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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第一章 魂の記憶と風の息吹
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第一章16話 覗く残酷は薄ら笑みを浮かべている

青海夜海です。

少しセンシティブな内容がありますのでご了承ください。

 

「少一時間ほど前だ。人型の何かが群れで走っていくのを見た。方向は『万紅(ばんこう)陰森(いんしん)』だ。数は十近くだったと思うが集落に二十以上はいると思っておけ」

「わかりました。急ぎましょう」


 そう、カインを含めたアディルたち一向は攫猿(かくえん)というパンテオンに()われたと思われるネルファを救い出すべく、駆け足で『万紅の陰森』へと急いだ。


 視線の先、緑の群れを抜け闇の中で森が焼けたようにそれでいて陰湿な影を持つ森が見える。中心『ラウムの穴』から西北西半ばに位置する暖色系の葉や花が咲くかの森は不思議な力を宿している。それはその森内で集団領域(テリトリ―)を築いた際に作った者による絶対ルールが一つ定めれること。

 例えば、一度その集落に踏み入れば装備をすべて献上(けんじょう)しなければ退出することはできないなど。見た目から『万紅の陰森』などと呼ばれているが冒険者の間ではもっぱら『監獄の燃森』と恐れられている。足を踏み入れれば圧巻の紅葉が脳を狂わすように出迎える。


「綺麗……だけどなんだか怖い」


 それが適切な表現だろう。


「引き締めろ。集落に片足でも踏み込めばルールに捕縛されるからな」


 事前に聞いた『万紅の陰森』の特性。ルナは必要以上にリヴに近づき「あたしに掴まっときなお嬢さん」とここぞとばかりにリヴは気取った姉ずらをしてきて、少しムカッとしたが今はその言葉に甘んじることにする。


「そのルールを解く方法とかないの?」

「首領。集落をつくった(おさ)を殺せば次の長が決まるまで無効化になりやがるから。お嬢様を助けるならそいつの討伐は必須だ」

「任せてください。これでも騎士の名折れ。パンテオンとの交戦には心構えがあります」


 ルナたちより十以上年の離れた人だ。経験の豊富さなど段違いだろう。

 所でと、ルナは今更になりながら訊ねた。真っ赤な落ち葉は血痕のよう。


「その攫猿(かくえん)?ってどんなパンテオンなの?」

「攫猿は(おす)しかいねー猿だ。十から二十以上で集団生活をし、人間の女を攫い(はら)ませる」

「――――」

「奴らの特徴は集落のルールが大きい。ルールは攫猿(かくえん)の子を孕み落とせば集落を出られる。……だが、その時には既に洗脳されてるか心が壊れてるか。やがてその女どもは攫猿になるらしい。孕むことを拒否した女は直ぐには(おか)されずに(なぶ)り痛め心を屈服させられる。心を殺し洗脳させてから犯す。奴らは女の甲高い音を嫌うらしいからな」


 ルナは絶句した。リヴもカインもいい顔などしないがそれでもどこか(あきら)めのようなものがあって、けれどルナには信じがたいものだった。動物が人間を犯す。一度では理解できない。犯す、孕ませる。その言葉が上手く意味にならなかった。

 ただただにぞわりと気持ちが悪い。


「うっ、うぇぇぇえ……」


 ルナはその場に(うずくま)り吐しゃ物を吐いた。何かどうしようもなく耐えきれなくて。


「ルナ! 落ち着いて。大丈夫だから」


 ルナの背中をさすりながら水を用意するリヴ。一通り吐き終えたルナは水で口をゆすぎ吐き捨てる。苦し気な呼吸をしながら立ち上がった。


「ごめんなさい…………」

「別にいい。外でリヴと休むか?」

「…………ううん。行く。行かないと……」

「…………」


 どこか使命感にも似た断固にアディルはそれ以上何も言わず歩き始める。ルナは水を胃へと流し込み痛む喉が和らぐのを感じた。


「ホントに行くの? 無理してない?」

「うん、大丈夫。心配かけてごめんね。……私は大丈夫だから」


 優先すべきことはルナの介護ではない。それをルナ自身がわかっている。それが堪らなくリヴには悲しかった。

 速足で歩いているとアディルが何かを察知し片腕を広げ止まる。身体を低くする。


「いましたか」

「ああ。この先にいる。キーキーうっせー声がしやがる」


 もう少し近づき木に隠れ覗く。


 攫猿(かくえん)は動物の猿と瓜二つと言っていい。ただし違うのは尾だ。太く長い尾の先端は鋭い蕾のような形状だが、その尾こそ攫猿の口である。尾の蕾は四方に別れ五千に及ぶ牙を持つ。その牙には毒があり一度噛まれれば身体中が痙攣(けいれん)してしまう。何より攫猿は見た目が猿だとバカにしがちだが、その実、慎重で小賢(こざか)しい。背を向けているのは尾自体にもう一つの思念が宿っているからだ。攫猿(かくえん)の真の恐ろしさは尾と本体の二律思想が可能であること。故に隙など存在しない。

