第二章62話 本質を隠す本質
青海夜海です。
ちょっと文字数少ないです。
軍の何割がスルトの栄養分、つまりカバラ教に移り変わったかと言うと全体の八割に相当する。
ここではっきりと公言すべきは、『逆さの樹木の痣』を持った軍人の彼らが決してカバラ教に寝返ったわけではないということだ。彼らが信仰していたのはマザランであり、彼の掲げた平和の復活を支持していた。次期総司令官と名が高く多くの軍人から慕われていた彼だ。トマト総司令官のいなくなった今、戦旗を掲げるマザラン・ダク・テリバンは誰よりも逞しく見えたこと。
よって、信仰や憧憬、尊敬の魔力によって軍の八割がカバラ教徒の手に堕ちた。その結果、軍事都市アカリブでは二派閥に別れていがみ合っていた。
それは十七日、昨日の死者の復活という偉業の後のことである。
マザランを信仰する者たちは民草と同じように狂信的な喝采と歓喜を送った。
「さすがマザラン将官!」
「やはり俺たちの目には狂いない!」
「ええ! マザラン様こそ人々を導く総司令官に相応しいわ!」
歓喜万来。悪を倒した正義。本当の神が報いてくれたのだと。つまり、マザラン将官は神にすら認められたのだと。
その摩訶不思議な現象を前に、信仰者たちは疑いもせずに諸手を上げて褒め称えた。マザランこそ素晴らしい。マザランこそ正しい。マザランこそ神。マザランこそ僕らの旗標だ。と。
だが、信仰の魔力に罹っていない少数、主に下級兵やトマト総司令官を支持していた者たちだが、マザラン派と違って現実に冷静だった彼らは思ったのだ。
——死者の復活など有り得るのかと。
解は否だ。ありえない。ありえるはずがない。生命体には魂と肉体、その両方が必ず必要不可欠だ。何千人分の肉体をどのようにして集めた? 魂はどのようにして取り戻した? 自然の法則、世界の摂理に背く行為を神という絶対の理が報いとして授けるだろうか。
考えればわかることだ。これは神の祝福なのではない。何者かの、それこそマザランが関与する者たちの手によって画策された悪魔の手法だと。
「おい。絶対におかしいって!」
「僕も同感だ! 死者が復活するなんて、蘇生は絶対にありえない。摂理に反している!」
「眼を覚ましなさい貴方たち! これは何かの罠よ! きっと蘇生した彼らは本物じゃないのよ!」
「おまえら本気で信じてやがんのか? 聖女を殺して、その恩恵で人が生き返るって。反吐がでやがる! それが適応されんならすぐにでも戦争になるだろうが!」
「ええそうね。人を殺すことを悪とするならば、誰かの蘇生のために悪を殺した人もまた悪となり、その人を誰かが殺す。そんな不の連鎖よ。パンテオンとの戦いの前に人間どうしの殺し合いで人類は終わるわ」
そうだ。もしも悪への断罪に蘇生の祝福がもたらされたとするならば、人は人を殺し続ける。
「貴様ら何を言う! マザラン将官は正義を執行したのだ!」
「死者の蘇生は神の祝福だ! マザラン様の尊き意思に感服された神からの感謝だ! これは真に正しいことなんだ!」
「殺し合い? するわけないでしょ。それこそマザラン将官が毛嫌いするに違いないわ」
「そうよ。それにこの世界には山ほど要らない人間はいるわ。私たちと違ってなんの役にも立たない下劣で能のない蛮族も貧民も冒険者も!」
「これはれっきとした正義の火に異はない!」
罪なき者を殺す、かの自然淘汰の人間採取を、どうして善ある正義と言えようか。
聖女マーナのように人類共通の敵を祀り上げ悪罵の限りに処刑する。それを繰り返し人類が人類を淘汰する歴史を作るか。繁殖行為も激減し、人口不足が問題視されるこの世で、人類は欲望のために人類を殺すか。盲目の正義で、盲信する善意で、毛嫌いするカバラの思想と変わらぬと気づかぬままに。
魔女裁判、人種差別、月眼処罰、冒険者差別。
人類は何度過ちを繰り返すと言うか。いや、人類は過ちを過ちと思っていないのだ。だから過去に反省をしない、顧みない、今ばかりを見て未来に幻視する。
過去を振り返って意味があるのか。過ぎたことをいちいち気にして何になるか。
過去を振り返らずして成長できようか。反省しない過ちなど最早犯罪であろう。
などという思考の応酬は禅問答もいいところだ。結局は意識改変しない限り変化は訪れない。
憧れや尊敬の対象に疑いや疑念を抱くことすらしない。人の本質は、そこに己の本質を隠していることだ。隠す本質を見破られでもすれば、誰かにバレるよりずっと自分で自分の醜さを知ることのほうがずっと恐ろしく感じる。
だから、相手の意見を取り入れることすらしない。
よって彼らはマザランの野望の肉壁として不分子の前に立ちふさがった。
『マザラン様こそ! 神に等しき偉大なるお方だ!』
『我らはマザラン様直下の騎士なり!』
『不分子ども! 我らの大いなる意志の裁定より死滅を降す』
『死ネッ! 愚か者どもッ!』
こうして、彼らは気づかぬうちに『人間』から『獣』へと変貌し、背を突き破る二つの腕を持ってマザランを疑う者どもを嬲り殺し始めた。
黒い皮膚と背中の腕とパンテオンの身体能力を持って、下等で下賤で浅慮な能の無い飛べぬ鷹どもを蹂躙する。
血色の呵々を上げ殺す喜びを得た化け物のように、赤く塗りつぶされていく意識の中、されど消えぬ信仰心を掲げ奴の名を上げ続けていた。
『マザラン様! バンザイ! マザラン様! バンザイ!』
下級生物の民草と違い、兵士として鍛え上げられた軍兵たちはパンテオンの力も相まって、誰も手出しできないほどの群を抜いた集団となり。
『我ラノ大義ヲ果タシニ行クゾッ!』
『ウォオオオオオオオオオオオ!』
都市アカリブを占拠した軍パンテオン一同は次なる戦線へと爆走し始めた。
ありがとうございました。
他都市それぞれ三分の一がカバラ教及びマザランの手腕の下に寝返った状況ですが、それ以前に黒衣のパンテオンの出現からの殺戮によってほとんどの人が死んでいます。また、戦力となる軍がこのような状態なので、実際戦力はごくわずかなのが現状です。
明日も更新します。氷河の豹との戦いです。
それでは。




