第二章69話 星の光を地に咲く者だけが知る。
青海夜海です。
寝て起きる時間がヘンテコすぎてヤバいです。
歩を進めていくと遠く壮麗だった神殿の相貌が真の姿として明らかとなってきた。
ティアナ姫国として建てられたフローラスの国。外部からの攻撃を防ぐ城壁は無惨に破壊され、それらは毒に溶かされたかのように爛壊と成り果てている。
植物で潤う『エフェティア』にて、その姫国内部には一切の植物は見当たらず、あったとしても既に硬化したり腐っていたりと散々な有様だ。まるで凄惨な歴史を追従する破滅のようで、見ていて心地の良いものはない。
二十メルほど離れたところから窺えた実状でも、もう既に生命体はいないことくらいルナでも想像できた。
ただ想像を絶する悲惨な様に声は出せなかった。
「…………」
「ここがわたしたちの国、ティアナ姫国……その終末の姿」
足を止めたルナにティアナが答える。
その情報だけで『星の道標と花舞いの姫』の結末がどんなものであったのか。
言葉をなくし同情を喉に詰まらせ慰めを忘れ憤慨は闇に落ち、やがて悲しみに似た言い難いやるせなさだけがこの胸を支配する。
沈黙がお互いの間を満たし、ようやくルナの口を突いて出た言葉はあまりにも情けなかった。
「こんなの……ひどい」
ああそうさ。そんなことしか言えないのだ。この命の絶えた国を外から目にして、そんなことしか言えなくなる。
どんな言葉が懸命に生きていたフローラスを、ソフィアを傷つけることになるのかわからず、余計に意識してしまい何も言えなくなる無様さ。
そんな己に怒りを覚えながらもどこか安堵するルナは、瞬間には激しく自分を嫌悪した。だからと言って口から出る言葉はなく、ソフィアを窺う勇気もなく、気遣う心持ちはあっても自分の言葉に絶対の自信が持てない。
それが二回目の沈黙の味だった。
そんなルナを……いや、そうなることを知っているのか。ソフィアは何気ない声音で。
「大丈夫」
それは自分に言い聞かせるものというより、ルナをあやすような響き。
「……ソフィア」
思わず彼女を見向き変わらない表情にルナはつい謝ってしまう。
「ごめん」
「ううん。わかってるから」
「――っ。……」
「大丈夫」
その言葉はルナが言うべきだった。己の不甲斐なさに悔いながら崩壊した城壁跡を跨ぎ、入国する。途端にまたも情景が変わり始め、今度は情景の再生と共に様々な音が流れ込んできた。
敗戦後のティアナ姫国はその姿を集落の木材家に戻り、沢山のフローラスたちがせっせと動いていた。
「今度はなに?」
ルナは気を取り直し、改めて周囲を観察する。
先ほど城壁があった場所でフローラスたちが特殊な力を使い樹木を生成していた。無数の樹木を何重にも重ね合わせる。太さを決め隣の樹木と連結させていく。そんな緻密で時間のかかる作業が行われていた。
「これって」
『城壁を作ればいいんだよね?』
そんな問いかける声に眼を向ける。もちろんルナに問いかけられたわけではなく、数メル前方で作業の確認をする先ほどのフローラスが隣に立つ少年に訊ねていた。
「あれってソフィアと、えっと『星の民』だっけ?」
「わたしじゃないから」
「やっぱり強情だー」
頑なに認めないソフィアは置いておき、物語の鍵となる二人を注視する。
『うん。これだけじゃもちろん防ぐことはできないけど、ないよりはマシだ』
『そっか。あなたの話しが本当ならちゃんと対策しないとだね』
『だからホントだって言ってるじゃん。ホントにホントで災厄が来るんだよ!』
『わ、わっかったから! ち、近いよぉ!』
少年と思っていた男の子は案外に身長が高く、真剣な歩み寄りは距離感を無視して男の子がソフィア……げほげほ……フローラスを大いに赤面させていた。
「わたしじゃないからね」
「また心を読まれた⁉」
不貞腐れるソフィアを置いて二人のラブコメ……げほげほ……災厄の対策についての話しは進んでいく。
『そ、それで……その災厄はどんな存在なの?』
『獣だよ。最近ここら辺にも化け物が現れるようになったでしょ』
『うん。ソルと出逢った日も化け物たちを近寄らせないために罠を張っていたところだったの』