 アディルたちは各々の武器や物を構えタイミングを計る。


「いいか。計画通りに行くぞ」

「りょーかい」

「はい」

「わかりま――」


 その時だった。


「いやぁああああああああああああああああああああああああっっ‼」


 絶叫が響き渡った。それはまるで絶望の声だ。あらゆる痛苦の慟哭だ。


 ギョッと視線をそちらに向ける。

 集落、木材を積み立て葉で固めた家々の奥、まるで壁のない馬小屋のような牢屋より三度の絶叫、痛哭、慟哭が耳を(つんざ)いた。


「うぎゃぁっやめってぁぁあうあああぁあああああああああああああああああああ⁉」

「――――ネルファぁ様ァァァァァァァァ‼」

「おい‼」


 大声を上げて飛び出したカインはアディルの制止を聞かずにネルファの声が聞こえた牢獄へと駆けだした。


『キーキーキィキィキィキィィィィ‼』


 得物だ得物だ愚かな得物だ、と言わんばかりに一斉に攫猿(かくえん)はカインに襲い掛かる。


「っ邪魔をするな! クソッ! どけろッ!」


 飛び掛かって来る攫猿を切りつけ剣で薙いで一掃。尾の追撃を防いで弾き返し叩き殺すように切りつけていく。(かす)る爪撃も頭を打つ石の投擲も足に噛みつく尾すらも意に返さずに殺す殺す殺す。進む進む進む。


「うぁあああああああああああああああ‼」

「っち。俺は援護に行く!」

「わかった! あの子は私たちに任せて! ルナ行ける?」

「――。行く」


 アディルが直ぐに飛び出し、風のエレメントにナギで干渉し魔術を発動させる。風撃がカインに群がる攫猿(かくえん)を吹き飛ばしカインの足に噛みつく尾を引き離す。肉の半分以上を削いだような荒々しい噛み傷。本来なら立つことなど不可能な毒のはずだが、カインはまるで(こた)えないと剣を構えた。その眼は充血し瞳孔が開きアディルの声など聞こえないほどに興奮している。


「援護する。あっちに行かせねーようにするぞ」

「うわぁああああああああああ‼」


 返事はない代わりに声を上げ、飛び掛かって来る攫猿(かくえん)に剣を突き上げた。アディルが身軽な動きで次から次へと飛び掛かって来る攻撃を躱しながら攪乱させ、背後を通り抜けていくリヴたちを援護する。風撃で押し返し〈偉大な鼻角(アイヴォリー)〉で反撃。

 激しい戦いを通り越し、リヴとルナはネルファのいる牢獄へと近づく。


「【ノームよ・叩き潰せ】」


 土の拳が攫猿(かくえん)を殴り殺し、岩石の棘を穿つ。が、敵の攻撃は一向に休まらない。


「おもったより数が多いね。ルナお願い!」


 ルナは意識を研ぎ澄ます、エレメントとナギを感じながら自分に秘められた歌姫(ディーヴァ)としての力を発動させる。空気を大きく吸って思いっきり裏声で叫んだ。


「『キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーー‼』」


 甲高いルナの悲鳴が心歌術(エルリート)を通して集落全体にその異様な周波を轟かせる。瞬間、攫猿たちは一斉に叫喚(きょうかん)を上げながら耳を(ふさ)ぎ逃げ出す。その場でのたうち回る攫猿は殺す。ルナは慣れない応用に荒い呼吸をし、頷いて大丈夫と、リヴに伝えその腕の中の布でくるめたものをぎゅっと抱え直す。


「行こう」


 道が開けたことで他のことに構わずにダッシュする。


 馬小屋と称したのはその襤褸(ぼろ)さからだ。元はちゃんとした小屋だったのか、微かに残った屋根板と所どころの壁を申し分程度で塞ぐ板のみ。明け透けの小屋内には「うっ」と思わず鼻をつまんでしまうほどの悪臭が漂っていた。尿と糞や汗や(よだれ)、腐敗した食べ物のにおいが混じったのだろう。床に染みになっている血痕(けっこん)。死体は一つとしてないが、数多の死の気配が波のように押し寄せては心を狂わせる。

