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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第一章 魂の記憶と風の息吹
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第一章24話 少女の名はルナ

青海夜海です。

名前って大切ですね。

 

 それから時間が経つのは早かったように思う。ずっと考え続ける自分の在り方。沢山の知識と経験と感覚と、そして名前を与えてくれた彼らにどう向き合えばいいのか。一つとして自分のことがわからぬ身で、それでもルナは考え続けた。『ルナ』という名とそうでない『虚無(わたし)』に声をかけながら。


 あなたはどうしたいですか、と。あなたは誰ですか、と。


 答えは見つからない。どれだけ心歌術(エルリート)の訓練をしても恐怖は(ぬぐ)えない。どれだけ軍の生活に慣れようとしても、どこか疎外感(そがいかん)と空虚を感じてしまう。これだと言えるもの。あのパンテオンと戦った時のような強い想いが沸き上がってこない。それがルナを酷く悩ませていた。一度知ったあの感覚。それが今のルナにとって真実、己の心そのものだからだ。


 生活は(とどこお)りなく進む。

 朝二時に起きて朝食。四時から九時まで講義や訓練を行い昼食。その後、十七時まで講義と訓練を行い一日のカリキュラムが終了する。その後はアディルたちと夕食を食べ、二十七時には就寝。


「おいおい。あの双子が真面目に講義を受けてやがるぜ」

「遂に世界が終わるのか!」


 それはとある一日のこと。ただ当たり前に講義を受講しているだけで双子の噂は広がった。


「あいつら、訓練にまで参加とか……どうなってんだ?」

「改心しやがったのか?」

「まさか。あの異端者だぜ。きっと何か狙いがあるに違いない」


 そう、最初は疑われていたが。問題を起こさない日々が四日と続いた頃には青天の霹靂(へきれき)


「やっとだ! やっと改心してくれたぁあああああ! これで戦力は安定だ‼」

「そうね! 修理費を払わなくてよくなるわ!」

「はい! もう怒らなくていいんですね!」

「神よ! 我々に慈悲を与えてくださったのですね!」

「おお! まさに奇跡! この世の奇跡が今起こった!」


 と、教官や佐官、将官たちの安堵の声や兵士騎士たちに泣く者なども続出し、それは六日経てば疑う者の方が少数となっていった。

 あの、錬金窯を馬鹿発させ、実験といって錬金物で施設を破壊し、講義はサボり、訓練もサボり、三日に一回は勝手に【エリア】に行ってしまう、かの問題児の双子が六日も何も問題を起こさないのだ。出陣にも文句言わずに行ったのだ。むしろ別人なのではないかと、はたまた夢かと疑う者が続出するあまり。あまつさえ幻覚を見ているのではと、医務室に駆け込む者たちが増量したまであった。

 命令とは言え、民衆都市ウハイミルの実家に帰る素振りまで見せない。

 噂は流れる。異端者の双子が三等騎士のリース・フォルトとドルマ・ゲドンとの戦いを通して改心したと。

 騒めき、どこか安堵に包まれた基地内で、けれどルナの心は一向に晴れなかった。



 記憶を探る。深く深く闇の中。さながら深海へと落ちていくように、あての見えない底へと目指す。わからないで埋め尽くされた影ばかりの中で、そっと触れたものは霧のように霧散(むさん)しては逃げていく。揺蕩う泡は割れることはなく、封じ込められた何かには触れられない。探しても星の輝きよりも小さな光りすら見当たらなく、永遠の闇は奇しくも月も星もない夜空に似ていた。美しいと見上げた夜空。けれど、そこに見出すのはただ一定の闇という虚無。その心を救い出してはくれない。闇を泳ぐ者たちも寄り添ってはくれない。

 自分がどこから来て、何者で、何をしなければいけなかったか。

 少女の胸に巣食う闇はいつも少女に思馳(しい)せさせていた。


 だから、それは光明だった。正しく道標となる一等星だった。


 その背中に(たくま)しさを感じた。戦う姿に勇気をもらった。気遣ってくれた優しさに心から安堵(あんど)した。友達のように接してくれる愛しさに愛しさが芽生(めば)えた。いなくなる恐怖に感情が叫んだ。嫌だと叫んだこの心に、あなたたちは立ち上がってくれた。

 そのことがどれだけ嬉しかったことか。

 ――強くなりたい。そう在りたい。

 偽りのなかったその意志を、どうすれば再び(とも)せるのだろうか。

 少女は今もずっと焦がれている。そして、答えを求めている。あるいは背を押してくれる何かを待っている。闇に立ち向かう理由を探している。

 また、闇に立ち向かわないでいい理由を探している。


 だから――待っていた……そう言うとあなたは怒るのだろうか。


 野外訓練所。ほんのりと肌を冷やす風が吹き抜け、微かな砂を巻き上げる。連れ去っていく花びらを追いかけるように足音が立ち止まった。


「……ルナ」


 嗚呼、やっぱり彼は少女をその名で呼ぶのだ。昇月(しょうげつ)から深月(しんげつ)へと入った夜の始まり。その夜空に月はない。あの冒険の日と同じ。だけど、この永遠の夜空を照らす月の名を与えてもらった。嫌いじゃない名前。きっと好きになる名前。