『じゃあ、僕は運が良かったな』
確かに。『エフェティア』は広大だ。集落の外となればそのほとんどを花々が埋め尽くし、また数も数百人とそこまで多くないフローラスたちと偶然会うのも確率が高いとは言い難い。
『偶然か。あるいは運命か』
『……』
『もしも運命だとしたら、僕らはどこへ導かれるんだろうな』
『どこだと思う?』
そっと問いかける声音には静謐な恐れがあり、それは鼓動を大きく響かせている気がした。
定められた宿命。導かれる運命。それは自然の摂理である世界の理。誰にも抗えない正常な一本道。
ソルは星の見えない白い空を見上げながら語り出す。
『僕には姉さんがいたんだ。困ってる人がいたら誰彼構わずに手を差し伸べて、どんなに困難でも諦めなくて、みんなを引っ張る笑顔の絶えない、そんな姉さんがいたんだ』
耽る思い出に和む声音が揺れる風に乗ってただ一言に満たす。
『憧れてたんだね、お姉さんに』
ただ一色。
『……僕も姉さんみたいになりたい。強くて優しくて勇気のある人になりたい。それを人に分け与えられる人になりたい。僕の心は今もずっと変わらない』
滲む悲壮よりずっと眩く強固な信念がその言霊には宿っていた。真実、彼はそういう人間になりたいと今も懸命なのだ。
憧れを話す彼を見るだけで、フローラスは彼を見る目を変えていた。そこにいるのは花の香りで知る優しい人たちと同じだったから。
『もう、姉さんはいないけど……約束したんだ』
『約束?』
『そう、約束。——僕も姉さんみたいに強く優しい人になる、って』
それは今もこの胸にあると、ソルは胸の前で拳を握りしめ改めてフローラスを見る。唖然とするフローラスにソルはだからと。
『星の導きに従って、僕はここに来た。これが運命かどうかはわからない。僕ら『星の民』は預言者に過ぎなくて、僕らの介入がどこまで世界を左右しているのかもわからない』
きっとその運命を知るのは神だけなのだろう。それでも——ソルは強く強く言葉を張る。
『だから僕は僕を信じる。運命にも宿命にも僕が抗ってみせる』
『――――』
『そして、君たちを救ってみせる』
——これが僕の運命だ。
そう、ソルは胸の内のすべてを打ち明けた。彼がここにいる理由。フローラスに献身的な理由。その優しさの理由。
フローラスの眼に映る彼はあまりにもみすぼらしいほどに綺麗だった。呆気たまま見惚れてしまうほど。フローラスの手はゆっくりとソルの頬へと伸びてく。
ただ、それはほんの少しの気紛れと、きっと確かな感情だ。
根の跡が走る白い腕が晒され、伸びる指先が花を愛でるようにソルの頬に触れる。
『え……』
驚く彼の頬を揺り籠のように掌で包み、彼女は微笑を浮かべて。
『大丈夫。わたしたちは生き残ってみせるよ』
『……』
『だからお願い。わたしたちを災厄から守って』
『――――』
それがフローラスなりの誠意であり、もしかしたら愛情だったのかもしれない。
唯一のものを願う度にささやかな不幸が多くのものを奪っていく世界で。そのささやかな不幸が人にとって絶望のような不運でも。
交わした約束を胸にソルはここにいた。
その姿が誇らしく眩しく気高かった。惚れた心は彼の覚悟に己の運命を託す。
ソルは少し唖然とした後、ぼそりと。
『……姉さん』
『うん?』
なにかを呟いた彼は首を横に振り自分の右頬に伸びたフローラスの左手を掴み目と目を合わせて彼女の誠意に応えた。
『絶対に守ってみせます』
その力強い一言はまるで——
「プロポーズみたい!」
黄色声を上げたルナの声はもちろんソルたちに聞こえていないが……隣のソフィアは「なっ⁉」と顔を赤らめぷるぷると身体を震わし。
「な、なにバカなこと言ってるの! ルナのあんぽんたん!」
「やっぱりソフィアは可愛いよ」
「うぅっこれ以上は怒るよ!」
そんな羞恥に染まった顔で言われても怖さの欠片程度も伝わって来ないが、これ以上に不貞腐れても困るのでルナは静かに口を閉ざした。
そして、そんなソフィアの反応と同じように。
『~~~~っ⁉ な、ななななな⁉』
『な?』
ぷるぷると震えだすフローラスはばっと顔を上げ。