 ルナは吐きそうなのを唇を噛んで耐えた。耐えるしかない。耐えなければならない。耐えなければ……ならない。


「酷い……」


 リヴとルナのその光景を目にする。

 視線の先、服を破かれ壁に両手首を鋼の輪で繋がれた少女がいた。お腹には殴られた青あざ。爪がはぎ取られた手から涙のように零れる赤。殴られた頭部から流れる血液が(よだれ)と混ざり合い乳輪を這う。尾に噛まれたであろう肉の削がれた右足。涎の垂れる(また)の、少し後ろから垂れるように零れる白濁液。微かな胸の呼吸を奪うように、鉄の輪を頭に嵌める攫猿(かくえん)は少女の心臓に爪を突き立てた。


「ッ~~~~~~っっっっっ‼」


 声にならない声。全身の体毛は逆立ち虫に這いまわられるような悍ましい汚染に臓腑(ぞうふ)がひっくり返ったような。

 少女が助けを請う余裕さえなくすべてを零し。

 攫猿の、そのニヒルな赤く(いや)しい目が言ってくるのだ。


 ――おまえたちもこの娘のように犯してやる、と。


 ぞわりぞわり。己のすべてが吐しゃ物に変わりそう。悪臭が脳を狂わし現実が心を壊し凶漢(きょうかん)が未来を提示する。

 すべてすべて何もかもを吐き出して魂魄(こんぱく)真っ白になりたい衝動に駆られた時。


「ルナ!」


 それは叱咤(しった)だ。シャキッとしろと怒られ這い上がってきた吐しゃ物を呑み込んだ。ほんの微かな理性が吐くことを許さない。悍ましい許せない有り得ない最悪に、ルナは唇を強く噛み切って、胸に抱える布に蒔かれたそれを解いた。


「眼を(つむ)って!」


 少女への忠告だが少女は無気力に顔を上げることはなく、言葉の通じない攫猿(かくえん)だけがケタケタとこちらを卑しい目で見つめ。


 攫猿は眼があった。ブラインドスケープ――魂を入れ替える魚と。


 瞬間、対象の空間がねじ曲がったかのように渦巻、水が流れるように捻じれた空間が元に戻ったと思えば攫猿はその場に倒れた。まるで何もない空白の人形のように。


「きゃっ!」


 唐突にバタバタと動き出したブラインドスケープがルナの腕から逃げ出し、リヴが「ふん」とナイフを突き刺した。魚の身体は背骨が折れるほどにせり上がってはばたりと動かなくなる。


「これで……いいの?」

「完璧。さあ、あの子を助けて逃げるよ」

「リヴ! 後ろから!」

「こっちは任せて! ルナはその子をお願い」


 リヴが土の魔術で首領を打たれた腹いせに襲って来る攫猿(かくえん)を往なし、その間にルナが手首の鋼の輪を外す。錆びた鋼はナイフを何度か突き立てるだけで簡単に壊れた。


「外したよ!」

「りょーかい。【ノームよ・人を真似ろ】」


 すると土の塊は人型に変形し少女を易々と抱きかかえた。


「じゃあ脱出するから全速力で走って!」


 ルナと土人形が同時に奔りだし、リヴが後を追う。地割れを引き起こし馬小屋は倒壊し何匹から巻き込まれて死ぬ。


「アディル!」


 リヴの声に作戦成功したことを知ったアディルは数個のクォーツを一か所に投げると守銭奴(しゅせんど)のようにクォーツに攫猿が群がる。賢かろうと奴らは所詮獣だ。


「女は助けた。逃げるぞ」

「お嬢様! っ……はい!」


 復讐心が牙を剥くが、ボロボロなカインは大人しく従いアディルと共に逃げる。

 そして最後の仕上げとリヴは二つの鉱石を組み合わせた即席の錬金物を握りしめた。


振音虫石(フォノンエルツ)鉄礬柘榴石(アルマンディン)を重ねた振動爆弾をくらえ!」


 クォーツに引き寄せられた攫猿の下へと弧を描いて飛んでいき、アディルが放った炎が鉄礬柘榴石(アルマンディン)に着火。激しい爆発が振音虫石(フォノンエルツ)に刺激を与え爆破に共鳴するように大気を震わす大振動が『万紅の陰森』一帯を震え上げた。

 爆破に呑まれて死んだもの。音にやられて死んだもの。もうどうでもいい。

 アディルの風とリヴの土に守られたルナたちは背を向けて攫猿の集落から逃亡した。


ありがとうございました。

獣にとって人間は孕み袋か食料です。人を奴隷のように扱うパンテオンも存在します。

感想やレビュー、いいねなど励みになりますのでよろしければお願いします。

また、明日更新します。

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