 少女は返事をした。


「はい」


 その少女は儚い。今にも花のように散り消えてしまいそうだ。暗い海の水面(みなも)を一人流される泡粒のような危うさがあった。

 アディルは静かに、少し目伏せて語りだす。


「俺の話しを聞いてくれ」


 少女は「……うん」と頷いた。


「俺らは兄貴に育てられた。知識を与えられて戦い方を教わった。心得とかもだ。……その兄貴は冒険を話す時が一番生き生きしてやがった。それを聞くのは俺らも楽しみだった」


 子供の頃の話し。恥ずかし気もなくルナへと伝えてくる。


「俺らは自然と冒険に(あこが)れたわけだ。兄貴が命を引き替えてまでのめり込むその価値を知りてーと思った。誰も辿(たど)り着いたことがない【エリア】の底に辿り着く。兄貴がのめり込んだ理由を見つけたい。その兄貴が俺らに残した遺産を知りたい。何度も死にかけて、怪我をして、誰かの死を見てきた。俺も……リヴ(あいつ)も怖いことには変わりねー」


 ルナの心に巣食ったあの圧倒的な死なる恐怖を、それはもう何年にかけてアディルとリヴは経験してきている。何度も死にかけ、怪我をして、誰かが死んで、あるいは誰かを見捨てて……。

 そんな苦痛としか呼べない世界に、それでも彼の眼差しは色変わることはなく言の葉を刻むのだ。


「それでもだ。憧れは止められねー。使命感は消えてくれねー。俺らの中の俺らが言うんだよ、諦められねーって」

「…………アディルさん」


 七年という月日。子供の頃の憧れが薄れることはなく、(あきら)めることもなく、その好奇心は兄貴の死を得たことで一層強くなった。

 七年という月日を得て、【エリア】の本質を身に沁みて、それでも今もまだ冒険者を目指す。そこにあるのはアディルの真髄(しんずい)だ。


 やっぱり、その姿をかっこよく思うのだ。そう在りたいと憧れるのだ。そう、強く在りたいと。

 だが同時に二人がどうしてそこまで急ぐのか、それが気がかりとなり(たず)ねる。


「今じゃないと、いけないんですか?」

「どういうことだ?」

「あ、その……バカにしているわけじゃなくて。……アディルさんもリヴも急いでいるように感じて」

「……」


 七年の歳月を得たと言えば確かに急いでいる気はしない。けれど、アディルとリヴは十六歳になったばかり。こちらの十六歳がどの程度大人と位置づけされるのかはわからないが、ギルタブリルとの戦いで今の力量では【エリア】に挑むは時期尚早(じきしょうそう)だと判断できたはずだ。けれど、アディルたちはその脚を止めない。それがルナには急いでいるように見えたのだ。