『そ、ソルの女たらし! あんぽんたん!』
耳先まで真っ赤にそう叫んでいた。これにはさすがのソルも。
『なんで⁉』
と驚き顔。ぷいっと目を背けたフローラスに困惑混乱に動揺するソルが『ど、どうしたんだ?』『僕、何かしたの?』『ちゃんと謝るから。こっち見てくれない? ねえ?』と懸命に話しかけるもフローラスはぷいぷいと逃げ続ける。
そのなんと可愛らしいことか。男性に免疫がなく、また限られた情報から選んだ言葉のチョイス、恥ずかしいからと逃げ続ける姿。どれを取っても乙女でありもの凄く可愛らしかった。それにその仕草や言葉遣いはやはりソフィアに——
「わ、わたしじゃないからね! 絶対に違うからね!」
「心を読まないで⁉ ってもう誤魔化すのには無理があるよ」
さすがにもう誤魔化せないだろうとルナは溜め息を吐き、頬をほんのりと赤らめたソフィアはやはりぷいっと顔を背けるのだった。
という茶番は置いておき、物語は進む。
『話しを戻して。その災厄は獣なのね。具体的にはわからないの?』
『ごめん。そこまではわかってないんだ。僕に与えられた天啓は——【花園に災厄なる獣来る。其は宿業に縛られない無垢にして無知なり。花人の存続のため、其を退治せよ】――っていう天啓だけ』
『宿業に縛られない無垢にして無知……赤ちゃんとか?』
『姿を見ればわかるかもしれない。だからといって姿を見るまで悠長にはしていられない。天啓は神のみが知る世界の運命を正しく循環させるための託宣だ。訪れる危機を排除しないといずれ大きな歪みを生み出してしまう』
『歪みができるとどうなるの?』
ソルは苦虫を嚙み潰したような顔で言った。
『世界が変貌する』
言葉の意味がわからず怪訝に首を傾げるフローラスにソルは簡単に説明する。
『例えば雨の止まない地区ができたり、この大地そのものが二つに別れてそれぞれが違う世界になったり、海が炎に死者が死者として蘇ったり……もちろん、世界そのものが終わりを迎える可能性だってある』
『……』
『世界の変貌は変化じゃないんだ。本当にまったく違うものになってしまう。その世界に人類が生き残れるのか……それはわからない』
つまるところ災厄や災害の被害はそれだけ大きなものになるということだ。直接的であれ間接的であれ、未来に何かしらの破滅の因果を残す。その因果は世界の意思に関係なく滅びを引き起こすと。
『そんな未来を引き起こさないために、僕ら『星の民』は天啓を授かり、僕は君たちの前に現れた。フローラスを災厄から守るために』
その言葉に嘘がないことは顔を見ればよくわかる。真摯な眼差しに一点の曇りもない、理知と純真に満ちた、それこそ風に聴く瞬く星のようだ。
凝視されまた慌てふためくかと思われたフローラスだが、次の瞬間——慈愛に満ちて笑みが瞳を見返していた。
「……」
その微笑む姿にルナも心を奪われる。その顔はルナを孤独から救い出してくれたあの時の顔と同じだから。
フローラスは告げる。
『私たちフローラスは自分で思うよりずっと無知で無垢で頼りないんだと思う。『エフェティア』から出たこともないから、風の声と花の香りと星屑の光でしか外の世界を知らない。死ぬことのないわたしたちだから余計にわからないの』
そう、少し顔に影を作り視線をソルの胸元まで下げる。そして、目を瞑る。
『でもね、そんなわたしたちだからこそ……外の世界には知らないことや不思議なこと、怖いことがあることを知ってる。それはわたしにとって夢物語みたいで、心を潤す遠い世界。わたしの身にそんな不思議なことが起るなんて考えたこともなかった』
彼女に聞く知る見る数多の外の情報はまさに未知の世界だ。誰かが奇想天外に波乱万丈を描いた物語のよう。人間たちはフローラスに未知を感じるが、フローラスからすれば人間が未知なのだ。
きっと、この世界で誰よりも未知に純粋なのはフローラスであろう。
彼女は『だから』と、そっと瞼を開きソルを見上げる。頭一つ分くらいの身長差。木漏れ日の眼差しを受け止める銀の瞳。その星に花人は願う。
『わたしはあなたという未知を疑わない』
『……!』
『ううん、ソルを信じられる』
