少し困った顔で。
「夢想花は幻獣と同格くらいに稀少な魔術植物。大地広く根付いた根が数千年にかけて生命力を集めて蘇生魔術を発動させる」
「なにそのふざけた能力って千年⁉ さすがの歴代最高の美少女のリヴちゃんでもこの美しさを保てる自信がなくなっちゃう年月なんだけど⁉」
「その前にオマエは死んでやがるよ」
「あ、そっかー。二年だっけ? あはは忘れてたよ」
あっけらかんと爆弾を投下するリヴにルナの心臓がヒューっと冷える。
都市アカリブで逃亡前日にアディルが教えてくれた、彼らが冒険に急ぐ理由。
後二年、リヴが口走ったようにアディルも自分たちの寿命は二年だと告げた。それがルナの冒険への動機の一つに違いはないが、やはり今なお現実味がない。だって。
「ま、それは置いておいて。死んで復活って身体はどうするの?」
そうなんでもない感じに話しを進めていくのだから。寂寥感などと言った負の感情は一切見られず、朝ごはんを告白する温度と同じ。緊迫を帯びたのはルナだけで、平然としている二人を見ていると自分が間違っているように感じるのだから。どこに現実味を感じればいいのか。ルナはイマイチ漠然とした不可思議な不安を抱き会話に集中する。
「それはわからない。もしかしたら死体を使うのかもしれないし、肉体まで復活するのかもしれない」
「ふざけてんのァ? んな花がァありゃァ誰も報われねェーってんだァ」
「僕もそう思うよ。僕も一度見ただけで実態ははっきりとはわからない。でも、ざっくりとだけでどんな姿とか周囲の様子は教えられると思う」
それは一理あった。夢想花という言葉自体耳にするのが始めてなアディルとリヴ。得体の知れない存在に真向から立ち向かう、賭博もいいところ。しかし、アイレの話す生態系や能力が本当かどうかも怪しければ、彼の言葉自体矛盾があった。
「テメェーその花を知ってやがるッつーことはだなァ。帰還者っつーことだなァ?」
そうだ。彼の口ぶりからするように夢想花が何等かの要素で此度の消息途絶えた事件に関係しているとわかる。そして、関係していると定義した上でかの情報と状態や生態を知っているということは。
「『青鈴の蘭草原』で何があったんだ?」
アイレという青年が帰還者に違いない。期待を込める彼らに、しかしアイレはすまなそうに。
「悪いけど、僕が知ったのはずっと昔だよ。だから当時の記憶になるんだ」
「っち」
「舌打ちは酷くない⁉」
折角何かしらの手がかりでも掴めるかと思ったが、空振りに終わる。夢想花事態が事の問題元とは考え難い。大地から生命力を数千年かけて吸収するというかの花に、腕利きの冒険者が揃って消息を絶つとは思えなかった。
しかし、アイレは言う。
「けれど、夢想花が咲いているのは『青鈴の蘭草原』に間違いはない」
「――――」
「ずっと前だけど、僕の知る夢想花の習性が何か役に立つかもしれないし、戦力が多いに越したことはないと思う。……僕だって助けたい人がいるんだ」
切願に近い申し込みだった。利益と理由を述べ、そのどこに嘘があり嘘じゃないかなど判別はできないが。彼の言い分には一理あり、誰かを助けたいという気持ちに薄っぺらな感情は一切感じられない。
「どうするの?」
小声で訊ねてくるリヴ。アンギアは「戦力がァ多いにィ越したことはねェーだろォ」と賛同する。ルナに限っては「悪い人じゃないと思うよ」と、またも穿った見方のみで頷く始末。兄に従う妹と人格や善悪で物事を見る記憶のない少女。アディルは嫌でも自分がしっかりとしないとと思わずにはいられない。
むろん、アディルの眼にもルナ同等に映るが、怪しい点も残る。考えた末、アディルは一つ条件を出すことにした。
「アイレだったな」
「うん」
「オマエに条件をだす」
「条件?」
首を傾げたアイレにアディルは告げた」
「明日の素材集めに同行しろ」
ありがとうございました。
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