 アディルは数秒沈黙を守り、深くけれど小さな息を吐いて。


 そして、彼は告げたのだ。


「二年だ」

「え?」

「あと二年。それが俺とリヴの寿命だ」

「――――ぇ」


 なにを言われたのかわからない。言葉が意味となって頭に入ってこない。ただただ呆然(ぼうぜん)となるルナに、アディルは何でもないように続けていく。


「俺らは二年後に必ず死ぬ運命にありやがる。だから、今回が最後のチャンスなんだ。俺らが生きて【エリア】の最深部へと辿り着けるのは」


 その決意に胸が揺れるのに、思考は漠然(ばくぜん)として明確な答えを得られない。それでも混乱する頭は言葉を(ひね)りだそうとして。


「……治らないの……?」


 そんな益体(やくたい)のない言葉しか出てこなかった。


「原因不明。呪いか因果(いんが)か。そういう運命にあるとしか言えねー」

「そんな……どうにか」


 ならないと彼が一番わかっているはずだ。だからこそ、七年間耐え忍び残り二年の人生を謳歌するため、この瞬間を待ち望んでいた。

 死ぬとわかっている未来があって、何も成し遂げられないのは嫌だと。

 アディルとリヴが二年後に死ぬ。その結果がルナを更に深部へと突き落とす。闇のさらに底へと。

 そんな死人のように青ざめたルナに、アディルは言った。


「もしかすれば」

「……」

「俺が知らねーだけで、【エリア】のどっかには俺らを延命させられるもんでもあるかもな」

「――――」


 そんなもの希望的観測。割合としてゼロに(いちじる)しく近い。

 その言葉は欺瞞(ぎまん)だ。ただの感傷を癒す(なぐさ)めと(あわれ)みだ。

 だけど、その欺瞞……いや、偽善にルナの眼に光が戻る。

 そして、嗚呼、偽善だと卑怯(ひきょう)だと理解しながらアディルは告げる。


「俺とリヴは行く。これは俺らの我儘(わがまま)だが、ルナ……オマエにも来てほしいと思ってる」

「――――」


 ドクン。強く強く何よりも強く、その心臓が爆ぜた。


「オマエに記憶がねーことはわかってる。俺らに付き合う理由なんざもねー。俺らの命も気にすんな」


 痛い痛い痛い。喉が震え泣き出しそうな昂りに、けれど(わず)かな息しか漏れず。


「オマエが俺らのことをどう思ってるのか別にいい。恩義なんざもいらねー」

「そ、それは!」

「これは俺とあいつの我儘だ。命も含め俺らの責任だ。オマエが悲しむ必要はねー」


 そう、彼は言うのだ。今も作戦のために頑張っている妹の想いと一緒に。ルナを遠ざけながら近づかせる。


「……俺らが知っているのは【エリア】が十二階層ってことだけだ。その先の世界を誰も知らねー」


 唐突な事に目をぱちぱちさせるルナ。


「オマエを見つけた時、オマエの手に転移結晶っつー場所を移動できる錬金物があった」

「転移結晶? どういうこと?」


 アディルは一泊置いて、もしかしてと、そう光明を口にした。


「ルナ、オマエは()()()()()()()()()()()()()()がある」

「――――――え?」


 予想もしていなかった答え。だけど、もしかしてと膨らんでいくその胸の内。


「あるいは【エリア】の底にオマエの記憶に関するものがある可能性がある。各都市の戸籍にオマエらしい人物はいねーことがわかってる。貧困都市(ヒバ)の可能性もありやがるが」

「私が……歌姫(ディーヴァ)だから、ですか?」

「ああ」


 歌姫(ディーヴァ)。今日で六日に及ぶ軍での生活の中で、ルナは改めて歌姫(ディーヴァ)の凄さというものを認識した。特に最強の歌姫(うたひめ)と自分で豪語するセルリアの超絶技巧を目にすれば前例も基準も想像もひっくり返る。

 彼女一人で千のパンテオンを殲滅できるだろう。

 あの死神ともずっと上手に渡り合える。

 常識を変革するほどのポテンシャルを秘めている歌姫(ディーヴァ)の価値。その価値にようやくルナは自覚を得たのだ。

 例えばあぶれ者の寄せ集めの都市だとしても、軍が最高戦力をほったらかしにしておく理由がない。これは【エリア】までルナたちを捕まえに来たことで証明される。


 この天場(てんじょう)で過ごしていたという可能性が薄まり、ならば他の可能性を探った時、不自然に残るのが一つだけ。


「私は……穴の下から来たの?」

「……(さだ)かじゃねー。けど、可能性はありやがる」

「…………私の記憶がある」


 少女をここまで悩ますのはその身から零れた記憶だ。閉ざされているのか、零れてなくなってしまったのかはわからない。ただ今も『ルナ』とはっきりと名乗る勇気がないのだ。自分が不完全に書き換わってしまう気がして。『私』だったものを完全に殺してしまう気がして。

 そこに正反対の感情としてアディルとリヴとの冒険がある。


 ルナと(かり)の名前を与えてくれたリヴ。

 守ると言ってくれたアディル。

 強くなりたいと思ったルナ。


「オマエの選択に限らず、これだけは言っておく」


 そう、偽善者は告げた。


「俺らがオマエを守ってやる」


「――――」


 少女は涙した。ささやかな幸福に。小さな光りに。ほんの少しの希望に。そして、心からの安堵に。

 不器用な彼の偽善の愛が少女の胸をぎゅっとぎゅっと熱くした。

 その熱は勇気だ。その熱は誇りだ。その熱は理由だ。

 彼のくれた理由。望んでくれた未来。誓ってくれた幸福。

 少女は涙を零す。月も隠れ、光のない夜の世界で、ほのかな常夜灯に照らされながら。夜風に(さら)われそうになる声で。


「私の……名前を呼んでください」


 愚かしく美しい一声。それは恐怖の中に光る一等星。

 彼は少女の名を呼ぶ。


「ルナ――俺たちと来い」


 少女は――ルナは笑みを咲かせた。


「――はい!」


 少女はここに一つ決意した。覚悟を持って歩む意志を示すのだ。


「私も行きます。そして、私が誰なのか知りたい。それに、アディルさんとリヴを助けたい! 二人とまだ一緒にいたいんです。だから、私も冒険します!」

「ああ」

「……アディルさん、お願いします。私を冒険に連れて行ってください」


 無愛想な彼はその時ばかり楽し気に口元を(ゆる)めた。


「バカか。オマエは俺らの仲間だろうが」

「……はい!」

「ここに帰れるかは保障しねーがな」

「え⁉ あ、そうなんだよね……」

「まー、また会えるだろ。生きてさえいればな」


 生きてさえいればきっと大丈夫。

 きっときっと。だから、その歩みを進めよう。何があるかわからない未知の世界へ。

 ルナは空虚(くうきょ)な心に確かな炎を灯して密に思い描いたのだ。


 強くなろう――と。


ありがとうございました。

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