『――――』
『ありえないなんて言わない。嘘だなんて思ってない。騙そうとしてるなら騙される』
『そこは騙されないようにしないと』
『ううん、いいの。騙されたとしても、これは運命。遠い空に住むあなたと、大地に咲くわたしが邂逅した——もうわたしたちの物語は始まってるんだよ』
『……君は』
フローラスはソルから数歩距離を取り、自分という存在のすべてを見止めさせるように腕を広げて胸を張った。煌めく星の瞳に、ふふっと笑みを残し広げた腕を背に回す。少しだけ恥ずかし気な彼女は下を向いた顔を上げて、ちゃんと言葉にした。
『わたしは花舞い人のソフィア。ソル、災厄から生き延びるのにわたしは何をしたらいい?』
『名』は『命』だ。
単為生殖のフローラスにとって『名前』こそ己を証明する『魂』そのものだ。つまり、彼女は今、その『名』を明かした。己の魂であり、生者の証明であり、存続の鍵である『名前』を明かした。
ソルはきっと知らない。フローラスにとってどれほど名が大切であるのか。その名を明かす意味も名の表明による彼女の覚悟も。
知らないわからない、けどわかることはある。
『ソフィア……君は疑わないの?』
『言ったでしょ。わたしはソルを信じる』
『…………』
『ソルの言う災厄を倒して、わたしにあなたの物語を聞かせて』
そこに優しさがあったこと。それが本心だということ。その瞳が向けられていること。
それだけで十分だ。
ソルは満面の笑みを浮かべ。
『ああ! 必ずソフィアを守ってみせる!』
ソルもまた覚悟を決めたのだ。
『でも、その前に一つだけいい?』
そう言うフローラスにソルは気前よく『なんでも言ってくれ。できる限りのことはソフィアの意見を優先するから』と言い、『じゃあ』とフローラスは告げた。
『名前呼び禁止』
『…………ん?』
意味のわからない要求に首を傾げるソル。
『なんで?』
思わず問いかけると、彼女は恥ずかし気に身体をもじもじさせながら上目遣いに。
『えっと……人間の男の人から名前を呼ばれるのが初めてで……その、は、恥ずかしいから呼ばないで』
『…………』
これにはソルも大ダメージ。きっと心の中で盛大に吐血をしていることだろう。ほら、口先から血が漏れ出ている。
そんなソルの心情などいざ知らず、わあわあと手をバタバタさせ。
『べ、別に呼ばれるのが嫌とかじゃないの。でも……やっぱり君でお願いできる?』
『……………………わかった』
「すごい長考だ! そしてソフィアが可愛い!」
「ルナ!」
これには思わずルナも叫んでしまった。ルナの知るソフィアと過去のソフィア。見た目こそ同じだが乙女度がもの凄く違う。
というルナの感想は置いておいて、そうこうしているともう一人のフローラスがやって来た。ソフィアと同じ見た目だが髪をツインテールに結んでいる。それと身体から生える花がスターチスではなく、赤い花だ。
『姫、西側の城壁を作り終えたわ。今度は何をすればいいかしら?』
敬いながらもどこか対等な雰囲気と口調。それを無礼と過去のソフィアが咎めることはなく、『次は何をしたらいいの?』とソルに問いかける。
彼は少し驚きながらも顎に手を当てて思考を巡らせる。
『そうだね……結界とかフローラスの力で作れたりするの?』
『結界? さーね。アタシたちが使えるのは植物に限った力だけよ。まあ、それを応用すればできるかもしれないわね』
『なら、僕が結解がどんなものか教えるから試してくれないか』
『わかったわ。数人集めて先に待ってるわね』
不満気の一切のないツインテールはさっさと戻ろうとしてソルは咄嗟に引き留めた。
『あ、ちょっと』
『なに?』
足を止め振り返るツインテールにソルは同じことを問いかける。
『君は僕のこと疑わないの?』
彼女は怪訝そうに顔をしかめ、ふんっと鼻を鳴らした。
『警戒はするわよ。でも、姫が信じるアンタを誰も疑わないわよ』
『……随分信頼されてるんだね』
『そういうわけじゃない。アタシたちには人間たちみたいに高度な文明も豊かな感情もないだけよ。正直、アタシは疑うとか信じるとかよくわからないもの』
それはフローラスだからこその見解であった。
ツインテールのフローラスは身体正面でソルの視線を受け止め打ち返すように指を突き出し差す。
『アンタがここに災厄が訪れてアタシらが滅ぶって言ったんでしょ。そんでアタシらを守るって。アタシは納得しただけ。それだけだから』
それだけ言い残すと彼女はさっと背を向けて歩いて行ってしまった。
『気を悪くしないで。フィレインは言い方はあれだけど、ソルのこと嫌ってるわけじゃないから』
『それはなんとなくわかるよ。ツンデレってやつだね』
『つんでれ?』
初めて聞く言葉にフローラス改め姫が首を傾げる。
『普段ツンツンしてるけど偶にデレるって意味。あとはツンツンしながらデレてる感じの子に使うよ』
『そうなんだよくわからない。……フィレインはつんでれなの?』
『ああ、間違いなくツンデレだよ』
遠くから『つんでれじゃないわよ!』という声が聴こえた気がしたが……うん、恐らく幻聴だろう。
『それじゃあ、僕らも向かおうか姫』
『……どうしてあなたが姫って呼ぶの?』
『名前は嫌なんだよね。じゃあせめて姫って呼ばせてよ』
『……別に、いいけど』
そう渋々頷いた姫とソルは集落へと歩き出す。
それにて一幕が降りた。
追憶の幻想が霧散し、やはり残るは酷い有様のティアナ姫国と激しい戦場と化した荒れの果て地。花々で溢れていた『エフェティア』は一定の境よりその豊の一切の痕跡を無に還している。先までは気づかなかったが、二人が辿った足跡を追いかけるとティアナ姫国十メル周辺のみ焦土と化していたのだ。
ただ微笑ましかった情景が現実に戻り一瞬にして意味を覆す。
過去と現実の想像違いがルナの言葉を奪った。わかっていたはずの結末。だけど、姫とソルの誓い合う姿を見て、未来に挑む熱意を知って、それが無意味だったことを突きつけられて。他者の感情に感情移入しやすいルナには残酷でならなかった。
私も姫と呼んでみようと思った悪戯心も、恋心を問い詰めようと思った好奇心も、素敵だと思った関係性も、どれも言葉にはできない。
終わりを迎えた集落……それだけでルナの心は殺されたのだ。
そんな鎮痛な思いを、けれど顔には出さぬと歯を強く噛むルナにソフィアは言う。
「大丈夫。ルナが悲しむことじゃないよ」
噛み締める歯を緩め少し間を開けて隣に並ぶソフィアを見る。彼女は寂し気でありながらそれはきっと諦観だったのだろう。
「ソルは本当にわたしたちを助けるために遠い星から来てくれた。城壁を作って結解を張って沢山の武器や対抗するための作戦を考えた。正直を言うとわたしはその時間が楽しかったの」
「え?」
末日の幻影からの問いに答えるように、ソフィアの儚げな瞳は憂いの笑みを浮かべる。けれど失われぬ光がその心を本心と語っていた。
「誰かと何かをするのは初めてだった。わたしとはまったく違う人と話しをするのも初めてだった。新鮮でなんだか毎日わくわくしていたの。災厄なんて嘘で、こんな日がずーっと続けばいいなーって……思ってたりしてたの」
きっとソフィアは今、自分だけの記憶を想起している。彼女の言葉で彼女に返す彼の声とそのひと時のささやかな忘れられない日々を。ずっと続けばいいと願った日々を。楽しかった日々を。
前を向いて歩きだすソフィアは言う。
「でも、だめだった。ソルの言ったことは本当で、災厄はわたしたちを殺しにやって来た。運命はわたしの小さな願いじゃ変わらなかった」
「ソフィア……」
ソフィアはそれ以上は何も話さなかった。ルナも無言で彼女の後を追った。
この沈黙と向かう足跡が変わらぬ運命の追憶へと辿り着くことを知っていた。
今なお奇跡に懇願する悲壮な胸の内は晒されず。愛を語った所で世界は騙らず。ここはやはり夢幻でしかない。幻と記憶の異界。
きっと幻想のすべては幻覚なのだろう。それでも、そうだとしても彼女たちは歩まなければならない。それをソフィアもルナも心得ている。
どれだけ涙が溢れようと、足を止めた時、夢幻はその存在を許さない。
ここは末日の追想——星が眠る姫の墓だ。
ありがとうございました。
災厄が来ます。
次の更新は日曜日を予定しています。
それでは。




